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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"故郷に帰れないんだ"


「…………何はともあれ、三人が無事でよかった」


 そう言葉にする事しか出来なかったヴァン。だが結局の所、結論は変わらない。

 このままでは良くない事など分かりきっているが、話はまだ途中ということもあり、彼がそれに関して言葉にする事はなかった。

 そして他の者達も同じように考え、自身がどうするべきかを各々考えていた。

 しかし、できることなど本当に限られてくる。恐らく二択になるだろう。


 前に進むか、それとも進まないか。

 たったこれだけの事になることは想像に難くない。


 そしてその答えなど、既に出ている。

 違う答えを選ぶのであれば、とうの昔に選んでいたはずだ。


 だからこそ彼らは真剣に考える。これからの事を。

 これから自分が何をすべきかを。


 少し休憩にしましょうかと言葉にしたイリスに、問題ないと返していく仲間達。

 大丈夫ですかと再び返す彼女へ各々が大丈夫だと答えていった。

 彼らにすれば、時間をかけたところで答えが変わるものでもないし、疲れている訳ではない。寧ろ休憩を挟む事で、余計に考えてしまう気がした彼らは、このまま話し続けていた方が精神的にいいだろうと判断したようだ。


 若干心配するイリスではあったが、気になりつつも話を続けていった。


 続いてファルの話に移ると、彼女自身が一切包み隠す事無く言葉にしていった。

 ダンジョンで共に命を懸けて戦った彼女に続くイリスとシルヴィア。

 そして話は彼女の強さの秘密へと入っていくと、流石に驚きを隠せなくなったヴァンとロット、そしてネヴィアだった。


 覇闘術と呼ばれた格闘技術。覇と呼ばれる魔法とは異なる技術。彼女の故郷にあった白紙の本。十歳になると猫人種(ねこひとしゅ)の誰もがそれに触れるという不思議な儀式の事。

 そのどれもが、驚くなという方が難しいものばかりだった。


「……まさか、白紙の本がまだ存在していたとは……」

「それもレティシア様の残されたものなのでしょうか」

「そうとは限らないと思うけど、彼女と深く関わっている者が残した事は間違いないだろうね」

「私もそう思いますが、確かめる事は今現在では難しいと思います」


 イリスの言葉にファルはきょとんとしながら『なんで』と尋ねてしまっていた。

 彼女の返した言葉の意味が分からず、目が点になりながら固まってしまうイリスは、その表情のまま言葉にしていった。


「本の内容を知る為には、白紙の本の近くで直接魔法を使わなければならないので、ここからファルさんの故郷にまで向かわなければならないでしょうから」

「あぁ、そういう事ね。あたしの故郷はリシルアの北西にある小さな集落だよ。

 皆大人になると故郷を飛び出しちゃうから、集落はあんまり大きくならないんだ。

 あ、でも。故郷に行っても経典は、いや白紙の本か。それはもう無いんだよ。

 ……まぁ、本があったとしても、あたしは故郷に帰れないんだけどさ……」

「? どういう事なんですか?」


 疑問符が抜けないイリス達に、なんて言うかねと前置きしながらファルはそれに答えていった。


「その本ならあたしが持ってるから、故郷に行っても見つけられないんだよ。

 あたしが故郷から出る時に持って来ちゃったんだ。それもたぶん、もうとっくにばれているだろうから、あたしはもう故郷に帰れないんだよ。

 ……そんなことしたら、母さんにぼこぼこにされる……」


 真っ青な表情で目を逸らしながら小声で言葉にしたファルに、苦笑いをしながら彼女を見てしまうイリス達だったが、何故そんな事をしたのかとシルヴィアが尋ねていくと、彼女はおずおずと答えながらも、その姿は徐々に焦りへと変わっていってしまったようだ。


「……いや、だってさ。……んー、何ていうか、集落を出る前日に、何故かそうしないといけないような気がしたっていうか、気が付いたら本を持ってたって言うか……。

 …………やばい……本気で母さんにぼこぼこにされる……」


 仕舞いにはどうしようと涙目になってしまうファルに、一体どれだけ母が怖いのかと興味本位でシルヴィアが尋ねていくと、彼女ではなくロットとヴァンがそれに答えていった。


「彼女の母であるフェリエ・フィッセルさんは、夫であるヴィクトルさんと共に、嘗てはプラチナランク冒険者の上位にまで到達したと言われている人達なんだよ」

「もう二十年近く前の事になるのに俺達が知っているのは、彼女が呼ばれた通り名が未だに名声として冒険者の間で語られているからだ」

「と、通り名、ですか?」


 彼女の様子を見ながら聞き難そうに言葉にしたイリスへヴァンが答えるも、その通り名に反応するかのように、変な声をあげてしまうファルだった。


「彼女はこう呼ばれている。"粉砕のフェリエ"と」

「ぴっ」


 悲鳴を必死に留めようとするも、声が漏れてしまったものにも聞こえたファルの発した音に、思わずゆっくりと視線を彼女へと向けるイリス達だったが、彼女は真っ青になりながら虚ろな目でガタガタと震えていた。


