"自分にもできることが"
「――という訳で、今現在でも昔ながらの言葉が残っていることがあります。
私達はそれを自然と使い続けているので、基本的に嘗ての言の葉に馴染みがある場合も多々ありますが、完全に廃れてしまった言葉も多いんです。
マーク、デザイン、イメージ、チーム、パーティー、グラスなど、今回の件で使った言葉の中にもそれらが含まれており、また食器であるフォークやスプーンなども、一般的に使われ続けた事によるためか、今現在でもその言葉は残っています。
ですが、私が使う魔法の多くに込められた言葉は、残念ながら時代と共になくなってしまっているようですね。
皆さんに渡した紙には、それぞれの属性ごとに昔の言葉である単語と、その意味を書かせていただきました。
その単語の中から皆さんに合った言葉を探してもらい、その言の葉をまずは一つ憶えていきましょう。
単語はそれぞれ四十五から五十ほど書かせてもらいましたので、決めかねてしまうと思いますが、どう強くなりたいのかをじっくりと考えてみると、自然と見えてくるかもしれませんね」
イリスの言葉に頷きながら紙に目を通していく仲間達。
ファルは言葉自体を理解しているが、魔法自体は使う必要のない力を持っているので、独自に自己鍛錬を続けながら、イリスの言葉に耳を傾けていた。
男性達の部屋が修練場所となってしまっている今現在は、魔法剣の修練を始めてから三日が過ぎており、大凡感覚を早い段階で掴んでいた仲間達は問題なく魔法剣を習得できたようだった。
予想では一週間はかかるのではと思っていたイリスだったが、それを大きく上回る習熟速度に驚いてしまっていた。
確かに彼らは充填法を使う事ができたが、魔法剣は少々特殊な魔法に分類されるので、マナの扱いが難しく、コツさえ掴めればすぐに習得できると言われてはいるが、それはレティシアの時代でのことである。
それこそ子供の遊びに魔法が使われていた時代であれば、そういったこともあるだろうと思えたが、この時代ではそんなことはされていない。
チャージを習得したのも、ここ一年半でのことになるのだから、それほど早く習得できるとは思っていなかったのも当然と言えたのかもしれない。
これには彼ら自身も驚いていたことだった。
全く新しい魔法技術であるにも拘らず、チャージの時よりも遥かに早く習得できた事は、流石に想定外だったようだ。
だが同時に、イリスの提唱した修練法である、1アワールを集中して訓練すると言う方法が合っていたのだと肌で感じることも実感出来たようで、ただ闇雲に強くなろうとするだけでは、肉体的にも精神的にも空回りをしてしまうのかと諭された気分を味わってたようだ。
それはつまるところ、自分達が行ってきた訓練法が誤りだったのではと思ってしまう彼らだったが、イリスはそれをしっかりと否定していった。
「そう思ってしまうのも仕方のない結果として現れているように思っているかもしれませんが、そんな事はないと私は思います。
皆さんが過ごしてきた時間のどれもがとても大切であり、必要のなかった時間などでは決してありません。皆さんが何を考え、どうありたいかを想いながら強くなろうとした日々は、必ず今に繋がる力となる事は間違いないんです。
だから、無駄だったかもだなんて悲しい事を、どうか思わないでください。
世界的に見れば皆さんの強さは、最高峰に位置しています。
ルイーゼさんやエリーザベト様は、チャージを高めていった時間が非常に長いですから、皆さんが叶わないのも道理だと思えます」
イリスの言葉通り、彼女達は途轍もない強さにまで上り詰めていると思われた。
これほどの強さにまで辿り着くのは並大抵の事ではない。
だが、彼女達の強さは、あくまでもチャージによる恩恵よりも、技術的な力がとても大きいのだとイリスは話していった。
あれほど圧倒していた彼女達は、ある期間のみチャージの修行をして、以降は身体を慣らす程度でしか修練は続けていないのだと言葉にし、仲間達を驚かせていく。
それを思わせない秀でた強さを見せていたのも、全ては戦闘技術の差がとても大きいのだとイリスは言葉にしていった。
