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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"その存在を前に"


 ようやくファルをなだめる事ができたようでホッとする一同だったが、今もなお鼻を軽く(すす)る彼女をちらりと見ながらも、未だイリスがやって来ない事に心配するべきか、ファルのこんな姿を見られなくて良かったと思うべきなのか、悩ましく思っていた。


 あれから二十ミィルほどが経過したと思われたが、正直なところ、正確な時間など分からない。集中して戦っていたせいもあるが、戦闘にどれだけ時間をかけたのかですら最早憶えていないほどの、とても濃密な時間を過ごしてしまったヴァン達だった。


「……とりあえず、エステルのところに戻ってイリスの帰りを待つか」

「そうですわね。もういい加減、この場所からも離れたいですわ」

「そうですね、姉様。私もそうしたいです」

「それじゃあ大樹に戻ろう。……いいかい、ファル?」

「……うん。……ぐすっ」


 転がるそれを背中に向け歩き出した時、随分と疲労が溜まっているのだと自覚するほど、身体が疲れていると感じられたヴァン達だった。

 本当に濃密な時間を過ごしたと考えながらも、無事に事なきを得て安堵していた。


 だがその脚を完全に凍り付かせ、硬直するように仲間達をその場に留まらせていく。

 どくんと脈打つように、後方から軽い衝撃が彼らの身体に届いてしまう。

 全身から一気に血の気が引いていき、けたたましいほどの警報(アラーム)が鳴り響く。


 全員同時に背後を振り向き、転がるそれへと視線が集中していった。


「…………ば、馬鹿な……。そんな……馬鹿な……」

「……そん、な……。覇闘術の、奥義を当てたんだよ……。

 体内からマナが爆発したような衝撃に耐えられるなんて……ありえない……」


 ゆっくりとその身を起こしていく存在に、たじろぐヴァン達。

 だが相当のダメージがあったようで、何度も地に伏していくが、それでも立ち上がろうとすることを諦める気配を感じないどころか、今までよりも遥かに強い敵意をこちらへと向けていた。


 理解などできるはずもないその悪夢のような光景に、この場にいる誰もが思考だけでなく身体までも凍り付いてしまう。

 しかし、唯一それに思い至ったネヴィアが、震える唇で小さく言葉にしていった。

 それは奴の視界に映る彼らにとって、最悪と呼ぶもの以外何ものでもなかった。


「…………も、もし仮に、ファル様の攻撃で体内を巡るマナが強制的に破壊され、それをこれまでの短期間で、自然修復(・・・・)されてしまったのだとしたら……」


 ネヴィアの言葉に、全身から震えが来てしまう仲間達。

 その先に続く言葉を誰もが噤み、ただただ目の前の光景を立ち竦みながら見ていた。


 そんなことあるはずがないと断言できる者など、いるわけがない。

 イリスであればその答えが出せるかもしれないが、彼女は未だ合流できていない。


 既に上半身を起こすまでに回復してしまったようにも見えるガルドは、これまでにないほどの唸り声と共に、射殺さんばかりの強烈な威圧を込め、睨み付けてくる。

 思わず青ざめてしまう一同だったが、いち早くネヴィアは魔法を発動していった。


「――"水の大竜巻(アクア・スパウト)"!!」


 未だ行動に移せないガルドに直撃するも、瞬時に彼女の魔法は霧散されてしまう。


 その驚愕の光景に目を見開き、震えながら後ずさってしまうネヴィア。

 今の攻撃は、マナを使い切るくらいの力を込めて発動させたものだった。

 それを無効化されてしまうとなれば、彼女にはもう有効打どころか、支援攻撃すらもすることができない。

 そもそも今まで彼女の攻撃がどれほど効果を示していたのかも分からないが、それでも少しくらいはダメージがあったはずだと思われた。

 それを完全にゼロとされてしまったことは、彼女の心を弱らせるには十分過ぎた。


 そうはない時間の中、固まり続ける彼らが目にしたのは、立ち上がるガルドの姿。

 こちらへと迫る勢いはまだないようだが、ヴァン達も完全に硬直してしまっている。


 ガルドは凄まじい咆哮をあげながら、その開かれた口にマナを集約していく。


 その姿に、全身がこわばるシルヴィア達。

 肉眼でもはっきりと映るほどのマナが、そのおぞましい口元へ集まり続ける。

 あんなものを食らってしまえば、とてもではないが立ってなどいられない。

 いや、全てを残さないのではないかと思えてしまう程の威力を持つかもしれない。


 マナの集約が終える直前に、ロットとネヴィアがようやく行動に移す事ができるようになり、急ぎ防御魔法を発動していった。


「"頑強な火炎の魔法盾ロウバスト・バーン・シールド"!! 全員俺の後ろへ!!」

「"水の防御盾(アクア・シールド)"!!」


 彼の盾に隠れるように退避したネヴィアは、唯一覚えた魔法盾を発動させていく。

 その威力はロットの盾とは比較にならないほど弱いもので、緊急用の防御魔法として学び、徐々に精度を上げていく予定だった途上の盾となるのだが、無いよりはずっといいだろうと判断し、ロットのバーンシールドの前に張っていった。


