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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"あの時とは確実に"


 石碑の中の人物と話ができるイリスを、羨ましく思ってしまう仲間達。

 彼女が戻るまで数ミィルほどだと聞いていたので、その間のんびりと会話を楽しむシルヴィア達だったが、暫くして何となく気になったファルは、仲間達に尋ねてみた。


「……思ってたよりも時間がかかるんだね」


 ファルがそう言葉にしたのも、仕方ないと言えるだろう。

 イリスが石碑に入ってから随分と時間が経つのだから。

 既に二十ミィルは経過していると思われたが、彼女が戻る気配はなかった。


「こんなに長いのは想像していなかったけど、何か話し込んでいるのかもしれないね」


 石碑の中に長く居続ければ、それだけこちらの時間がかかってしまうという体で話を進めているが、当然これは彼らやイリスがそう考えているだけの推察に過ぎない。

 これに関しては恐らくレティシアであっても、予想はできても確証は持てないのではないだろうかと言葉にするロットだった。


「まぁ、話し込んでいるのなら問題ないと思うよ。とても重要な話かもしれないし、ただの雑談なのかもしれないけど、どちらにしてもイリスが無事ならそれでいいよ」

「確かにそうだな。俺達はのんびりと待てば――」


 ロットの言葉に続くヴァンだったが、その会話は途中で途切れ、とても険しい顔になっていく。その様子を確認せずとも、どうやら仲間達も同じ気持ちだった。

 言葉を噤み、考え込んでしまったヴァンに視線を移しつつシルヴィアは話していく。


「……これは、イリスさんの警報(アラーム)に反応していますわね」

「そうだな。だが、こちらにはまだ気付いていないようだ。ゆっくりと歩いている気配を感じる。……大樹の中にいるから分からないのだろうか」

「恐らくアラームの影響は、魔法の効果を受けている者にとって危険だと思われる存在が、効果範囲内にいるだけでも反応するのでしょうね。

 ……どうしましょうか。イリスちゃんを待ちますか?」


 仲間達に言葉にしていくネヴィアは、彼女を待つべきだと判断したようだ。

 そしてその意見をヴァンとロットも肯定していった。


「そうだな。ネヴィアの意見に賛成だ。

 あえて冒険をする必要も、力を試す必要もない。

 ここは冷静に、最善の行動を取るべきだと俺は思うが」

「俺も同じ意見ですね。ここで無理に出て行くのは危険だと思います」

「でも、このまま放置って訳にもいかないんじゃない?」


 確かにファルの言う事も尤もと言えるだろう。

 しかし、ここで闇雲に出て行っては危険極まると思われた一行は暫し考え込むも、

こちらに気が付いていない以上、今はまだ戦闘は避けるべきだと判断した。


「イリスを待って判断を聞こう。現状、俺達だけで判断するのは良くないと思う」

「俺も賛成です。可能な限り、勝率は上げるべきだと俺は思うよ」


 ロットの言葉に頷いていく仲間達は、アラームに感じられる気配に警戒を続けながらイリスの帰りを待っていくも、更に十ミィルが経過した頃、反応に少々変化が見られたようだ。


「……こちらに近付いて来ますわね」

「うむ。だがどうやら歩いているようだな。急速に接近する気配を感じない」

「そう言えば、リオネスさんは大丈夫なのでしょうか?」

「あの人なら大丈夫でしょ。やたら強いし、この周辺では余程の事でもない限りは負けないよ。……っていうか、魔物に負ける姿を想像できないね……。それに魔物の反応がある位置は大樹を挟んで真逆の方向だから、鉢合わせる事はないよ」


