"それぞれの道"を
"春風の宴亭"へとやって来たイリス達は、店の扉を開ける前から驚きを隠せずに立ち止まってしまっていた。店内から賑やかな話し声が外まで聞こえていた為に、意表を突かれたようだ。
目を丸くしながらも店の扉を開けていくイリスだったが、新たな客の来店に気が付いたビビアナは、とても元気な様子で声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ! あぁ! イリスさん達! どうぞこちらへ!」
どうやら彼女はイリス達のために、席を二つ分用意してくれていたようだ。
彼女に導かれるまま席へと座っていくイリス達とソラナ、ラウラ、テランスだった。一体どういうことなのかと尋ねる前に、ビビアナは笑顔で言葉にしていった。
「こうする事がアデルさんの望みなんです。いつも元気に笑っていて下さいって。
それを聞いたお客さん達も、同じように楽しくお食事をして下さっているんですよ」
彼女は自分を偲ぶことを望んではいない。
彼女が望んでいるのは、笑顔で居続けることだとビビアナは言う。
あの手紙には、そういったことが書かれていたのだろう。
彼女らしい、とても優しい言葉で綴られていたのだろう。
本当に凄い人だとイリスは思う。
自分がいなくなった後の事にまで、私は考えが至るだろうか。
自分の事で頭が一杯になってしまうのではないだろうか。
そう思えてならないイリスだった。
その日の夕食は彼女達に習って、とても賑やかな食事を取る事ができたイリス達だった。先に旅立ってしまった美しい女性の話をしながら、美味しい夕食を取る事ができたようだ。
翌日、彼女の家に訪れたイリス達。
彼女の宝物を両手で大切に手に取ったイリスは、思わず涙ぐみそうになってしまうも、それを堪えながら優しく愛おしく、宝物を抱きしめていく。
それはまるで、彼女の想いに触れているような気持ちになった。
温かくて、とても優しい気持ちになれた彼女へとエンリケは声をかけていった。
「後の事は俺達が何とかするさ。
店もあるし、まぁ、なんだ……時間はかかっちまうだろうが、何とかするさ」
そう言葉にしたエンリケの表情は背中を向けていたために見ることはできなかったが、その声色はとても寂しそうなものを感じたイリス達だった。
彼もまた、アデルを幼少から知っている者のひとりとなる。
彼女が何故そうなったのかも、彼女と出逢うほんの少し前から知っていた。
言葉にする事はなかったが、まるで妹のように可愛がっていた彼にとって、やはり先に行かれてしまったことはかなりの衝撃だったようだ。
彼女が遺した手紙は感謝の言葉で溢れていたが、彼こそ彼女に感謝をしていた。
彼女の存在が、彼の人生を彩ってくれたかのようにエンリケには感じていた。
アデルとは、彼にとってそういった存在だった。
「ありがとう、イリスさん。それにソラナさんも。あいつの傍にいてくれて」
「いいえ。私こそ、アデルさんに逢えて本当に良かったです。
とても大切な気持ちを、アデルさんから与えて貰ったように感じています」
「そうね。私も、とてもいい経験をさせて貰ったわ。
彼女を救う事はできなかったけれど、それでも笑顔で看取ることはできたから」
「ソラナさん。私は、アデルさんを救う事ができたんだと思っていますよ」
そう言葉にしたイリスに、視線が集まっていく。
どういった意味なのだろうかと考えるも、先にイリスは答えていった。
「アデルさんは不治の病でした。残念ながらその命を救う事はできませんでした。
でも、彼女は笑って、"ありがとう"と仰って下さいました。
私達薬師は、人の命を救う事を目的の全てとするのではなく、人の幸せのためにお薬を作り続けていくことが必要なのではないでしょうか。
それがたとえ、お薬で命を救えなかったとしても、その想いは、その心は、もしかしたら救う事ができるのではないでしょうか。私には、そう思えるんです」
窓の外に見える青空を見上げながら言葉にする彼女の澄んだ声は、夏の暑さを感じない朝方の室内に優しく響き、溶け込むように静寂が訪れていった。
彼女の言葉を心に反復させながら、瞳を閉じて考えるソラナ。
彼女と過ごしたこの五年間は、ソラナにとって掛け替えのないものだった。
アデルは娘のように思えていた存在で、何としても救ってあげたい女性だった。
だが、薬師である彼女には、アデルがどういった状況に置かれているのかを理解するには十分過ぎた。それももう、五年も前のことになってしまうが。
イリスと同じように診断を下した彼女にとって、この五年間はとても長く、辛い日々であった事に違いはない。
