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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"幻覚でも、幻聴でもない"と


 野太く重々しい無骨な声が、幻想的な空間に響いていく。


 声のする方向へと視線を向けるイリス達が目にしたのは、一人の大柄な男性。

 石碑の裏に座り込み、腕を組む男性の僅かな姿が、先輩達三人にはイリス達よりも先に見えていたようだ。


 その男性は立ち上がり、こちらへと向かって歩いてくる。

 ヴァンよりも二十センルは大きいだろうかという、とても大柄な男性だった。

 イリス達も出逢ったことのない、獅子人種(ししひとしゅ)と呼ばれる種族だ。


 全身が明るい茶色の体毛で覆われ、獰猛にぎらりと輝く鋭い瞳、ヴァンよりも更に膨れ上がった筋肉質の体躯。明らかに戦闘に特化していると思えるような体付きだった。

 背中には身の丈よりも大きな斧を背負い、胸部、腕部、脚部に重厚な、ヴァンのものとも違う黒色の鎧を身に纏った、凄まじい気迫を剥き出しにしている男性だ。


 イリス達は思う。

 この人物が、あの国で最も有名な方なのだと。

 そして彼らが、あの国へと行きたがらない理由のひとつであると。



「……全く。こんな何もない場所に、俺が数週間も待たされる羽目になるとはな」


 苛立たしさを秘めた男性の上から目線の言葉に、ファルの表情が更に変わっていく。

 そんな大柄な男性が言葉にしたものに、様々な事が理解できたイリスだった。


 恐らくこの目の前に佇むお方は、アルリオンかニノンで自分達の情報を知り、石碑を探して旅をしているのだと報告を受けたのだろう。

 ツィードでそれを知ったのだとすれば、現実的に先回りする事は難しい。

 彼の言葉にしたものが正しいのであれば、まず不可能だと言えるだろう。


 どこでこちらの事を知ったのか、現段階の情報量では正確に把握する事は難しいが、ニノンでは冒険者達は多かったが、そういった情報を集めていた者達がいたとも思えない。


 あの街はとても長閑で、静かな街だ。

 見かけた冒険者の殆どは、ニノンに長く滞在していると思えるような人達だった。

 それに石碑の話は、ニノンギルドマスターであるオイゲンにのみ話をしてある。

 彼が人に軽々しく話をするとも思えないし、話をしていた時、ギルド内には誰もいなかったとイリスは記憶している。

 ニノンからリシルアに情報が届くのであれば、ツィードへと向かう事は考え難い。

 他の街から来た者はいなかったと思えたし、あの街に長く滞在もしていない。


 ツィードには長く滞在していたが、その間、乗合馬車の往来があったという情報を聞くどころか、ツィード冒険者ギルドマスターであるエドが最優先でグラディルの出現と討伐の報告を、冒険者の本部が置かれているエークリオへと送ったと思われる。

 暫くは様子を見るようにツィードを訪れる者が少ないだろうな、という話をヴァン達としていたのをイリスは記憶している。


 恐らくは、アルリオンで情報を知ったと考えるのが妥当だろうと彼女は思っていた。

 アルリオンからエークリオへと向かう乗合馬車は多数出ていると聞く。国から国へと移動するのだから、それなりに馬車が出ていても何ら不思議なことではない。

 そこからリシルアへと向かう経路が一番早く、何よりも最短距離かつ確実に辿り着けるだろうと思われた。

 ましてやアルリオンでは、イリス達は数日滞在しながら街並みや大聖堂を拝観させてもらっていた。行き交う人達は相当数で、どんな人とすれ違ったのかも正直なところ覚えられないほどの多くの人で溢れていた国だった。

 今にして思えば、大聖堂前の大階段で石碑の話をしていたと彼女は思い出していた。

 周囲の人達の中に、リシルアの者がいたのではないかと彼女は思えてしまう。


 尤もこれれらの推察は、その情報を眼前にいる男性へと(もたら)した者が、馬車を持っていないことを前提としたものではあるのだが、十中八九当たっていると思ってしまうイリスだった。


