"護るための力"
大切な仲間がひとり増えたことに喜ぶイリス達と、その中に加えて貰えたことに感激するファルは、それからも様々な話をしていった。
イリスの生い立ちのこと、真の言の葉のこと、石碑のこと、レティシアやアルエナのこと、これまでの旅のこと、今回を含めて危険種に三度も遭遇していること。
本当にたくさんのことを話し合っていった。
流石にイリスが別世界から来たという話には、目を丸くし、言葉を失ってしまったファルだったが、それでも驚いただけで、不思議とすぐに落ち着いていたようだ。
そうさせるのは彼女の人徳なのだろうかと考えながらも、話を聞いていった。
充填法に関してや、嘗ての世界が魔法の発展していたことなどは、アルトの託してくれた知識で、ファルも知るところだったようだ。
覇闘術にも関わってくる魔法の使い方について、ファルは仲間達に話していった。
「アルト様の編み出した覇闘術は、充填法を使うものではあるんだけど、その使用過程がちょっと違うんだよ。どう違うかは、あたしもアルト様も上手く説明できない感覚的なものになっちゃうんだけど、この力は簡単に言うと、マナと生命力を半々に合成させて練り上げた、充填法とは全く違う力なんだ。
生命力っていうと命に関わるようなイメージがあるけど、実際には疲労感のようなもので、直接的に自身を危うくする力ではないんだよ。当然、自分の限界近くまで技を使えば、物凄い疲労感で動けなくなるのは魔法と同じだね。
あたしにはイリスやアルト様が持つ"想いの力"っていうのは無いらしいから、イリスの使う真の言の葉も使えない。
アルト様もこの覇闘術に、イリスの使っているような魔法を込めて敵に放つことはできなかったみたいだよ。物凄く強過ぎる力になるらしくて、自身を崩壊させかねないって結論が戴いた知識に入ってる。
真の言の葉によるブーストを使いながら、覇闘術を放つのが精一杯だったみたいなんだ」
正直な所、それだけでも十分に凄まじい力を出す事は、容易に分かるシルヴィア達。
それほどの強さを彼女は目の当たりにしているのだから、疑いようもない。
その力は異質な地底魔物であろうと、問題なく倒すことができる力となるだろう。
だがそれについてシルヴィア達はあのギルアムと対峙してから、ずっと考えていた事があった。
あんな存在などそうそう出遭うこともないだろうと思いながら旅を続けていたが、今回の件で思い知らされていた。
今まで溜め込み続けていたものを吐き出すかのように、シルヴィアは真剣な面持ちでイリスに言葉にしていった。
「イリスさん。私達に、本当の魔法の使い方を教えてくださいませんか?
ダンジョンでの一件も含め、私達に異質な危険種は倒す事はできません。
今回は無事に事なきを得ましたが、次はどうなるかなど誰にも保障ができません。
私達は強くならねば、大切な人は勿論、自分の命ですら守る事ができないでしょう」
彼女の言葉を皮切りに、仲間達はそれぞれの想いをイリスに伝えていく。
各々言葉は違うが、その想いはどれもが同じものだった。
彼らはずっと考えていたことではあったが、ここにきてそれももう限界だと悟ってしまった。このままでいれば、取り返しの付かない事になるのだと、理解してしまった。
だからこそ彼らは願う。新しい力を。
強く願い、決意し、大切な人を護るための力を強く欲している。
痛いほどに伝わるその気持ちに、静かにイリスは言葉にしていった。
「……本当は、私自身がそれを一番先に、提案するべきだったんだと思います。
ドレイク戦でそうしなかった自分の甘さを思い知らされ、一歩間違えば大変な事になっていたところでした。
私にはもう、思い半ばで倒れる事はできません。
この世界にも大切な人たちが沢山できてしまいましたから。
みなさんがそう望むのであれば、私も教えさせていただこうと思います」
イリスは一拍呼吸をおいて、魔法についての話を始めていった。
彼女の放つ言葉に驚愕し、改めて嘗ての時代の魔法の凄さを知る仲間達だった。
充填法とは、魔法の基礎的な技術である事は間違いない。
だがこれが、魔法においての基礎中の基礎である事は、フィルベルグ王族にも伝えられていない。レティシアが娘のフェリシアに伝えていなかったため、そこで魔法の使い方が途切れてしまっていた。
必要以上の強さを持つのは危険と考えたレティシアの推察は、恐らく間違っていないだろう。そうしなければ再び眷属が現れてしまった時に、今度こそ取り返しの付かない事になるだろうとイリス達にも容易に想像が付くし、それ以上の選択はなかったのかもしれない。
しかしそれは、充填法が効き難い存在が現れるまでの話である。
既に異常事態とも言えるような状況に思えてならないイリス達は、このまま石碑をただ巡るだけでは危険だと判断していた。
次は本当に危ない状況に陥る可能性だって、十分に考えられるのだから。
イリスは真剣な面持ちで言葉を続ける。
本来の魔法と、強化型魔法剣ではない、本物の魔法剣を。
使い方もマナの込め方も特殊で、充填法よりも扱いが難しい魔法となるものを。
だが、その効果は絶大だ。
グラディル戦でイリスが見せた鋭い攻撃。
たった一度、触れたように見えただけで、深い傷を負わせる事を可能とした魔法。
明らかに自分達が使うものとは別格としか思えないほどの強さ。
そして彼らはイリスの言葉を聴き、確信する。
その力を使いこなせるようになれば、今度こそイリスの力となり、大切な仲間達を護る事ができると、それぞれが同じように思っていた。
イリスはまず魔法剣を使って、仲間達にそれを見せていく。
