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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"よく似た者達"


 ツィードグラスの購入は後日にして、手に入れた箱とナイフを宿へと置きに戻ったイリス達は、そのままアデルの勤めている店"春風の宴亭"へと向かっていった。

 購入した箱の大きさを考えると、例の素材だけでなく、エリーザベト達への贈り物とチームグラス、更にはそれらに必要な緩衝材を入れても十分に空きがあると思われた。

 若干大きいような気もするが、グラスが割れてしまっては元も子もない。

 こういったものはしっかりと余裕を持って入れるべきだろうと言葉にしたヴァンに、その通りですわねとシルヴィアが返していった。


 ナイフは修練用なので、今夜にでも使う事になりそうだが、店主の男性から粗悪品とはっきりと言われてしまったことに引っかかる一同は、改めてあのナイフでよかったのかとイリスとファルに尋ねるも、問題ないよとファルが答え、イリスも笑顔で言葉にしていった。


 店に入ると昼食時との事もあり、多くの人で賑わいを見せていた。

 先日あんなことがあったので少々心配していたイリス達だったが、それもどうやら杞憂に終わったらしく、胸を撫で下ろす事ができたようだ。


 店内の様子を見ていくもアデルの姿はなく、奥で仕事をしているのだろうかと考えていくイリスは空いている席に座り、何を食べましょうかと仲間達と話をしていった。

 丁度そんな頃にビビアナが、こちらへと注文を取りにやってきたようだ。

 お薦めをお願いしつつ、アデルの様子を尋ねていくも、彼女は笑顔で答えていった。


「アデルさんはいつも厨房で、お皿洗いのお手伝いして下さっているんです。

 私はウェイトレスをしないといけませんし、父は料理を作らなければなりません。

 二人で経営しているとどうしても人手が足らず、流し場がとんでもない事になっちゃうんですよ」


 その様子はまるで積み上げられた塔のようだと形容するビビアナだったが、それが目に浮かぶように想像できてしまったイリス達。

 そんな時、アデルのようにお手伝いをしてくれる人は、本当にありがたいのだと言葉にした。特に洗い物は、放置しておくと食器が足らなくなってしまい、お客さんを待たせる事になってしまうのだと彼女は言葉にする。

 アデルが休みの時はビビアナが食器を洗い、エンリケが厨房からそのまま料理を運び、注文を取りにいっていたそうだ。

 繁盛するのは店としてとても喜ばしい事ではあるのだが、文字通り猫の手も借りたいといった忙しさで、毎日が大変なのだと彼女はどこか嬉しそうに笑顔で答えていった。


「それではお料理が来るまで、ゆっくりしていって下さいね。

 タイミングを見て私達もお食事を取りますので、皆さんがゆっくりされている間にアデルさんも休憩時間になると思います」


 広場にいけないのは残念ですけどねと、しょぼくれながら言葉にした彼女は、それではと元気を取り戻した声と笑顔で答え、厨房へと向かっていった。


   *  *   


 今回も美味しい料理に舌鼓を打つイリス達は、食後のお茶をのんびりと味わいながら彼女の到着を待っていた。


「お待たせしました」


 そう声をかける女性に笑顔を向けるイリス達は、少し休んでから行きましょうかとアデルへと尋ねるも、先ほどまで休んでいたので大丈夫ですよと返されてしまった。

 店を後にするイリス達はアデルを連れて、目的地である中央広場へと向かっていく。

 ヴァンの手には、彼女が店で歌う時に使っている椅子を持っている。

 視界に広場が見えてくると、少々戸惑いを隠せなくなってしまうイリス達は、歩く速度を緩め、遠くからその場所を見つめてしまっていた。


 いつも多くの人で賑わいを見せる憩いの場ではあったのだが、遠巻きに見ても三十人は数えられるほどの人で溢れているように思えた。

 人だかりになっている人物達を見ていけば、自ずと理解ができたイリス達だった。

 その人物達の多くは"春風の宴亭"で昼食を食べていた者達だったからだ。


 恐らくビビアナが客に説明をしていったのだろう。

 それだけ彼女の歌が飛び抜けて人気であるのだとも言えるのだが、流石にこれは想定していなかったアデルは、少々引いてしまう様子を見せていた。

 まさか自分の歌に、これほどの力があるとは露ほども思わず、戸惑いが前面に現れてしまっているようだった。


 だがそれも暫くすると、落ち着きを取り戻したようで、自分の歌のために集まってくれている事に心からの感謝を捧げていた彼女は、ヴァンが置いてくれた椅子にお礼を述べながら座り、歌う準備に入っていった。


