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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"歌えない理由"


 アデル家に通してもらったイリス達は、彼女が歌える場所、歌うのにいい場所を話し合っていった。


「やっぱり中央広場が良いのではないかしら」

「そうですね、姉様。あの場所であれば、とても多くの方が行き交うでしょうし」


 ツィードは人口も多く、住民はそれぞれお気に入りの場所を見つけては、そこで食事をしたり、休憩を取ったりと、各々が自由に過ごす事が多い街だそうだ。

 先日アデルの歌っていたお店では、少々狭いために席が溢れてしまい、立ち見でいいからと店内にいさせて欲しいという者達も増えているのだそうだ。


 アデルからすると何とも嬉しい話ではあるが、それは同時に申し訳なさも感じてしまっていた。

 イリス達が来た時はたまたま人が少なかったようで、あの時間で座れること自体珍しいんだよとファルが仲間達に答えていった。

 あれほどの歌声なのだからそれも納得してしまうイリス達に、アデルは流石に中央広場では目立ち過ぎるのではと言葉にする。


 ツィードの中央広場はその名の通り、街の中心部の、それも様々な場所へと向かえる場所となっている。

 裏路地や小道は多くあれど、大体の者はあの場所に一度向かう事が多々あるらしい。

 つまるところ、食事をするのにも休息を取るのにも、あの場所を一度通過する人がとても多いという事だ。


 だからこそ、その場所でアデルが歌うことに意味があるのだと力説するシルヴィアとファルの言葉に、イリス、ネヴィア、ロットの三名が納得して彼女達に賛同していく。

 何とも言えない表情で彼女達を見ていたアデルは、素直にそれを受け入れられないといった様子のまま考え込んでしまうが、そんな彼女にヴァンが言葉にしていった。


「目立つ事は、決して悪い事ではないと俺は思う。

 多くの者に歌を聞かせたいのであれば、中央広場が最適なのではないだろうか。

 噴水近くには大きな雑踏もない。強いて言えば噴水の音はあるが、心地良く思える水音に却ってアデル殿の透き通る歌声が引き立つのではないだろうか。

 憩いの場所に迷惑をと思っているのであれば、それは心配しなくていいのではないだろうか。アデル殿の歌声は、多くの者達を幸せにする事のできる不思議なものを持っていると俺は思うし、それを疎く思う者などいないのではないだろうか。

 もしそう思ってしまう者がいるのであれば、その場を立ち去る事になるのだろうが、あれほどの素晴らしい歌を聴いてそうする者がいるとは、正直なところ思えないというのが素直なところだ」


 そう断言できるほどに、アデルの歌は常人では到達できない領域にいると思えてしまうイリス達だった。

 それは、単なる歌好きが真面目に練習したところで、とてもではないが辿り着けないほどの頂にいるのではないだろうかと思ってしまうヴァンは、彼女の透き通る歌声を思い起こしていた。



   *  *   



 ツィード中央広場、噴水前。 


 ここは、街の人の多くが憩いの場として利用する一方で、多くの人々が行き交う街の中心部となっている。

 この広場で歌うことで、あの飲食店よりも遥かに多くの人達へアデルの唄を届けることができるだろう。


 アデル家から持ってきた椅子を、石畳の上に置くヴァン。

 杖をロットに手渡したアデルは腰掛けながら深く、深く息を吐いていく。

 彼女が唄う準備に入る頃になると、周囲が少々ざわめき出してきたようだ。


 それもそのはずだろう。

 わざわざ広場に自前の椅子まで持ち込んで座るなど、未だ嘗て見た事がないはずだ。


 だがそれも、彼女が音を奏でるまでの話となる。

 その美しくも儚い歌声に、一瞬で惹き込まれてしまった周囲の者達は、一斉に彼女に視線を向け、通行人は思わず足を止めて聞き入ってしまっていた。


 歌い終えるとアデルは杖を受け取り、立ち上がって聞いてくれた者達へと深々とお辞儀をしていった。そして彼女を連れてその場を後にするイリス達だった。

 この場に長く留まってしまうと、質問攻めにされる可能性もあると予想したシルヴィアは、通行人の妨げにもなるから足早にその場を去った方がいいかもしれないと提案していた。


 どうやら今回は初めてという事もあり、虚を()かれたようで、イリス達が遠くに行くまで彼らは立ち止まったままでこちらを見つめているように見えた。

 朝昼晩に一度ずつ歌い続けることで、次第に観衆は増えていき、最終的にはお店で歌うよりも多くの人に聞いてもらえるだろうと、シルヴィアとファルは推察していた。


 そそくさと立ち去るようにその場から離れていくイリス達に、ぽかんとした表情をしたまま呆けてしまっている人々は、彼女達が見えなくなった後に動き出し、今起こった状況は何だったのかと話をしていった。



