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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"壁のようなもの"


 街門の守護を務めて数年というレグロとベラスコも、話には聞いたことがあるが、今回襲い掛かってきたモノがグラディルであるとは分からなかったそうで、ギルドから発信された情報でそれを知ったという。

 本来この辺りはとても穏やかで、もう少し西へと進まない限りは魔物も弱く、初心者冒険者であっても近くにある平原や森で経験を積めるようなの場所となっている。

 そういった場所で危険種の報告がない訳ではないのだが、それでも極端に少ないと言われているのが、このツィード周辺だと聞いていると彼らは言葉にした。


 それも含めてこの街は栄え、世界で街と呼ばれる場所の中でもかなり多くの人たちが暮らす場所となっている。

 当然、国のような立派な城壁はないので、安全性の確保という意味ではまだ心許ないと言わざるを得ないのだろうが、それでも立地的にとても安定した土地である事もまた間違いないと言えた。


 ツィードに住まう者達にとって今回の一件はまさに寝耳に水だったようで、焦りと戸惑いが一気に噴出して、街中が混乱してしまったそうだ。

 慌てふためく街人がいる手前、それを顔や仕草に出さぬよう彼らも努力するも、内心ではかなりの恐怖が絶えず襲い続けていたのだとイリス達に語った。


 彼らはこの街で生まれ育った若者達で、冒険者としても活動をしているという。

 物語に出てくる英雄譚に想いを馳せ、子供の頃から夢見ていた冒険者となった彼らを待っていたのは、残酷とも言い換えられる現実だった。

 幾ら身体を鍛えても、幾ら技術を学ぼうとしても、中々才能が伸びず、結局こういった仕事を請けなければ生計を立てられないのだと言い難そうに言葉にしていた。


「訓練しても訓練しても、まるで成長が止まってしまったかのように伸び悩んでいまして、もしかしたら私達は、これ以上強くなれないのかなと思っているんです」

「……何て言いますか、あんまり言葉にしたくはないですが、才能が無い、のかもしれませんね。魔物と対峙するのも怖いですし、冒険者に向いていないのかも」


 しょぼくれる二人に、何と言葉にしていいか悩んでしまうホルスト達と姫様二人は、一緒に悩んでしまっていたが、先輩達がそれに答えていく。


「……ふむ。伸び悩む時機は誰にでも訪れる、壁のようなものではないだろうか。

 当然、俺にも同じような経験をした事がある。そういう時は訓練の事を一時忘れて、気晴らしに好きな事をするのもいいかもしれないな」

「そうですね。俺にもそういった経験があります。

 二人も感じた事があるかもしれないけど、そういった時は往々にして悪循環になり易いと俺には思えるんだ。だからここで無理をしては良く無いかもしれない。

 闇雲に強さを求めると怪我にも繋がるから、そういう時は訓練を考えずに休息を取るのもいいんじゃないかな。休むのも立派な訓練と言われるくらい重要な事なんだよ」

「私は、自分にあった訓練法を無理なく続ける事だと、師から教わっています。

 当然それには休む事もしっかりと含まれていますので、休息はとても大事です。

 強さを求め、真っ直ぐ進む事はとても大切な事ではありますが、

『身体を鍛える事と身体をいじめる事は違う』とも教わっていますし、一朝一夕で手に入れられるものではないとも学びました。

 まずは休息を取りながら、なりたいものを見つけてみるのはどうでしょうか?

 剣士(フェンサー)には剣士(フェンサー)の鍛え方がありますので、闇雲に剣を振っているだけでは強くなれないとも勉強しました。

 それぞれの技術を持つ先輩冒険者さんに師事されるのも、いいかもしれませんね。

 ……とはいえ私は、まだまだ初心者冒険者ですから、学ばなければならない事がとても多いんですけどね」


 微笑みながらとんでもない事を言葉にするイリスへ、物凄い勢いでシルヴィア達以外から『初心者冒険者!?』と大きな声を上げられてしまった。

 口に出してから彼女は、この事について話していないのを思い出すも、時既に遅く、多くの者達を驚愕させて凍り付かせてしまう。

 適切な指示を冷静に出し、ダンジョンからファルを大きな怪我もなく救出するだけの実力と、更にはグラディルでの戦果を上げた彼女が初心者冒険者であるだなど、ここにいる誰もが考えもしないことだった。


