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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"全く新しい"


 マナを通し続けているとはいえ、微弱なものしか使っていないので、全く支障なく状態を維持する事に成功したシルヴィア達に、イリスは言葉にしていく。


「これで下地が完成しました。

 充填法(チャージ)を習得しているだけあって、問題なく状態維持をできたようですね。これだけ細かいマナの扱いができるのであれば、魔法剣(マナブレード)もすぐに使いこなせると思います」


 更にはそれだけでなく、このナイフ自体にも変化が生じていると彼女は話していく。

 正確にはその中身が、といった方が正しいのだろうが。

 そして彼女は、手のひらに乗せていた小さなナイフに魔法を使っていった。


「"物質結晶化クリスタライゼーション"」


 (まばゆ)い黄蘗色の光に包まれるナイフは、イリスの手のひらの上でゆっくりと溶けていくように姿を変えていき、小さな球体の鉱石と思われる物へとその姿を変えた。

 目を丸くしているヴァンの持っているナイフを渡して貰い、それにも結晶化魔法をかけていき、二つの鉱石を手にしたイリスは、更にもうひとつの魔法を発動していった。


「"魔法武具製(ウェポン・ナイ)作・小形包丁(フ・プロダクション)"」


 イリスの手のひらに乗った小さな二つの塊は、彼女のマナに包まれながらもその姿を徐々に変えていき、光が収まる手前で白銀のぺティナイフが一本現れた。

 柄の部分は木製だったので魔法による効果で消失してしまったが、二つ分のナイフを使っているため、その大きさは先ほどのものとも遜色がなく、刃の部分から柄までひとつの金属で作られたナイフへとその姿を変えていた。


 あまりの事に目を大きく見開きながら口を開け、ぽかんと呆けてしまっている仲間達だった。

 いくら真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースが万能のように思えるほどの応用力を見せるとはいえ、流石に武具を鉱石に戻し、新しくナイフを作り出すなど想像もしていなかった事だった。


 だが、そう思っている彼らの考えは間違いである。

 これは既に嘗ての金属から作られたものとは、別の存在になっていた。

 シルヴィア達からすると、見た目には全く変わらない物に思えるが、中身は別物に変わっているのだと説明をするイリス。


「このナイフは、元の鉱石から形成されて作られたものではなく、一定量のマナを均一に通した事により、その内部構造を大きく変革させています。

 正確に言うのならば、その途上となる素材ではありますが、マナを含んだ鉱石(・・・・・・・・)へと変えているんです」


 イリスの言葉に驚く仲間達。

 彼女の言葉通りであるのならば、それは即ち、彼らにも馴染みがある鉱石にそのナイフの素材が近いのではと思ってしまうのも仕方のないことだった。

 あまりの事に言葉を失っているシルヴィア達だったが、それは横で言の葉(ワード)の勉強をしているネヴィアにも衝撃的だったようで、視線をイリスへと向けながら大きく驚いている様子だった。


 そしてそれはファルも同じ事のようだった。

 確かにアルトから託された知識には偏りがあり、魔法や戦闘技術についてのものが殆どになるが、それほどまでにとんでもない内容となるものは含まれてはいなかった。


 そして彼らが、イリスの言葉にした意味を理解できない訳がない。

 彼女は確かに発言したのだ。はっきりとした言葉ではなかったが、内容は肯定しているようにしか思えないほどの強さで、そう明言したのと同じだと思えてならなかった。


「…………それは、つまり……み、魔法銀(ミスリル)を人が創り出した、という事、なのか?」


 この場に居る誰もが思っている事ではあったが、誰もが言葉にできずにいた。

 それをヴァンがたどたどしくもイリスへと尋ねていくも、内心はとてもではないが信じられるようなものでは決してなかった。


 だが彼女が嘘を言っているとはとても思えない。

 そして嘘を吐く必要など、彼女にはこれっぽちもない。

 更にはとても信じられないことなのに、心の奥底では何かに納得してしまっている自分達がいるような気がしてならないヴァン達だった。


 "そんなこと、ある訳がない"と断言できる者など、この場には誰もいなかった。


 そして次に続く、とてもではないが信じられない言葉の数々が、魔法を教えている女性の口から飛び出てしまうのを彼らは知る事となる。


「この金属は正確には魔法銀(ミスリル)ではなく、人工的に生み出した魔法銀です。

 "人工産物の魔法合金アーティフィシャリティ・ミスリル・アロイ"と呼ばれていた、人の手によって生成された全く新しい金属となります。

 ですがこれは、自然が生み出したミスリルとは大きく違う点があります。

 ひとつは天然のミスリルとは、その素材が持つマナの純度が違うため、研究材料として扱うのは少々難しい点です。当然創り手によって含まれるマナの濃度が違いますので、長い時をかけて自然に創られたと思われているミスリルとは違います。

 それ故に、"似て非なるもの(エアルザートゥス)"とも呼ばれていましたが、この人工的に生み出された金属にも利点があります。

 大きな利点として挙げるのならば、人がマナを含ませてある金属故に、天然のミスリルよりもマナの通しが非常に潤滑になるところですね。

 つまり、この人工金属の誕生から、天然のミスリルは研究素材として扱われるようになり、今現在では必要不可欠となっているエルグス鉱山の採掘が、レティシア様の時代では不要とされていた事の理由となっています」


