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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"悲しみの中にいながら"


 初めは魔人化する手前の人間を浄化する為に、彼女は世界の各地に降り立った。

 これが後に、魔物の侵入を拒む結界となっている"聖域"と呼ばれた場所だ。


 彼女の力に影響されたその一帯は、清い湧き水が絶えず溢れ出す場所となった。

 しかし、魔人化すると予想される存在の近く、四箇所目となる森の、周囲に人がいない場所へと彼女が顕現した瞬間、予期せぬ事態が起きてしまった。


「エリエスフィーナ様の強大過ぎる力がコアを触発し、これまで溜まりに溜まった"黒いマナ"を刺激してしまったことで地を激しく揺らし、大地が裂けるほどの衝撃の後、問題のそれが一気に空へと噴き出したと石版には書かれていました。

 そしてマナが空に上がり続ける場所を浄化する為に、そのお力を顕現させたエリエスフィーナ様でしたが、あまりにも強く噴き出してくる凄まじいマナの奔流に、かなりの力を込めざるを得なかったのだとも。

 空を漆黒に塗り潰し、恐ろしい雪を降らせたその現象に判断が鈍ったそうなのですが、それこそが女神様が『私の大罪』と言葉にしたものであり、その予期せぬ事態への対処が遅れてしまったことが、世界中に住まう多くの生命が失われてしまった原因なのだと、悲痛な面持ちが見て取れるようなお言葉を残されていました」


 凄まじい不の感情の奔流が溢れ出し、地表に噴出したどす黒い感情は、広大な大地に大きな穴を開けてしまう結果となるが、それよりも彼女の発現させた"浄化の力"が、大地を更に巨大な大穴へと変えてしまうほどのものとなってしまった。


 必要以上に力を込めたわけではないことは予想が付く。

 それほど強く放たねば、溢れるものを抑えることができなかったのだろう。


 恐らくは何万どころか、何千万という人が生み出してしまった不の感情が、そのように大地を噴き出すことなど、とてもではないが推測などできるはずもないイリス達にとって、そんなことが起きてしまった時点でどうしようもないのではと思えてしまう。


 しかし石版によると、女神にはその対処ができないのではなく、地上に顕現することができないということなのだろうとヴァン達にも推察することはできた。

 そしてエリエスフィーナのいる天上で世界の管理をすることはできても、この一件に関しては、地上にて対処しなければならないのだろうということも理解できた。


 だが、もうひとつ気になることがあった。

 それについてイリスへと尋ねていくファルだったが、どうやら仲間達も同じようなことを考えていたようだ。


「……"黒いマナ"が噴き出すのは数千年、下手をすれば数万年規模の話なんだよね?

 それじゃああたし達は、それと遭遇する事はないんじゃないかなって思えるよ。

 女神様だって、正確な発生時期を予測なんてできないんでしょ?

 あんまり深く考え過ぎない方がいいと、思う、んだけど……」


 言葉にしているうちに、段々と不安になってきてしまったファルだったが、彼女の言葉に仲間達も続いていく。


「……ふむ。確かにそうとも言えるだろうな。

 正直なところ、百年であっても俺達は生きることができない。

 ……向こう数十年で"大災厄"が発生するとも思えない」

「……ですわね。……あまりにも規模の大きなお話でしたが、よくよく考えてみれば、人ひとりにできることなど高が知れていますわ」

「……そうですね。であれば、私達にできることは、女神様のお話を後世に残すことが必要になるのではないでしょうか。書物など劣化がし辛い素材と保存魔法で残すなど、何かを使ったもので後世へと伝えることは、私達でもできると思います」


 仲間達はそう言葉にしていくも、どこか普段とは違う印象を受けてしまうロットは、恐らくは皆も気が付き、それを言葉にすることを躊躇ってしまっているのかもしれないと思えてならなかったようだ。