「……ほ、本当に、初心者冒険者さん、なんですか?」

「あれだけの凶悪な存在を前にして、臆する事なく戦えるだなんて、とても信じられません……」


 唖然とした表情のまま言葉にするレグロとベラスコは、信じろと言われても流石に難しい事だという認識しか持てなかったようだ。

 そしてホルスト達も同様に、驚愕した様子でイリスを見つめる。

 彼らは斥候(スカウト)寄りに偏ってはいるが、かなり経験のある先輩冒険者達だ。

 そんな彼らだからこそ分かる事が多々ある。


 例えば鎧だ。こんなものを身に纏う者が、初心者であるはずがない。

 見た目だけでもミスリルだと分かる装備を身に付けるだけではなく、長剣や短剣ですらミスリルといった素材である事は一目で理解できる。

 これだけの装備を手にするのには、初心者冒険者では絶対に不可能だ。


 そして何よりも、彼女の立ち振る舞いが強者の空気を纏っている。

 ホルストとマルコは斥候(スカウト)なのでこれに関しては分からなかったが、アメリーとデニスは盾戦士(フェンダー)剣士(フェンサー)だ。

 同じく剣で戦う者として、その身のこなしは斥候(スカウト)の彼らよりも遥かに理解があるし、何よりも彼女からはただならぬ強さを感じていた。

 熟練者だと思ったからこそダンジョンを脱出できたのだと思っていたし、街門を襲っていた危険種と推察される存在を任せる事にも全くの抵抗感を感じなかった。

 寧ろ、彼女たちであれば安心して任せられると思えたくらいだ。


 そんな彼女が言葉にしたものに、未だ信じられずに固まってしまうのも仕方のない事と言えるだろう。しかし尚も固まり続ける彼らにイリスはその補足をしていくと、シルヴィアとネヴィアもそれに続いて言葉にしていった。

 彼女達はそれを隠している訳ではないので、時に気にもせずに言葉にするも、どうやら更に彼らを混乱させる事となってしまったようだ。


「私は冒険者になってそれほど経っていない、カッパーランク冒険者です」

「私もですわ。一緒に冒険者登録を済ませましたので、同期という事になるのかしら」

「私も同じく登録をさせて頂きました」

「…………か、カッパーランク……」


 カッパーランク冒険者とは、ギルドが認定しているランクで一番下のものとなる。

 このランクの者達は初心者どころか成り立ての冒険者であり、よってたかって攻撃をし続けなければ、ホーンラビットですら倒す事は難しい者達が多く在籍している。

 だが中には初心者でありながら突出した能力を持つ者もそれなりにはいるし、更にその極々一部には、群を抜いて凄まじい強さを見せる者もいない訳ではない。


 しかし一般的な初心者冒険者は、自身と魔物の力量を測る事のできない者達ばかりでもある。そういった者に限って背伸びをしたがる傾向が多く見られ、魔物に負ける者達も残念ながら少なくはないと言えてしまう。

 故に現在では、ブロンズランク以上の冒険者を最低でも一人、初心者冒険者のチームに付ける事をギルドは強く推奨していた。

 当然これは義務付けられている訳ではない為、それを受け入れない者も少なくはない。ギルドから経験のある冒険者を紹介して貰う事もできるのだが、参加したメンバーとの相性が合わず、そう時間をかけずに離れてしまう事も多いのが現状だった。


 カッパーランク冒険者であると公言したイリス達三人に、最早言葉すら失ってしまった者達の中、ぽつりと小さくランクの名称をマルコが言葉にした。

 あまりの事に尚も固まる彼らをよそに、彼女達の話を先輩達が訂正していった。


「いや、三人はもうシルバーランクに上がっているぞ」

「そうですね。エルマで受け取ったロナルドさんからの手紙にそう書いてあったよ。

 本来ならイリスは、対応力も判断力も、そして技術や知識も含め、ゴールドランク冒険者として活動しても全く問題はないだろうし、プラチナランク昇格に十分過ぎるほどの功績と名声を既に得ているんだけど、ロナルドさんが気を利かせてシルバーランクに留めておいてくれているみたいだよ」

「あ、そう言えばシルバーになっていたんでしたね。……すっかり忘れてました」


 苦笑いしてしまうイリスだったが、実際に彼女は冒険者ランクなど気にした事は無かった。ランクの制限がある仕事を請けた事もないので、これまで全くと言っていいほど影響がなかったのも、彼女が忘れていた理由の一つではあるのだが。