 ネヴィアが魔法を張り終えると同時に、繰り出されるガルドのブレス。

 瞬間、光が彼女達を包み込みながら凄まじい轟音が鳴り響き、瞬時にネヴィアの盾を崩壊させてロットの盾に凄まじい衝撃が到達する。

 吹き飛ばされるかのような凄まじい威力に苦悶の表情を浮かべるロットだったが、光に包まれた状態でそれを仲間達が知ることはなかった。




 途轍もない衝撃が感じなくなり、身体の異常を感覚で確認したロットはガルドを真正面に捉えるも、こちらへと迫るまでの力はまだ無いように見えた彼はそのまま周囲を見回すように確認していくが、護られていた一部を除き、その全てを消失させるほどの威力を見せ付けられてしまったようだ。

 大地が焼かれる匂いなど初めて体験する彼らは、それを軽々と体現した存在を前に、これ以上ないほど恐怖する。


 あまりのことに完全に言葉を失う彼らへ、ようやく後ろ足を動かすまでに回復したガルドは、ヴァン達へと向けて、今までにないほどの凄まじい咆哮を上げていく。

 その衝撃は、ガルドの後方に存在する朽ちかけた廃屋を消し飛ばすほどの威力を持った、攻撃とも言い換えられるようなとんでもないもので、それらを向けられた彼らは、全身から汗が噴出すほどの戦慄を味わっていた。


 明らかに今までとは違うと言えるほどの強さを感じる存在となってしまったようで、もう彼らにはイリスを待つほかに選択肢が残されていないように思われた。


 ファルの未熟な覇闘術では、恐らく今のガルドには通じないだろう。

 それを一番肌で感じているファルの士気は、仲間達の中で一番下がっているのを感じてしまったヴァン達だった。




 丁度その頃、大樹の中にある石碑に変化が生じていた。

 石碑の前に帰還する女性は、涙を流しながら、とても小さな声で呟いていく。


「…………お姉ちゃん……」


 辛そうに涙するイリスへエステルが頬を擦り寄らせ、イリスはそんな彼女を抱き寄せていった。


「……ありがとう、エステル。私は大丈夫だから……。

 …………エステル? どうしてここに?」


 イリスに問いに答えられない彼女は、いつもと変わらず優しい瞳で見つめていた。

 周囲の様子を見回していくと、いるはずの仲間達の姿を見ることができない。

 もしやと思い、とっくの昔に効果が切れてしまっている索敵(サーチ)を使い直していった。



   *  *   



「……ば……ばけ、もの……め……」


 肩から息をするヴァンは、忌々しくガルドを睨み付けながら言葉にする。

 ファルの士気も若干ではあるが戻り、戦いを続けていく一同だったが、その戦況は一瞬で勝負を決しようとしていた。


 魔獣戦でも感じたことのないほどの恐怖。

 圧倒的な強さの前に、なす術もないヴァン達。

 その攻撃も、その耐久性も、そしてその速度も。ありとあらゆる能力が劇的に跳ね上がっているガルドに彼らは、一瞬で刈り取られそうになっていた。

 今までの奴は、一体なんだったのだろうかと思える程の強さを手にしてしまった眼前のそれは、今も尚怒りを剥き出しにして回復を優先しつつも攻撃を繰り広げていた。


 しかしそれも、終わりの時が近付いているのを感じられた。

 一撃、二撃とその攻撃は鋭さと重さが増していき、防戦一方だった状況ですら一瞬で覆してしまっていた。

 既にヴァン達は満身創痍であり、次の一撃に耐えられるかも最早分からないという最悪の状況にまで追い込まれてしまっている。


 だが、それでも彼らは諦めない。

 可能性が僅かにでも残っているのであれば、諦めることなど彼らは選ばない。

 


 しかし無常にも万全の状態にまで、奴は回復してしまったのだろう。

 まるで勝利の雄たけびのような咆哮を上げたガルドは、眼前のヴァンへと向けて無慈悲な止めをくらわそうと、後脚に力を込めていく。


 今まさに駆け寄ろうと奴が動き始める直前、とても懐かしいと思えてしまう女性の声が、後方から優しく響き渡っていった。



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