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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"人のいない"その街で


 がちゃりと大きめのドアを開け放つイリス。

 しんと静まり返る館内に、人の気配がまるで感じられなかった。


 大きな街のギルドという事もあり、依頼書を張り出されている掲示板も三つ、受注・報告カウンターが三つ、そして素材買取カウンターが一つで、構造は今まで訪れた街のギルドと同じ造りとなっているようだ。


 中でも驚いたのは、飲食するスペースが設けられている点だ。

 ホルスト達によると、ここの食事と酒は安くて早く出てきて更に美味しいらしい。

 大きな国でもなければこういった施設はないのだが、ここはとても大きく、またどこの国にも属していない街なので、冒険者からの希望により設置されたのだそうだ。

 続けてホルストは、この建物の話をイリス達にしていった。


「随分と前になるらしいが、ここを立て直した時に広く造り替えたらしいぞ。

 お蔭で美味い酒と飯を安値で食えるから、こっちとしては非常に助かってるな」


 こんな時でもなければ割と賑わってるんだけどねと、アメリーは続く。

 

 誰もいない大きな館内を進むイリス達。

 カウンターに置いてあるベルを持って横に振っていくホルストは、誰かいるんだろうかと呟くも、どうやら杞憂に終わったようで彼は安堵のため息を吐いた。


 やって来たのは恰幅のいい中年男性なのだが、その目付きは鋭く、とても無愛想な顔をしているようで、受け付けでその表情をされると誤解されてしまうのではないだろうかとイリスは考えるも、どうやらそうではないらしい。


「凄く無愛想な顔してるよ、エドさん」

「相変わらず遠慮なく物を言う奴だな、ファル。

 まぁいい。今は報告よりも聞くべき事がある。

 どうやってツィードに入った? 外にはグラディルがいるはずだ。

 まさか、もう討伐されたのか?」


 無表情で尋ねていくエドと呼ばれた男性。

 声色も一切変化が見られなかったので、あまり感情を表に出すような人ではないのだろうかとシルヴィアは考えていた。


「うん。その報告もあるよ。グラディルは街門から見える位置で転がってる」

「……そうか。では部屋に来い。詳細を聞く」


 ファルの話に短く答えたエドは、イリス達に背を向け三歩ほど歩くと立ち止まり、顔をこちらに向けず言葉にしていった。


「そこにいる者達も全員来い」


   *  *   


 ギルドマスターの部屋となると、中々に豪華な部屋で仕事をしているというイメージがあるが、室内はとても殺風景な部屋となっているようで、必要最低限の物しか置かれていないようだ。

 中でも立派なものと言えば、イリス、シルヴィア、ネヴィアの三人が座るソファーと目の前にあるテーブルくらいだろうか。

 流石にこれだけ多くの冒険者を座らせる事などできる訳も無く、イリスを中心に右にシルヴィア、左にネヴィアが座り、ソファーの左後ろ側にロットとヴァンが、右後ろ側にホルスト達とファルが待機する。


 相も変わらず申し訳なさそうにソファーから立ち上がろうとするイリスに、今度はホルスト達が気にしなくていいと言葉にしていった。

 こういう時は見目麗しい女達が座るもんだと言葉にしかけて、それを飲み込むホルスト。もしそれをひとたび口にしてしまえば、色々と面倒なことになるのは間違いないだろう。


 対面に座る中年男性は、イリスを正面に見ながら言葉にしていく。


「ツィード所属冒険者ギルドマスター、エーデルトラウト・アルブレヒツベルガーだ。長いので、エドとでも呼べばいい」


 エドの放つ肩書きに驚きながらも、一拍置くことで心を平常に保ったイリスは、彼に挨拶をしていった。


「私は、ここにいる五人と世界を旅しているチームのリーダーを勤めさせて頂いています、イリスと申します。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げるイリスを制止していくエドは、早速本題に入っていく。

