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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"最高の唄を"


 翌日の夜、アデルは広場に来ていた。


 先日の朝から左手の痺れが治らず、杖をついて立ち上がるまでに回復したのは、つい先ほどとなってしまった。

 それでも彼女は、この場所に来る事を望んでいた。


 広場には変わらず千人以上の人が、彼女を待ち続けていたようだ。

 彼女が倒れた日の昼、それとなくアデルが体調不良だということを観衆に伝えていたイリス達だったが、彼女が倒れる姿を目の当たりにしまっている彼らから文句など出る事は一切なかった。

 逆に彼女の安否を気遣ってくれていたという人々に、思わず涙がこぼれてしまいそうになっていたアデルだった。


 暫く歌を聴くことは難しいかもしれない。

 そう思いながらも、彼女が広場に来た時に人が少ないのでは、哀しい思いをさせてしまうかもという理由から、アデルが来るかもしれない時間帯は広場にいるようにしてくれていたようだ。


 それをイリス達から聞いたアデルは、心の底から感謝すると共に、待たせてしまっていることに申し訳なさを感じていたが、それは違うわよとソラナは言葉にしていった。


『皆はただ、貴女の元気な姿が見たいのよ。

 街の人達が貴女を待つのも、その人達の自由。

 貴女はそれに応えるのではなく、貴女の自由に歌を唄えばいいんじゃないかしら。

 そうした方が皆も喜ぶんじゃないかと私は思うわ』


 広場で待ってくれている街の人達の気持ち全てを知ることは難しい。

 人はそれぞれの考えを持っているのだから、その全てを知ることなど不可能かもしれない。

 でもきっと、皆はそう思ってくれると感じてしまうソラナだった。


 そうでもなければ、朝早くから広場で待ったりなどしないだろう。

 幾ら素敵な唄だとしても、仕事の都合を付けてまで広場に向かう事はないだろう。

 そう思えてしまうのよと、ソラナは微笑みながらアデルに言葉にしていた。




 ヴァンが置いてくれた椅子に座り、持っていた杖を渡していくアデルは、昨日の件を謝罪していった。

 聴衆はきっとそんなことを望んでなどいないだろう。

 だから彼女は一言、ご心配をお掛けしましたとだけ言葉にした。


 きっとこれでいい。

 必要以上に謝ってしまえば、聞いてくれる人達に戸惑いを与えてしまうだろう。

 私は、心からの謝罪ではなく、心からの唄を届ければいい。

 聴いてくれる人達の心に届くような素晴らしい唄を、届ければいい。



 アデルはその美しい唇を動かし、唄っていく。

 その唄は、ツィード全体に優しく響き渡るかのような素晴らしいもので、まるでそれは、アデルに優しく抱きしめられている気持ちになってしまう温かさを感じられるものだった。

