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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"万雷の拍手"


 百六十センルほどの細身の女性は椅子に座ると、美しい銀の色に金を少しだけ含ませた髪が髪がさらりと肩口で揺らし、より一層女性を美しく見せていた。


 その姿はとても美しくて、そしてとても儚げだった。

 そう思えてしまうのは、椅子の代わりに店員へと手渡した大きな杖のせいだろうか。

 それとも彼女の線の細さのせいだろうか。


 そんなことをイリスは思っていると、店内にリュートの音色と歌声が響いていった。

 静まり返る店内に女性の声が優しく響くその声は、美しく、淀みのないその歌声に、店内中の者全てが魅了されていく。


 それは言葉のない旋律だけのものだったが、温かい歌声とその優しい音色は、イリスの心に直接伝わるかのような気持ちにさせられた。


 同時に彼女はある情景を思い起こす。

 大切な姉に大事なことを教わったあの草原を。

 大切なひとと共に過ごしたとても幸せの時間を。

 今はもう逢うことはできない両親との思い出を。


 とても温かい気持ちにさせられながらも、イリスの頬に伝う雫。

 今はもう逢うことが出来なくなってしまった大切なひとたちの事を想いながら、イリスは透き通る歌声に浸っていった。


   *  *   


 万雷の拍手へ応えるように、女性は戻ってきた店員から手渡された杖を使いながら立ち上がり、聞いてくれた方々へ感謝を込めてお辞儀をしていった。


 拍手が止む頃、女性は客へと言葉をかけていくも、そういったことが今までなかったと記憶している店内の客達だったが、続く女性の言葉にざわつき出してしまった。


「本日も私の歌を聴いてくださり、ありがとうございます。

 ですが、少々体調が思わしくありませんので、しばらくの間お休みさせていただきたいと思います。

 もし、もう一度、この場所で歌うことが叶いましたら、また応援してくだされば、これに勝る喜びはありません。ありがとうございました」


 ざわつき出す店内に向けて、もう一度ゆっくりとお辞儀をした女性は、そのまま店の奥へと向かっていってしまった。


 しばらく席に着いたまま呆けてしまっているイリス達だったが、ひとり、またひとりと店を後にする店内の客。

 一気にがらんとしてしまった店の様子を見つめながら、まるで取り残されてしまったかのように、ぽつんと座ったままでいたイリス達へ、店員のお姉さんが声をかけていった。


「……すみません、驚かれたでしょ? 実は私もついさっき聞いたんです。

 まさか今日が、最後の歌になるだなんて……」


 申し訳なさそうに言葉にする店員さんに続き、ぽつりと呟くシルヴィア。


「……まるで、もう歌えない、みたいに聞こえてしまいましたわね……」

「……」


 シルヴィアの問いに言葉にならない女性は、言い辛そうに話していった。


「……彼女は、その、昔から身体の弱かった女性なんです。

 本当はお客さんも、歌を聞いた後はお酒やおつまみを注文されて、とても楽しく過ごしてくれるんですが、今日はびっくりしちゃったみたいで飲むどころじゃなくなったんでしょうね」

「……あの杖と関係するご病気でしょうか。

 私は薬師でもありますので、もしよろしければ女性を診させていただきたいと思うのですが、どこにいらっしゃる方かを教えてくださいませんか?」


 イリスの言葉に目を大きく見開いていく店員だったが、すぐさま表情は曇っていった。その様子は、言葉をなんと発していいのか悩んでいるようにも、言葉を出すのを躊躇っているようにも見える、とても複雑な表情をしていた。