 大凡のあらましを説明していくイリス。必要以上に嘘を付く事は出来ないので、ある程度は本当の事も含ませて話した方がいいと、ホルスト達とも話してある。

 悪く言えば口裏を合わせるという事ではあるのだが、影響を及ぼしかねない言葉は慎むべきだろうと、彼らと話し合いながら報告内容を決めていったイリス達だった。


 続けてホルストの報告とファルの報告を聞いたエドは、眉をぴくりと動かすも、それについて言及する事は無かった。

 報告を終え、暫し無言の時間が流れる中、静かにエドは口を開いていった。


「……では、ダンジョンと思われる穴は塞いだんだな?」

「はい。現在はただの洞穴となっています」


 そうかと小さく言葉にしたエドは、続けてグラディルの報告をさせていく。

 今回はギルアムの時と違って、最初から討伐した事を隠す事無く報告していくイリスだった。

 これを伏せたところで必ず後々に報告があがるのだがら、ここで話さない事の意味などはない。寧ろ、直ぐにギルドへと呼び戻されて詳細の報告を尋ねられる事になるだろう。


 グラディルを少数で討伐した事に、一切驚く様子を見せないエド。

 そんな彼に、少々警戒をしてしまうシルヴィアだった。

 彼女もまた表情を変える事なく彼の顔色を伺っていくも、一分の隙もなく無表情を貫くエドは、中々に手強い相手だと思っていたようだ。

 そんな彼へと言葉を投げかけるアメリーは、苦笑いをしながら話していった。


「相変わらず表情を出さないわね、エドさんは」

「……これでも相当に驚いているのだが、まあそれはいい。

 それについて詳しく話せ。――いや、いい」


 詳細をイリスに尋ねていくエドだったが、すぐさまそれを言い直していく彼は言葉を続けていった。


「そんな事はどうでもいい事だな。必要なのは、ツィードの安全が確保された事だ」

「相変わらず男気があるね、エドさんは」


 褒めても何も出んぞとファルへと言葉にする彼は、続けて口にしていった。


「大方の見当は付く。"リシルアの英雄"ロット・オーウェンに、"剛斧の猛将"ヴァン・シュアリエ。更には"リシルアの勇者"ファル・フィッセル。

 これだけのプラチナランク冒険者が揃えば、グラディル討伐も不思議な事ではない」


 やはりというか何というか、彼等の事をしっかりと理解していたようだ。

 当然ギルドマスターたる者であれば、会ったことはなくともその風体で推察する事は容易である。彼だけが特別なのではないのだと、改めて考えさせられてしまっていた。

 そしてヴァンの呼ばれている通り名を、素直に納得してしまうイリス達だった。

 彼ほどの強さがあれば、人からそう呼ばれる事も不思議な事ではないだろう。

 そんな事を思っていたイリス達に、エドは言葉を続けていく。


「グラディル討伐料は、明日の夕方には渡せるよう手配する。

 悪いがもう一度こちらに来て貰う事になる。その時までに誰の口座に入れるのか、考えておけ。分配についてはそちらで済ませろ」


 淡々と必要事項のみを伝えるエドだったが、大凡彼がどういった人物か、イリスは理解できたようだ。

 冷静に考えていたイリスの横から、おずおずと手を上げたファルが静かにエドへと尋ねていくも、どうやら彼女が想定していなかった事態へと話が進みつつあるようだった。


「……あの、エドさん。あたし、ゴールドランクなんだけど?」

「今回の件にファルが関わっているのであれば、プラチナランクへ昇格するだろうな。

 当然、これはまだ仮定の話ではあるが、今回のギルド依頼の功績でも十分だ。

 それを入れなくとも、街門の守護任務に就いている者達の話次第で確定するだろう。

 何せグラディル討伐の功労者の一人となるのだからな。諦めろ」

「あぁぁ……」


 真っ青になりながら、やってしまったという表情を前面に出して床に両手両膝を突いてしまうファルは、本気でショックを受けているようだった。


 そんなファルに、エドは言葉を言い放っていく。


「そういう事は他所でやれ。私は忙しい」

