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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"お買い物"


 アデル達と別れたイリスは仲間達と共に、ビビアナの薦めてくれた雑貨屋に来ていた。ここは中央広場にも近い場所のようで、たいした距離も掛からずに来る事ができた。


 早速お店に入る一同は、店内に置いてある商品の中から、手ごろ(・・・)と思われる箱を吟味していった。


「あ。これなんてどうでしょうか?」


 とても素敵な笑顔で指をさすイリスに、楽しそうに答えていく女性たちではあるが、男性達はかなり複雑な気持ちにさせられてしまっていた。

 それもそのはずだ。中に入れる素材(・・)が素材なのだから、何とも言えない気持ちになってもおかしい事ではないだろう。


「あら、素敵ですわね」

「ほんとだねー。これなら見栄えも良くていいかも」

「大きさ的にはぎりぎりのようですが、蓋が閉じられるのでしょうか」

「んー、ちょっとぎりぎりっぽい感じだね。蓋閉まんないかもしれないよ?」

「何かお探しかね?」


 彼女達の背後から、一人の初老の男性が声をかけてくれた。

 とても人の良さそうな顔立ちで、更にはとても素敵な笑顔を向けてくれている。

 その表情に、ビビアナがお薦めしてくれた理由の一端が分かった一同だった。


「この箱と同じようなもので、もう少しだけ大きいものはありますか?」


 あるよと笑顔で答えた男性は、店の奥まで歩いていき、しばらくすると戻ってきた。

 持って来たのは先ほどイリス達が希望した物に近い箱で、白木に綺麗な彫刻が施された、先ほどの箱よりも少し大きく、先ほどの物よりもずっと素敵な箱で、贈呈品を入れて使うのだろうと男性は判断して選んでくれたようだ。


「こちらの箱はどうかね? この箱は、中々に有望な若手木工師見習いが作り上げた物でね、これならば贈り物を入れるには最適かと思うよ。

 ツィードグラスにも合っていると思うし、大きさもこれだけあれば緩衝材もしっかりと入れられるだろう。さっきの箱よりも三千リルほど高くなってしまうが、デザインもお薦めだよ」

「わぁ、素敵な箱ですね」

「ほんとですわね」

「凄く綺麗です」

「いいね、これ。こんな綺麗な箱で贈りものを貰えたら、あたしは嬉しいなぁ」

「これなら大きさも十分有りそうだし、いいんじゃないかな?」

「うむ。ツィードグラスも沢山入れられるだろうし、何よりも品がいいデザインだな。

 これにするか?」


 ヴァンの問いに笑顔で答えていくイリス達。

 これであれば女王陛下達も喜んでくれるだろうと思えたイリスは、箱の購入を決め、続けて修練用ナイフとツィードグラスを売っているお店を男性に尋ねていった。


「鍛冶屋さんとツィードグラスを売っているお店は、どこにあるのかご存知ですか?」

「ツィードグラスを売っている店は様々あるけど、ここから広場の方向とは逆の道を進み続けた先の、突き当たりとなる店がお薦めだよ。ツィードでも一流のグラス職人が沢山いて、汎用品から特注品まで、ありとあらゆる希望に応えてくれるはず。

 この街を訪れてくれた人に是非一度は足を運んで欲しい店なんだけど、立地が少々悪くてね。旅人にはあまり知られていないんだ。残念だよ。本当にいい店なんだが……」


 残念そうに言葉にする男性。

 よその街でも大凡そうではあるのだが、やはり中央に近い場所が賑わいを見せ、街の入り口や壁側はあまり活気はないというのが、一般的な街の構造となっている。

 これには詰まる所、魔物がいる世界にある街ならではなのだろうとイリスは考える。


 シルヴィア達にはこの見当は、流石に付かないのだろうと思えた。

 ここは彼女達が生まれるずっと前から、まるで当り前と言うかのように魔物が闊歩してきた世界であり、大きな戦いがあってからもう八百年も時が経ってしまっている。

 この世界の住人にとっては、魔物がいながらも平和な世界であるという認識になっているが、実際は街の中央部に集まるように、魔物の脅威から少しでも遠ざかりたいのだと思えてしまうような造りをしているとイリスは考えてしまった。


