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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"もう一度、あの場所に立てたら"


「本当に、いいの?」

「はい」


 明確に言葉にするアデルにソラナは戸惑うも、それを表情に出さずに考え込んでしまっていた。


 ……それがどういう意味を持つのか、貴女は本当に分かっているの?

 そう簡単に出した答えでないことは百も承知だけれど、貴女が選んだ道は、とても険しいものなのよ? それを本当に理解しているの?


 それは文字通り、"病気と闘う"という意味なのよ?



 彼女の抱えている病はとても重く、何よりも厄介なものだ。

 徐々に身体を蝕み続けていた状況は変わり、今後は一気にその状態が悪くなる一方となっていくと予測されている。

 完治はもちろん、その進行すら抑える事のできないものになっている。


 アデルがそれを知らないはずがない。

 彼女が余命を尋ね、それに答えた時から、しっかりとソラナは説明をしていた。


 ……なのに、彼女は戦いたいと言葉にする。

 意識を失う前には考えもしなかった事だった。

 一体彼女の身に何があったのかと思ってしまうほどに。


 その二人のやり取りを真剣な表情で見つめるイリス達。

 思わず尋ねかけてしまうソラナだったが、アデルの決意は良く言えばとても前向きなものと換言できなくはない。良く言えば、ではあるが。

 悪く言えば、いつ来るかも分からない、いつまで続き、いつになれば落ち着くかも分からない激痛に耐え続けることになる、とも言い換えられてしまう。


 一体、彼女の身にどんな変化が訪れていたのだろうか。

 これほどまでに強く、強く決意するなど、並大抵の事ではないはずだ。


 いや、一つ考えられるのは、もう一度唄いたいと思ってくれたのかもしれない。

 そうであれば応援したい。彼女の唄は素晴らしいし、何よりも前向きに考えてくれる事はとてもいいことだ。


 でも、それも一般的な闘病生活をしている人の話となるだろう。

 彼女はそういったものを抱えてなどいない。

 最早、今までの痛み止めですら効果を示さない可能性が高い。

 そんな中でもう一度唄いたいということは、彼女にとって本当に辛い事になると、ソラナは考えてしまった。


 そしてそれを、イリスが知らないはずがない。


 彼女は病気の事も余命の事も、しっかりとレスティに学んでいる。

 おまけに調薬も完璧で、何を入れたらこれが必要という事まで理解している。

 並の知識量ではない。既に彼女は私並みか、それ以上だとも思えてしまう。


 そんな彼女が、アデルの置かれている現状と、今後訪れるであろうことを見間違うはずがない。絶対にと言い切れるほどに。


 ではなぜ、アデルにこんな事を言わせているのか。


 理由はひとつだろう。

 アデルが強く望んでいるからだ。

 恐らくイリスも彼女に説明した上で、その力添えをしようとしているのだろうとソラナは考えていた。


 ……なら、私は?

 私は、どうすればいい?

 どうすることが……正しいの?



 尚も考え続けるソラナ。


 そう簡単に決断できるほど、彼女の抱えているものは軽くなどない。

 今後を考えればすぐにでも強力な薬を調合し、それを服用して貰った方がいい。

 そうしなければ、途轍もない痛みが全身を駆け巡るように攻撃し、意識を保つ事も難しくなってしまう可能性だって考えれられる。


 だがそれも、強い副作用が伴うものになってしまう。

 これも恐らくイリスが説明しているのだろう。

 だからこそのアデルの決断とも言えるのだが、彼女自身が決断したからといって、それをすぐに認められるほど簡単な話ではないのだ。



 一体どうすればいいのか、何が正しく、何が間違っているのかが分からなくなってしまったソラナは、再びアデルへと同じ質問を繰り返していった。


「……本当に、いいの? アデルはそれを……望んでいるの?」

「はい」


 先ほどと同じように言葉にしてしまうアデル。

 彼女の瞳には、とても強い意志が表れているのが見て取れた。


 一度目の質問の時もそうだった。

 彼女は全て知った上で、それでもそう決断してしまっている。

 もう何も言うことが出来なくなってしまったソラナは、ただ一言、『そう』と小さく呟くように言葉を発していった。


「……すみません。私のことをとても心配してくださっているのに……」

「……いいのよ。貴女がそう望むのなら、きっとそれが一番なのよね……」

「……何が一番かは、私には分かりません。でも、そうしたいと思えたんです。

 どんなに辛くとも、どんなに痛くとも……。もう一度だけ、あの場所に立てたら、それだけで幸せなんです。……そう、思えてしまったんです」


 小さく口にするも、秘めた想いがとても強いと確信を持てるアデルの言葉に、ソラナは静かに想う。あぁ、何て強い子なのだろうかと。


 初めて彼女と逢った時から、とても強い子だとは理解していた。

 抱えている病魔がどんなものかを知らない彼女ではあったが、大人でも顔をしかめる強い痛みを感じていたはずなのに、それを顔に出すことはなく、アデルは笑顔を崩さなかった。