 今よりも遥か古代と言えるような古の時代にそれが起こり、女神が顕現して"大災厄"を鎮めた。そして今は、平和な世界が続いているとも言える。

 レティシアやアルエナ、そしてメルンが生きていた時代からはもう八百年も時が流れているが、これまで目立った世界的な事件と言えば、眷属と今の時代では呼ばれていた魔獣にアルリオンが襲撃されたことだけだとも思えた。


 当然そこには三千七百名以上もの、尊い犠牲があったことは変わらない。

 それを(ないがし)ろにすることなど絶対にできないし、してはいけない。

 それはもちろん、フィルベルグに出現した魔獣にも言えることではあるのだが、ある意味、今現在では平和が保たれていると言えなくはないのではと思ってしまっている彼らの考えは、概ね正しいと言えるのではないだろうか。


 確かに多くの人を失った事件が起きてしまっていることは、紛れもない事実だ。

 しかし、それ以降は穏やかで平和と言えるような状況が続いていると思われた。

 イリスの世界のように、完全な平和で安寧が約束された世界とは違い、魔物という脅威とも言える存在が未だ居続ける事に変わりはないが、それでもこの世界の住人にとってはそれが当たり前のことだったし、必要以上な危険性を感じない気がしてならないヴァン達だった。


 だからこそ彼らは言葉にする。

 これから先の、更に未来の話のことを。

 彼らの姿は別段、変わった様子ではなかった。

 そう判断するのも、至って普通のことなのかもしれない。


 だが、そんな中で唯一ロットだけは、不安そうな顔を変えることなくイリスへと尋ねていった。


「……実際のところ、イリスはどう思っているんだい?」

「…………あくまでもこれは私の推察に過ぎなく、確証など全くないのですが……」

「構わないよ。……いや、皆もそれに気が付いているはずだ」


 そう言葉にしたロットは仲間達を見ていくと、表情を暗くしたまま彼の言葉を返せずにいるようだった。


 彼らも本当は分かっていた。

 これまでの旅で、あまりにも異常なことが起き過ぎていることに。

 そしてイリスは、私の推察に過ぎないですがと念を押すように言葉にした後、それについての持論を話していった。


「……様々な点から見ても、言葉通り、あまり時間が残されていないのではと、私は考えています」


 これからそれが起こるのかは、正直なところ未知数だと話すも、そう遠くはない未来に起こる可能性もゼロではないのではとイリスは言葉にした。


「確かにメルン様の時代より八百年間、何事もなかったように世界は平穏を保っているとも言い換えることができるかもしれません。

 ……ですが、私には頭から離れずに、あることがずっと気にかかっていました」


 イリスはそう言葉にすると、メルンですらも青ざめさせてしまったことについての話を始めていった。


「メルン様の時代、眷属により、とても多くの人が亡くなりました。

 それは人的被害だけでも、六十万人はいただろうとアルエナ様は仰いました。

 ヴェルグラド帝国、レグレス王国と続き、そして大陸南西に存在し、眷族に一瞬で消滅させられてしまったもう一つの国、"ティルリス共和国"。

 小さな街を含めると、九つもの場所が更地へと変えられてしまったそうです。

 幸い、レグレス王国の民は無事に東の集落リオンへと辿り着き、アルリオンを建国し、それは今現在でもとても大きく、素晴らしい国民性を持つ国を保っています。

 ですが、リオンで生活を始めた者達の殆どは、その戦いで大切な人を失いました」


 そんな状況下で、果たして心から笑えるのだろうかと、イリスはとても悲しそうに言葉にした。


 そんな者など、誰一人としていなかったはずだ。

 誰もが悲しみの中にいながら、それでも生きることに必死だった。

 笑えなくとも笑い、生きる気力を失いそうになるも懸命にそんな心から抗った。


「当時のレティシア様が仰るように、世界は滅びかけていたんだと思います。

 それだけ甚大な被害を受けてしまったのですから、それも当然かもしれません。

 ……では、その人達の想い(・・・・・・・)は、どこへ向かっていったのでしょうか……」


 彼女の発してしまった言葉に、体中の血の気が一瞬で引いていく音が聞こえた気がした仲間達だった。


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