 それならばよいのですがと、どこか不安気に言葉にしていくネヴィア。

 あぁ、ここにもあいつを心配する奴がいたんだねとファルは思いながら、今も尚ゆっくりとではあるが近付きつつある存在のことを考えていた。


 アラームの反応からすると、その存在は一匹だと思われる。

 だが、それ以上の詳細を知ることは、この魔法では不可能だ。

 流石にその存在を識別する魔法などはないそうで、一見万能に見える力でありながらも、こういった時には不便に思えてしまうのは贅沢というものだろう。

 これだけ凄いと言える効果を見せる魔法に、文句を言うことなどできない。


「……ふむ。こちらに向かう足が止まる気配はない、か。

 エステルをこの空洞に退避させよう。入り口は少々狭いが、何とか通り抜けられるはずだし、ここならばまだ安全だとも思える」

「そうですね。まずはそうしましょう。

 馬車を見つけたら、襲い掛かる可能性もありますからね。

 俺達はその近くで待機し――」


 待機しましょうかと仲間達に尋ねようとしたロットは、言葉を噤んでしまう。

 同時にファルは大きな声で、仲間達へと発言していった。


「やばい!! エステルが見つかった!!」

「いくぞ!! ネヴィアはエステルをこの場に退避!!

 他の者は魔物と交戦するぞ!!」

「了解!!」

「了解だよ!!」

「了解ですわ!!」

「了解です!!」


 走りながら言葉にするヴァンに続く仲間達は大樹を出ると、それぞれの役割に合わせ、瞬時に行動していった。


 敵へと接近しながらヴァンは思う。移動速度が速いと。

 この速度は並の魔物ではないことは明らかだ。

 しかし、ギルアムほどの速度は感じない。



 ……索敵範囲がギルアムよりも狭く、移動も遅い。

 パルドゥスか? ……いや、そんな気配を感じない。

 これはもっと危険な存在だと、俺の内側が言っている。

 まるで警告しているようにも思えるこの危機感。

 厄介な事にならねばいいが……。



 思考を巡らせるヴァンは、周囲に何もない場所を見つけ、その場所に陣取るように足を止めていく。

 既にその存在は対象をエステルではなく、こちらへと変えたようだ。


 ここは嘗て広場だった場所だろうか。

 噴水と思われるものの残骸が多少残るが、広々とした空間で周囲も視界が開けている場所となっているため、戦うには(あつら)え向きだと言えるだろう。

 アラームの反応を正面に前衛ヴァン、ファル、中衛ロット、シルヴィアで構える。


 だが、非常に嫌な空気が流れているのを仲間達は感じていた。

 言いようのない不安。いや、これはもっと別の感覚だ。

 とても不気味な存在を前にした、恐れにも近い感情なのかもしれないと肌で感じているヴァン達は、声を発する事ができずに魔物の襲来に警戒を続ける。


 やがて大きな地鳴りのように響く足音に、緊迫感を感じながらも警戒していた彼らの視界に問題の存在が姿を現すと同時に、ヴァンとロットとファルの三名は驚愕しながらも大きな声を上げてその名を叫んでしまった。


「「「ガルドだ!!」」」


 彼らの言葉に驚愕の表情を露にしまうシルヴィア。

 その存在の名を知らぬ者は、最早この世界にはいないと断言できる。


 今にも迫り来るその魔物は、嘗てリシルア全土を恐怖に陥れた忌むべき存在。

 数々の精鋭達の命を奪い、想いの全てを踏み躙った凶悪な危険種。


 レオルに似ているというその存在は、全長約四メートラ、肩高約三メートラの巨大種並の大きさと推察される。その巨大さは、嘗て戦いきった三人にとっても、驚愕させるほどのものだった。

 だが、更にそのひとまわりは確実に大きいだろうというその存在の威圧感は、見ただけでも凄まじいものが感じられた。この感覚に全体の士気が下がり、先手を打たれてしまったのを、まるで昨日のことのようにはっきりと思い出している先輩達。

 数多の色を黒く塗り潰さんが如き毛並み、おぞましく鋭い牙、荒々しく全てを切り裂く爪、無慈悲に振り回す尾、忌々しく睨み付けてくる眼、耳にするだけで士気を下げるかのような唸り声。