 彼女は本当に強い。

 私なら耐えられないほどの痛みだ。

 すぐにでも強力な痛み止めを服用してしまうだろう。


 だが、彼女はそれを望まなかった。

 痛いかと尋ねても、大丈夫ですよと笑顔で返されてしまっていた。


 ……そんなはずないのに。本当に痛いはずなのに……。

 それでもアデルは、笑顔で日々を暮らしていた。

 動き難い、痛み続ける半身に文句も付けず、彼女は歩き続けていた。


 そんな彼女に、ソラナは本当にこれで良かったのかと思えてしまう。

 納得したはずなのにそう考えてしまうのは、良くない事なのだろうけど。

 躊躇いと戸惑いが完全に消える事はないようだと、ソラナは感じていた。


 今後は彼女の望む日まで、今までの薬を使い続けていくことになるだろう。

 ……痛みを殆ど消す事ができないであろう薬を、服用し続けることに……。



 この日を境に、イリス達はアデル家に泊まらせてもらうことにした。

 着ていた鎧も普段着へと着替え、アデルのお手伝いをさせてもらった。

 荷物もあるので宿も解約をすることはなかったが、事情を"月夜の湖亭"のカーリンへ説明すると、真剣な面持ちで『ご宿泊料金は結構ですので、どうぞアデルさんの力になってあげてくださいと』頭を下げられてしまった。


 話に聞くところによると、彼女もアデルの唄を楽しみにしているのだと言葉にした。仕事の都合もあるので、中々聞きにいけなくてとても残念だとイリス達に話すも、彼女が次に広場へと来た際は、必ず聞きにいくと心に決めているようだった。


 何よりも嬉しい言葉に思えてしまうイリス達は、カーリンに感謝を述べ、体調が良くなったら必ず伝えに戻りますと笑顔で宿を後にしていった。


 きっと、カーリンのように想ってくれている人達が、たくさんいるのだろう。

 今も尚、広場に集まってくれている人達が、アデルの覚悟を聞いたらどう思うのだろうか。声を上げて、喜んでくれるのだろうか。


 でも、このことはまだ確定事項ではない。

 いつになるかも、本当に実現するのかもまだ分からないと、薬師としては言葉にするしかないだろう。それなりにアデルの体調が良くなってから伝えなければ、あまり良くないのではと思えたイリスとソラナだった。



 だが、彼女の選んだ道が本当に辛く険しく、今までにないほどの痛みと戦うこととなるアデルは、弱音を吐くことなく耐え続け、時には意識を失い、時には涙を流してしまうほどの激痛の中、それでも彼女は懸命に戦い続けていった。


 もう一度、あの場所に立つために。

 それを心から望んでくれた、大切な親友のために。

 きっと今も自身を待ち続けていてくれる、この街の人達のために。



 病が完治することはない。これは、そういった病気ではないのだから。

 それでも、唄える状態までに体力が回復し、声と体調のいい日を模索していく。


 数ミィルでいい。

 たった数ミィル、身体がもってくれるだけで十分に唄えるだろう。


 しかし、彼女の抱えているものがそれを許さない。

 痛み出す時間が、非常に短くなってきてしまっていた。


 強力な痛み止めを服用すれば、それこそ唄どころではなくなってしまう。

 強い副作用で、激しい頭痛や吐き気、意識が混濁する可能性も出てくるだろう。

 とても唄える状態とは程遠いものになってしまうだろう。


 そうはさせないために、今までの薬だ。

 これはイリスと共にソラナが作り上げたもので、副作用が出るぎりぎりのところで留めている痛み止めと栄養剤になる。

 これ以上の薬はないと言えるほどのものになるが、残念ながらそれはもう、完全にその効果を得られていないのが、彼女の様子からはっきりと伺えた。


 並の人では、とても耐える事などない痛みだろう。

 鍛え上げた男性であっても、躊躇わず強力な薬を欲してしまうかもしれない。

 それをアデルは耐え続け、それでも待ち望んでいる瞬間を目指し、進み続けた。


 心のよりどころはあの日の思い出と、大切な宝物。

 挫けそうになる心。弱い心。諦めてしまう心を奮い立たせ、アデルは懸命に戦い続けていった。


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