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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"笑っていられる居場所"を


 ギルドマスターの部屋を退室したイリス達は一階の受付へと戻ってくると、楽しそうに話しながら食事を注文しているホルスト達の姿を見つける。

 彼らに挨拶と明日にはツィードを発つ事を話すと、とても寂しそうに答えていった。


「……そうか。もう行っちまうのか。残念だな」

「随分とこの街にお世話になりましたが、私達は旅を続けていこうと思います」

「そうだったな。俺達はこれからもこの街で冒険者を続けていくよ。

 幸いなことに、ツィードは俺達に合っているからな」

「そうですね。僕もこの街が大好きですからね」

「何かしらね、この街は。心が穏やかになれる不思議な街なのよね」

「他所では感じられない何かが、この街にはあるんだろうな」


 しみじみとその何かを考えるように思っていたホルスト達のもとへ、ファルも言葉にしていった。


「あたしもイリス達と一緒に行くよ。……だいぶ長居しちゃったけどね」

「そうか。……やっとってとこだな」

「やっと?」


 ホルストの言葉にファルは首を傾げてしまう。

 一体どういう意味なのだろうかと考える彼女へと、言葉を続けて行くホルスト。


「やっと自分の居場所を見つけられたんだなと思ったんだよ。

 お前と知り合って二ヶ月近くになるが、ファルはどこか心ここにあらずって感じがしてたからな。何故だかは分からんが、お前は独りになりたがる傾向を感じていた。

 そうありながらも、自分の居場所を探しているように俺には思えていたからな」

「ホルストさん……」


 何と言っていいのかといった表情で見つめているファルへ、ホルストは少しだけ笑みを浮かべた顔で言葉にしていった。


「良かったじゃないか。これでファルを安心して送り出せるな」

「ほんと、見ていて危なっかしかったわよね、ファルは」

「ですね。イリスさん達であれば安心できますし、何よりもファルさんの顔がとても明るくなってますからね」

「そうだな。俺もずっと気にはなっていたが、随分といい表情をするようになった」


 申し訳なさそうにできる限りの言葉で説明しようとするファルだったが、それをホルストは制しながら先に話しを続けていく。


「言わなくていい。お前が言い難いことを無理に聞くつもりはないし、何よりもお前が笑っていられる居場所ができたんだ。それで十分だろう?」

「……ホルズドざん……」


 ぽろぽろと涙を零しながら震える声で答えていくファルへ、苦笑いをしながら持っているハンカチで涙を拭い、言葉にするアメリーだった。


「また、あなたは。……本当に泣き虫なのね。

 ファルは私達よりもずっと強いんだから、しっかりしなさいよね」

「……え゛?」


 彼女の思っても見なかった言葉に虚を衝かれたファルは、硬直してしまった。

 どうやらアメリーとデニスだけは彼女のことを、どことなく理解していたようだ。


「俺もアメリーも近接職だからな。相手の強さくらいその動きで大凡理解できる。

 お前の立ち回りだけではなく、歩き方でそういうのが出てたんだよ」

「……物凄く心外だって顔になってるわよ……。

 私もデニスもゴールドランク冒険者なのよ。それもしっかりと長年をかけて鍛錬してきているの。それは今でも変わらないけど、相手の強さを計るくらいできるわよ。

 あなたが戦闘で手を抜いていたとは思っていないけど、目立たないようにしていた事くらい、最初に依頼を受けたその日のうちに分かっているのよ」

「まぁ、お前は演技が苦手みたいだからな。デニスやアメリーと違って、俺達に近接の事は分からんが、お前が何かを隠している事くらいは俺もマルコも分かっていたぞ」

「……どうして、何も言わなかったの?」


 疑問符が抜けないファルはホルスト達へと尋ねていくも、『どうしてって言われてもな』と苦笑いをされながら仲間達へと視線を向けていくホルスト達。

