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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"本物の強者"


「この辺りでいいだろう」


 周囲を確認しながらそう言葉にした彼は、その場で立ち止まった。

 魔物の姿は索敵(サーチ)で確認済みではあるが、彼の前でそれを言葉にする事もないだろう。


 リオネスは背負っていた斧を地面に突き刺すように立てかけていき、イリスはセレスティアを外し、シルヴィアに預けていった。


 互いに素手での勝負。

 勝敗は"どちらかの背中が地面に付いた時点"で終了となる。

 しかし逆に言うのであれば、どちらも背中を付けなければ終わらない戦いとなるのだが、相対する二人はそうはならないだろうと予想していた。



 安全を確保したその場所は、周囲に廃屋のない大きな道の真ん中となる。

 これほどの大きな道があるということは、それだけ大きな街だったと推察できるが、今は正直な所、そういったことを考えている余裕はイリスにはなくなっていた。


 イリスの眼前には先程とは打って変わって、凄まじい気迫を見せている一人の男性。

 たとえ普段とは違う戦い方となるとはいえ、今にも迫り来るかもしれない緊迫感を感じ取ったイリスは、真剣に彼へと視線を逸らさずに真正面に捉える。

 その様子にニヤリとしたリオネスは、彼女の力量の凄まじさを肌でビリビリと感じていたようだ。


 彼からすれば、その小さく華奢と言える身体に、まるで大木のようなどっしりとした揺るがぬ強さを感じてしまう。

 明らかに年齢とは不釣合いのそれは、並のプラチナランク冒険者では到達できない領域にまで高められていると推察していた。


 一体何を経験すればそれほどの強さを手にする事ができるのかと彼は考えるも、それを聞いたところで、自分には有効に活用などできない情報となるだろうと判断し、余計な思考の一切を取り除き、目の前に佇むイリスへと意識を集中していった。

 だが次の瞬間彼は、イリスの内側から発せられた凄まじい何かを感じ取る。


 そんな彼女の姿に、気を抜けば一瞬で負ける、そう彼は確信していた。


 目の前にいる者は、明らかに異質。

 見た目や仕草で判断すれば、一瞬で勝負を付けられるほどの存在。

 今まで出会った口だけの挑戦者とは断じて違う、本物の強者だ。

 よもやこれ程までに見た目と強さが比例しないものなのだなと彼は冷や汗を掻きつつも、最善と思われる策を練っていく。


 だが、攻撃ができない以上、できる事は限られてしまう。

 それは向こうも同じ条件ではあるのだが、明らかに格上の空気を醸し出しているイリスに、様々な行動とそれに対する彼女の反応を推測していくも、そのどれもが(ことごと)く返されてしまう結果しか見えないという、未だ嘗て彼も経験したことのない状況に陥っているようだった。


 しかしこのまま立ち竦んでいても、何も解決しないだろう。

 たとえ攻撃を返されるのだとしても、その裏をかく行動をすればそう易々とやられたりはしない筈だ。その裏をかかれたら、更に裏をかけばいい。彼はそう思っていた。


 策などという立派なものなど、彼には思いつかなかった。

 結局は出たとこ勝負。イリスの反応次第で、こちらも対応していかねばならないだろうと、リオネスは思っていたようだ。


 幸い彼は、反射神経に相当の自身を持っている。

 人種(ひとしゅ)であるイリスには、越えられない壁というものがある事を証明してやる。

 そんな気迫を込め、リオネスは一言だけイリスに言葉にしていった。


「始めるぞ」

「はい!」


 互いを視線から外すことなく、精神を研ぎ澄ませていく二人。

 格闘術の構えをするリオネスに、対するイリスは剣を持つ構えに右手のみ少々前に出している独自のスタイルで、彼を迎え撃つつもりのようだ。

 

 恐らく、勝負は一瞬で決まるだろうと、相対するイリスとリオネスは感じている。

 ならばと先手を取るリオネスが、イリスへと仕掛けていった。


 鋭い表情に変えて突進するリオネスは、まるで地面を爆発させたかのような凄まじい音を周囲へと響かせながら、一瞬でイリスの眼前へと到達していた。


 そのあまりの速さに驚く姫様達。

 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)を彼もまた使えるのだと思い至った瞬間、既に彼女に触れるほどまで近付いたリオネスは、イリスへと掴みかかっていく。

 右手で彼女の肩を掴み、腕力で強引に地面へと叩き付ける筈だった彼は次の瞬間、世界が文字通り回っていた。


 焦りながらも腕を地面に付いて回避しようと試みるが、あまりの早さに対応ができず、地響きのような音を立てながら地面に倒れ込んでしまった。


 あまりのことに呆気に取られるリオネスは、目を大きく見開きながら今起こった状況を整理していくも、全く理解できないまま起き上がる事もできずに思考の中を漂っているようだ。


 凄まじい音を出してしまい、彼もまた立ち上がることのできない様子を見せているため、少々取り乱しながらイリスはリオネスへと言葉をかけていった。


「り、リオネスさん、大丈夫ですか!?