「そそそそんな訳で、あたあたあたしは故郷に帰れないんだよ……」


 最早号泣寸前のファルに、それほどまでに怖い人なのかと思ってしまうイリス達三姉妹だったが、どうやらそういった噂は一切聞かない人のようで、笑顔を絶やさないとても素敵な女性なのだと聞いていると、ヴァンとロットは答えていった。

 それでも彼女の怯えがそうは言っていないのだが、ここはあえて聞かないことにしたイリスは、白紙の本について改めて尋ねていく。


「それじゃあ、白紙の本はファルさんが今も持っているんですか?」

「……え? あぁ、うん、そだよ。……何でそうしたのかは分かんないけど、今もあたしが持ってるよ。三階(うえ)にあるから持ってこよっか?」


 思いがけない彼女の言葉に、是非お願いしますと目を輝かせながら即答してしまったイリスにくすりと笑った彼女は、それじゃちょっと待っててねと言葉にして退室していった。


 どうやら少しだけ元気になったようで安心するイリスは、彼女の母が何故そう呼ばれているのかを先輩達に尋ねていくと、あくまでも噂ではあるがと前置きして話し始めていった。


 曰く、彼女の腕力は、猫人種(ねこひとしゅ)すらをも軽く凌駕してしまった存在らしく、その見目麗しい姿と、か細い腕からは想像もできないほどの破壊力を秘めているそうで、愛用の大槌を軽々と振り回し、どんな魔物も一撃で粉砕していたと彼らは聞いているという。

 その気性は、とても戦う様な女性とは思えないらしく、笑顔を一切崩す事無く振り下ろされる剛槌に周囲の者達は彼女を畏怖し、そう呼ばれたと聞いているそうだ。

 何でも、今現在でも伝わる"生きた伝説"のひとり、なのだとか。


 彼女の父であるヴィクトルも、かなりの腕を持つプラチナランク冒険者で、彼らを含めた六人のパーティーで世界中を旅していたそうだ。

 そんな所は何となく自分たちに似ていると親近感が湧くイリスだったが、ファルの様子からすると、相当に恐ろしい人なのだろうかと思えてしまう彼女は、そう考えながらもファルの帰りを大人しく待っていた。

 しかしそんなファルの母に自分の母を重ね合わせてしまう姫様達は、同情のような、親近感のようなものを彼女に持ってしまっていたことを、ここにいる他の者達は知らなかった。



 暫く待っていると、こんこんと小さめにノックされ、それに返事をすると彼女が戻って来たようだ。

 手に持つのは一冊の分厚い本。その外見から察するに、レティシアが残した本と同じ時代の物にも思えるそれを抱きかかえるように持ってきたファルは、言葉にしていく。


「これがその本だよ。あたし達猫人種(ねこひとしゅ)には"経典"って呼ばれているもので、中身には何にも書かれていない白紙の本なんだ」

「ふむ。それについての話もしなければならないだろうな」


 本を見つめながら話すヴァンに『そうですね』と答えたイリスは、以前に手にしたことのある白紙の本についての説明をしていくと、目を大きく丸くしながら彼女は驚愕していた。


「そういった本があるとはダンジョンで聞いてはいたけど、まさか二冊もそんな本があるとは思って無かったよ」

「どちらも同じ時代の物でしたので、こちらの本も恐らくはその可能性が高いです。

 まずは確かめる為に"経典"へ魔法を使ってみたいんですが、構いませんか?」

「あぁ、封印されてるかもっていう話に繋がるんだね。

 うん、いいよ。どうせ白紙の本なんだし、何が書かれているか知りたいからね」

「……いいんですの? これは、ファルさん達猫人種(ねこひとしゅ)に伝わる秘宝のようなものなのではないのかしら。それを簡単に決めてしまっても、問題なのですか?」


 そう言葉にしたシルヴィアだったが、ファルは笑いながらそれはないよと言葉にしていった。


「そもそもお宝なら、無造作に台座に置きっぱなしにされたりしないものでしょ。

 強いて言うと、とても強力な保存魔法がかけられているってくらいにしかあたし達には分からなくて、あとは謎めいた本だったから気にしなくていいんじゃないかな。

 伝承って言ったって、触るだけで適格者が分かるとか、来るべきにだとか、抽象的過ぎるものしか伝わっていないんだから、ここで白黒はっきりさせた方が猫人種(ねこひとしゅ)のためにもなると思うんだ。偽物であるのなら、それはそれでいいんだよ。

