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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"絵本を読み聞かせるように"


 身体を少しだけ震わせるように、眼前の石版を凝視していたイリス。

 彼女の口から発せられたものは明らかに異質な意味を含んでいた。

 その聞き捨てならない言葉を耳にしたメルンは、驚きと疑問が入り混じる感情を顔に浮かべながら、問題のそれを尋ねていった。


「…………イリス。……何故、そんなことがお前に分かる。

 ここに書かれている文字は、アタシの時代では使われていないものだ。

 確かにアタシは言語学に通じているわけではないが、それでもこれが世界で使われていない異質なものであることくらいは十分に理解できる。

 ……だが、そんな文字を、何故お前が読めるんだ?

 お前は言ったな。『この世界の"天上の管理世界"にいらっしゃる女神、エリエスフィーナ様が残した石版に間違いありません』と。

 ……どういう意味なのか、アタシに説明してくれないか」


 非常に複雑な表情をしながら尋ねていく彼女は、イリスが言葉にしたものの意味を理解できないわけではない。

 だが、それでも、イリスの口から直接聞きたいと思ってしまっていた。


 彼女が既に"女神と逢っている"ということは、考えなくとも理解できる。そしてイリスが嘘を吐いていないことも、実際に女神と逢ったことも揺るがぬ事実なのだろう。

 それも"女神アルウェナ"などという偶像ではなく、本物の女神(・・・・・)と。


 こんなこと、にわかには信じられないどころか、見知らぬ者がそんな事を口走ったら、その者の精神を疑うことはまず間違いないと言えてしまうだろう。


 イリスはそんな者とは絶対に違う。

 口から出任せを言うなど断じてないと、メルンには断言できる。

 しかし、女神の名前まで口にしてしまった彼女に疑問が浮かばないわけでもないメルンは、腑に落ちないその言葉を尋ねずにはいられなかった。


 そんな彼女の問いかけに、何と言葉にしていいのやらと考えていたイリスは、嘘偽りなくメルンへと自分の生い立ちを話していった。


 自身がこの世界の出身者ではないことや、別の世界で生まれ育ったこと。

 その世界のことや、傍で見守られながら共に暮らしてくれていた女神様のことを。

 その大切な女神様と大事な約束をし、この世界へと降り立ち、もう一度逢うために世界を旅していることを含め、何一つ隠さずに、イリスはその全てをメルンに説明する。


 そして彼女は続いて、自身の旅の目的となるものについての説明もしていく。

 "眷属事変"と呼ばれている魔獣のこと、唯一犠牲になってしまった大切な姉のこと。

 姉の身に一体何が起こり、どうすれば良かったのかを探し求めて旅をしていること。

 旅先で待ち構える様に遭遇した特殊な危険種を討伐し、ここまでやって来たことも。

 その一切を包み隠すことなく話していった。


 そんな彼女を見つめながら静かに耳を傾けていたメルンは、話を終えたイリスを暫く見つめた後、瞳を閉じながら言葉にしていった。


「……そうか。お前は、そういった存在だったのか。

 何か他の奴とは違うと思えたが、そういったことも関係していたのか。

 ……いや、そうではないな。お前はお前だ。

 そこに、"異なる世界に生まれた"ことが関係するはずもない」


 今までにないほど優しい眼差しで見つめられ、その温かな言葉に嬉しさを感じ、思わず涙が零れ落ちそうになってしまうイリスだった。


   *  *   


 暫しの時間を挟み、心を落ち着かせていくイリスへとメルンは言葉をかけていった。


「イリス。石版を読めるお前の知識を、アタシにも"共有"させて貰いたい。

 今、アタシに必要なのは、お前の生まれた世界の言語だろう。

 それでアタシでも石版が読めるようになるから、研究が少しは捗るはずだ」

「……"共有"、ですか? あの魔法はとても危険なものだと知識にありますが……」


 自身の知識を他人と共有するその魔法は、上級補助魔法に分類される。