「……あの、今回の件は、無かった事になったりとか、しないのかな、なんて、思ってるんだけど……」

「話は以上だ」

「あぁぁ……」


 頭を抱えるファルの姿を横目に席を立つ三人は、ホルスト達と共に退室していった。

 ギルドを出るイリス達は、ホルストからエドの事を詫びられてしまう。


「悪いな。エドさんは必要以上の事を言わないんだが、決して扱いが悪い訳じゃない」


 そう言葉にする彼へ、くすりと笑いながら大丈夫ですよと言葉にするイリス。

 無表情で淡々と話をしていたエドだったが、そういった性格なのだろうと彼女は思っていた。当然彼には、人を悪く思うような視線を向けて話している訳ではなかったし、口数は少ないが、不思議とホルスト達を心配しているような声色に聞こえたからだ。


 推察するに、ギルド依頼でホルスト達を抜擢したのも、ギルド長たる彼なのだろう。

 そんな彼らが調査から戻るとも考えられる頃合でグラディルがツィードを襲撃したとなれば、鉢合わせてしまう可能性が非常に高い。

 実際に彼らがツィードへ戻って来たのも、未だ討伐隊を向かわせる直前だった。

 運よく討伐はできたが、それは結果論だとエドは思っているのではないだろうか。


 ホルスト達は調査を専門に受けている冒険者達だ。

 そこにたとえ"リシルアの英雄"のひとりであるファルが加わったところで、危険種の中でもかなりの強さを持つと言われるグラディルを倒すまでには至らないだろう。

 時間を稼ぐにしても、あんな存在相手に犠牲無く持ち堪える事は不可能に近いと考えるのが一般的な見解だろう。


 そんな彼らを心配していたようにも聞こえた気がしたイリスは、エドは内心ではそう思っていたのだろうと思えてならなかった。そういった声色に彼女には聞こえたのだ。

 何よりもエドは、未だギルドに残っていた。受付に来たのが彼という事は、他に誰もいなかった可能性が高い。

 つまり、彼のみ職務を全うするかのように、ギルドに残っていたのだろうか。

 それも長たるギルドマスターの勤めなのだろうかと、考えてしまうイリスだった。



「さてと、これからどうするか」

「どこ行っても人いないんじゃないかしら?」


 独り言のように呟くホルストに、アメリーが続いた。

 現在はグラディル襲撃中という状況だと思われている為、まず人を見かけることはない。避難前に厩舎の方と会えた事ですら、本当に偶然かもしれない。

 音が消えてしまっている今現在では歩いている人すらいないのだから、店など開いてる訳もなく、時間を潰そうにも、あるのは中央にある憩いの場所のみとなっていた。

 噴水も止められ、人の気配すらないその場所は、怖いほどの静寂に包まれており、全く別の街のように思えるほどの一面を見せているかのようにイリス達には見えた。


 所在無くぺたんと木製のベンチに腰掛けるイリス達に、ある意味では味わえない街の空気ではあるなと、笑いながら言葉にするホルストだった。


「まぁのんびりしよっか。脅威は無くなったんだし、暫くすれば街の人も出てくるでしょ」

「そうは言うがな、店も無いとなると何も飲めないな……」


 立ち直ったファルの言葉を返していくデニスに、アメリーとマルコ、ホルストと続いていく。


「お酒とは言わないけど、せめてお茶くらいは飲みたいわよねぇ」

「……お店の方が出てきても、すぐにお店を再開しないのではないでしょうか」

「まぁ、無理だろうな。二、三アワールは難しいんじゃないか?」

「私、それまで飲まず食わずはちょっと辛いわね……」

「マナポーションでよければ馬車にありますよ? 食材の残りもまだありますから、お料理も作れます」


 アメリーの言葉にイリスが答えるも、ホルスト達はきょとんとしてしまっていた。

 その光景に自分達を重ね合わせてしまうシルヴィア達は、ああ、きっと自分もこんな感じの表情をしていたのだろうなと、しみじみと感じていた。


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