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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"幸せな世界には"


「本当に苦いのね」

「すみません。苦味を中和する素材がなくて、飲み難いお薬になってしまうんです」


 くすくすと笑いながらを処方されたものを飲むアデルへ、申し訳なさそうに答えていくイリス。

 そんな彼女に、大丈夫ですよとアデルは笑顔で返していった。


 新しく作り直した薬は本当に苦く、とても飲み難いものだ。

 これは強力なものでありながら、副作用をぎりぎりのところで抑え込んだものとなっており、これ以上の強い効果をみせる薬となれば、それは強い副作用も出かねないという境界線の薬となっていた。


 当然、これだけの薬ともなれば、誰にでも服用できるというようなものではなくなっているので、アデルの為だけに作られた薬となるのだが、それを彼女に伝える事はしなかったイリス達だった。

 あえてそれを言葉にする事ではなかったし、治療費をお支払いしますと言われてもソラナは困ってしまう。

 恐らくはそういった事も察した上で、アデルは尋ねないのだろうとも思えたが。

 

 しかし、この薬を飲んだからといって、劇的な変化が出るものではない。

 これは栄養剤を含む、痛み止めを目的とした薬となっている。

 これを飲めば身体の痺れが取れるというものではなかった。


 幸い、声にはまだ影響が出ていないようで安心したアデルは、本人の強い希望から広場で唄うことを続けていく。

 流石に抱きかかえられて登場した時の街人の反応は、かなりざわついてはいたが、それも彼女が唄い出すまでのようだった。


 アデルはどんなに辛くとも、どんなに痛くとも、唄い続けていった。

 まるでそれが自分の居場所だと思わせてしまうほどに、彼女は唄い続けた。

 その懸命な姿に心を揺らされた人々は、彼女が唄い続けるのであればそれを聞き続けようと、強く、強く思っていた。


 目に見えて状態が悪くなっているアデルの抱えているものを、どことなく聴衆も察していたのだろう。だからこそ、彼女の望むままに、彼女のしたいようにしてもらい、自分達はその唄を聞かせてもらうことを選んだようだ。



 そんな想いも空しく、四日後の昼、彼女の唄が途切れてしまった。

 アデルの創り出していた幸せな空間は一瞬で現実へと引き戻され、ざわつき出す聴衆。


 だが、一番驚いていたのは、アデル本人だったようだ。

 自身の喉を右手でふれ、目を丸くする彼女だったが、取り乱す事はなかった。


 そして彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をして、苦笑いをしてしまった。

 それはまるで、来るべき時が来てしまったかのような表情に見えた聴衆だった。


 気持ちを新たにして再び唄い出す彼女だったが、声に覇気はなく、いつもの彼女が創り出している幸せな世界には程遠いものであった。


 戸惑いながらも拍手喝采で彼女を讃えていく人々。

 そんな人達へ深々とお辞儀をしたアデルは、小さく、本当に小さく一言だけ発するも観衆に届く事はなく、その声はイリス達にも聞こえなかったようだ。


 アデルの言葉を拾う事ができたのはテランスとヴァン、そしてファルだった。

 イリスの姉ほど耳は良くないが、それでも獣人である二人には聞き取る事ができたようだ。そして、彼女に一番近いテランスもまた、その声を拾う事ができた。

 そんな彼らの表情は硬く、彼女にかける言葉が見つからなかった。


 彼女は一言、深々と頭を下げながら、ごめんなさいと言葉にしていた。



 この日を境に、アデルを広場で見る事はなくなった。



 自宅で療養を続けるもアデルの状態は一向に良くならず、左手足の痺れはますます酷くなる一方で、ベッドから起き上がるのも難しくなっていた。


 四日が経った頃、ようやく起き上がるまでに回復はしたものの、左手と左足の容態は悪く、とてもではないが立てるまでは程遠い状態だった。

 そんな彼女に、イリスは笑顔で話しかけていく。


「声の調子はとてもいいみたいですね。そろそろ歌も唄えると思いますよ」

「ありがとう、イリスさん。

 ……でも、もういいんです。あれほどの歌はもう唄えませんし、きっとまた途切れてしまいます。そうなれば聞いて下さっている人達を不安にさせてしまうから」


 アデルはベッドから見える窓の先に浮かんでいる雲を見つめながら、そう言葉にしていった。


 確かに喉の調子は悪くない。唄う事もまだ可能だろう。

 でも、想いを伝える事のできる歌はもう唄えないと、アデルは悲しそうに話した。

 彼女が望んでいるのは、聞いてくれた人達が幸せに思ってくれる歌を唄う事だ。

 聴衆を不安にさせる歌など唄ってはいけない。そう彼女は強く感じていた。


 アデルの優しい言葉の中にある明確に感じられる強い意志に、誰もが口を噤んでしまう。これほどまでに強く決意してしまっている彼女に、広場の件を言葉にしていいものかと考えてしまうイリス達は、どうしたらいいのかと悩んでしまっていた。