 初めて自分のするべき事を理解できた様な気がした彼女は、心中で想いを吐露した。



 やっと分かった。

 こんな状況になってみて、ようやく理解できた。

 もしかしたら、それにも意味がある事なんだろうか。


 今、自分にできる最高の唄を、聴いてくれる全ての人に届ける。

 きっとそれが、私の成すべき事なんだ。


 私はこうしていれば良かったんだ。

 私の唄を聞いてくれた人達の幸せを願いながら、唄い続けていれば良かったんだ。

 誰もが笑顔でいてくれるように、心からの唄を届けていれば良かったんだ。




 彼女の唄に驚愕する聴衆は、彼女の創り出す世界に包み込まれていく。

 今までの比じゃないほどの凄まじさを感じてしまうテランスは、リュートを演奏しながらも、アデルを横目で見ながら目を大きく見開いてしまっていた。

 シルヴィア達も、今までにない彼女の唄に驚きを隠せない。


 そんな中、イリスは気が付いてしまう。

 唄に魔力が込められていることを。

 ほんのりと彼女の身体が、美しいマナで彩られていることを。


 例えるならばそれは、雲が霞む春の空のような、薄く淡く、とても美しい青。

 明るく輝く空色とは違う、とても落ち着いた大人の色に思えてしまった。 


 マナにはこんな使い方があるのだということを教えられたイリスは、幸せを感じられる唄を聞きながら、そのことを忘れまいと記憶していく。

 これは彼女の想いが体内にある魔力を自然と呼び起こし、唄に合わせてアデルの想いを伝え易くするために発現しているように、彼女には感じられた。



 想いが更なる力を与える。

 それはまるで自分達の力のようだと彼女は思う。


 想像力次第で強くする力。

 何もそれは、言の葉(ワード)に限った事だけではなかったのだと考えるイリスは、感情を唄に込めるだけでなく、唄にマナをも含ませることが出来るのだと知った。


 それを彼女は体現している。

 素晴らしい唄と共に、人々に気持ちを伝える事のできる温かい力として。


 "想いの力"とは良く言ったものだとイリスは思う。

 この力は、全ての人が持ち得る可能性を秘めたものなのだろう。

 それを体現できる人は限られてくるのだろうが、彼女のように発現させられる人が、突如として現れるように出てくるのかもしれない。


 これはきっと、レティシアも知らないことだとイリスには思えた。

 そうでなければ、何かしらの対策を取っていただろことは想像に硬くないし、それをしていないと思えるような現状では、彼女ですら知り得なかったことである可能性が高いだろう。

 若しくはそれを知っていて放置しても大丈夫だと判断していた、ということも考えられなくはないのだが、イリスに託した知識にも含まれない以上、それは限りなく低いとも思えてしまう。

 知識にかけてある制限を解除すれば、分かるようになる内容だとも思えない。

 恐らくこの世界にいる全ての人に、"想いの力"を発現させる可能性があるのだろう。


 実証などないし、これは確かめようのないことだ。

 ただ漠然とそう思えるだけという、とても曖昧なものでもあるのだが、彼女が唄っている姿が指し示したものは、そう思えてしまうと推察したイリスだった。


 レティシアの時代では多数の使用者がいた事も、これで説明が付く気がした。

 魔法が発達した世界であればその力が発現しやすいだけでなく、大きさは違えどほぼ全ての人が魔法を扱うことの出来る時代だった。

 それは言い換えるなら、全ての人に目覚める機会が多く訪れる、とも言えるだろう。

 だからこそ"想いの力"を扱える者が、あんなにもレティシアの傍にいたのだと思えたイリス。

 そしてそれは、まるで何かに導かれるように集まっているようにも感じられた。

 

 "想いの力"とは、特別であって特別などではない、とてもありふれた、誰もが持つ力なのかもしれない。



 唄い終えたアデルは、輝く瞳のまま息を切らせ、そのままぐらりと席から倒れてしまいそうになる。

 慌てて近くにいたロットが彼女を支えるも、イリスは落ち着いた様子で(ドレス)からマナポーションを取り出し、彼女に飲ませていった。


 イリスの行動が理解できない彼らは固まってしまうが、暫くするとアデルは元気を取り戻したかのように身体を起こしながらロットとイリスにお礼を言葉にした。

 一体何が起こってるのかと考えてしまう彼らは、イリスへと視線を向けるも、彼女はそれらに笑顔で応えていく。


 倒れかけた彼女にざわついてしまう聴衆だったが、アデルが椅子から立ち上がってお辞儀をすると、安心したように割れんばかりの拍手喝采で彼女を迎えていった。



   *  *   



「アデルの唄は、あんなにも凄かったのね。

 ……もっと早くから聞いておけばよかったわ」


 そう"春風の宴亭"で食事をしながら言葉にするソラナは、とても悔しそうな顔をしている。


 思わず苦笑いをしてしまうアデルだったが、彼女は気が付いていた。

 彼女のような優しい人が、病人を放っておくはずがないと。

 

 きっと毎日、私の唄を聞いてくれていたのだろう。

 その上で倒れないように見守り、もしそうなってしまった場合は、すぐにでも駆けつけられる場所で待っていてくれていたのだと思えた。

 それを私に悟られないように、知らないふりをしてくれている。

 知ってしまえば、申し訳なく思ってしまう私の性格を理解しているからだ。



 そんなソラナに、心の中でお礼を言葉にするアデル。

 これを口にしてしまえば、彼女は全てを察してしまうだろう。


 心からのお礼を言葉にできないなんてやるせないわと思いながら、ソラナの話を笑顔で聞いていたアデルだった。



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