 すみません! 手加減できなくて、豪快に受け流してしまいました!」


 あわあわと慌てふためくイリスの姿に、思考から現実へと戻したリオネスは言葉を返していく。


「……む? あぁ、問題ない。

 安心しろ。地面に叩き付けられたダメージなど、全く受けてはいない。

 ただ少々、俺の置かれている状況と、その直前のことを考えていただけだ」


 怪我もなく安心するイリスに、獣人はそれほど弱くはないと言葉にするリオネス。


 実際ダメージなど全くないと言えるだろう。

 痛みを少々感じはするが、その程度に過ぎなかった。

 だが幾ら考え続けても理解ができず納得がいかない彼は、イリスへと尋ねていった。


「……やはり幾ら考えても答えが出ない。今、お前は一体何をした?

 俺の右手が当たらなかった事と、手首に衝撃があった事は理解できるが、そのあとの事がまるで分からない。気が付いたら俺は宙にいた。お前は一体、何をしたんだ」


 ゆっくりと地面から起き上がりながら言葉にするリオネスへ、イリスは自身がどういった行動を取ったのかを説明していった。


「リオネスさんの右手を回避しつつ身体を寄せるように近付いた私は、右手首を持ちながら流れに逆らうことなく力の方向へと更に速度を加えた後、今度はそのまま地面に向けて力の流れを誘導しました。

 その際、右足でリオネスさんのつま先に私の足を合わせ、躓いたような衝撃を与えて身体全体の流れを縦回転へと変えていきました。

 右腕から受けている力の流れも合わせると、リオネスさんほどの方であっても理解できないほどの速度となってしまい、流石に体勢を立て直す暇もなく地面に叩き付けられた、ということになります」


 イリスの説明を大人しく聞いていたリオネスは、暫しの時間を挟み、豪快に笑い出してしまう。


「フフフハハハ! フハハハハ!!」


 そんな彼を見ながら首を傾げてしまうイリスだったが、そんな彼女に彼は言葉にしていった。


「何とも不思議な感覚だな! 負けたのにこれほど清々しいのは初めてだ!

 本当にお前は俺を飽きさせないな! 十四年間無敗の男に土をつけたのがお前だとは、流石にお前を知らぬ者は信じまいな!」

「私は実際にリオネスさんと武器を持って勝負をしていませんので、勝ち負けはなかったことにしていただけると嬉しいのですが……」


 苦笑いをしながら言葉にしていくイリスだったが、それは出来ん相談だなと彼は言葉を続けていく。


「どんな勝負であれ、勝ちは勝ち、負けは負けだ。それは一切覆る事はない。

 今の勝負を無かった事にしろと言葉にする者の意見が通らないように、今お前が口にしたものも同様に通る事はない。俺が負けた事実を変えるつもりなど毛頭ない」


 それになと、リオネスは真剣な表情に変えながら、イリスへと話を続けた。


「互いに真剣勝負をした以上、それを覆す事は侮辱にも等しいと言えるだろう。

 そういったことを、勝負事が好きではないお前が分からなくても仕方がないが、発言に気を付けて口にしなければ、相手を(けな)す事になりかねないぞ」

「……そうなのですね。考えが至らず、申し訳ございません」


 しょぼくれてしまうイリスに、次から気を付ければいいと言葉にするリオネスは、空を見上げながら言葉にするも、ここにいる彼を知る者達の誰もが知らないと断言できる穏やかな声をしていた。……いや、恐らく彼を知る誰もが、そんな声と言葉を聞いたことなどないのだろうとヴァン達には思えた。


「……本当に不思議な感覚だ。負ける事とは腹立たしく、簡単に納得などいかないものだと思っていたが、どうやらそうではないらしいとこの歳になって初めて知った。

 何だろうな、この感覚は。負けて悔しいと思う反面、どこか負けた事に納得してしまっている俺がいるようだ。こんな事、生まれてこの方、感じたことがない」

「リオネスさん……」


 急に切なくなってしまったイリスに、そんな顔をするなとリオネスは呟いた。


「……だが、そうだな。"次は俺が勝つ"、とだけは言っておこう。

 納得がいくまで修練し、もう一度お前に挑戦するとしよう」

「……相変わらず、変わることのない性格だね……」


 半目になりながら言葉にするファルへ、これが俺だからなと、静かに言葉を返していくリオネスだった。


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