 彼女は唄う事を、もう望んではいない。

 満足のいく歌が唄えず、人々を悲しませてしまうからと、まるで諦めているように思えてしまう。


 でも、あの日から未だに待ち続けてくれている人達がいることを、アデルは知らなかった。



 この頃になると、ソラナの店で話し合いがされるようになっていた。

 しかし、どうすればいいのか、どうすることがアデルにとって一番なのか一同は話し合うも、正しい答えなど見えない日々が続き、結局は彼女の意思に任せる事がいいのかもしれないという結論に辿り着いてしまう。

 それが一番だとはとても思えないが、無理強いしてしまっては良くないし、彼女の覚悟を乱すことは避けるべきだろう。そうなれば生きる気力すら奪いかねない。


 それはイリス達が一番恐れている事だ。

 そしてそうなってしまえば、病気と戦う事も心が諦めてしまうかもしれない。

 そうなれば最悪の事になっていくのは容易に想像が付く。

 病気に一番必要かもしれないとさえ言われている"生きる活力"が、彼女にはなくなってしまう可能性が出てくるだろう。


 全てを諦め、生きる事を放棄してしまう事だってあり得る。

 そんな悲しい結末は誰も望んでなどいない。

 彼女にはできる限り笑顔でいて欲しいからと必死に考えるイリス達だったが、そんな気持ちとは裏腹に、いい考えなど出てくる事はなかった。



 翌日の朝食を食べ終えた頃、イリスはお願いしていたことを思い出し、アデルへもう一度尋ねてみた。


「アデルさん、私達に歌を教えて下さいませんか?」

「……歌、ですか? ……でも、私はもう……」


 以前とは違う答えを出そうとしているアデルだったが、彼女よりも先にシルヴィアは表情が明るくなりながらイリスに答えていった。


「よいではありませんか。私達もご一緒に唄いたいですわ。

 誰かの為に歌う唄のではなく、ご自身の為の唄に唄われてはいかがですか?」

「私も同じ気持ちです。せっかく唄がお上手なのですから、是非アデル様に教えていただきたいです」

「あたしも教えて欲しいな。いつも歌っていた曲の事も知りたいし、だめかな?」

「俺も教えて貰いたいです。唄った事はないけど、皆で唄えばとても楽しいだろうし」

「うむ。いい案だな。是非俺にもご教授願いたい。……音程を取れるかは心配ではあるが……」


 イリス達の申し出に戸惑いながらも断ろうとしてしまうアデルに、ソラナとラウラも続いていく。


「あら。いいじゃない。折角だから、私も教えて貰おうかしら」

「私も教えて貰いたいです! 皆で唄えたらとっても素敵ですし!」


 目を輝かせてしまうラウラに断る事ができなくなってしまったアデルは、苦笑いをしながら私でよければと言葉にし、イリス達を大いに喜ばせていった。


 早速教えてもらう事にしたイリス達は、場所を彼女が楽な体勢になれる寝室へと移動し、アデルの唄について尋ねていく。

 どうやらこの唄は彼女の創作したものではなく、アデルの母から良く聞いていた子守唄なのだそうだ。

 母がこの歌を作ったのかは聞いていないが、彼女が眠れない日は必ずこの歌を歌ってくれていたのだと、どこか寂しげに、ここではない遠くを見つめながらアデルは話していた。


 そして彼女は、あの歌を唄ってくれた。

 本当に久しぶりのように感じられてしまうほど、懐かしい唄に聞こえてしまった。

 それは広場で唄うものとは違う、とても素朴な唄い方だったけれど、心に直接響いてくるかのような、とても優しく温かい唄だった。


 彼女の唄に続くように、イリス達も唄い出していく。

 始めはメロディをなぞるように、それを覚えると上手な歌い方について彼女に教わっていった。


 次第に上達していくイリス達を見つめていたアデルの瞳に、活力が戻ってきたように思えたイリスとソラナは、それを表情に出すことはなかったが、彼女が元気を取り戻してくれたように感じられ、それが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

 始めは乗り気ではなかったアデルも、やはり唄うことは彼女にとっても幸せに思えるものだったようで、笑顔を絶やすことなく微笑み続けていた。


 そんなアデル家から聞こえてくる幸せな歌声と笑い声に、近くの住民達は彼女が元気になった事に安堵し、またいつの日にか、彼女の唄を広場で聞く日が来るかもしれないと、そう思わずにはいられなかった。



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