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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"彼女の持論"


 少々考え込むようにしていたメルンだったが、今更いっても仕方ない事だと割り切って思うようにしたらしく、気持ちを新たにイリスへと言葉にしていった。


「……まぁいい。それは考えても今更だからな。

 それで、今はどれほど年数が経ったのか分かるか?」

「はい。今は、聖王暦八百十二年となっています」


 イリスの答えに驚きを露にしながらメルンは呟いた。


「……そんなに時代が流れているのか……。最悪と言葉にするべきか、それとも平和な世界が続いていることに安堵するべきか。正直なところ、判断ができないな……」


 意味深な発言をしてしまうメルンへ聞き返そうとするも、先に彼女は尋ねていく。


「それで、お前は石碑をどれだけ周った?」

「こちらで三つ目となります。既にレティシア様とアルエナ様にお逢いしておりまして、お二人とも大切な知識を託して下さいました」


 続けてイリスは、これまでの旅で体験したことの全てをメルンに報告していく。

 レティシアのこと、アルエナのこと、現在もフィルベルグとアルリオンが無事に存続し、大きな王国となっていること、"白の書"に関すること、危険種と呼ばれている存在についても。

 その様子を驚くことなくメルンは間に口を挟まず、静かにイリスの言葉に耳を傾けていた。

 全ての経緯を話し終えたイリスへ、大凡把握した彼女は呟くように話していく。


「……なるほどな。フェルディナンがあの本を遺していたとは思わなかったが、まさかアルトにも、"アイツの適格者"にも既に逢えているのか。

 ……いくら"想いの力"でそうなるようにと力を込めても、実際にそうなるだなんてな。それも共に旅をしているとは、流石にアタシは思わなかったな。

 ……本当に世界はそんな風にできているのか。いや、それも全て必然なのか。

 ……ならば、いずれはあれも集まるという事か」

「"あれ"とは、どのようなものなのでしょうか?」


 呟くように言葉を漏らすメルンはイリスへと向き直り、それについての話を始めていくが、この件については彼女が思っていた以上に驚いてしまう答えを、イリスは出してしまう。


「……本当に数奇なもんだな」

「どうすればよろしいでしょうか」

「今はそのままにしておけ。レティシアに逢った時に、その意味も分かるようになる。

 ……いや、勘の良さそうなお前のことだ。"知識"を渡した瞬間にその役割を察する可能性も高いだろうとアタシは思うが、念のため加工は控えた方がいいかもしれないな。

 あれはお前の時代ではもう、入手が非常に困難だと思われる。

 それについても後々に話すべきだろうが、今はおいておくか……」


 そう言葉にした彼女に頷きながら分かりましたと返すイリスに、随分素直な奴だなと思ってしまうメルンだった。


「いいのか? 今、聞こうと思えば、それを知ることもできるんだぞ?

 アタシもその答えを持っている。……聞きたいとは思わないのか?」

「好奇心はとても強いですが、それもいずれは知ることとなるのであれば、今はそれを聞こうとは思っていません。

 もし、今知るべきことであるのなら、メルン様からお話して下さるはずですから」

「……聡いな、お前は。助手に欲しかったくらいだ」

「助手、ですか?」


 首を傾げながら聞き返してしまうイリスに、メルンは自身の話をしてくれた。


 曰く、彼女達の種族は研究家の家系で、そういった者が非常に多かったそうだ。

 当然戦うことも十分にできる者達が殆どではあったが、それもあの眷属戦で滅んでしまったという。恐らく最後の生き残りと思われた彼女は、子孫を残すことよりも、自身に成すべきことの為に歩き続けていたという。

 中でも彼女の功績は、レティシアやアルトのような新技術を確立させるようなものではなく、彼女が短い人生の中で手にしてきた知識と、その推察の全てをメルン自身が独自にふるいにかけた者へと伝えるためだけに、この石碑へと"移入"したそうだ。


「アタシの知識を後世に残す、だなんて大層なことをするつもりはないが、折角手にしたもんだからな。気の合う奴(・・・・・)に託すのも悪くはないと思えたんだ」


 笑顔で語るメルンの言葉に、少々疑問を抱いてしまうイリス。

 それを理解した彼女はそれについて教えてくれるも、今回は表情に出ていなかったと自信があったイリスは、それを表情に出してしまっていたようだ。


「何故分かったんだって、中々面白い顔になってるぞ。お前の表情には出ていなかった。ただのアタシの推察に過ぎなかったんだが、その表情は非常に分かり易いな」


 声を出しながら笑ってしまうメルンと、苦笑いが出てしまうイリスだった。

 そんなメルンは一頻(ひとしき)り笑い終えると、とても真面目な表情に変えて言葉にしていく。


「アタシの知識とレティシアがお前に渡そうとしている知識は、ここを出る時に渡すつもりだが、その前に話さなきゃならないことがある。二人から聞いているかもしれないが、アタシの研究してきたもののひとつである、魔物のことだ」


 イリスにそう言葉にしたメルンは、彼女を見つめて言葉を続ける。

 それはイリスが以前から感じ続け、ここまでずっと推察してきたものであり、ダンジョンと呼ばれた、現在では"コルネリウス大迷宮"として知られている場所の内部で、それを確信するに至った"彼女の答え"と照らし合わせることができるかもしれないと、思わずにはいられない言葉を含ませているように、彼女には思えてならなかった。