 心を鎮め、思いの丈を歌に込めながら唄う彼女の姿は本当に美しく、まるで女神のようだったと、その透き通る歌声を広場で聞いた者達は後に語ったそうだ。


 彼女が唄い終えると今度は大きな拍手が起こり、アデルは小さく、だがはっきりとした声でありがとうございましたと言葉にして、深々とお辞儀をしていった。

 相変わらず広場の周りにある道を歩く人は、立ち止まったままではあったものの、中には拍手をしてくれていた人もいたようだ。

 こうやって、徐々に聞き入ってくれる人達で溢れるといいなと思いながら、イリス達はその場を後にしていった。


 そのままアデルを店まで送り、イリス達はまた夕方伺いますねと言葉にして"春風の宴亭"を離れていく。

 彼女達が向かった先は厩舎となる。

 まだギルドに行く時間でもないのだが、ここまでに倒してきた魔物の換金もあるため、一旦素材を売りに行こうという事になった。

 その後はお茶でもしながら、のんびりと夕方まで待つつもりだった彼女達は、魔物素材を取りに行き、その姿を見て駆け寄ってくるエステルをなでなでしていった。


 出来ればずっと一緒にいてあげたいが、この場に居続けては厩舎の方にも迷惑がかかってしまうだろう。なるべくなら、厩舎に来る回数も自重するべきかもしれない。

 そんなイリス達は魔物素材を馬車から降ろし、再びエステルに挨拶をしたあと、ギルドへと向かっていった。



 流石と言うべきだろうか。

 ツィードは大きな街であるため、昼過ぎとなった今現在でも多くの冒険者で溢れているようだった。


 がやがやと活気のある館内。

 掲示板に、受け付けに、飲食スペースにと、多くの冒険者が各々の時間を自由に過ごしていた。


 とはいえ、流石に素材買取カウンターに人はいないように思えたイリスは、疑問に思ってしまう。

 そんな彼女にヴァンが答えていった。


「今はグラディルの影響下もあるからな。

 他の魔物は割りと大人しくしていると思われる。

 こういった時は討伐系の依頼はあまり好まれず、朝からここで酒を飲む冒険者も少なくはない。所謂休息日と言われているやつだな」

「魔物が大人しくなるのですか?」


 初めて聞く情報にネヴィアが聞き返してしまったのも、仕方がない事かもしれない。

 元々危険種なぞ、そうそうは出るものでも、遭遇するものでもない。

 世界規模で考えるのであれば、割と出現しているようにも感じられなくはないが、ああいった存在は冒険中に出遭えばその場で終わる可能性が高く、街に向かっている間に出現したとしても、到着前に討伐されていることがとても多い。

 危険種出現の前後にその周辺で仕事をしている冒険者は、かなり少ないと思われた。


 しかし、そういった存在が齎してしまう周囲の影響など、彼女達が知るはずもない。

 ましてや彼女達は、まだまだ経験も浅い若手冒険者達だ。魔物についての情報に詳しいイリスであっても、そういったことまでは流石に知らなかったらしく、なるほどととても興味深そうに聞き入っていた。


 だがその件の調査はしていても、実際にそれを確認している訳でもないらしく、所謂これは(げん)担ぎのようなものなのだとヴァンが補足し、ロットもそれに続いていった。


「あれだけの存在が現れたあとだからね。

 討伐に関わっていなかったとしても、精神的には相当のものを受けてしまうんだ。

 そういった時は注意力も散漫になり易く、冒険に出ても良い事があまりないんだよ」

「ならばという事もあり、危険種討伐の後は、暫くの間冒険者達は討伐を祝いながら、なるべく街から出ないように自粛するのが、いつの頃からか定番になっているようだ」

「確かにあれだけの存在が周囲にいると分かれば、それだけで私も恐怖心を感じてしまいます。その後も精神的な疲労や注意力低下による判断ミスをしないために、暫くの間心の休養を取る、ということなのですね」

「まぁ、ぶっちゃけちゃうと、危険種なんてものが出てきちゃったんだから、暫くは街の外に出たくないよねって人の方が多いとあたしは思うよ。

 若手冒険者チームは生活もあるから外に出る事も多いけど、この街は割りと熟練者達が多いからね。そこまで困窮した生活をしている冒険者はいないんじゃないかな」


 要するに、化物が討伐されたはいいが、そんな状況で命なんか懸けられるか、と思う者が多いのだそうだ。


 体調管理は冒険者の基本だ。

 その少しの歪が、パーティー全体の生存率に大きく関わってしまう場合もある。

 全てが自己責任である以上、必要以上に命を懸ける事はないと考える者がとても多い。


 イリスの知り合いで言うのならば、レナードのチームがそれだった。

 ゴールドランク冒険者のチームであった彼らは体調不良だけでなく、少しでも気分が乗らないと訓練に重きを置くパーティーだ。当然、依頼も受ける事はなかった。

 そもそも彼らは、斥候(スカウト)系の依頼を主に請け負う冒険者チームであり、戦う事を主軸に置いている訳ではない。

 それにはとあるメンバーの性格も、大きく関係している事ではあるのだが。


 レナード達のチームが特殊なのではない。

 寧ろ、こういったチームが殆どだと思われた。

 恐らくはのんびりと街を散策したり、気に入った店で過ごしたりと、街の中にいることがとても多いのではないだろうかと、ヴァンは言葉にしていった。


「……まぁ、あの国以外は皆そうしてるんじゃないかな。

 あたしはそういったところが嫌で飛び出したところもあるし……」


 何とも言えない微妙な表情をしているファルに、ヴァンとロットも頷いてしまった。


 類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだが、チームリーダーにとてもよく似た者達が集まったチームのようで、嬉しく思えてしまうイリスだった。



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