"集中する事"の大切さ
「おはようございます。今日も気持ちのいい朝ですね」
「御機嫌よう、皆さん」
「皆様、おはようございます」
「おはよー、二人とも」
「ああ、おはよう、みんな」
「うむ、今日も良い天気だな」
笑顔で挨拶をするイリス達へ、男性達もにこやかな表情で返していった。
彼らの部屋に入れてもらったイリス達は扉を閉め、いつものように洗浄と洗濯を発動させていった。
清々しい朝が、更に清々しく幸せに思えてしまうこの魔法は、本当に凄いですわねと言葉にするシルヴィアに続き、ネヴィアとファルも頷きながら同意していった。
そして話は、修練の話へと移っていく。
昨夜の修練は、1アワールほどで終了となってしまったため、シルヴィア達はもう少し修練しても大丈夫だと言葉にした。
しかし、あまり根を詰めてもいい事はないと体感で感じているイリスは、1アワール集中して修練をするだけでも十分効果があると話し、シルヴィア達を驚かせてしまう。
これほどまでにゆったりとした鍛え方をしたことがない仲間達にとって、本当にこれで強くなれるのだろうかと疑問に思ってしまうが、イリスにとってはこれが日常なので大丈夫だと思いますよと、満面の笑みで答えられてしまった。
ファル自身も凄まじい修練に耐えて、強さを手に入れるまでに成長したひとりなので、流石にイリスの鍛え方では強くなれないのではないだろうかと思っていたが、それについての説明を聞いた彼女は、『なるほど、一理あるかも』と言葉にしてしまったようだ。
「体感であまり根を詰めてもいい事がないように思えましたので、短く1アワールの修練を続けていきましょう。
人の集中力はそれ程長く持ちません。このくらいでも十分修練になると思います。
実際に私も強くなれましたし、ルイーゼさんからも『身体を鍛える事と身体をいじめることは別物』だと教わっています。それは魔法に対しても同じだと私は思います。
自身の内側から発生させている力なのですから、身体を鍛えるのとは違うようで、その本質は似ているものだと思えましたから。
ならば、マナも使い過ぎては身体に良くないと言えるのではないでしょうか。
それを体現するかのように、魔力減衰による眩暈や意識障害といった、身体に悪影響と思われる現象が起きますから、恐らくですがこの考えも合っていると思います。
……レティシア様の時代の訓練法は、正直なところ凄まじ過ぎてお薦めできません。
確かにその方法であれば一気に強くなることが可能なのですが、なんと言いますか、とてもではありませんが私は好まない方法なので、できるならこのやり方は、昨晩の修練法を試してみても効果がみられない場合と、その時に皆さんがその方法での修練を心から望むのであれば実行したいと思います」
なんとも歯切れの悪い言い方をするイリスに、仲間達は首を傾げてしまう。
だが、並大抵のものだったとは思えない、凄まじい修練の日々を過ごしてきた姫様達にとって、イリスの言葉にしたレティシアの時代の訓練法がそれほどまでに凄いものだとは、全くと言っていいほど想像ができなかった。
そしてそれは、ファルも同じ事だった。
あの母に鍛えられ、それを耐え抜いた自分にとって、イリスが言うほど凄まじい内容だとはとても思えなかったようで、いまいち彼女の知っている凄まじい修練法というものの見当が付かない様子を見せていた。
ヴァンとロットにとっても、どうやら似たり寄ったりといった気持ちのようだ。
彼女達には言えないような壮絶な鍛え方を彼らはしつつ、怪我をすれば薬を飲んで強引に回復させ、多少の眩暈が起ころうとも魔力を使い続け、武器を振るい続けていた。
それは身体を酷使させ、強制的に回復させて修練を続ける凄まじい訓練法となる。
こんなこと彼女達にはとても言葉にできないが、男性が持つ肉体的な強さで強引に動かなくなった身体を奮い立たせ、訓練をし続けていた彼らからすれば、イリスの訓練法はとても易しく、修練とも言えないような内容に思えてならなかった。
イリスはのびのびと、そして自由に修練をしてきている。
それが彼女自身にはしっかりと合っていた事が、これだけ強くなれた秘訣の一つである事も間違いではないと言えるだろう。
実際にイリスが強くなっているところを見ると、恐らくはその方法も疑う事などできないのだが、それでも彼らはいくら厳しい修練とは言ってもそれには限度があり、想像の範疇を超えることはないと思ってしまうのも仕方のないことだっただろう。
「問題ありませんわ。私達は、凄まじい修練に耐えているのです」
「そうですよ、イリスちゃん。母様の修練に比べれば、きっとどんな事でも耐えられると思います」
「……どこの母さんも同じに厳しいのかな……。ま、まぁ、あたしもあれに比べたらって思っちゃうんだけどね」
真っ青な表情で目を逸らしながら言葉にしたファル。