でも、だからこそ、傍にいてあげたいと思えた。
ラウラの事もあったし、彼女の傍にいて、治療という名の延命をし続けていた。
それが彼女にとって良かったのかは当時のソラナには判断できなかったが、今ならばそれが正しかった事であったと断言できた。
彼女は最期に、笑顔でそれに応えてくれたのだから。
ソラナはずっと悩んでいた。
栄養剤を与え、命を繋ぎとめることが正しいのかと。
延命する事は、彼女をより苦しめているだけなのではないだろうかと。
彼女が望むのであれば、強力な薬で痛みを感じることなく眠るように過ごしてもらうことも可能だった。そうしなかったのは彼女の意思によるものではあるが、そうすることが彼女のためになることなのかと、ソラナはひたすらに考え続けていた。
「でも、きっと、それが正しかったのよね。
貴女にとって、それがより良い選択だったのよね」
彼女の眠る姿を思い出しながら、そう思えたソラナは笑顔で答えていく。
悲しみを少しだけ秘めた笑顔で、寂しそうに、それでもどこか安堵した様子で言葉にしていった。
アデルはもう、苦しむ事はない。
これからは離れ離れになっていた母親と、幸せな時間を過ごしていけるだろう。
いずれは自分だけでなく、全ての者達も彼女と逢えるのではないだろうか。
だからこれは、ほんの少し逢えなくなるだけ、なのかもしれない。
そんな事をソラナは想いながら、愛おしそうに横にいる孫の頭を撫でていた。
くすぐったそうな笑顔を見せるラウラを優しく見つめながら、ソラナは言葉にしていった。
「私はこれまでと同じように、この街で薬屋を続けていくわ。
この子とも離れたくないし、お薬を求めて来る人も多いから」
「俺らはこれからも店で美味い物を作っていくさ。これでもそれなりに美味い物を作っていると自負しているし、俺の料理を楽しみにしてくれる客も多いからな」
「僕は次の乗合馬車でアルリオンへと向かおうと思います。あと五日はこの街を離れられませんが、それまでに詩を完成させてアルリオン到着に備えたいと思います」
「テランスさんは、この街を離れてしまうんですね……」
どこか寂しげに言葉にするイリスだったが、テランスはとても晴れ晴れとした気持ちのまま答えていった。
「ええ。僕が体験した素晴らしい物語を創り上げ、アルリオンの広場で唄おうと思います。エークリオも考えたのですが、きっとアルリオンの方がいいと思えたので、まずはあの大きな街で自分の詩の力を試してみたいと思ったんですよ。
……西の人達には、あまり受けが良くないように思えましたし……」
苦笑いをしながら言葉にするテランスだったが、それを良くわかっているヴァン、ロット、ファル、ソラナは同じような顔で、言葉につまっているようだった。
「イリスさん達はどうするんだ? もう暫くツィードに滞在してくれるのか?」
「! 是非そうしてください! うちのお料理も一杯食べて貰いたいです!」
「昨晩、仲間達と相談したのですが、そろそろお暇させて貰おうと思っています。
お願いしていたツィードグラスも出来上がったまま受け取っていませんし、旅の準備もありますのでもう暫くは滞在すると思いますが、私達にも旅の目的がありますので」
「……そう。寂しくなるわね。もう少し薬師としてお話したかったけれど。
イリスさん達はどちらを目指すのかしら。東かしら、それとも南?」
西という選択肢はやはり無いようだと考える、ヴァンとロットとファルは自然と苦笑いが出てしまっているようだ。
「それも仲間達と決めたいと思っていますが、恐らくは西へと進むと思います。
本当はフィルベルグへ戻ろうとも思ったのですが、少々時間をいただきたいと私には思えてしまいましたし、フィルベルグからこの辺りまで戻るとなれば、相当に時間がかかってしまいますので、このまま前に進んで行こうと思っています。
その先はまだ考えていませんが、南西寄りに移動しながらフィルベルグを目指す事になると思います」
「……そう。西に、行くのね。……気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
笑顔でソラナへと返していくイリスだったが、どうやら旅の無事を言葉にしてもらえたと思っているようだった。
なんとも微妙な空気になってしまっているヴァンとロットとファル。
そんな中、ネヴィアは一体西に何があるのかと少々不安気な表情をしているが、シルヴィアだけはとても楽しそうにそれを聞いているようだ。
相も変わらず、真逆とも言える性格をしていると思ってしまうヴァン達だった。