「……あの、どうかしましたか?」

「え? ……あぁ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてました。

 彼女の家は、このお店の真後ろの道を少しだけ進んだ家になります。

 歌を歌ってくださっているので、近くにお引越ししてもらったんですよ。

 その方がお店に来やすいと思いましたし、何よりも、その……ずっと歌っていて欲しかったので」


 とても辛そうに言葉にした店員は、イリス達を店の奥へと案内し、裏口となる場所を空けて言葉にする。


「アデルさんのお家は、三軒目の左になります」

「ありがとうございます」


 お礼を店員に述べたイリスは、先ほどの女性の家へと向かっていった。

 少しだけ彼女達の背中を目で追っていた店員は裏口を閉め、ドアノブに手をかけたまま俯き、両膝をついてしまう。

 その様子を横目に見ていた中年男性は、膝をつく女性に言葉にしていった。


「可能性がない訳じゃないと俺は信じている。

 ……だから、そんな顔するな。お前から元気を取ったら何も残らないだろ」

「……うん。そうだね、父さん。…………でもね、それでも私は怖いんだ。

 もしかしたら、同じ結果になるんじゃないかって、怖くて堪らないよ。

 私が生まれるよりも前から変わらなかったんだよね? それがいきなり好転するなんてこと、本当にあるの? そんなこと起きたら……奇跡じゃない……」

「だとしてもだ。俺達にできる事は信じる事くらいしかない。俺達は薬師じゃないんだから、アデルが持つ苦しみを和らげてやる事はできない。悔しいけどな。

 なら俺は美味い料理を作り、ビビアナは笑顔でそれを運ぶ。それだけでいい」

「……そう、だね。……うん、そうだよね。よし! 頑張るぞ!」


 気合を入れ直す娘へその意気だと言葉にする父エンリケは、元気を取り戻した娘をとても頼もしく思えるも、客がいないんじゃ空回りだなと彼女には聞こえないような小さな声で言葉にしていった。


   *  *   


 目の前に建つ小さめの家に備えられたドアノッカーを、軽く二度鳴らしていくイリス。足の悪い方なのは知っているので、ドアまで向かわせるのは申し訳なく思うが、勝手に入る訳にもいかない。

 仕方がない事とはいえ、罪悪感を感じてしまうイリス達だった。


 ノック音に綺麗な声で返事をされ、しばらく待っていると扉がかちゃりと小さく音を立てながら開かれていった。

 中には先ほどの女性が笑顔で出迎えてくれた。

 流石にドレスではなく、動きやすい一般的な大人の服装へと着替えていたようだ。


「お待たせしました。何か御用でしょうか?」

「こんばんは。私はイリスと申します。こんな格好をしておりますが、薬師です。

 足にお怪我をされていると見受けられましたので、もしよろしければ診察をさせていただきたいと思い、勝手ながらこちらまで来た次第です。

 ここへは先ほどの飲食店の店員をされているお姉さんに伺いました」

「まぁ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。

 それではお言葉に甘えまして、お願いいたします」


 そう言葉にしてイリス達を家へと迎え入れ、自己紹介を始めていく。


「私はアデルと申します。こんな身体なので、大したお構いは出来ませんが」

「あ、どうぞお構いなく。お身体を拝見させていただくだけですので」


 そう告げてイリスはアデルを椅子に座らせ、診察をしていった。

 座らせる前からヴァンとロットは既に背中を向けているようで、紳士だねぇと言葉にするファルに反論できない二人は、念のため瞳を閉じていった。


 足部、下腿部、上腿部、腰部と丁寧に調べていくも、ぴくりと眉を動かしてしまうイリスは、続けて上半身を通り抜け、瞳を見つめていく。


「すみません、少し失礼しますね」

「ええ、どうぞ」


 アデルの左瞼を広げて瞳を良く見ていくも、再び眉を動かしてしまう。

 手を離しても暫く瞳を見つめ続けていたイリスに、アデルは言葉にする。


「ふふっ。綺麗な女性にこうも見つめられてしまうと、流石に私も照れてしまいますね」


 右頬に手を置きながら冗談を言うアデルだったが、イリスには全く伝わる事はなく、寧ろシルヴィア達を凍り付かせてしまう言葉を口にしてしまった。


「アデルさん、左目が殆ど見えていないのですね?」


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