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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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"破壊力"のある言葉


 小鳥のさえずりで目が覚め、まどろんでいる所に教会の綺麗な鐘が響いてきた。それはまるで身体中が目覚めていくような素敵な音色で、本当に美しい音色だなぁと思いつつも、私は身体を伸ばしていく。意識がはっきりとした所で、服を着替えてカーテンを開ける。今日もとても気持ちのいい朝だった。顔を洗い、歯を磨きに行き、おばあちゃんに挨拶をし、食事をしながら今日のことを話していく。いつもと同じ日常だ。


 「うふふ、そろそろ魔力も増えだしてきたんじゃないかしら」


 おばあちゃんと魔法のお話をしてから3日が経ちました。あれから私は、寝る前に魔法の修練をし続けていますが、魔力の総量が増えているかの確認をしていません。まだ3日しか経ってませんし、そうそう増えるものではないと思ってるからです。いえ、眩暈が嫌なわけではないです。たぶん。


 「まだ試してないけど、たぶんあんまり変わってないんじゃないかな」


 一日やそこらで変わるとは思えないため、イリスはそう答えたが、レスティはどうやらわくわくしている様子だった。そんなに早く変わっていくとは思えないんだけどって顔になっていたらしく、それを察して『イリスだからきっとすごい事になってるんじゃないかしらっ』と、少々興奮気味に話していた。そう思ってくれるのは嬉しいのだが、あまり期待されすぎてもという気持ちになってしまうイリスだった。


 「まぁ、のんびり続けてみるよ。継続が大事だと思うし」

 「そうね、私はあまり修練をしなかったけど、今のうちから鍛えていけば色々な道に行けるだろうからね」


 色々な道、というのにも興味を持ったイリスだったが、それよりもレスティはあまり修練をしなかったという方が気になってしまった。魔法とはとても便利なもので、レスティの土属性でも様々な使い方ができると思っていたのだが、どうやらレスティはあまり魔法を使っていない様子だった。気になったイリスがレスティが普段魔法を使わないのかを聞いてみるが、基本的には1種類しか使っていないそうで。


 「私は鑑定魔法しか使わないわねぇ。もう街の外まで行って何かをする事もなくなっちゃったし」

 「そっか、鑑定魔法だけなんだね。でもあれを使うにも魔力は多い方がいいんじゃないの?」


 素朴な疑問ではあったが、どうしても気になってしまう。イリスは魔法の利便性に様々な可能性があるのではないかと思い始めている。それに関しては多くの勉強をし、知識を増やさねば知る事の出来ないものではあるのだが。


 「消費が少ないといわれる土属性の中でも、特に鑑定魔法はずば抜けて燃費がいいのよ。いくら使っても大丈夫なくらいね。実際には100回くらいまでの鑑定なら連続で出来るみたいよ?」

 「そ、そんなに使えるの!?土魔法すごい!」


 瞳をきらきらさせながら、羨望の眼差しでみ続ける孫に微笑ましくも思う反面、レスティは若干申し訳なさそうに答える。


 「でも私の魔力量は、たぶん半年くらいしか真面目に修練してないわよ」

 「・・・え」


 固まるイリスに可愛く思うも、レスティは答えていく。それを聞いたイリスは徐々に苦笑いになっていってしまった。おそらくこれを聞いたたくさんの土属性以外の薬師さんが、羨ましく思ってしまうのではないだろうかとイリスは思ってしまった。


 「私が使う鑑定の消費マナはとても少ないから、たいして修練することもなく今までやってこれたのよ。必要以上に鑑定をする事もなかったし、それ以外には魔法を使う機会も少なかったし。攻撃魔法でいったら、たぶん10回くらいしか使えないんじゃないかしら」

 「そ、そんなに燃費いいんだ、鑑定魔法って」


 土属性魔法は一般的に燃費がいいとは言われてはいたが、まさかそこまでいいとは思ってもみなかった。それを普通に羨ましいと思ってしまうイリスは相も変わらず顔に出ているらしく、レスティにくすくす笑われてしまう。


 「うふふ、でもこの鑑定魔法はお薬とハーブに限ってとも言えるほど限定されている魔法だから、そこまで便利なものじゃないわよ?それに私としては優雅な印象がある風に昔から憧れがあったわ」

