正しい"扱い方"
だが彼の標的は、どうやらロットだけではなかったようで、勢いを抑えないまま強烈に言葉を投げ付ける彼は、もうひとりの男へと怒号のような声を上げていった。
「ロットの次は貴様だ!! ヴァン・シュアリエ!!
貴様も悉く理由を付けては逃げやがって!!
ギルド依頼で手一杯で戦えないだ!? 次々に依頼される訳がないだろうが!!
仕舞いにはフィルベルグへ移り住んだと聞く!!
どれだけ俺を苛立たせれば気が済むんだ貴様等は!!」
彼の発したその言葉は、ヴァンの眉を寄せるのに十分なものを持っていたようだ。
穏やかだった彼ですら苛立たせてしまうその言動に、思わず大声を上げてしまいそうになるも、イリス達を驚かせる事となるため、瞳を閉じ、右手で額を押さえるような仕草をしながら心を落ち着かせていった。
ここで叫ぶように反応してしまえば、彼の思う壺だ。
リオネスのにやりとする表情が思い起こされ、更に苛立ちを覚えてしまうヴァンではあったが、仲間達のことを思えば堪えられないものではなかった。
徐々に平静を保っていく彼は、以前の自分であれば怒りを露にしていたのだろうなと考えながら、自分もあれから少しは変わったのだろうかと冷静に考えていた。
「さあどうする!! 俺と戦うか!! それとも逃げるか!! この場で決めろ!!
尤もこの場から去れば、後ろに光る石を砕くぐらいの憂さ晴らしはするがな!!」
「――な!? 何て事を言うんですの!! この男は!!」
「そんなこと誰にも許されない愚行だよ!!」
リオネスのとんでもない言葉に、怒りを抑えきれずに言葉にしてしまうシルヴィアとファルだったが、怒りの収まらない彼は彼女達にも牙を剥く。
「――黙れ!! 俺はこいつ等と話している!! 関係のない奴は引っ込んでろ!!」
「「――ッ!」」
彼の威圧を含む言葉に、彼女達が反論できなかった訳ではない。
リオネスのあまりの自分勝手さに、怒りが奥底から湧き上がってくるかのような感覚を感じ、言葉を失っていただけだった。
遺跡とは、人類の軌跡とも言うべき世界の財産だ。
それは何も、書物や文献に限っての事では決してない。
フィルベルグ初代女王陛下であるレティシアが提唱し、今現在もその思想が王族の末裔であるシルヴィアとネヴィアにも脈々と根付いているように、とても大切で、何よりも尊いものだと彼女達は学び、自分自身でもそう思っている。
そんな彼女達の前で言葉にするには、それはあまりにも暴言過ぎたようで、怒りで我を忘れてしまいそうになるシルヴィアと、そんな考えを彼が持ってしまっていることに強い悲しみを感じてしまうネヴィアだった。
イリスもネヴィアと同じように悲しみ、どうして彼がそんなことを言葉にしたのかを考えていたが、ファルはリオネスの傍若無人ぶりに呆れ果て、本気でぶっ飛ばそうかと思っていたようだ。
しかし、彼女の使う覇闘術を彼に振るってしまえば、流石に大変な事になるだろう。
あまりの苛立ちに力の加減ができるかを心配してしまうファルは、心の底から気持ちをなだめていくように、冷静さを必死で手にしようと心を鎮めていく。
手足に付けているミスリル製武具で殴り蹴ろうかとも考えるが、下手な態度を取って後々面倒になる事も考慮すると、今ここで自分が襲い掛からない方がいいとも思えた。
彼女はもう、ひとりではない。
ファルはイリスのチームに所属している。
自分の軽はずみな行動がイリスの、ひいては仲間達の迷惑になってしまう。
ここは冷静に行動を取らねばならないと、ファルは心を落ち着かせていった。
だが、そんな彼女達の気持ちを踏み躙る発言を、彼は軽々としてしまったようだ。
「……貴様、フィルベルグの第一王女だな。
そんな格好で世界を観光とは、あの国の王族は余程の暇を持て余しているのだな。
中途半端な強さは身を滅ぼすと知れ。物見遊山で世界を歩けば火傷では済まないぞ。
それにファル。ガルド戦の時とは随分と格好が違うが、剣くらいは持ったらどうだ?
道化を演じるにも正直つまらん格好だぞ。丸腰で旅とは、聊か冒険が過ぎないか?
