"チームグラス"と"情報"と
「すみません、取りに来るのが遅くなりまして……」
「いいえ、とんでもございません。
私も広場にはよく行かせていただいていましたから、大凡は把握しています。
ご希望のツィードグラスもできておりますので、ただいまお持ちいたしますね」
「ありがとうございます」
彼女の言葉に、"歌姫"の偉大さを改めて知ることができたイリス達は、出来上がったままにしてしまっていたチームグラスを受け取りに来ていた。
既に代金は支払っているので問題がないと言えばないのだが、それでも放ったらかし状態だったので、申し訳なく思ってしまうイリスだった。
暫く店内を見させてもらっていると、店員の女性が大きな箱を両手で持ちながら戻ってきたようだ。
カウンターに置きながら箱を開けていくと、そこには緩衝材でしっかりと守られた、美しいツィードグラスが六つ並んでしまわれていた。
「こちらがご希望のオリジナルグラスとなります。どうぞご確認下さい」
手にとって確認するというよりも、その美しさに見蕩れてしまっているイリス。
これはとても透明度の高い、クリスタルグラスと呼ばれている加工品となるそうだ。
実際に水晶で作られている訳ではないが、そう思えてしまうほどの美しさを感じるグラスとなっている。
少々創り方も特殊らしいが、詳しい事はイリスもロットも知らないようだった。
こういったことは、基本的には門外不出と言える技術となっているらしく、ツィードから外に情報が漏れないように細心の注意をしているのだとか。
グラスのデザインはやや縦長ではあるものの、所謂オノロジーと呼ばれている、テイスティングにもよく使われる一般的な葡萄酒のグラスになる。
あくまでも使う為のものなので、飲み易くて使い易そうなデザインでの製作をお願いしたイリス達だった。
ボウルと呼ばれる葡萄酒を入れる場所の中間より少々下の部分に、イリスチームのマークである、白銀の盾を覆う純白の両翼のデザインが刻まれている。
試作品と寸分違わぬ出来栄えに、一流グラス職人の凄さを感じていた。
「本当に素敵なグラスですね。ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、本当に色々とありがとうございました」
店員の女性はそう言葉にすると、頭を深く下げていってしまう。
取り乱しそうにわたわたとしながら、イリスはどうか頭を上げてくださいと言葉にするも、女性はその体勢のまま言葉にしていった。
「あんなに素晴らしい唄を聞くことができたのは、私にとって最高のひと時だったと断言できるほどのことでした。彼女の傍にいた皆さんが、きっと"歌姫"の力となってくださっていたのですよね?
噂に聞いた程度でしか知りませんが、一度歌を唄えなくなってしまったのだとか。
そんな彼女を再び広場に連れてきてくださった貴女達を、私は感謝の言葉しか述べることができません。本当にありがとうございました」
「そう言ってくださって、本当に嬉しいです。
アデルさんの唄は、本当に素晴らしかったと私も思います。
ですが、私達は私達のできることをしただけですから。
どうかその言葉は、私ではなくアデルさんに伝えてもらえたらと、我侭を言わせて下さい」
イリスの言葉に顔を上げた店員女性は、イリスと目線を合わせてお互いに微笑み合ってしまった。
お暇をいただいたら彼女へとご挨拶に行ってきますねと言葉にして貰えて、更に嬉しくなってしまうイリスは、お礼を彼女に伝えて店を去っていった。
一旦宿に戻って、例のものと一緒に梱包したイリスは、そのままギルドへと向かい、フィルベルグへと送ってもらうように手配をしていった。
ついでに受付の女性へギルドマスターとお逢いできるかを尋ねていくと、イリス達が面会を求めれば通すようにと伝えられていたようだ。
「何だかんだ言ってもいい人だからねぇ、エドさんは」
ファルはどこか、にまにまとしながら言葉にしていた。