 この知識は、断片的に含まれたレティシアの知識と、アルエナに託された知識が合わさって初めて理解できたものの一つになる。

 あくまでもこれは断片的な知識として含まれるものであり、ダンジョンでのイリスの推察やこれまでの旅で徐々に考えを巡らせて来た彼女が、その答えに辿り着く事ができたものだとも言えた。


 はっきりとした口調で述べている彼女は、その知識の全てを知っているかのように思わせているが、単語や意味を含む本当に極々少ない情報から考えが至ってしまっている状態なので、もしこれをレティシア本人が聞けば、盛大に驚いたこととなるだろう。

 恐らくイリスでなければ、この答えを導き出す事はなかったと断言できるほどに。


 そして大きな情報と思える内容はここには含まれていないため、最後の一人と逢わなければその知識は完成される事はないが、これはこれで凄まじい知識となっていた。

 恐らくレティシア自身が与える知識を分け、徐々に完成させる形として渡そうとしているのだろうが、その理由もまた、知識には含まれてはいないようだ。


 しかし人工ミスリルとも言える素材の誕生は、チャージを扱う者達が住まう世界に生み出された、必然だったのではないだろうかと思えてしまう。

 ミスリルとはマナを通し易く、チャージとは基礎的な魔法技術ではあるものの、その効果は絶大である。


 だがもし、それ以上の効率を求めることのできる素材があったとしたら?


 それがミスリルのように、鉱山から採掘できるようなものであったのならば、掘り尽くされる勢いで採掘がされ続けることになるだろう。

 それをせずに新しい鉱石を人の手で生み出すなど、正気の沙汰とは思えないシルヴィア達だった。


 ミスリルとは言い換えるならば、"戦うために必要となる素材"である。

 この金属は武具にすれば絶大な効果を生み出す鉱石であり、鋭い切れ味、並外れた耐久性、そして何よりも重さを感じさせないほどの軽量化された凄まじい素材となる。

 だが、希少価値が非常に高く、金額もそれに応じて跳ね上がっているために、並の冒険者では手にすることすら困難なのが現状となっている。


 まるで世界のバランスを取っているかのようにも思えてしまう採掘量に思えてならないが、人工的な魔法銀の存在が、その根底を覆してしまっていた。


 その時代の戦える者の誰もが扱える魔法技術、今とは違う恐ろしい魔法の数々、そしてミスリルを超えるとんでもない素材。

 イリスの話を聞いただけで、マナブレードを扱える者であれば、誰もが創り出せてしまうとしか思えない素材だった。


 誰もが戸惑い、言葉に出せずにいると、イリスは彼らが何を考えているのか察したのか、大丈夫ですよと笑顔になりながらその事について答えていった。


「この方法で創られた金属は、とても頑丈でマナを通し易くなっていますが、この状態ではまだまだ自然のミスリルを超えることはありません。修練には最適とされる素材ですが、ミスリルを超えるには相応の技術力と時間が必要となりますから。

 レティシア様の時代では、人工ミスリルを創り出す専門の魔法技師と呼ばれた存在でなければ、一流の武具を作り出すことはできなかったようです。

 結局は人工ミスリルを創り出す人が少なかったこともあって、一般的に流通させるには中々に厳しかったらしいですよ。

 それでも天然のミスリルよりも、相当安く作ることができたようですが。

 ……そうですね、強いて表現するのならば、今売っているミスリル素材よりも遥かに安価で高性能の素材、といった認識でいいと思います」


 非常に高価である天然のミスリルは、次第に世界でも使われなくなっていった。

 だからといって万能に思えるこの素材は、イリスであっても創り出せないと言葉にする。それを体現するかのように、この創り上げたナイフでは、戦闘に使うことはできないのだと彼女は言葉にした。


 質が悪いとは言わないが、一般的な魔物であれば十分に問題なく戦うことができる強度を誇るも、もしこのナイフで保護魔法やそれに近いものを使っている存在と戦おうものなら、最悪の場合、触れてしまっただけで砕かれてしまうと彼女は仲間達に伝えていく。


 そんなイリスへ、ふと疑問に思ってしまうシルヴィアが言葉にする。


「一般的な武具よりも遥かに高性能な強さを持ちながら、戦闘では使えないのかしら」

「所謂ブースト持ちは、その全てが保護魔法か、それに似た力で武装していると思っていただいて差し支えないと思われます。

 その状態の魔物にこのナイフで攻撃すると、使われた保護魔法とナイフに含まれているマナが相反して衝撃的な力へと変わり、ナイフが持つ耐久力を軽々と超えることになると予想できます」

「……なるほど。それ故にレティシア様の時代では、それを専門に扱うことのできる"魔法技師"と呼ばれる技術者が必要となるのだな」

「はい。それとこれは、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースによる強化もされていますので、一般的に創り出す武具よりも遥かに頑丈にできています。

 とはいえ、それも高がしれているものとなっていますので、やはり強化されたナイフであったとしても、戦闘に使うのは難しいと思われます。あくまでも修練用ですね」


 そう笑顔で言葉にしていくイリスに、心の中で安堵する仲間達だった。


 誰もが使える技術でありながら、それを磨き続けなければ現実とならない存在に、結局は本人の努力次第なのだと改めて考えさせられるシルヴィア達は、逆に言えばどんなことでも、本人の頑張りでどうとでもなるのかもしれないと、前向きに捉えることができたようだ。


 それがたとえ、この世界にはイリスとファルしか到達していない高みであったとしても、自分自身が努力すれば必ず辿り着けるのだと確信できた瞬間だった。


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