表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
396/543

"知らずに平和を享受して"


 六十万人もの犠牲者を出してしまった最悪の事件。

 だがその関係者となれば、その数では済まないだろう。

 確実により多くの人が悲しみ、絶望し、悲嘆していたはず。

 悲しまない者などいない。嘆かない者などいない。

 そんな状況で笑っていられるはずがない。

 そうイリスは、とても悲しそうに話していた。


 しかし、現実問題では深刻だと言える状況であることは間違いないだろう。

 それだけ沢山の感情が、コアに影響しないとはとても言い切れない。

 もっと多くの人の感情がなければ大丈夫だなどと、誰も答えられなかった。


「それらの想いは、その根底からなくなったわけでは決してなく、何年も、何十年も悲しみの中で過ごしていた人もいたのではないでしょうか」


 それが実際、どれだけコアが吸収し切れないマナを発生させ続けていたのかは分からないが、とても大きな悲しみで溢れていた事だけは確かだと思えた仲間達だった。


 しかし、それだけではないのだとイリスは言葉にしていく。

 それこそがメルンをも青ざめ、驚愕させたことではあったが、彼女に話した時のようにイリスは話しを続けていった。

 

「それは、エデルベルグの民にも言えることです。

 フェルディナン様を失い、かの国を離れることとならざるを得なくなったことに、何も思わぬ者などいないでしょう。

 深く嘆き悲しむ中、それでも歯を食い縛るようにしながら歩いていったと私には思えてなりませんが、それはレティシア様にも言えることです」


 最愛の人が去ってしまった状況で、悲しむ暇など与えることがなかった眷属。

 穏和なアルエナ様ですらも激しく憤らせた事件は、強い悲しみの中に終結した。


 後に残されたのは、生命が育まれない不毛の大地と、眷属が刻んだ(おびただ)しい痕跡。

 それらを見る度に人は、震えるような恐怖を思い起こし、その凄まじい出来事を忘れる努力をして来たのかもしれない。

 後の歴史に刻まれることのなかった眷属事件は、それを目の当たりにし、生き残った人々が忘れたいと本気で願ってしまった出来事だったのではないだろうか。

 だからこそ文献にも残っていないのでは、とも思えてしまう。


 もし仮にそんなものが残っていたとして、それを読んだ者はどう思うのだろうか。

 救いようのない事件に誰もが頭を抱え、恐怖するだけなのではないだろうか。


 レティシアには成すべきことがあった。

 その一部が言の葉(ワード)の抑制と、魔法の弱体化だ。

 それを強く望んだ彼女や、その意思に賛同した者達が残すとはとても思えない。

 であれば、自然と人々の記憶から消えていった可能性が高いのかもしれない。

 それはまるで、世界に住まう人々の強い意志によって導き出された答えとして、今現在でもその詳細を知ることのできない驚愕の事件、だったのではないだろうか。


 そしてイリスは、更に言葉を続けていく。

 確かに眷属はそれだけ大きな爪痕を残しているが、それだけでは決してないのだと、彼女は仲間達に警告を発するように話していった。


「八百年前、眷属がその猛威を振るい、世界中を絶望の淵へと叩き込みました。

 二百五十年前、アルリオンに魔獣が出現し、多くの人の命を奪いました。

 百二十年前、後に"コルネリウス大迷宮"と呼ばれることとなった英雄がひとり、仲間と世界の為に、その身を賭して護り通しました。

 そして一年半前、魔獣がフィルベルグを襲い、人々を恐怖の底へと突き落とし、私の大切な姉であり、シルヴィアさんとネヴィアさんの友人でもある、ヴァンさんとロットさんの友人と戦友を失うこととなり、私は深い悲しみと無力感を感じました。

 記録として残されているもの全てを学んだわけではありませんが、少なくともこれだけ強い悲しみがコアへと向かっていったと私は推察しています」


 そしてそれらですら、コアが抱えたものの一部である筈だと彼女は言葉にする。


 八百年前には、度々世界で諍いが起きていた。

 それは小規模なものがとても多かったらしいが、中にはとても大きな争いへと変化してしまうこともあったと、アルエナの残してくれた知識には含まれていた。

 "白の書"と呼ばれる"想いの力"を使って創り上げた、使用者の感情や想いを本人の言葉で直接伝えることのできる特別な書物の中で、フェルディナンの記憶を見せて貰ったイリスには、あの時彼が何を警戒し、その可能性を考慮していたのかを理解することができた。


 彼の言葉にした『過去三百年は保たれていたもの』が意味するものは、人同士の戦争が起きずに平和な世界が保たれていた、ということだとイリスは推察した。

 それだけ長く平和が保たれていたエデルベルグだったが、世界へと目を向けると、それは決して今のように争いのない世界だったとは、とても言えなかったようだ。

 世界には悲しみ、絶望の淵に立つ者が、少なからずいたということなのだろう。


 だからこそイリスは、改めて思わざるを得ない。

 私の生まれた世界の、なんと平和で穏やかな、優しい世界だったということを。


「……恐らく私の生まれた世界では、世界に降り立つ九柱の神々だけでなく、"天上の世界"にいる四柱の神様達が、地上に生きる者達を護って下さっていたんですね……。

 世界を超えることでそれを知るだなんて、とても申し訳なく思ってしまいます」


 だが恐らくイリスの考えは、当たっているのだろうと彼女は思っていた。

 普段はふわふわしていたあのひとも、世界からそういった感情が生み出されないようにと、人知れず努力し続けて下さっていたのかもしれない。

 それを知らずに自分は、ただただ平和を享受していたのだろう。


 そんなことをぽつりと独り言のように話していたイリスは、ある考えが生まれた。


「……そうか。だからエリエスフィーナ様は、対処ができないんだ。

 世界に神様が少ない事も、その大きな理由になっているのかもしれない……。

 石版にもそれを思わせるような内容が書かれていた、とも思えてしまう。

 ……では何故、最初から黒いマナが噴き出すのを察することができなかったの?

