"最高"の酒を
「うむ。一応報告せねばならんからな。正直な所、言伝で済ませたいが、ロットには悪いがこちらも睨まれては適わんからな」
「お気になさらず」
「そういえばヴァンさんも冒険者さんなんですか?」
「ああそうだ。登録はリシルア国だが、冒険者をしているよ」
「そういえばそろそろランクが上がったんじゃないですか?仕事熱心な方ですし」
「ああ、半年ほど前にランクが昇格してしまったよ」
「おめでとうございます、ヴァンさん」
「ありがとう、と。イリスと呼んでもよいだろうか?」
「はいっ」
「ではイリス、改めてありがとう」
「ということは、ヴァンさんも国王から目を付けられるのでは?」
「「え・・・」」
思いがけないロットの言葉に、イリスとヴァンは同時に答えてしまう。意味は多少違ってはいるが、困惑すると言う意味では同じであった。話が見えないイリスにロットが教えてくれるが、その言葉にまたイリスは驚きを隠せなかった。
「ヴァンさんはね、プラチナランクへ昇格したんだよ。つまり世界最高峰の冒険者で、20人ほどしかいないと言われる存在のひとりになったんだよ」
「プラチナランクなんですか!?ヴァンさんすごい!」
「ああ、一応そうではあるが、正直ランクはゴールドでよかったな。返却できないだろうか?」
「いや、さすがに無理だと思いますよ」
「むぅ」
イリスにはヴァンのその一言はとんでもない言葉に思えたが、よくよく考えてみると、ヴァンほどの人が言うのだから何か理由があるのでは、と思ったようだ。
「やっぱり目立っちゃうってことですか?」
「うむ。しかもプラチナになってしまうと、ギルドから直接依頼をされる面倒なランクなのだよ」
「それはギルドからの信頼の証なのではないですか?とてもすごい事のように思えるのですけど」
「そうではあるのだが、実際の所、固定したパーティーを組む事が難しくなり、自由に依頼を受けにくくなるという欠点があるのだよ」
「ある程度はギルドが融通を利かせてくれるから、自由に断ることも出来るんだけどね」
そういうロットにヴァンがうむ、と肯定するも、事はどうやらそこまで単純ではないようで。
「できなくはないが、ギルドによっては強要されることもあるからな。正直な所、ゴールドランクで留めておきたかった。
ロットと同じようにあの事件で俺も少々目立ってしまっていてな、まさか半年足らずでプラチナランクに上げられるとは思っていなかった」
「あの事件、ですか?」
首を傾げるイリスを見たヴァンはロットを見ると、少々苦笑いをしていた。それを察したヴァンはロットに謝罪をした。
「すまない。まさか黙っていたとは思ってもいなかった」
「いえ、大丈夫です。いつかは伝わることですし」
「あの、言い難いことなら聞きませんから、気にしないで下さいね?」
笑顔でそう言ったイリスにヴァンは本当に良い子だな、いや、子とは女性に失礼か、と思っていた。そんな中、ロットはイリスに少々自分のことを話し始めた。
「隠してるってほどの事でもないんだよ、イリスちゃん。ただこういった事はあまり自分から言うことでもないからね」
「そうなんですか?」
「掻い摘んで話すと、一年前にリシルア国へ別依頼で訪れていた時に、凶悪な魔物が出てね。それの討伐に参加した冒険者のひとりってだけだよ」
「きょ、凶悪な魔物ってまさか討伐手配された魔物ですか!?」
「うん、そうだよ」
思いがけない存在を聞いてしまい、一瞬で青ざめてしまったイリス。
「話には聞いてましたけど、ほんとにいるんですね」
「うむ。俺もその依頼に参加していたが、あれは途轍もない化物だったな」
「そ、そんなに強かったんですか・・・」
青ざめているイリスにヴァンは詳細を説明してくれるが、思っていた以上にすごい、いや、すごすぎる魔物のようだった。正直、絶対に出会いたくないと思ってしまうイリスがそこにいた。
「ああ、歴戦の冒険者やリシルア国精鋭の兵士が束になってもびくともしない存在でな、士気が極端に下がり前線が崩壊しつつあった所を、ロットが叱咤激励をして戦う者達の士気を持ち直し、やっとの思いで討伐に成功したのだよ。
そのときのロットは最前線に立ち続け、リシルア国民から街を救った英雄と呼ばれている」