ギルドマスターの部屋は、相変わらず殺風景な場所だったようだ。
これはこれで効率がいいのだろうとロットは思っていたが、やはり寂しいと言えるような場所に思えたイリス達だった。
「……で、なんだ?」
「もう、相変わらず無愛想だなぁ」
忙しい彼の手間を取らせているのだから、用件のみを伝えていくイリス。
それを聞いたエドは、ぴくりと右眉を僅かにあげながら言葉にしていった。
「……石碑、だと?」
「はい。フィルベルグ近郊にある"古代遺跡"と、アルリオン大聖堂にある石碑は見つけたのですが、噂では西の方にもうひとつ石碑があるそうなのです。
とても興味深いものなので、是非この目でと思っていたのですが、肝心の場所が全く分からなく、もしご存知でしたらと思い、こちらに伺った次第です」
「……ふむ。確かにどこかで聞いたことがあるような気はするが、確証はないな」
「それでもご存知なのですか?」
「いや、知らないといっていいほどのことだな。
確か西にそういったものが存在していると、噂を聞いたことがある程度だ。
すまんが役に立てそうもないな」
「いいえ、とんでもありません。急に押しかけて申し訳ございませんでした」
「構わん。それくらいは融通する。何せ、"歌姫"の連れだからな」
彼は少々皮肉を込めて言葉にするも、実際にはそれだけの事ではなかった。
アデルが齎したのは、ツィードの街に幸せの唄を奏でただけではない。
彼女が遺したものは"歌姫"の逸話だ。伝説と言ってもいいほどに、これから先も何十年、何百年と語られる事になるだろうとエドは思っていた。
それだけの"素晴らしい"だなどいう表現ではとても言い表せないような事を、彼女はしてしまった。
何れはその噂を聞きつけて、多くの者がやって来るだろうとエドは考えていた。
そうなればツィードに大きな利益となるだろう。
彼女の唄を利益に結びつけるのは如何なものかと人は言うかもしれないが、実際に街が潤う事は非常にいい事であり、それなくして街の繁栄は成り立たない必要不可欠なものとなる。
これまでツィードグラスで利益を得ているこの街は、"歌姫"の存在から多くの者達が訪れる事となり、ひいては吟遊詩人達も訪れてくれるかもしれない。
彼らがこの街で話を聞いたものを詩にして唄ってもらえば、更にこの街は有名となっていくだろう。
エドはこの街のギルドマスターだ。
小さな街のマスターとは、そういった街に深く関わるような存在でもある。
だからこそ彼は、非常に多忙を極めていると言えた。
尤も、彼の愛想が良くないのは、彼自身の問題ではあるのだが。
「ということは、お前達は西へと向かうつもりなのか?」
「はい。その予定です」
「……ふむ。そうか……」
歯切れの悪い彼へと思わず尋ね返してしまうイリスだったが、エドは少々考え込みながらソファーの両端に立っている者達を一瞥すると、言葉を続けていった。
「……まぁ、恐らく問題ないだろうが、十分に注意しろ。
あの国は、一般的に何でもないことが問題になる場合があるからな。
これに関しては、行ったことのある奴らに聞け」
なんとも微妙な空気になってしまう中、エドは話を続けていく。
「今回の件、特にグラディル討伐の方は、もう既に知れ渡っていると思った方がいい。どこで仕入れるのかは分からんが、情報の速さはエークリオよりも遥かに早い。
それも戦闘に関わる事のみではあるが、あちらの国では熱烈な歓迎を受ける事になると覚悟した方がいい」
「……そ、そんなに凄い国、なのですか?」
「それも詳しくは仲間達に聞け。俺よりも遥かに詳しいはずだ」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
若干引き気味のイリスは、とても微妙な表情で答えてしまっていた。
相変わらずシルヴィアだけは、とても楽しそうな表情でエドの話を聞いていたようだが、できるなら早めに国を出る事を薦めると、彼は付け加えていった。




