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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"最深部で目にしたもの"


 とてもではないが、イリスが到達できない場所の話は、彼女にとってはとても興味深く、好奇心を刺激されるも、何より非常に危険で恐ろしい場所だと認識してしまう。

 そんなことを考えているイリスへと、メルンは話を続けていった。


「百三十階層以降となる"深淵"は、もう別の世界と言っていい程の場所となっていた。

 数十から百程度の魔物が一挙に押し寄せ、更にはとんでもない強さの"雷光の大蜥蜴(ブリクスム・ドレイク)"なんて化物級の魔物が不定期だが鉢合わせるが、それも三百階層辺りまでとなる。

 それまで(おびただ)しい数が襲い掛かってきた邪魔な魔物共が、一気にその数を減らし、一階層ごとに十匹以下と激減していった。それ以降は更に数を減らしていき、最深部手前となる三百五十階層からは一部を除き、階層に一匹ずつしか生息していなかった。

 ……これは推察にしかならないのだが、恐らくは本当に強いもの(・・・・・・・)しか存在しないのだろう。それぞれがそれぞれの階層に縄張りを作るように存在していたのが印象的ではあるが、その強さはこれまでとは明らかに異質なものばかりだった」


 "深淵"と彼女達が名付けた場所から先は、とてもではないが力のないものは足を踏み入れることすらできない別世界へと繋がっていたらしく、ここを突破するのは最高の力を有していた彼女達ですら、そう容易くは実現しなかったのだと彼女は話していく。

 そんな中、"レティシアがいれば"というメルンの言葉が、とても印象的に聞こえたイリス。本当に彼女がいれば、その状況は劇的に変化するほどの力を有していたのだろうと思えてしまった。


 そしてメルンは言葉にしていく。

 最早、伝説上の存在である魔物の名を、彼女は言葉にする。

 そのどれもが書物の中でのみ存在する作り話だろうと、イリスのいる時代の者達の殆どは言葉にしてしまうそれらが、確かに実在したのだという証拠を、メルンは言葉にしてしまった。


 メルンはレベッカが残したという、ミスリルランク冒険者の英雄譚を知らない。

 だが、一冊の書物に記された魔物の名を彼女がすべて言葉にしてしまったことが、それを真実の話としてイリスの前に表れていった。

 彼女達が出遭い、それらを討伐した上で無事に生きて帰ることに成功した揺ぎ無い真実が、彼女の言葉には秘められていた。


「巨大白銀狼のフェンリル、体長十メートルは軽くある巨大猪"エリュマントス"と、その対となる巨大猪"カリュドーン"、単眼の巨人"キュクロープス"、双頭の怪物犬オルトロス、魔法に近い技術を使う巨大牛"クレータ"、鋼鉄以上の強度を持つ翼の先で攻撃する大怪鳥"ステュムパリデス"、大鷲の頭と背中に翼を持つ大獅子グリフィン。

 二足歩行の巨大狼ウェアウルフ、三つ首を持ち、それぞれが別々の攻撃をしてくる獅子のような巨大犬"ケルベロス"、四匹一組で連携を取りながら襲い掛かる巨大馬"ディオメデス"、凄まじい速度で翻弄しながら獲物を狩ろうとする巨大狐"テウメソス"、恐ろしいほどの耐久性と攻撃力を持つ大獅子"ネメア"、九つの首を持ち、周囲を溶かすほどの途轍もない猛毒攻撃をしてくる巨大蛇"ヒュドラ"。

 どれもこれも、レティシアの創り上げた力なくして討伐などできない存在の数々が、地下へと降りれば降りるほど凶悪な存在として、アタシ達の前に立ち塞がった。

 ……意識は石碑の中へと入った頃と大差ないほどの時間経過しか感じていないが、それでも未だに忌々しく思えるほどの強さだったことは間違いない。

 ……正直なところ、よくもまぁ全員無事に地上へと戻れたもんだと感心するほどだ」


 苦虫を噛み潰したように、忌々しく言葉にするメルン。

 メルン達は今の自分の力を遥かに凌駕していると断言できるほどの強さを持つと、はっきりとイリスは自覚できた。

 恐らくは、戦力外通告をされてしまったアルエナよりも弱いのではないだろうかとも思えてしまうが、それを察したかのようにメルンはイリスへと言葉にしていった。


「下位ドレイクのアールデとはいえ、"凶種"をたったひとりで打ち倒しているんだ。

 お前はアルエナよりも強いよ。……まぁ、アタシ達の中であいつの強さは一番下だったからあまり慰めにはならないと思うが、それでもレティシアの考案した"新たな言の葉(ワード)"の影響下にあった平和な世界(・・・・・)にいたんだ。倒したことを十分誇るべきだと思うぞ」


 彼女のその言葉に、喜んでいいのか悩んでしまうイリスにメルンは、『お前はレティシアではなく、アルエナ寄りの性格だな』と楽しそうに笑いながら話を戻していった。


「その更に先、最下層となる三百六十四層。

 (ようや)くここに辿り着いたアタシ達だったが、既にダンジョンに潜ってから軽く一年は経過していたと推察された。ここに辿り着けたのは戦いに特化した仲間達のお蔭ではあるが、誰一人として欠けることなくこの場にいられることが何よりも嬉しく、仲間達と最深部を調査するよりも先に騒いだことを、今でもはっきりと覚えているよ」