 「それでも鑑定魔法があればどんな草かわかるし、作ったお薬の品質もすぐにわかるし、それだけでも便利だと思うんだけど」


 うふふと笑いながらレスティは、何でも自分に持ってないものを人が持ってると、憧れが出ちゃうものなのよね、と頬に手を当てながら答えてくれた。そういうものなの?とイリスが聞くと、そういうものよ、と優しく答えてくれる。



 優しい時間が過ぎていき、今日もお仕事の時間となっていく。


 レスティは薬の調合へ、イリスはそのままお店のお手伝いを続ける毎日だ。いつもと変わらない日常だ。・・・変わらないのだが、最近になって、ふとイリスが思うことがある。


 それはなぜか新しい客と思われる人が増えている気がするからだ。まだ仕事を始めて間もないし、まだまだ知らない人が多いとは思うのだが、なんとなくそんな気がしていた。


 そのはじめましての客の相手をしていくうちに、その客層はばらばらである気もしてきた。それは老若男女という様々な客層と思えるようで、一度だけ忙しい時間帯に店内が人で溢れることがあったくらいだ。

 忙しいといっても店内に客が溢れる事は今までなかった。多くても3人から4人程度で、ひっきりなしに来店する客がいる、という意味だった。それも殆どが冒険者さんと思われる方たちだったのだが、最近増えたと思われる方たちはどうやら冒険者ではない一般の方のようだった。


 この話をレスティに話した所、『イリスが可愛くてみんなメロメロなのよ、うふふ』と茶化されてしまい、結局この謎とも思える現象が続いていく事となった。客が増えるのはとても良い事だからと割り切って考えてはいたものの、それでもやっぱり腑に落ちない様子のイリスであった。


 お昼になるとイリスは時間を貰い、噴水広場や教会で羽を休めるようにしていた。客層は増えてお店が賑わったといっても、どうやらお昼過ぎにはやはり人は来ないらしい。広場にいても誰とも会わない日もあったが、そんな時はまったりのんびりと日向ぼっこして過ごしている。今日ものんびりするために噴水広場に向かうと、可愛らしい耳が噴水の向こう側に見えた。そのままイリスは噴水の反対側に向かい、その可愛らしい耳の女性に話しかけた。


 「こんにちは、ミレイさん」

 「こんにちは、イリス。今日も元気そうで何よりだよー」


 いつも決まって素敵な笑顔で答えてくれる姉は、今日もとても綺麗だった。心なしか最近ではイリスを見ると耳がぴょこっとなっている気がするが、イリスにはあまり気にならないようで、今日も話を続けていく。


 「ミレイさんもお散歩ですか?」

 「うん。やっぱりここ素敵な場所だからねー。ついつい来ちゃうんだ」

 「ふふっ、わかります。私もここ好きなんですよ。街の中心部にこういった憩いの場所があるのっていいですよね」

 「あはは、そうだね。なんでもこの噴水広場は現女王陛下が考えたらしいよ。これが出来る前は寂しい場所で、殺風景だから噴水くらい作りましょうって話からきたんだって聞いたことがあるよ」

 「そうなんですか?でもたしかにこの噴水があるのとないのとではぜんぜん違うかも」

 「だねー。こういう場所ってとっても大切だと思うよ」


 ミレイはそう言いつつ、辺りを見回していた。噴水を大きく取り囲むようにベンチがたくさん並んでいて、その周りは色とりどりの花が咲き誇る花壇となっている。ここが王都とも思えないほど、ここだけはゆったりした空気が溢れているような、そんな気がする素敵な場所だった。


 「リシルアとはまた違った緑で溢れてる国なんだよ、ここ。だからあたしは好んでここに住んでるんだけどね」


 あははと笑う姉に、リシルア国の緑とは違うという意味が気になってしまう。以前ロットが自然に溢れる国とは聞いていたものの、具体的にどんな国かは聞いたことがなかったイリスは、それを知っていそうなミレイに聞いてみた。


 「リシルア国って自然に溢れた国って聞いたことがあるんですけど、フィルベルグとは違う感じなんですか?」

 「あぁ、そうか。イリスは行った事ないもんね。リシルア国はね―――」


 そう言いかけた時にミレイの言葉はある事で遮られてしまった。それに気が付いたイリスもそちらに気が行ってしまう。ミレイが話している途中に後ろからぽすんと小さくぶつかられたからだ。