まさか猫人種が道化師だとは思っていなかったな。それなりに強い種族だと思っていたが、どうやら俺の勘違いだったようだ」
鼻で笑うかのようなリオネスの態度。
彼女達を見下したような彼の意識は、もう既にヴァン達へと戻っていたが、言ってはならない言葉を彼女達にしたことを、どうやら彼は知る由もなかったようだ。
ぞくりと急激に周囲の温度が低くなったと感じたイリスは、どこかでこの体験したような気になりながら二人へ視線を向けると、シルヴィアは表情が落ち、魔物と遭遇している時のものへと変わっており、ファルは満面の笑みで額に青筋を立てるという、どこかで見たような姿を目にしていた。
そんな彼女の姿に、イリスは"天上の管理世界"で出逢った女神エリエスフィーナの姿をファルに重ねて思い出していくも、彼女達の冷たく低い声に意識が現実へと戻り、取り乱すようにどうすればいいのかと、おろおろしながら必死で考えていたようだ。
王族を侮辱されたと認識しているネヴィアも、どうやらシルヴィアほどではないが、悲しみの表情から怒りへと変わっているようで、その瞳の奥底に光るものは、母であるエリーザベトを彷彿とさせる力強さで溢れてしまっていた。
「…………あー、これはあれだね。本気でボコらないとダメな感じだね……。
……まさかあたしが道化扱いされるなんてね……。今なら覇闘術を使って猫人種を侮辱した馬鹿をボコっても、アルト様なら逆に褒めて下さると思うんだ……」
「……あら、ファルさん。最初に喧嘩を売られたのは私ですわよ。
……まさかあの方は、母様まで侮辱した事に気付いていらっしゃらないのですわね」
ゆっくりと、ゆっくりとリオネスへと歩き出していく二人の姿に本気で焦りながら、必死で考え抜いたイリスは、大きな声で言葉にしていった。
「リオネス国王陛下に進言がございます! どうかお許し下さい!」
「……む?」
イリスの言葉に虚を衝かれるリオネス。
今までの怒りが、まるで嘘のように引いていくのを彼は感じていた。
思えば彼は形だけの王であり、尊敬される存在ではあってもその実、王としては誰一人として扱ってなどくれなかった。
それを彼は望んでいる訳ではないのだが、あまりにもイリスが王として自身を扱う事に、悪くはないなと考えてしまったようで、割と乗り気で彼女へ言葉を返していった。
「うむ。構わぬ。申してみよ」
「ありがとうございます」
頭を恭しく下げていく彼女を手で制止するリオネスに、本気でこの男は何様だと心から思ってしまうイリスとネヴィア以外の者達は、更に苛立ちを募らせていった。
「私は、フィルベルグ所属の冒険者で、名をイリスと申します。
リオネス国王陛下は十四年間無敗を誇る、稀代の英傑と拝聴させて頂いております」
"英傑"とは程遠い知能をしているがと、言葉を挟みかけるヴァンとファルは、どうやら必死で口を噤みながら、失笑してしまっていたようだ。
「ほう。流石に南の田舎国にも、俺の名が轟いているようだな」
火に油を注ぎまくる男を前に、眉が寄ってしまうシルヴィアだった。
「この一帯は廃墟となっており、リオネス陛下が戦うには不相応と思われます。
稀代の英傑たる国王陛下に相応しいのは、闘技場のような英雄達が集い、互いに全てを懸けて戦う戦士のみに許された場所であると愚考致します」
「それはつまり、闘技場の客を前にして戦うのが相応しいと、お前は申すのだな?」
「何も誰かの前で、御身の戦いを見せる事もございません。
リオネス陛下の強さは、既に世界中へと知れ渡っております」
「なるほど。俺に相応しい場所で堂々と戦えと、お前は申しているのだな?」
「私達は、これまでの旅の疲れもございます。肉体的、精神的疲労は、国王陛下以上のものを抱えておりますので、暫しの休息も必要でしょう」
「…………」
イリスの話に何かを考える様な素振りを見せるリオネスへ、言葉を続けていった。
「万全の態勢で御身の強さを示してこそ、王たる者の寛大さとも言えるのではと、生意気にも思う次第です。どうか今一度、寛容なご決断をご検討頂ければ幸いに存じます」
深々と頭を下げていくイリスを見つめるリオネス。
仲間達は何故イリスがこんな奴の為に、こうまで頭を下げねばならないのかとはらわたが煮えくり返る思いをしているが、イリスの対応が間違っていないことを彼は証明してしまっていた。
現にあれほど怒り心頭だった彼は落ち着きを取り戻し、冷静にイリスを見つめながら何かを考え続けているようだ。
今まで誰もしたことがないリオネスの扱いをするイリスは、少しでも時間が空けば、仲間達の精神状態が正常に近いものにまで戻ると思っていた。
であれば、ここは時間を延ばすのが最良であり、彼のような存在にはこういった言動での対応をすることで、快く思ってくれるのではと感じていたようだ。
どうやらそれは正解だったらしく、今も何かを静かに考え続けているリオネスに、何とかこの場を切り抜けられそうで安堵するイリスの耳に彼の言葉が届いていった。
「……駄目だ。戦う場所も、戦う時期も、もう変えることはできない。
俺はこれまで待ち過ぎた。これ以上待てば、本気でこいつ等を襲いかねない」
「リオネス陛下……」
言葉にならないイリスはそれでも何かを伝えようとするも、上手く言葉が出て来なかった。
こうなってはもう、戦うより他ないかもしれない。
そんなことを考えてしまうイリスだったが、リオネスの言葉はどうやら続きがあったようだ。
「……だが、お前の言い分も一理ある。
王として扱ってくれたお前の意を酌み、少々希望を変えるとしようか」
「――! それではっ!」
ぱぁっと明るい表情で彼へと視線を向けていくイリスだったが、続く彼の言葉に彼女の思考は完全に凍り付いてしまった。
「お前が俺と戦え」
「………………ぇ」
リオネスが発した彼女の予想の斜め上の、まるで意味が分からなく理解もできないその言葉は、この場にいる者達全てを完全に凍り付かせるには十分過ぎたようだ。