 ……っていうか、どうか偽物でありますように……」


 まるで女神に祈りを捧げるかのように、胸に抱きかかえている本の中央で両手を合わせて目を閉じる彼女に、何も言い返すことが出来なくなってしまったイリスは、それじゃあ確かめてみますねと彼女を気にしない方向で魔法を発動していった。


「"解錠(アンロック)"」


 彼女の祈りも空しく本に影響があったようで、黄蘗色の光に包まれていったのだが、瞳を瞑るファルには見えていなかったらしく、今も尚瞳を閉じ続けていた。

 何とも言えない微妙な空気の中、光が徐々に収まってきた頃、彼女もどうなったのかを確かめる為にちらりと右目の瞼を少しだけ開いて事の様子を伺っていった。


 そんな彼女にシルヴィアは満面の笑みで、無慈悲な一撃を繰り出してしまった。


「ファルさん、諦めてくださいな」

「あぁぁ……。ごめんなさい、母さん。もう二度としません……。どうか許して……」


 シルヴィアの言葉に、滝のような涙を流すファルと抱え込んだ本。

 形容しがたい光景を目にしてしまい、誰もが口を噤んでしまっていた。



   *  *   



 漸く落ち着きを取り戻したファルは白紙の本をイリスへと手渡し、受け取った彼女はベッドに座らせて貰い、膝の上に乗せた経典の内容を確認していった。

 流石にあたしが確認するのは、まだちょっと精神的に難しいと言葉にされてしまい、代わりにイリスが読ませて貰うことにしたようだ。


「……あら。この本は、古代語で書かれてはいないのかしら」


 覗き込むように本の中身を見ていくシルヴィアは、ぽつりと意外そうな声で言葉にしていった。

 本に書かれている文字は、常用語として現在も世界で使われている言葉ではあるのだが、あの古代語はそもそもエデルベルグ王家に伝わる暗号に使われた文字なので、それを扱う者は恐らくフェルディナンとレティシアの二人のみだったのではないだろうかとイリスは言葉にした。


 そんな彼女が内容を読もうと文章に目を向けた瞬間、本から眩い黄蘗色の光が溢れ、イリスとファルの二人を包み込んでいく。


 徐々に遠ざかる意識の中、微かに自分を呼ぶシルヴィア達の声が聞こえた気がしたイリスとファルは、まるで眠りに落ちるように意識を手放していった。




   *  *   




「……ここ、は」

「……林、だね」


 二人が意識を取り戻すと、周囲は沢山の太陽の光が降り注ぐ明るい林だった。

 辺りに人の気配を感じない。それどころか、魔物の気配すらない場所のようだ。

 今回は、フェルディナンの時とは違い、ファルも一緒に居ることに驚いてしまうイリスだったが、そんな彼女にファルは尋ねていく。


「……夢、じゃ、ないよね? 別の場所に飛ばされた、何て事があるのかな?」

「どうでしょうか。前回の時は――」


 そう言葉に仕掛けたイリス達の元へ、声が響いてきた。


 『我の世界に訪れし適格者よ、よくぞ参られた』


 声のする方へと二人が視線を向けていくと、その場に黄蘗色の光が集まっていき、徐々にその姿を現していった。


 声の主は男性のようだった。

 そしてその容姿から、イリスもファルも目を丸くしてしまっていた。

 鋭く光る細い瞳に、百七十五センルはある長身で、ほどよく筋肉を纏った身体つき。

 黒く美しい毛並みを全身に纏った二十代半ばくらいに見える若い男性で、頭頂部には種族特有の耳が乗っていて、すらりと長い漆黒の尻尾をゆらりと軽く動かしていた。

 種族の男性特有のお髭が可愛らしくも、勇ましくも思えるそんな人物だった。


 そして目の前に現れたその男性は、こちらへと向かって言葉を発していった。


「レティシアの知識を受け継ぎし者と適格者よ。

 我が名はアルト。アルト・アルチュール。

 覇闘術の創始者にして、後世に願いを残す事を希望する者だ」



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