 ちょうどミレイの腰辺りにぶつかったようで、わぷっという可愛らしい声を出しながら地面に転んでしまっているようだ。どうやらぶつかった子は小さくて可愛らしい子のようで、ミレイは直ぐひょいっと抱いて起こしてあげていた。

 小さいとはいっても90センルちょっとはある少女なので、イリスは軽々と抱き上げたミレイを見て少々驚いてしまう。


 「あはは、ごめんね、大丈夫だった?怪我とかないかな?」


 目線を合わせながら謝るミレイに、その少女はこくんと静かに頷いた。そして小さな声で、ぶつかってごめんなさいと言った。とても可愛らしい子だ。

 どうやら怪我もないようで良かったとイリスは思っていたが、その少女を見て何かが引っかかるような気がしていた。理由はわからず考え込んでいたが、そのうちミレイが気をつけて帰ってね、と言って区切ってしまっていた。若干俯くように下を向きながらも少女はとぼとぼと帰っていった。


 「あはは、街中だと気配を察する事もないから、時々ぶつかっちゃうんだよね」

 「気配、ですか?それってどうやって感じてるんですか?」


 気配を感じる事などイリスには全く出来ない。練習すれば出来るとも思えないのだが、気になる事が出来ると知りたくなるのがイリスの癖になりつつある。前の世界ではそんなこと思わずに暮らしてきたが、この世界は驚きでいっぱいだから、興味が尽きることがない。いつもついつい人に聞いてしまうのもあまりよくないのではあるんだろうけど、とイリスは思いつつも、ミレイに聞いてしまっていた。


 「んー。難しいなぁ。これは教えて出来るようなものじゃないと思うよ」

 「そうなんですか?」

 「うん。感覚的なものって言った方がいいかもね。それにイリスは人種(ひとしゅ)だからね、あたしみたいな獣人の方がそういった感覚が鋭くなるらしいよ」


 獣人とは並外れた感覚を所有する人が、一般的な人種よりも遥かに多い。それは視覚であったり嗅覚であったりする感覚が鋭く強い。全体的にも人種の平均よりは高いが、特に種族によりその一部が著しく特化している場合がある。


 例えばミレイの場合は兎人種(うさぎひとしゅ)であるため、聴覚がとても鋭く、気配を察知するのにとても秀でた種族である。獣人固有の身体能力の高さも相まって、ミレイは既にゴールドランク上位にいる冒険者の強さを凌駕しつつある。あとは信頼と実績を重ねるだけでプラチナランクまで届きうる存在だ。


 そんな彼女の感覚をイリスが手に入れるとしたら、並大抵の努力では届かないだろう。恐らく身体を鍛えた所で、感覚というものはそれとは別のものである以上、いくら鍛えても届かない可能性も高い。もちろん、俗に達人と呼ばれる存在がいるのだから、届きうる力ではあるのだが、恐らくそれは本の一握りの人だけであろう。


 「もし手に入れるとしたら、やっぱり補助魔法で強化するくらいしか考えられないなぁ」


 ぽつりと考えていた事が出てしまったイリスに、あははと苦笑いをしながらミレイは答えてくれる。


 「感覚的なことは、イリスにはちょっと難しいかもしれないかもね」


 でも、とミレイは続けた。いつもの優しい笑顔で語りかけるように話してくれる。


 「でも、イリスは何もあたしみたいにならなくったっていいんだ。イリスはイリスの出来る事をし続ければ、きっとすごい人になれるよ」


 そう。人は誰かになる事は出来ない。変わりになることすら出来ない事も多いのだから、それはきっと当たり前のことで、イリスが思うミレイのようになってみたいという願望も叶わないのかもしれない。


 だが、ミレイは言ってくれる。そんなのならなくていい、イリスはイリスになればいい、と。心に染み入るような優しい言葉の余韻に浸りながらイリスはどこか納得した表情になり、それを見たミレイは安心するように目を細めた。