 その疑問に答えてくれたのは、マルコだった。


「僕達には、それを聞くことの必要性を感じなかったからですよ。

 ファルさんが何かを隠しているのであれば、それを軽々しく興味本位で聞くことはできませんし、何よりもそれを知ったところで何も変わらないと思えましたからね」

「まぁ、お前が手を抜いて不抜けた攻撃をしていれば注意はするが、そういった気配は一切感じなかったからな。問題ないだろうと判断したんだよ」


 チームに迷惑をかける行為をしてしまった場合は問題となるだろうが、ファルの行動はそのどれもが真剣さを感じるものだったと彼らは思っている。

 であれば、そういったことを聞くのは野暮というものだろう。

 プライベートな事にも関わる可能性も高いため、それについて尋ねるという選択肢は彼らにはなかったようだ。


「まぁ、そんな訳で、ファルの事をよろしく頼むよ。

 こいつほったらかしとくと、どれだけ被害者が出るか分からんからな……」

「……やめろ、ホルスト。胃が痛くなる……」

「……もう二度と、あんなものを私は食べないわ……。もう二度と……」

「……あれは人の食べる物じゃないと僕は思います……」

「……だからそういう事は、あたしのいないところで話して貰えないかな……」


 涙を溜めた瞳のまま呆れたように半目にして言葉にするファルに、元気出たじゃないかとホルストに言われ、これを元気と言えるホルストさんは凄いよねと彼女も返していくと、とても楽しそうな笑い声で周囲が包まれていった。


 ひとりしきり笑ったホルストは、ファルへと別れの挨拶を伝えていく。


「それじゃあな、ファル。元気でな。イリスさん達も。

 旅の無事をツィードから祈っているよ」


 思い思いにホルスト達へと言葉にしていくイリス達は、ギルドを後にしていった。



 思えば、彼らとの出逢いから、とても大きな事が始まっていたのかもしれない。

 ファルと出逢い、エドに出逢い、エンリケやビビアナと出逢い、アデルと出逢い、ソラナやラウラと出逢った。


 ほんの少しだけ進む速度が違っていたら、別の未来が待っていたのかもしれない。

 そう思えてしまう出逢いをしていたのだろうと、イリスは考えていた。


 この世界は、優しい人達で溢れている。

 それはきっと、イリスがいた世界とあまり変わらないように思えた。


 ホルスト達もそうだった。サポートメンバーであったファルのことを彼らは、自らの冒険者生命よりも遥かに大切だと言葉にした。

 時々茶化すような言葉を口にすることはあっても、内心ではとても大切に思ってくれているのがはっきりと分かる。


 本当に素敵な世界だとイリスには思えた。

 きっとこれからも、素晴らしい出逢いや体験が溢れているのかもしれない。

 そんなことを思いながら、旅に必要となる買出しをするイリス達だった。



 夕方となり、いつものようにソラナ達と食事をしていると、明日には出立する旨をイリスはソラナ達へと伝えていった。


「そう。残念だけど仕方ないわね」

「もっとお薬について二人が話しているのを聞きたかったです」

「西は魔物が強いと聞きます。どうかお気を付けて」

「ごめんねラウラちゃん。ありがとうございます、テランスさん」

「お父さーん! 食器棚の裏にあるお酒持ってきてー!」


 聞き捨てならないビビアナの言葉に、エンリケは厨房からすっ飛んできた。


「ちょ!? お前!? 何で知ってるんだよ!?」

「いつも誰がお掃除していると思ってるの? ほらほら、いいから持ってきてー」

「いやいやいや! あれは二十年物を、更に三十年寝かせた秘蔵の酒なんだぞ!?」

「もー。イリスさん達の旅立ちなんだから、景気良くぱぱっと乾杯しよう!」


 涙目のエンリケが出してくれたお酒は、とてもとても芳醇な香りがする素晴らしく上質のお酒だった。

 小さな器に注ぐエンリケの手がかたかたと震えていて、かなり申し訳なく思ったが、強気のビビアナに圧されてしまい、一杯だけいただくことにしたイリス達は極上の酒を味わいながら堪能させてもらった。