 世界を創造した神様であるのならば、それを理解できたのでは?

 ……つまりそれは、世界を創造したのに対処ができないのではなく、他の神々が放置した世界を護ろうと努力し、この世界を作り変えた可能性があるのでは?

 エリエスフィーナ様が、一番最初にこの世界を創ったお方ではない、という可能性も考えられると思えてしまう」


 呟き続けるイリスは、もしそうであれば、一度世界を自分の世界へと創り直したとしても、地上に顕現するだけで影響を及ぼしてしまった事も伺えるのではと考えた。


 『別の世界に、別の世界の女神を顕現させてしまうと、その世界にとても大きな影響が出る』


 これは、イリスが大切に想っている女神様の放った言葉だ。

 だからこそ彼女は、予期せぬ事態を招いてしまったのではないだろか。 

 そう思えてしまう、優しくも温かい方だったとしかイリスには感じられなかった。


 もしこの推測が正しいのであれば、尚のことエリエスフィーナの力を借りるわけにはいかないとイリスは考える。

 あの方が別の世界の女神なのだとすれば、地上に顕現など本来はできないはず。

 それほどまでの急を要する事態にまでしてしまったこの世界に生きる人が、その対処をするべきなのではないだろうか。


 それを確かめる方法など、恐らくひとつしかないだろう。

 直接エリエスフィーナと逢って、確かめるしか他ないと言える。


 だが、女神と逢う方法など、未だ確たるものには至らないイリス。

 そしてそれを知ったところで、"大災厄"を逃れる方法を見付けられない。

 もしエリエスフィーナから直接話を聞いただけで対処ができるのであれば、彼女は石版にその全て記してあるはずだ。

 その痕跡すらないどころか、あんな場所に置くのだから、恐らくはやはりその場まで辿り着けるだけの強者を待っていた可能性が高い。


 それについて、イリスは何も思わないわけではない。

 今のイリスであれば、その場所まで向かうこともできると思われるが、それをしたところで大した意味はないだろう。

 それこそメルンが言葉にしたように、石版自体に何かしらの意味を持っていないのであれば、その場所へと降りる意味など皆無だろう。


 メルンから託された知識が、イリスの身体に馴染んだからだろうか。

 徐々に浮かび上がる幾つかの推察に、彼女は何かを考え続けていった。

 おぼろげだった漠然としないその推察は、ぴたりと合わさるかのように、イリスの思考を鮮明にしていく。


 ある種の確信を得たように思い至ったイリスは、仲間達へと言葉にしていった。


「……このまま"大災厄"が起きないと考えるのは、危険だと思われます。

 メルン様よりもずっと以前から"黒いマナ"をコアが溜め込んでいる可能性が高い事と、エリエスフィーナ様が残されたお言葉の時代がどれほど昔かも分からない以上、それがいつ噴き出したとしてもおかしくはないと考えた方がいいかもしれません。

 やはりレティシア様との再会を優先したいと思うのですが、どうでしょうか?」


 そう尋ねていくイリスだったが、それについての反論などすることなく、彼らもそれが最善だと考えていたようだ。

 実際に彼女と逢えば何かが分かり、どう対処するかという方法が判明するわけではないだろう。

 しかし、それでも彼女との話の中で、何かをイリスが掴めるのではないだろうかと、ある種の期待を持ってしまうヴァン達だった。


 そんなイリスは、これまでの数々の推察や想いの中から、それをもう掴みつつあったようだが、確証の得られないものを仲間達へと言葉にすることなどできず、心の内に留め、レティシアとの再開を最優先に考えていった。



「……では、エデルベルグへと戻るか?」


 そう言葉にしたヴァンに賛同していく仲間達。

 ここから戻るとなれば、またそれなりに時間はかかるだろうが、どことなくあの国へと行かずに済みそうになる展開に、思わず頬が緩んでしまうファルだった。


 しかしイリスは、石碑がおかれているあの国へは向かわないと話していった。

 その言葉に首を傾げる仲間達だったが、それについての説明も彼女は伝えていく。


「エデルベルグに向かっても、レティシア様はいらっしゃいませんから」

「どういうことだい? レティシア様はあの国の石碑にいるんじゃないのかい?」

「石碑にいるのは確かなのですが、エデルベルグに置かれた石碑にはもう誰も居られませんので、私達はこのまま旅を続けたいと思います」

「旅、ですの? となるとリシルアへと向かうのかしら?」

「そこより先はどちらへ向かう予定なんですか、イリスちゃん」


 少々戸惑いながらも言葉する仲間達へ、イリスは透き通る声で伝えていった。


「――"北"へ向かいたいと思っています」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