 「あはは。たまにはお姉さんらしいこと言えたかな?」


 半分冗談で言ったつもりであったが、どうやらイリスは本気として聞いたらしい。次のイリスが発した言葉に、ミレイは完全に固まってしまった。


 「ふふっ。いつも素敵なお姉ちゃんですよ。ありがとう、お姉ちゃん。・・・って、あ、あれ?み、ミレイさん?あれ?固まっちゃってる?」


 イリスがおろおろしていると、氷が解けたように動き出すミレイだったが、なにやら頬が若干染まっているようで、ちょっともじもじしていた。


 「い、イリス」

 「え?はい、何でしょうか、ミレイさん」

 「もっかい言って?」

 「え?」

 「もっかい言って欲しいな」


 もじもじしながら言うミレイはすごく可愛いのだが、何を言えばいいのやらという顔をしてしまうイリス。とりあえず手前に言った言葉を言ってみた。


 「・・・固まっちゃってる?」

 「そこ違うっ、その前の」

 「・・・・・・お姉ちゃん?」


 その言葉に、はうっと可愛らしい声が出てしまい、ミレイは胸がきゅううっとなってしまう。なんという魔法の言葉なのだろうか。それはそれは恐ろしい破壊力のある言葉だった。目が点になるイリスにミレイは、その何気なくかけてもらった言葉に嬉しくて嬉しくて仕方がなかったようだ。しばらくもじもじしていたミレイはあはは、ごめんねと笑いながら話を続けていった。


 「いやー、すごい破壊力だった。これはある種の魔法だね」


 ミレイの言葉がまるで理解できていないイリスは呆然としていた。正直な所、ミレイの言っていることがよくわからなかった。そんな顔をしてるとミレイが気にしなくていいと言ってくれた。


 「あー、ごめんごめん、気にしないで。こっちの事だから」


 疑問符が抜けきらないイリスはしばらく考えるが、ミレイが違う話を振ってしまったので意識がそちらに向いてしまった。だがイリスは、理由はわからないが言葉が詰まってしまう。


 「さっきの子、可愛かったね」

 「そう・・ですね・・・」


 (確かにとても可愛かった。さらさらとした赤いショートヘアに赤い瞳で、とても優しそうな目元をしていた。5,6歳くらいだっただろうか。ちょっと下を向いていたのが気になったけど、それよりも・・・)


 「―――リス。イリス?」


 ミレイの言葉にはっとなり思考から意識がミレイに向かう。どうやら深く考え込んでいたらしい。そんなイリスに首をかしげているミレイは大丈夫?と聞いてくれた。


 「あ、はい。大丈夫です。ちょっと考え事をしてて」

 「考え事?」

 「はい、さっきの子の事を考えてました」


 さっきから何かが引っかかる。とても可愛らしい子だった。でも、何かが・・・。


 「どこの子だろうね、あの子、前のあたしだったらぎゅっとしてただろうなぁ」

 「ふふっ、ミレイさんってば。でも、抱き疲れるのって私は嬉しかったですし、あの子も喜んでくれるんじゃないですか?」

 「どうだろうねー。人によって嫌がる子もいるからねぇ」

 「そうなんですか?」


 イリスにとってミレイに抱きつかれるのはとても嬉しい事だった。あったかくて、まるでミレイの優しさで心が満たされるような、そんな感じがする幸せなひと時だ。


 (さすがに嫌がられるっていうのはよくわからないけど、人それぞれって事なのかな?あんなに素敵な事なのに・・・)


 「それにしても今日もいい天気ですね。あったかくて」

 「あはは、そうだね。こうあったかいと眠くなっちゃうね」

 「ふふっ、そうですね。この時期って気持ちがふわふわするような感覚があります」

 「あはは、そのうちすごく暑くなって日差しがまぶしくなるねー」

 「私は暑いのも好きですよ。でも、お日様がこう、ぎらぎらってするのはあまり・・・」


 イリスは話してる言葉が止まり固まってしまった。何かが、やっぱり何かが引っかかってる。イリスはそう思うが、どうしても答えが出ない。


 真剣な表情のイリスにミレイはきょとんとするも、しばらく様子を見ることにした。ここまで真剣な表情のイリスを見たのは初めてだったからだ。しばらくイリスは考え込んでいたが、急にはっと何かに気が付いたようだった。


 「すみません、ミレイさん。今日はこれで失礼しますね」

 「え?う、うん。またね、イリス」

 「はい!」


 挨拶を手短にしたイリスは、すぐさま小走りで街の東側へ向かっていった。



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