 そして何より、レオルには存在しない歪に曲がりくねらせながらも生えている頭部の黒い角。


 "黒獅子"とは良く言ったものだとヴァンは思う。

 忌々しい目でガルドを睨み付けるファル。

 今度は絶対に仲間を失わせたりはしないと誓うロット。

 そしてシルヴィアは……。


「……なるほど。あれが悪名高き"ガルド"なのですわね……。対峙してしまった以上、ここで仕留めなければ多くの悲しみを振りまく存在となるでしょう。

 ならば!! 私達にできることをするとしましょう!!」


 気合を入れ直し、剣をガルドへと向けていくシルヴィアに頼もしく思う仲間達。


 そうだ。今度はあの時とは確実に違う。

 全く違うと言えるほどに、強くなっている。


 武器を構え直すヴァン達が眼前へと迫る存在を見据えた頃、ガルドはヴァン達へと向けて飛び上がり、蹂躙しようとその巨躯を叩き付けていった――。


   *  *   


「ごめんなさいね、エステル。外は危ないので、ここで待っていて下さいね?」


 申し訳なさそうに言葉にするネヴィアに、頬を寄せていくエステル。

 行って来ますねと彼女を撫でながら言葉にしたネヴィアは、仲間達の下へと急ぎ駆けていく。


 それほど場所は離れていないはず。

 そう思いながら大樹の外へと出ると同時に、凄まじい轟音が轟いてきた。

 びりびりと大気を震わせるような衝撃に、ネヴィアは目を見開いてしまう。

 急がなければと身体能力強化魔法(フィジカルブースト)を使いながら仲間達の下へと向かうと、そこには膝をつく仲間達の姿を目にするネヴィアだった。


 一体何がと思っている間にも仲間達へと迫る存在に、彼女は言葉を紡いでいく。


「シュート!! "水よ、吹き飛ばせ(アクア・プレッシャー)"!!」


 右手で持ち、左手で支えた杖を前に出し、力強く詠唱していくネヴィアから、驚異的な速度で飛び出していく水の衝撃波。

 少々マナを込め過ぎたと感じる彼女だったが、手加減をする余裕はなかった。

 見たことのない黒い魔物に彼女の放った魔法は直撃し、凄い勢いで後方へと弾き飛ばされていくのを確認したネヴィアは、急ぎ仲間達に駆け寄っていった。


「皆様大丈夫ですか!?」

「お帰りネヴィア。間一髪だったよ。ありがとう」

「助かった。ありがとうネヴィア」

「いいタイミングでしたわね」

「ほんとありがとね、ネヴィア」


 仲間達の言葉に微笑みながら吹き飛ばされた魔物へと視線を向け直す彼女に、事の詳細を報告していくヴァン。

 そのあまりの内容に、思わずぽかんと小さく口を開けてしまうネヴィアだった。



 彼女が合流するほんの1ミィルほど前の事となる。

 今にも攻撃されるかという距離でガルドは高々と飛び上がり、踏み潰さんばかりの攻撃をヴァン達へと向けていた。

 それを難なく交わすことができた彼らではあったが、着地と同時に奴が攻撃してきたのだとネヴィアへと話していた。


「……強烈な共鳴波(ハウリング)、ですか……」

「そうだ。それもマナを帯びたものと推察する。つんざくような高音を響かせたものは、あのグラディルと同質と思われる。つまり――」


 それはあのグラディルと同等の存在だという事だと言葉にするヴァンだったが、実際にはそれを遥かに凌ぐものを浴びせてきたと推察していたようだ。

 どうやらイリスの考えのひとつが、悪いことに当たっていると思われた。


 当然確証などないし、目の前の存在だけが特殊なのかもしれないが、恐らくは彼女の推察通りなのかもしれないと、心のどこかで納得し、それが答えだと思えてしまっているヴァン達だった。


 奴はギルアムやグラディルと同じ、いや、確実にそれ以上の存在となるだろう。


 そう推察するヴァンの頬を、冷たい汗が流れる。

 先ほどの一撃でそれを察した先輩達が、そのことを口にすることはなかった。


 邂逅してしまっている存在は、嘗てリシルアを恐怖に陥れた存在よりも遥かに強く、厄介であるという事を。


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