 思いのほかソラナとビビアナが意気投合してしまい、ぐびぐびと飲みながら一瓶を平らげてしまったようで、両手両膝を突きながら涙することになるエンリケだった。




 翌日。


 ツィード出発前にもう一度彼女の元へ花を捧げに向かうと、一輪の花を一面に咲かせている花畑の中心にある墓碑の前に、テランスが花を添えているところだった。

 こちらに気が付いた彼は、笑顔で小さく手を振ってくれた。


 彼の持っていた濃い紫色のアルヴィの花。

 その花の意味は"共に歩いて行こう"という言葉が込められている。

 これは告白に使われるものではなく、とても親しい友人へ送るのが一般的な花だ。


 どんな困難や逆境に立たされたとしても、頑張って乗り越えようという前向きなものではあるが、彼がこの花に込めたものは少々それとは違うものだったようだ。


「アデルにこの花を添える事で、一緒には歩いて行けないけれど、"僕は、それでも歩いていくよ"という意味を込めて置いたんだ。

 僕達は想いが通じ合っていた存在でありながら、お互いを大切に想う"親しい友人"止まりだったけれど、それでも彼女が笑顔で旅立てた事に嬉しさを感じるんだ。

 彼女自身、後悔がない訳じゃない。でも、きっとそれはとても小さなもので、幸せなまま旅立つことができたんだって、僕は信じているんだ」


 笑顔で言葉にするテランスに続き、イリス達も花を添えていった。


 (すみれ)色をした五本のアルヴィの花。

 これはお別れを意味する花となっている。

 そこに一輪だけ添えられた純白の花。


 菫色の花の意味は、"私はこの街を去ります"。

 そして純白の花は、"また明日"を意味している。


 現実に明日逢いに来ることはできないけれど、それでもまたツィードの街に訪れて貴女に逢いに来ます、という願いを込めて添えさせてもらったイリス達だった。

 そんなイリス達の意を汲んだテランスは、とても小さな声でありがとうと言葉にした。


 暫しの時間を挟み、彼は言葉を続けていく。


「僕も世界をこの目で見てみたいと思うんだ。

 もしかしたら、世界のどこかでまた逢えるかもしれないね。

 その時はまた食事でもしながら、お互いの体験した話をしよう!」

「はい! 是非是非そうしましょう!」



 ゆっくりと穏やかに流れる時間を感じる教会の裏手。

 とても寒々しく感じるような場所ではなく、光が溢れた優しい場所となっている。

 小鳥のさえずりが聞こえる空間に訪れる静寂。


 この場所であれば姉と同じように、安らぎの中にいられるのではないだろうかとイリスは思っていた。

 そして司祭様が葬儀で仰っていたように、痛みからも解放された彼女は、(そら)へと還るまでの時間をここでのんびりと過ごせるのだろうと、イリスはどこか確信を持っているように旅立ってしまった女性を想っていた。



 イリス達はそのままエステルの下へと向かい、厩舎の方に挨拶をしていく。

 とても嬉しそうにイリスへと擦り寄る彼女に、今日からまたよろしくねと言葉をかけながらエステルを撫でていると、ソラナとラウラ、ビビアナが見送りに来てくれたようだ。

 残念ながらエンリケは店の準備があるので来られないらしく、少々残念に思ってしまうイリス達だった。


「それじゃあ、気をつけてね」

「はい! 色々とありがとうございました、ソラナさん」

「私の方こそありがとう。貴女達には、本当に多くのことを学ばせてもらったわ。

 皆さんの行く末が幸多からんことを、この美しい"一花の街"で祈っているわ」


 何よりも嬉しく思う彼女の言葉にお礼を告げたイリスは、仲間達へと声をかけていった。


「さあ! 出発しましょうか!」


 明るく元気にあげたイリスの声は、美しい青空に溶け込んでいった。



 本当にこの街は多くのことを、そしてとても大切な事を学ぶ事ができた気がするイリス達は、徐々に開かれていく重々しい扉を前に、これまでと、そしてこれからについて思いを馳せていた。


 街門守護に勤務していたレグロとベラスコへと挨拶をしたイリス達は、久しぶりの街の外となる光景を目にしながら、エステルを歩かせていく。


 若干の不安を残している場所、西の国へと進んでいった。


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