「最前線で戦った英雄・・・。ロットさんってほんとにすごいんですね」
「最前線に立ったのはヴァンさんもじゃないですか。何故俺だけ目立ってしまったんだか・・・」
「それは仕方ないだろう。あの叱咤激励が無ければ全滅していただろう。紛れも無く功労者であり、我が故郷を救ってくれた英雄だよ」
「ヴァンさんもとてもすごいと思います。最前線に立つだなんて、私には怖くてとても出来ません」
「いや、俺は普通に戦っていただけだからすごくは無いぞ」
「いいえ、誰にでも出来ることでは絶対に無いはずです。勇猛果敢に立つお姿に奮い立たされた方も多いはずですし、お二人が最前線で戦ってくださったからこそ、他の方達も安心して戦えたんですよ、きっと」
イリスのまっすぐな言葉に思わず固まってしまうヴァン。何故こうもこの少女は心に染み入るような優しい言葉をかけてくれるのか。しばらく考え込むヴァンは、彼女の人柄に納得したようにイリスへ答えた。
「ありがとうイリス。君に会えて本当に良かったよ。今日は美味い酒が飲めそうだ」
「えぇ!?私なにかしましたか?」
おろおろするイリスに、イリスちゃんはそのままでいてくれるだけで良いんだよと、ロットは優しく話した。
「それでヴァンさんはしばらくフィルベルグに滞在するんですか?」
ロットはヴァンに今後の予定を聞いてみた。もしフィルベルグに滞在してもらえるなら、イリスの護衛をお願いできるかもと思ったからだ。プラチナランクになった上に、フィルベルグ王国の冒険者ギルドは頭の硬い人物はいない為、ある程度自由が約束されている。もちろん有事の際は優先して依頼されるのだが、それでも他のギルドよりは遥かに動きやすくなる。
ヴァンは人格者な上にとても強い。それこそ一人で十分イリスを護りきれるほどに。彼がイリスを護ってくれるのであれば、ミレイと合わせて鉄壁とも呼べるパーティーで護衛ができるのだが、とロットは思っていたが、どうやらそれは少し難しいようだった。
「いや、一日休んだら直ぐにリシルアへ戻るつもりだ」
「それはまた急ですね。もう少しゆっくりして疲れを取られた方がいいのでは?リシルア国は遠いと聞いてますし」
「ありがとうイリス。だが、この依頼をさっさと終わらせておきたいんだ。そうでもしないと安眠できそうもない」
安眠って・・・それほどですかヴァンさん、とイリスは心で思いつつ、ロットが話を続けた。
「気をつけてくださいね。ヴァンさんも狙われないようにしないと」
「うむ。十分気をつけるようにするさ。それではこれで失礼する」
「もう行ってしまうんですか?」
ちょっと残念そうなイリスにヴァンは目を細めながら言った。
「何かあれば今日はギルドで酒を飲んでいるから来るといい。酒を飲む場所はあまり女性の来る場所ではないのだが、ギルドなら問題ないだろう」
「はいっ、ありがとうございますっ」
「それじゃあ俺も失礼するよ」
「何かご用事ですか?」
「そうなんだ。武器屋にお願いしてた物を引き取りにね」
「それじゃあ皆さん、またお話しましょうね。あ、ヴァンさんは明日にはリシルア国に発ってしまうのですよね」
「うむ。一度報告せねばならないからな。だが俺も直ぐにリシルアを出ると思う。さすがもうランクの件も知られているだろう。抜けるにはいい機会だ」
そう言いながらヴァンはリシルアも冒険しつくした気がするからな、と言っていた。故郷と言っていたし、子供の頃からいるんだろうなぁとイリスは思っていた。
実際にはヴァンの拠点があるというだけで、リシルア国に思い入れなどは特に無かった。白虎族は森の中で普段は生活をしている民だからだ。
むしろ殆どの白虎族は街に来たりはしないようだ。稀に彼のような存在が街に出て生活しているが、それはかなり少ない事例と言えるほど、とても珍しい事だった。
「そうですね。さすがにしばらくはリシルアに寄らない方が良いかもしれませんね」
「それじゃあそのままどこか別の場所に行かれてしまうんですか?」
「ふむ。そうだな。特に考えていないから、ロットのいるフィルベルグを拠点にしても良いかもしれん」
「わぁ!それじゃあまたお会いできそうですね!」
「うむ。しばらくは先になりそうだが」