 そんな彼女に、ヴァンとロットは言葉にしていく。


「まぁ、プラチナランク以外は飾りみたいなものだからな。気にする事はないが」

「そうですね。寧ろ、目立たないように昇格を止めてくれている事に俺は嬉しさを感じますし、同時に羨ましくも思います。ロナルドさんが早期にギルドマスターを就任してくれていれば、俺達も未だゴールドランクで止まっていたでしょうし」

「それを知っていれば、俺もあの国からさっさと飛び出していただろうな」

「プラチナランクでなければ、また違った暮らしができたかもしれませんね」

「それではネヴィアとも、出会う事が無かったかもしれないではありませんか」


 シルヴィアの言葉を聞き、寂しそうな瞳でロットを見つめるネヴィア。

 もし彼がプラチナランクでなければ、フィルベルグから離れていたかもしれない。

 ほんの少しのずれで、出逢う事すら出来なかったのではないだろうかと思ってしまうネヴィアだった。

 そんな彼女に微笑みながらイリスは言葉にしていった。


「大丈夫ですよ。お二人が出逢ったのは必然です。

 たとえ出逢いが偶然であったとしても、たとえそれが運命によって導かれたのだとしても、お二人が惹かれ合ったのは、お二人の意思によるものに他なりません。

 お二人がたとえ出逢えなかった状況となったとしても、違った形で必ずめぐり逢い、恋に落ちていたのだと私には思えますから。

 だから大丈夫です。世界とはきっと、そのようにできているんだと私は思います」

「そうですわね。そうであると私も嬉しいですわ」

「イリスちゃん……。姉様……」


 とても優しい表情で二人と見つめるイリスとシルヴィアへ、ありがとうございますとほんの少しだけ頬を赤らめたネヴィアは答えていった。


 そんなイリス達を見ているホルスト達は、目が点になったまま完全に凍結していた。

 彼らが動き出すのにはかなりの間があったが、解凍と同時に言葉にしていった。


「ねねねネヴィアとロットって恋人だったの!?」

「まじか!? こんな綺麗な人とどこで出逢うんだよ!?」

「ロットさんみたいな冒険者なんて、どこ探してもいなかったわよ!?」

「信じられん……。本当に二人は付き合っているのか? それも同じパーティーで」

「……いいなぁ。僕もネヴィアさんみたいな女性と出逢いたいなぁ……」

「プラチナランクになれば、綺麗な女性と出逢える能力が身に付くんでしょうか!?」

「ベラスコ、それは絶対無いと思うよ……。でも、言いたくなる気持ちは分かるけど」


 各々好き勝手に言葉にしていくも、そのひとつひとつにどう答えるべきかと考えていたイリスの横からネヴィアは、その質問の全てをそれぞれ尋ねてきた者達の瞳を真っ直ぐ見据えながら丁寧に答えていった。


「私とロット様の間柄は恋人ではなく、婚約者(フィアンセ)になります。

 出会いはフィルベルグの聖域手前で、グルームに追われる私を助けて下さいました。

 私もロット様以上に素敵な方と出会った事がありません。

 冒険者としてパーティーにいますので、恋人のようなお付き合いはしておりません。

 有難う御座います。ですが私よりも、姉様やイリスちゃんの方がずっと素敵ですよ。

 残念ながらそれにお答えする事は、私には出来ません。申し訳ありません」


 何とも包み隠さず素敵な笑顔で話してくれたネヴィアに驚いてしまうホルスト達だったが、彼女からしてみれば隠すような事ではない。それにいずれは二人が望まなくとも世界中へと知られる事となるのだから、それが少しだけ早まっただけに過ぎなかった。

 ロットにとってもネヴィアと婚約できたのは、これ以上ないほどの幸せな事なので、誰かにそれを伝える事に抵抗感など一切感じていなかったようだ。


 彼は義父となるロードグランツと同じ出である"冒険者からの王"となるのだから、こういった視線を気にしていてはやっていけないと、既に王位に就く覚悟も決めている。

 そして、生涯ネヴィアを護り、愛し続ける事も。


 寧ろ、話をした人たちからも祝福されるような二人でありたいと、心から願っているようだった。


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