 そしてこの石碑の場所を、恐らくはリシルアの上層部も知っていたのだろう。

 だからこそ目の前の男性は、この場にいるのだとイリスは考えていた。

 であれば、この街についての情報を知る者もいるかもしれない。

 どうしても好奇心を掻き立ててしまうイリスではあったが、仲間の声で現実へと思考を一気に戻していった。



「…………何故、貴様が……こんな場所にいる……」


 言葉にならないといった表情をしたまま硬直するように、無言になってしまっているロットに変わり、ヴァンが静かに、そして低い声で言葉にしていく。

 普段の冷静な彼であれば、言葉の中に秘められた意味を察する事もできたと思われるが、様々な感情が入り乱れる今、そういったものを把握する事は難しいようだった。

 その声はまるで、嫌悪感や苛立ちにも似た感情を含んでいるように思えてしまったイリス達三姉妹にとって、いつもの穏やかで優しいヴァンの姿は、そこには微塵も見えなくなっていた。


「何故だ? お前等が待てど暮らせどリシルアに来ないから、俺から出向いたまでだ。

 そのくらい分からないお前達ではないだろう。……まぁいい、そんなことは。

 今日という今日は俺と戦って貰うぞ!! ロット・オーウェン!!」


 そんな彼の言葉にファルは幻覚でも幻聴でもないと確信し、目の前に存在しているそれ(・・)に思わず『うわぁ、本物だよ』と、とても小さな声ではあったが、嫌悪感剥き出しのものが出てしまっていた。


 ごきごきと右手を威圧的に鳴らしていく大柄な男性を前に、ようやく動けるようになったロットは、今にも攻撃してきそうなほどの敵愾心を向け、鋭い瞳で睨み付けてくる男性へと覚悟を決めたように言葉にしていった。


「……わかりました、リオネスさん。

 ですが、少しだけ待っていただけないでしょうか? 今は少々先にやらねばならない事もありますし、こちらの準備も正直な所できていません。

 用事を済ませ次第、必ずリシルアへ向かいますので、待っていて貰えませんか?」



 ロットが静かに言葉を向けている男の名は、リオネス・シーグヴァルド。

 現リシルア国王にして、同国で十四年間無敗を貫く、歴代最強とも噂される豪傑だ。

 十四年前、突如として現れた冒険者の男は、当時最強と呼ばれていた頂点の男を危うくなることなく圧倒し、今現在もリシルア国では英雄と呼ばれ続けている。

 かの国に生きる者達の中には、彼こそがミスリルランクに一番近いだろうと言葉にする者も多く、隔絶されているかのような圧倒的な強さに、現在エークリオ冒険者本部では、その話し合いが検討されている最中である事を、この場にいる者達は知らない。


 だが、たとえそれ知ったところで、そしてたとえミスリルランク冒険者として認められたとしても、そんなもので彼が喜ぶ事も、ましてや満足する事などあり得なかった。


 前回開催された闘技大会でも彼の強さは一切揺らぐ事なく、以降も数多の挑戦者を全て返り討ちにするも、あまりの力量の差に挑戦者を圧倒する戦いの日々に彼は飽いていた。


 そんな時、リシルア国周辺で起きた"ガルド事件"で頭角を現してしまったロット。

 彼の奥底に並々ならぬ"何か"を感じたリオネスは、事件直後に敵愾心を向けるようになるも、当時受けていた依頼や、仲間を失ってしまった彼が戦えるはずもなく、理由をつけてフィルベルグへと戻って行った彼を止めることのなかった自分を後悔していた。


 そんなリオネスに訪れたのは、彼にとっては刺激のない退屈極まりない毎日だった。

 街を歩けば次から次に喧嘩を吹っかけられるも、どれもこれも口ばかりの者達で、戦いを楽しめるような存在に出会うことは一切なかった。


 日々淡々と過ぎていくつまらない日常に彼は、いっそ自身が弟子を取り、鍛え上げてその者と戦った方が楽しめるのではないだろうかという考えを導き出してしまった。

 見込みのあると思われる人物を見付け、今現在も弟子の育成に励んでいた為にこれまで大人しく身を潜めるようにしてはいたが、どうやらそれも我慢の限界のようだった。



 そんな彼は、目の前にいるロットを睨み付けるように見つめながら即答していった。


「ふざけるな!! 今すぐ俺と戦え!! 今までどれだけ待ち続けたと思っている!!

 幸いこの周辺には幾らでも戦える場所はある!! 何の問題もない!!

 あの日から二年半! これまで良く待てたものだと自分でも感心する!

 だがそれも限界だ! 戦えないと言うのであれば今ここで始めてもいいんだぞ!!」


 怒鳴り散らすように強く言葉にするリオネスに、本当に困った方だと、思わずロットが言葉にしてしまった。



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