そんな話をしてる時、午後の鐘が鳴ってしまった。思ったよりもずっと時間が経っていたようだ。
「あ。鐘が鳴っちゃった。そろそろお店に戻らないと」
「ふむ。こちらは気にしないで良い。イリスの用事を優先して構わない」
「そうですね。こっちは特に急いでないからね」
「ありがとうございます!私、ギルドのちょっと先にある"森の泉"っていう魔法薬のお店で働いています。もしお薬がお入用の際はぜひお越し下さい」
そう言って丁寧にお辞儀をするイリスに、ありがとう、必要になったら寄るよとヴァンは言った。
「それでは失礼しますね。ロットさん、ヴァンさん」
「うん。またね、イリスちゃん」
「うむ。気をつけて帰るのだぞ」
「はいっ、ありがとうございますっ」
そう言ってイリスは小走りで店へ戻って行った。小走りで遠ざかる少女の後姿を見ていた二人は、若干不安そうに見ていた。
「ふむ。転ばなければ良いが」
「そうですね、少し心配ではありますが」
「まぁ問題ないだろうな。むしろ問題なのはこちらだ」
「ですね。さて、どうしたものか」
「王が交代するまでフィルベルグに退避するか」
「それが賢明かもしれませんね」
「あの王がそうそう負けるとも思えないが、いずれは強者に敗れることだろう」
そんな話をしつつ、二人はイリスの話に戻っていく。
「それにしても不思議な女性だな」
「ヴァンさんもそう思いますか?」
「うむ。こういった気持ちが庇護欲と呼ばれるものなのだろうか」
「庇護欲、ですか。確かにそれも俺は強く感じますね。とても不思議な子です」
「ロットも同じような想いを持っているようだな」
「えぇ。俺の場合は大切な妹としての想いの方が強いですけどね」
「大切な妹、か。俺はどうだろうな。護りたい存在、という事だろうか。何というか彼女は・・・」
「放っておけない?」
「ふむ。・・・そうだな。それが一番しっくりくるな。初めて会った人物にこんな感情を抱いたのは経験が無い分、戸惑いも強いが」
「気持ちはわかりますよ。とても不思議な魅力のある子ですからね」
確かに彼女には不思議な魅力がある。それが何かははっきりとはわからないが、恐らく誰もが持っているようなものではないだろうと、ヴァンは感慨にふけっていた。
「さて、ギルドに行って飲むとするか。今日は良い酒が飲めそうだ」
「はは、すごく喜んでましたよね、ヴァンさん」
「む?また表情に出ていたか?」
「いえ、尻尾の方に出てました」
「むぅ、さすがにそれは気づかなかったな。尻尾か。注意せねばな」
「いいじゃないですか、悪いことじゃないですし。尻尾が揺れてる姿をイリスちゃんが見たら、喜ぶかもしれませんよ?」
「ふむ?彼女はこんなものが良いのか?」
そう言いながらヴァンは自分の尻尾をむんずと掴みながら、見える位置まで尻尾を正面まで持ってきて、確認するように眺めながら言った。
「ミレイの耳をさわってうっとりしてる子ですからね。とても可愛い表情をしてくれるかもしれませんよ」
「ミレイ!?まさか、あのミレイ・ミルリムの耳をさわったのか!?」
「えぇ。というよりも、ミレイからさわらせてる所がありますね」
「・・・信じられん」
「ですよね。俺もはじめて見た時は正直引きましたよ」
そんな事を話しつつ、ミレイの話をするロット。やはり可能であればヴァンにはフィルベルグに滞在して欲しいようだ。
「ヴァンさんもフィルベルグを拠点にしてもらえるなら、俺とミレイとヴァンさんでイリスちゃんを護れるのですごく安心なんですが」
「ふむ。護衛は構わんが、そんな危険な場所まで行くつもりなのか、彼女は」
「いえ、念の為ですよ。3人のうち誰かが、イリスちゃんを見ていられるなら安心ですからね」
「ならば明日にでも直ぐに発たねばならないな」
どうやらいい方向へ向かっているようで安心するロット。これでより一層イリスを護る事ができると確信できるほどに。感謝の意を顔で表現すると、ヴァンもしっかり受け取ってくれたようで『構わない』と手で制するように表現してくれた。
「リシルア遠いですからね」
「うむ」
そんな事を言いながら二人は分かれていった。ギルドに到着したヴァンは早速酒を注文し、じっくり味わって飲んだ。今日の酒は格別に美味く、人生で忘れられぬ味となったという。