どことなく瞳は虚ろに、そして身体は小刻みに震えているようにも見えたが、それをあえて言葉にすることなくヴァンが彼女に続いていった。
「俺達も問題ない。大凡冒険者の鍛え方は、得てして厳しくなる傾向が多い。
ロットも俺も、問題なく耐えられると思うぞ」
「そうですね。寧ろイリスの知っているレティシア様の時代の訓練法に、興味が出てしまうよ。それだけ効率的に鍛えられる方法には見当も付かないから、純粋に聞いてみたい気持ちがかなり強いよ」
「そうですわね。そこまで急激に鍛えられるとは、正直なところ想像もできませんわ」
「今よりもずっと強くなれるのであれば、是非試してみたいです」
「あたしも興味があるよ。アルト様の訓練法は、身体が資本って考えから来ているから、たぶんイリスの知っている方法じゃないんだろうね。
尤も、覇闘術の修練法だから、違っていて当たり前なのかもしれないけど」
「……え、で、ですが、それは、その……なんと言いますか……えっと……」
思わぬ仲間達の反応にたじろいでしまうイリスは、どう言葉にして断ろうかと必死になって考えるも、戸惑いの方が強く出てしまい、思考が一向に纏まる気配がなかった。
余計な事を言ってしまったと後悔するも、今更だと知ったイリスは諦めたように、その訓練法についての説明をしていった。
「……その訓練法というのはですね、強くなりたい人の体内に、別の人のマナを送り込む方法なんです……」
言葉にならない音のようなものが、各々の口から抜け出すように出てしまい、仲間達はイリスの言葉に凍り付いてしまう。
これまでの説明で、その意味を理解できない者など、この場にはいなかった。
それはつまり――。
「……た、体内が、破壊されてしまうのでは……ないかしら……」
急に温度が低くなったような寒気を感じる室内で、イリスから発せられた言葉を必死に理解しようとするも、やはりどう考えてもそうとしか思えないシルヴィアは、彼女に尋ね返してしまうが、流石に肉体的なダメージはないとイリスは答えていった。
「実際にはそうならないように、極々少量のマナを均一に流し込む事になります。
魔法剣の修練のように、ですね。マナの量は小さじ一杯分くらいですので命の危険はありませんが、それはつまり、体内で合成魔法のような現象が起きる事になります」
それはつまるところ、"マナの相反作用"と呼ばれるものを強制的に引き起こさせる方法なのだと、イリスは言い難そうに言葉にした。
送り込むマナの量さえ間違えなければ、この方法に命の危険性はない。
しかし、相反作用の影響により、身体の内側がまるで爆発したかのような凄まじい衝撃と、激痛などとは生温いほどの途轍もない痛みに長時間耐える必要がある。
「言ってしまえばこの方法は、体内にある半分以上のマナを一度強制的に破壊し、それを自然修復させる事により、強靭なマナを発生させる事のできる身体に作り変えるという、にわかには信じられないようなとんでもない修練法なんです。
それには"痛み"だなどといった表現ではとても言い表せないような激痛に耐え続け、それに耐え抜いた者でなければ強大なマナを手にする事はできません。
それは肉体の痛みではなくもっと内側から来るもので、まるで魂が切り刻まれているかのような感覚だそうで、いくら肉体を強靭に鍛えた方であっても、等しく同じ痛みに耐えなくてはならない凄まじい修練方法だと言われています。
……正直なところ、私はこんな方法をとってはいけないと思いますし、レティシア様も邪道中の邪道だと、強い嫌悪感を持っていたそうです。
レティシア様がエデルベルグ王室首席魔術師となった際は、その訓練法を撤廃し、新たに彼女が考案した修練法で鍛え上げた者達が、それぞれの隊を率いるまでに成長させる事に成功し、エデルベルグ史上でも最高の魔術指導者とも呼ばれていたそうです」
彼女が考案した修練法の一端が、このナイフでの魔術修練と、1アワールという短いとも言えるような時間なのだとイリスは笑顔で言葉にした。
様々な独自の研究の末に辿り着いた答えは、結局のところ、短期間に集中して学ぶのが一番だと彼女は結論付けたようだ。
奇しくもそれは、イリスが自ら体感して己を鍛えていった方法と酷似しており、弱冠と言えるほどの驚異的な若さで、それを悟るかのように理解できた少女の聡明さを、まざまざと感じられたシルヴィア達だった。
そして恐らくはそれこそが、イリスが強くなれた秘密のひとつなのではないだろうかと感じる彼女達は、集中する事の大切さと、何よりも自分自身にあった修練法を見つけることが、あの時の自分に足りなかったものなのだと感じてしまっているようだった。
「さて、修練のお話はこれくらいにしまして、例の件についてのお話をしましょうか」
笑顔で言葉にするイリスに続き、含み笑いをしてしまうシルヴィアとファル。
その手にはそれぞれ一枚の紙を、誰にも見えないように裏返したまま持っていた。