剣であるセレスティアを部屋で抜くと危ないので、腰に付けてある大切なダガーを抜き放ち、言葉にしながら魔法剣を発動していった。
詠唱をしながら指をゆっくりと滑らせると、すぐさま刀身に変化が生じていく。
美しい白銀の刀身が、彼女の魔力の色に染まっていった。
仲間達は温かな白緑に優しく光り輝く部分を見つめ、真剣な表情で言葉にした。
「……これが、本当の魔法剣、なんですのね」
「はい。正式名称は"魔法剣"と呼ばれる魔法剣の初級魔法になります」
「ふむ。俺達が使っていたものは、練習用となる初歩的な魔法にあたるのか」
「そうです。今まではそれだけでも十分な威力を持っていましたし、並の魔物にはこの力は不必要なほどの強さとなります」
「だけどこれを習得すれば俺達でも、あの異常な存在に攻撃が通るんだね」
「私はそう推察しています。
グラディルを倒した魔法は真の言の葉でしたので、その威力も相応のものとなりますが、充填法でも傷を付ける事は可能でした。
であれば、皆さんが手に入れられる力の中でも、まずはこの魔法剣の習得を優先するのがいいと私は思います。私があの時使った、上級魔法剣にあたる"属性強化魔法剣"は、流石に習得するのは難しいと思います」
それについて仲間達に説明をしていくイリス。
上級魔法剣をいきなり習得する事は、不可能だとも言われているほど難しい。
それこそ魔法剣を習得し、その上の中級魔法剣にあたる"属性魔法剣"を学んでから更にこの魔法に集中しなければならないので、今からだと数ヶ月は修練に取り組まなければ、手に入らないとイリスは言葉にしていった。
だが、中級魔法剣を使っても、基本的には初級魔法剣と威力は大して変わらない。
中級魔法剣の真価を発揮させるには、言の葉による魔法を追加することで、その力の全てを剣に凝縮させる事ができるようになり、その威力も初級魔法剣とは比べ物にならないほどのものを持つ強力な魔法剣となる。
攻撃魔法を一点に集中する事で、そのまま攻撃魔法を放つよりも遥かに強い威力を持つこの魔法は、剣士や盾戦士必須の技術とさえ言われるほどの重要な技術の一つと言われていたのだと、イリスは説明していく。
だが流石に中級魔法剣となるとその扱いは非常に難しく、少しでも気を緩めると武具に込めたマナが霧散するだけでなく、最悪の場合は武具に留めておいたマナが暴発しかねない危険な魔法でもあると、イリスは言葉にする。
「流石に短期間でこれを習得するのは、少々危険だと私は思います。
"属性魔法剣"を習得すること自体はそう難しくはないでしょうが、それを戦闘で使うとなると話は変わってくると思えるんです。
なので、まずは皆さんに魔法剣を習得していただき、その後、もう一つ決め手となる魔法をお教えしようと思っています」
イリスの説明を聞いていた一同だったが、魔法剣を多用できない者が、ぽつりと言葉にしていった。
「……私も近接戦闘をしなければなりませんね」
「大丈夫だよ、ネヴィア。君には魔法剣は必要ないと思う」
小さく声にした彼女にファルが答えていくも、きょとんとした顔で見てしまうネヴィアに、イリスも話を続けていった。
「ネヴィアさんは魔術師ですので、魔法剣よりも魔法に専念するべきだと思います。
皆さんはもう、レティシア様の創られた制限を解除されている状態になりますので、嘗ての言の葉を使った魔法をお教えしたいと思っています」
だがそれには少々勉強も必要となると、イリスは話をしていく。
嘗ての時代で使われていた言葉を使うのだから、ただそれを声にしたところでその威力は高が知れている。十分な威力を出せる状態にしていかなければならないのだが、それには当時の言葉の意味を理解する事が必要となる。
つまり、嘗ての世界で使われていた言葉を学ばなければならないという事だ。
言うなればそれは、今使われている常用語とも、エデルベルグで使われていたものとも違う、更に大昔から使われている言葉を勉強する事になるのだと、イリスは仲間達に教えていった。
「本当はブースト系魔法もしっかりとしたのをお教えしたい所なのですが、これに関しては私もファルさんも、託してくださった知識によるものが大きいんです。
本来、中位ランクのブースト魔法は熟練者が使うものと言われていて、扱い自体は皆さんが普段から使っているブーストの応用なので、すぐにでも習得できるものではあるのですが、急激にマナが消費していく中、強力な魔法剣を同時並行して使うことになりますので、少々厄介な魔法になるんです」
それには絶対的なマナの総量が必要となり、奇しくもそれは、修練前のイリスに師であるルイーゼが『本当にその道でいいのか』と言葉にした通りの事にも通ずるものでもある。
誰もがそれを憧れ、挫折し、違う道へと進むもの。
絶大とも言えるマナの総量を持った存在でなければ、難しいと言わざるを得ないものでもあった。
これは今現在の魔法が衰退した時代での話となる訳で、レティシア達の時代では、こういった戦い方が基本となっているため、これを扱えない者は一般兵士の強さを超えることはできないという、熟練者には必須の技術である。
それを当たり前のように使い、凄まじい効果を見せる様々な魔法を使いこなし、秩序を何百年と護り、平和を保ち続けていた事に驚きと、何よりも本当に恐ろしい時代だったのだと思わずにはいられないシルヴィア達だった。
それはイリスとファルも等しく思う事ではあるが、それでも嘗ての時代で使われていた魔法の威力を持つ必要はないのではと、二人は話していく。
必要になるのは、あのグラディルのような存在を退けられる力。
それだけで十分だと、彼女達は言葉にしていった。