 使い手だけでなく、対象者も相応の力量がなければ、受け取った瞬間に恐ろしい悪影響が出かねない、扱いが非常に難しい魔法となるとレティシアの知識に含まれていた。

 これを仲間達へと使わなかったのは安全を考慮しての事ではあるが、アタシならばイリスよりも遥かに強いのだから、全く問題ないと思うぞと彼女は言葉にしていった。


 自信たっぷりの笑顔で答えていくメルンに、本当にその通りだと安堵しながら彼女に釣られて微笑んでしまうイリスは、ひとつの魔法を発動していった。


「"知識共有魔法ナレッジ・シェアリング"」


 イリスとメルンを繋げるように、黄蘗色の魔力が二人を覆っていく。

 光が収まる頃になると、徐々に鮮明になっていく"言語"に関する知識を手にしたメルンは、再び石版へと目線を向けていくと、面白いように読めるようになっている自分に笑いながらも、改めて凄い魔法だなと言葉を漏らした。


「この魔法は本来、正確な情報の伝達に用いられるものだが、魔法を使う者同士の力量が一定以上の熟練度を必要とする条件が付き纏う、使い勝手の悪いものでもある。

 ……それをまさか"新しい言語"を学ぶことに使用するとは、流石のアタシも思いもしなかった魔法の使い方だが、これでアタシも研究に参加できるな。感謝する、イリス」

「とんでもないです。私ひとりでは分からないこと、見つけられないことも多いでしょうから、メルン様にも石版を読めるようになって貰えたのはとても嬉しいです。

 ……とはいえ、全ての文字が読めるわけではないようですね」


 視線を石版へと戻すメルンは、そうだなと頷きながら言葉にした。

 確かにイリスの言語知識で、石版を読むことはできるようになったが、それもごく一部を除いて、と言った方が正しいようだ。


 イリスの真横へと移動していったメルンは、二人で石版に書かれているものを読み解いていくが、すぐにイリスもメルンもその表情を曇らせ、そう時間をかけずに驚愕して血の気を引かせてしまうほどの内容が、そこには刻まれていたと知ることになる。

 メルンはその書かれているものへと睨み付けるような鋭い視線を向け、イリスは口を少しだけ開きながら、真っ青な顔で小さく震えていた。


 十ミィルほどの時間がそのままの状態で経ってしまった頃だろうか。

 ようやく口を開けるようになった二人は、その石版に記されているとんでもない内容に恐怖し、震える声で静かに言葉にしていった。


「…………これ、は……まさか、本当に……? そんな、ことが……?

 ……いや、女神が残したのだとすれば、嘘を吐く必要などない。ましてやこれが置かれていたのは"深淵"の、それ以上行くことのできない最下層と言える場所だった。

 ……では、やはりこれは…………"真実"、なのか……?」

「……に、にわかには信じられませんが、エリエスフィーナ様が残されたものである以上、真実であることは揺るがないと思われます。実際に私はお逢いしていますが、それを含め、こういったことを冗談でなさるようなお方ではありません。

 ……所々、分からない単語が出ていますが、これは何を意味しているのでしょうか」


 右人差し指を問題の部分へと向けていくイリス。

 前後の言葉から察すると、それは意味がおぼろげではあるが理解できてきたメルンは、自身の推察を話していきながら、続けて言葉にしていく。


「……ふむ。固有名詞だけではないようだな。……当時使われていたヒトの言葉に合わせたのか? ……だとすれば、一体いつの時代になる……」

「私の使われている言葉は、エリエスフィーナ様の世界も、私がいた世界でも、ある世界をモチーフに創られたのだと伺ったことがあります。それは言語だけでなく、世界の成り立ちや風土、動植物や環境に至るまで、とても酷似した創りをしているのだとか」

「……す、凄まじいな、その話……。完全に世界創世の話じゃないか……」

「……私が伺った時は、凄いなぁという程度でしか聞けていませんでしたが、今にして思えば、とても凄いことを話して下さっていたのを改めて感じます……」


 創世記など、普通の人では絶対に聞けないだろう。それを間近で、まるで絵本を読み聞かせるようにしていた彼女の凄さを、改めて思い知るイリスだった。



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