 彼女のいた世界であれば、こういったことは全くなかった。

 そもそも巨大な壁で街を囲う必要などなかったのだから、これだけでも異質さを改めて感じてしまう世界だった。

 店も各々が好きな場所に作り、路地裏に人知れずぽつんと建つ店も多数あった。

 そんなところから、新たな店が突如建てられ、毎日がまるで宝探しのように店をあのひとと巡るのも大好きだった彼女は、思いを馳せながら懐かしさに浸っていた。


 もう随分と昔の事のように思えてしまうほど、この世界で過ごしているように思えてしまうイリスだった。


「あとは鍛冶屋だったか。

 ツィードには鍛冶屋も沢山あるよ。武器と防具をそれぞれ専門に扱う店も、両方売っている店もある。出来の悪いナイフくらいならここでも売っているが、本当に出来が悪くて果物くらいしか切れないから、魔物相手にはとてもじゃないが使えないね」


 思わぬ男性の言葉に目を輝かせてしまったイリスは、そのナイフを見せてもらう事にした。

 本当に出来が悪いんだがと苦笑いしながら店の奥へと向かっていく男性の後姿を見ていたイリスに、シルヴィアが尋ねていく。


「出来の悪いナイフでいいんですの? 剣で修練した方が良いのでは?」

「いえ、いいんですよ、ミスリル製じゃない方が都合がいいんです」


 疑問に思ってしまう一同だったが、修練についての知識を所持するファルも同じように、大丈夫だよと笑顔で答えていった。


「こんなのしかないから、鍛冶屋で選んだ方がいいと思うんだが……」


 男性が持ってきた刃渡り十二センルくらいのナイフは、箱に入れられた二十本ほどの数で、木の鞘に入れられた、お世辞にも刃の部分が良いとは言えない様な代物だった。

 だがイリスはこれで十分だと判断し、お幾らですかと男性に尋ねていった。


「……ほんとに買うのかい? 言っちゃなんだが、相当悪いものだよ?

 まともな鍛冶屋に行った方が良い物を売っているんだが……」

「構いません。このナイフで十分ですから」

「……まぁ、そこまで言うなら売らざるを得ないんだが、値段か……。

 正直粗悪品だから、値段を付けるのも申し訳ないな……。

 そうだな……ひとつ百リルで構わないよ」


 あまりの安さに驚くイリス達だったが、元々これは手違いで入手したものらしく、処分するところだったそうだ。切れ味も丈夫さもまるでないものなので、研いでもあまり長くは使えないよと男性は言葉にした。


「大丈夫ですよ。折角なので、ここにあるだけいただいてもいいでしょうか?」


 イリスの提案に目を見開いてしまう男性は、本気かねと強めの口調で言葉にしてしまった。それほどの質のものであったし、何よりもそんなものをあるだけくださいと言葉にすること自体、考えもしていなかった事だった。

 一体何に使うのかと尋ねたくなってしまうも、個人的なことにまで口を出すべきではないと戒めた男性は、驚きながらも言葉にしていった。


「買ってもらえるなら嬉しいが、本気かね? 刃は欠けている訳ではないが、見ての通り鋭くないんだ。磨がなければ硬い果物も切れないんだよ?」


 言葉通り粗悪品なんだよと説明する男性だったが、イリスはそれでも構いませんよと笑顔で答えてしまい、男性を更に驚かせていく。


「そこまで言うのなら、もう何も言わんよ。二十四本あるけど、どうするかい?」

「全ていただきたいと思います。二千四百リルでよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。もし返品する場合は、使う前の状態でなくとも全額返金するから、こちらまで持ってきて欲しい。箱は差し上げるよ。持ち運ぶのも大変だからね」


 ありがとうございますと笑顔で返すイリスは、男性から箱ごとナイフを受け取り、代金をロットが支払っていく。申し訳なさそうに受け取った男性は、手のひらにお金を乗せたまま、本当にいいのだろうかと考えてしまうも、何かあれば返品に来るだろうと考え、今は気にしないことにしたようだ。


「贈呈品を入れる箱としても使える物の方は、七千五百リルになるが構わないかい?」


 ちらりとロットの方へと視線を向けるイリスに、彼は頷いていった。

 お願いしますと男性に答えていった彼女の横から、代金を支払っていく。

 流石にこちらの物価に関しては、イリスでもいまいち分からなかったようだ。

 前の世界であればそれなりに相場も把握はしている彼女であっても、こちらの世界では薬に関しての相場くらいしか詳しくないイリスだった。


 そういったことは年齢相応なのだなと思ってしまうヴァン達は、彼女の背中を見つめながら、どことなく安心できた様子を見せていた。


 あまりに多方面に詳しいイリスは、どこか遠い存在のように思えることが最近では多くなっている気がした彼ら。

 壁を作る訳ではないが、もしかしたら自分達とは何かが違うのかもしれないと、どこか寂しげに思っていた仲間達だったが、どうやらそうではないのだと、内心では安堵するような感情が湧いているようだった。


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