中でもエリーザベトは、そういった類の事を吸収するのに長けており、次から次へと技術を手にしていったとイリスは聞いているそうだ。
それは何も戦うためのものだけではなく、礼儀作法や知識的なもの、料理技術から趣味であるガーデニングなど多岐に渡るものであるらしい。
彼女は何でも達人並みに習得してしまう凄い人なのだと、イリスは憧れた瞳で話していくも、それを仲間達は目の前にいる女性もまた同じなのではないだろうかと言葉にできずに彼女を見つめていく。
だがそんな二人よりも、凄い人が身近にいたのだとイリスは言葉を続けていく。
「驚いたのはヴィオラさんの強さです。
お話によると、あの方は皆さんと同時期にチャージを習得したそうですが、群を抜いた強さを持つまでに力を手にしていました。
しかしこれは逆に言うのならば、苛烈極まると言えるような修練をしていたんだと私は思います」
それには並々ならぬ決意と覚悟が必要なのではと、言葉にしていくイリス。
そうでもなければ、ポーションでも癒せないような大きな怪我を負ってしまっていたかもしれないと続けて話していく。
彼女の言葉にしたように、これはイリスに通ずるものがあると、あの日の"署名"の日にエリーザベトとルイーゼは考えていた。
余程、自分自身が腹立たしかったのだろうと、ファルは自身を重ねるように思いながら、見たことのないその瞬間を想像する。
仲間の力になりたくとも何もできない自分に腹が立ち、イリス達も詳しく話そうとはしないが、大切な仲間をひとり失っていると聞いていた。
それが大切な姉と慕っている人であり、彼女達が命を預けた戦友の一人である冒険者だという。
遠くの街にいた彼女でも、その名は良く知っていた。
兎人種で戦える者など、世界広しと言えど彼女くらいだろう。
本来兎人種とは、非常に穏やかな種族であり、戦闘など微塵も関わろうとすらしない者達しかいないとさえ言われている。
中でも彼女は白兎族だとファルは聞いている。
白兎とは、他の兎人種と比べると戦闘とは無縁の生活をしているため、基本的に街の外になど出ることはないような者達が殆どだと言われているのだが、それはヴァンにも言えることではあった。
彼女もまた変わり者の一人だったと言う事なのだろうが、だからと言って冒険者の、それもゴールドランクという凄腕にまで成長するなど、前代未聞だとも言われている。
故に、彼女を知らぬ冒険者はおらず、顔を知らなくともその名は世界に轟いていた。
尤も白虎族は、戦闘にも特化していると言われるほどの強さがあるため、猫人種と同じように独自の集落を造って過ごしているのだが、そこは大きく違うと言えるだろう。
彼女についての話をする事が躊躇われたファルは、仲間達の前では口を噤んでいる。
それだけ彼女がとても大切な人であることが、言葉にしなくとも分かったからだ。
下手にその名を口にしてしまえば、辛い記憶を呼び覚ましてしまう事になりかねないし、イリス達の口からその名を口にしないことが、そうであるといっているように思えてならなかった。
本当に大切な人を、あの時の戦いで失ってしまったのだとファルは感じていた。
もし自分がその場にいれば、たとえ目立つ覇闘術であったとしても、躊躇することなく使い、共に戦っていたであろう。
当然、チャージを使わなければ倒すのは難しかった相手と知った今、当時の彼女が扱う覇闘術では身体能力強化魔法を使いながら戦っていたとしても、全く役に立てないと思われるが、それでもその場にいることを望んでしまうファルだった。
名声が欲しい訳でも、ましてや武勲などといったものが欲しい訳でもない。
ただ、自分にもできることがあったかもしれない状況で戦力として加われば、もしかしたら別の未来が待っていたのではないだろうかと思えてならなかったからだ。
人ひとりが参加しただけで、何かが変わるというものではないだろう。
それでも彼女は思ってしまう。何か自分にもできたのではないだろうかと。
「では、今日の修練は終わりにしましょうか」
イリスの言葉に意識を思考から戻していくファルは、今更考えてもどうしようもないことだよねと、落ち着かない心を強引に納得させるようにしていった。