「……その様子じゃ、お前も気が付いているな。魔物と呼ばれる存在の"本質"を」


 真剣な表情で言葉にする彼女にイリスは小さく頷きながら、言葉にしていった。

 その答えに、メルンは本当に聡い者がやって来たと、口角を少し上げてしまう。


「はい。……魔物とは、動物の"成れの果て"となってしまった存在だと推察します」



 この世界には、確かに存在すると言われている動物。

 だが、その姿を確認できた者は、現在ではとても少ないという。

 ヒグマやライオン、トラなどの非常に危険な動物も存在すると言われ、人が滅多に足を踏み入れない森の奥深くや渓谷、洞窟や高山などにひっそりと暮らしているのではないだろうかと魔物学者に囁かれているが、その正確な生態を確認した者はいない。

 ここに全ての人は疑問を持つべきだと、イリスは魔物について勉強をしていた時から考え続けていたが、それは恐らく、魔物と呼ばれるものが存在しない場所から来ているからなのかもしれないと、イリスはこれまでの旅の中で思いが至っていた。


 彼女が生まれた世界には、数多くの動物達が存在していた。

 危険な肉食獣と呼ばれていた動物は神々が管理し、人に害を与えないようにしているのだと、神の人柱(ひとはしら)たる家族のひとりから聞いたことがあるイリスにとって、動物とはとても身近にいて、そこかしこで見付けられる、とてもありふれた存在だった。


 しかし、この世界に降り立ってこのかた、イリスは動物を見たことがない。

 それは街中に聞こえる小鳥を見かける程度であって、犬や猫といった小動物と共に暮らすということも、この世界ではありえないことなのだとレスティから聞いて、盛大に驚いたくらいだった。


 この世界では動物と呼ばれる存在そのものが、彼女の生まれた世界とは大きく異なる。魔物に喰われているために見つからないのだと言葉にする魔物学者もいるが、それを公言している者も実際にそれらを目視で確認したわけではないと記録に残している。

 よくよく考えてみれば、危険な魔物が存在する世界を旅しなければ、手にすることなどできない情報となるのだから、当たり前と言えばそうではあるのだが。


 ではなぜ、それでも動物の存在を疑わないのか、という疑問に行き当たるが、それはイリス達もこれまでの旅で、その理由のひとつとなるだろう事を何度か目視してきた。

 恐らくと頭に言葉は付くが、動物の骨と思われるものが転がっていたからだ。


 魔物はそれぞれ"領域(テリトリー)"と呼ばれる独自の不可侵領域を持つ存在だ。

 それを侵入してくる者は、たとえ同じ魔物の種類であろうと襲い遭う、非常に厄介で危険な存在と言えるだろう。

 落ちている骨が魔物である可能性も捨てきれないが、その骨格は明らかに魔物とは思えないような小ささであったり、頭に角がなかったりと、魔物と判断できる特徴らしきものが見られないものばかりだったとイリスは考えていた。


 しかしその推察が、彼女を混乱させてしまうものにもなっていた。

 動物であることは、転がる骨を見れば疑いようのない事とも思えてしまう。

 恐らくは存在していることも間違いではないだろう。


 ……では、魔物とは、どこから来たのだろうか。


 "ある日突然、地面から湧いて出た"などと推察する魔物学者もいるが、世界ではそんなことを公言する者へと向けるのは、嘲笑や冷え切った視線のみばかりらしい。

 生物だと思われる存在である以上、それらが発生する仕組みが必ずあるはずなのだが、魔物の生態は今現在でも突飛な極論が飛び出されているような"謎"とされている。

 恐らくエークリオでは、今現在でも終わる事のない話し合いがされているのだろう。


 だが、ここまで旅を続けてきたイリスには、ある種の確信があった。

 それについてイリスはメルンへと、持論を述べていった。


「これまでの旅の中で、動物の骨と思われるものをいくつか目にしてきましたが、その生きた姿を見ることは、今まで一度もありませんでした。

 出逢うものは全て凶暴な魔物のみ。それも動物に近い存在でありながら、その姿だけでなく攻撃方法ですらも、動物の特徴と酷似していると思われるようなものを繰り出してきていると、私には感じられました。

 まるで動物の生態を引き継いでいるかのようにも、私には思えてなりません。

 ボアの突進も、ディアの後ろ蹴りも、ホーンラビットの跳躍力も。

 その全てに動物と思われる特性を攻撃へと転用しているようにも、私には思えます。

 そしてこれらだけではなく、私がこれまで出遭ってきた魔物と、それについて書かれた本による知識の全てに、私の推察が当てはまるように感じられました。

 確証のない極論と言われてしまうかもしれませんが、私には魔物が動物の成れの果てとして変異してしまった存在なのではないかと、思えてしまったんです。

 恐らくですが、この世界にはもう動物は存在しないか、存在していても魔物へと変貌を遂げてしまうかの二つに一つではないかと私は推察しています」


 静かにイリスの持論を聴いていたメルンは、にやりと笑いながら言葉にしていった。


「……本当にお前は聡いな。生きているうちに逢いたかったよ」

「……メルン様」


 そう言葉にしたメルンの表情は、どこか寂しそうに見えたイリスだった。



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