 アデル家まで戻ってきた一行は、このあとはどうするのかと彼女に尋ねるも、どうやらあの飲食店での仕事があるのだと言葉にしていった。

 こんな身体でもできることをお手伝いする形で雇ってもらっているのだと、とても嬉しそうに言葉にするアデルに、それじゃあお店までご一緒しましょうと言葉にするイリス。


 彼女の職場まで送るついでに今後の事をお店の方にも説明すると、快く賛同してくれた上に、まるで自分のことのように喜ぶ店員の女性だった。

 互いに自己紹介をしていなかった事に、苦笑いをしながらも挨拶を済ませていくイリス達は、店員の女性ビビアナと、その父で料理人のエンリケに今後ともよろしくお願いしますという旨を伝えていく。


「こちらこそよろしくお願いします。

 父さんの料理は美味しいから、是非食べに来てくださいね」

「料理にはそれなりに自信がある。よければいつでも食べに来てくれ。

 少しくらいはサービスできると思うぞ」

「はい! その時はまた、よろしくおねがいします!

 それと、先日のお料理も、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」


 笑顔で各々言葉にするイリス達は、これから雑貨屋さんを探しに行くとビビアナ達に話していった。

 それならばとお薦めのお店をいくつか教えてくれるビビアナとエンリケに感謝しつつ、またお昼頃にはこちらに来ますねとアデルへと伝え、その場を後にしていった。


 まだ客もまばらな店内に、ビビアナ達の安堵した声が響いていく。


「……よかった。また歌ってくれる決心をしてもらえて、本当によかった……」

「ごめんなさいね、ビビアナ。いつも心配ばかりかけてしまって」


 申し訳なさそうに言葉にするアデルへ彼女は、そんな事ないですとはっきりと言葉にした。


「……あのね、ビビアナ、エンリケさん。

 二人にとても大切なお話をしなければならないの……」


 きょとんとしてしまうビビアナは首を傾げてしまうが、無邪気な顔をしている彼女はまだ"歌えない"と言った理由を知らない。

 アデルは彼女達に、体調不良としか伝えていなかった。

 それは子供の頃から不自由な足と半身の痛みが、もう治る事はないだろうと数名の薬師から言われたのを知っていたからであったが、ここに来て事態は最悪の状況へと歩んでいる事までは彼女達は知らなかった。


 いや、二人には知る由もないことだろう。

 アデル自身もつい先日、知ったくらいなのだから。


 この街の薬師が匙を投げた彼女の足の具合どころではない凶報に驚愕し、真っ青な表情で震えてしまうビビアナは、口を開けたまま思考が完全に凍り付いてしまっていた。

 続けて彼女は、限られた時間を歌に費やしたいのだと言葉にすると、エンリケはそうかと小さく言葉にして話し始めていった。


「アデルが選んだんなら、俺達がとやかく言うことじゃない。

 俺にできるのは、これまでと同じようにアデルを雇い、(まかない)をご馳走するだけだ」

「……私、このままここで働いても、いいのかしら……」


 意外そうに言葉にしたアデルに、お前は一体俺を何だと思ってるんだと呆れてしまうエンリケは、お前を放っておく訳がないだろうがと言葉にしていった。


「アデルは今まで通り、出来ることを手伝ってくれればそれでいい。

 ……いや、夜には歌ってもらいたいのが本音か。

 まぁ、どうするかはお前に任せる。好きなようにすればいい」


 快く了承してくれたエンリケに感謝しつつ、夕食後となる時間に店内で歌わせてもらう事にしたようだ。

 いつの間にかへたり込んでいたビビアナはゆらりと立ち上がり、涙を流しながら目を強く閉じつつ強く言葉にしていった。


「私も賛成です! いっそこのお店を立食形式に造り替えて、アデルさんのステージを作っちゃいましょう!! お客さんも分かってくれるはずです!!」

「――ちょ!? おま!? 何言って――」


 取り乱すエンリケに、うるさいですと強く言い放つビビアナ。

 それを苦笑いしながら見つめるアデルは、彼女も自分のために力を貸してくれる事がとても嬉しくて、涙が溢れてしまっていた。


 あぁ本当に私は、沢山の人に愛されているのだと、そう思えてしまうアデルだった。


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