 遠くを見つめるように思い起こしているのだろう。

 メルンはとても優しい表情を浮かべながら、暫しの間沈黙してしまっていた。

 その姿を見たイリスもまた、まるで自分の事のように見たことがない光景を想像し、とても温かい気持ちになっていたようだ。



 そして話は最深部へと進んでいくが、実際にそうとは言えないのだと彼女は言葉にして続けていった。


「結論を言うと、実際にその場所は最深部というわけじゃなかった。

 その先がぽっかりと開いていてな。底が全く見えないほどの深い穴となっていた。

 それでも、その収穫は十分過ぎるほどとも言えるだろう」


 そう言葉にしたメルンは、イリスが推察してきたものの答えを話していく。

 当然これは、正確な答えなどないものではあるのだが、確たるものを感じているような自身に満ちた声色で彼女は言葉にしていった。


「ダンジョンを最深部まで魔物を観察しつつ調査してきたが、恐らくお前が推察している通りで間違いないと思われる。たとえ異様な姿をしていようとも、ダンジョンにいる魔物の全ても動物から派生したものを思われる容姿や動作を若干残し、魔物とは違う独自の"進化"を遂げたものとアタシは推察した」


 そしてとあるものが"深淵"最深部に存在していたと言葉にするメルンの表情はこわばり、それを目にしたイリスも気を引き締めてしまうほどの真剣な顔へと変わっていた。


「……一体、何に気が付いたのでしょうか」

「気が付いたんじゃない。あった(・・・)んだよ、そんな場所に」

「……あった(・・・)?」


 思わず尋ね返してしまうイリスに、メルンはそうだと短く応えながら話を続けていくが、それは恐らく誰が聞いたとしても驚愕してしまうような言葉が彼女の口から紡がれていった。


「"深淵"最深部で目にしたもの。

 それは三メートルはあろうかという、大きな石版(・・)だった」

「……石、版……?」


 目を大きく開けて呟くようなイリスの言葉に、再びそうだと短く答えたメルンはその時の様子を話していく。


 最深部となるその場所には魔物は存在せず、広大とも言えるような一部屋の空間となっていたらしい。

 そしてその中央に問題のそれ(・・)が、まるで安置されたかのように立てかけられて存在し、その更に先には、底の見えない巨大な穴が広がっていたという。

 まるで崩落してしまったかのようなその場所も気にはなるが、それよりも遥かに異質極まるモノに、仲間達の誰もが口を噤み、その場に凍りついたように一歩も動けなくなってしまったそうだ。


 大きさは縦三メートラ、横1メートラという長細いもので、厚さとなる奥行きは三十センルほどしかないものだったそうだ。

 まるで宝石のような素材でありながらも、その石質は世界中の鉱物に博識のあるトラヴィス・アドラムですらも判明しない物質であるどころか、その場にいる誰もが理解の遠く及ばないもので造られていることだけは察することができたという。

 更にその石版には文字が刻まれ、明らかに人為的なものであることは間違いないが、素材もそしてそこに書かれていた文字も、メルンの時代ですら理解できないほどの言語だった。


「……メルン様の時代よりも、遥か以前の古代の言葉、なのでしょうか……」

「その可能性はあるが、全くと言っていいほど理解が及ばない文字でな、それすらも正直分からないというのが本音だな。

 聡いお前なら分かるだろうが、古代語を解読するには情報が圧倒的に不足している。

 その板切れ(・・・)のみで判断できる方が、どうかしているだろうな。

 お前がこれまでの説明の中で言葉にした"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"は、当然アタシ達も扱う事のできる魔法技術となる。それも経験の差でより洗練されたものをアタシ達は所持しているが、お前も知っての通りこの力での解読は、言葉を知らねば意味のないものとなる。

 解毒にしてもそうだ。その本質が理解できねば、全く効果を見せない力という不便さを持ち合わせているが、その法則を無視してまで治療する行為は、人の身で実現などできないものと言えるだろう。

 そして問題のモノは、何か特殊な力で地面に石版が刺さっているようで、持ち運ぶこともできなかった、と言えば、お前ならもうその意味を理解できるだろう?」


 そう言葉にしたメルンだったが、"持ち運ぶことができない"と口にした時点でイリスの表情が劇的に変わっていくのを目にしていた彼女は、外の世界(・・・・)で逢いたかったもんだと本心から思っていた。


 メルンの言葉の真意を理解できないわけがないイリスは、あまりのことに全身から鳥肌が立ってしまっている。

 彼女はイリス以上の真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースの使い手であり、知識も経験も豊富な女性だ。

 その強さは魔法によるものだけでなく、何よりも知識が深いことは間違いない。


 そんな彼女を、いや、彼女達をもってしても、引き抜くことができなかった石版。

 そんな存在などありえないと断言できるほどだった。

 そしてそれが意味する答えは、たったひとつしか思い付かない。

 思わず震えがきてしまうイリスを見つめながら、メルンは言葉を続けていった。


「……確かに、アタシ達の知らない、超が付くほどの高度な文明を持つ存在であれば、そういったことも可能だろう。実際に創り出すこともできるかもしれない。

 だがそんな時代が存在していた事実の欠片も、この世界に微塵もありはしなかった。

 それよりも遥かに現実味を帯びた答えが目の前にあると、アタシ達には思えてならない。お前なら理解できている筈だ。その答えをアタシに聞かせてくれないか、イリス」


 真剣な表情で尋ねるメルンに、イリスは瞳を閉じて心を落ち着かせ、そしてゆっくりと瞳を開けながら、その"答え"を静かに言葉にしていった。


「……石版は、この世界の、本物の女神様(・・・・・・)が、残された物である可能性があります」


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