"一花の街"
「それじゃあエステル、また明日ね」
エステルを撫でつつ言葉にするイリス。
街門で出会ったレグロとベラスコの二人と別れたイリス達は、エステルを厩舎へと連れてきていた。ここであれば外とは違い、彼女もゆっくりと休む事ができるだろう。
若干寂しそうな瞳を向けられるも街中を連れていく事は流石にできないので、ここは彼女には我慢して貰うしかない。
もう一度エステルをぎゅっと抱きしめたイリスはその場を少しだけ離れると、彼女も諦めたようで放牧地の中央へと歩いていった。
その後姿はとても哀愁の漂う雰囲気を醸し出してしまっているが、ここでエステルを呼び止めてしまうと、より寂しい気持ちにさせてしまうかもしれない。
ぎゅっとしてあげたい気持ちを一生懸命堪えたイリスだったが、そんな気持ちが仲間達には丸分かりだったようで、微笑ましそうに眺められていた。
「何となく分かるよ、その気持ち。あの子、とってもいい子だもんね」
そう言葉にしたファルは、エステルがとても不思議な子だと思えていたようだ。
まだ逢って時間は経っていないが、それでもあれだけの激戦を目の当たりにして微動だにせずその場に待機するなど、並の馬では、いや、特殊な訓練を受けた馬であったとしてもしないだろう。
取り乱す事も暴れる事も無く冷静に対応したエステルは、とても大切にされているのがよく分かる。
そして彼女は理解しているのだろう。
イリスが使う魔法の意味を、恐らく本能的に理解しているのだとファルは思えた。
彼女の使う魔法は、そのどれもが温かな気持ちにさせられるものだった。
魔法について詳しくないファルは、それが魔法と呼ばれるものなのかなと漠然と思っているようだが、他者の能力を上げる魔法など、今の時代には存在しない事を彼女達は知らない。
それだけ魔法が衰退した世界だという事を知る者は、イリスのみだろう。
これについての話もしなければならないと考えながら、まずはホルスト達と合流する事を優先させたイリス達は、街並みを観賞しながら中央部を目指し、ゆっくりと歩いていく。
大きな通りとなるこの街門と街の中央を繋ぐ道には多くの店が立ち並び、活気ある声が飛び交うような雰囲気を感じるも、危険種が襲撃していたという現在の状況では、どの店も堅く閉ざされており、人の気配がまるで感じられなかった。
まるで廃墟の街に迷い込んでしまったかのような静けさと、人の気配が感じられないような恐ろしさが肌に伝わってくるようで、とても異質な場所に来てしまったと思えるイリス達だった。
怖いほどの静寂に耐えかねて、シルヴィアが言葉を発していった。
「……人っ子一人いませんわね」
「……こんな状況ですから、皆さん避難されているのでしょうか?」
ネヴィアの問いに正確に答えられるのはイリスのみとなる。
索敵の効果で街人が中央区の地下に避難しているのを確認しているも、これを言葉にする事は憚られたので黙っている事にしたようだ。
内部構造的には"構造解析"を使用しなければわからないが、恐らくは街のどこかから地下へと続く道がツィードには多数あるのだろう。
そこから外へと行けるような構造となっていると、イリスは推察していた。
ネヴィアの問いにヴァンは答えていった。
「恐らくはそうだろうな。グラディルの強さはギルアム以下とギルドから認定されているが、危険である事に変わりはないし、何よりも単純な攻撃力は相当に厄介な相手だ。
並の冒険者が討伐するのは非常に難しいと言えるだろう」
「まだ討伐の知らせを受けていないから、流石に非難しているんだと思うよ」
「ですがロット様、もし門を突破されてしまっても安全な場所はあるのでしょうか?」
「そうですわよね。街門が破壊されてしまえば、もうどこにも――」
言葉を言いかけて止まるシルヴィアは、なるほどと小さく呟いて話を続けていく。
「つまりは最悪の事態を想定して、"避難路"を確保してあるのですわね」
「なるほどね。それくらいなければ街でも危ないって事か。
あたしはこの街の事をそれほど知らないけど、たぶんそうなんだろうね」
「恐らくは殆どの街にそういった場所が存在するはずだ。そうでもなければ壁に囲われている状況そのものが、逃げられない檻になりかねないからな」
「大きな国であれば出入りする門は幾つか存在するけど、街となると防衛に割く余力も無いだろうから、街門が必要最低限を超えて造られる事は無いと思うよ。今回の街門もそうだけど、危険種の攻撃を想定して造られているからかなりの高額になると思うし、ああいったものは特注品になるからね。そうそう幾つもは造れないんだろうね」
フィルベルグだけでなく、エークリオやアルリオン、そしてリシルアと、大国であるこれらの国には大きな街門が多数設置されている。
利便性も含まれるが、これには違った意味もあるのだとロットは語る。
中でも大きいのが、今回のように危険種が襲撃した際、逃げ道を確保するという意味合いがとても強いのだと彼は話した。
数万人が住んでいる国では、たった一つの門が突破された場合、大混乱に陥る事となる。城壁が突破される事も考えられるので、その場合出口となる城門に人が溢れ返る事にもなる為、最低でも四つは大きな門を設置するのが一般的となっている。
フィルベルグにも当然それらは存在するが、基本的に冒険者達が利用しているのは、南門と呼ばれたイリス達が出入りした城門のみである。
その他の門は主に商人達の為に使われるものとなっているので、一般的に使われることはないそうだ。
これに関しては流石に姫様達もしっかりと理解しているようだが、流石によそ様の国や街となると、まだまだ知らないことが多かった。
そんな話をしながら街の中央へと来ると、開けた場所に出たようだ。
とても大きく造られたその中央部は、ツィードの住民達の憩いの場として使われているような場所だったが、残念ながら今現在はそういった人は一切見られなかった。
そんな場合でもないのだからそれも仕方のない事ではあるのだが、広さが逆に寂しさに繋がってしまっている場所となっていた。
本来であれば、とても素敵な場所となっていたであろう造りをしているようだ。
中央には水が止められた噴水が設置され、それを中心としてベンチが囲われるように置かれていた。美しく手入れをされた樹木が綺麗に並び、その周りをとても大きな花壇で彩られていた。
一花の街、ツィード。
凡そ三千五百人もの人々が暮らす、とても大きな街だ。
色とりどりの花で溢れ、近隣で採石できる特殊な石を使い、レンガを組み合わせ、屋根を赤い色で統一した、ニノンともエルマとも、そしてアルリオンとも違う、とても美しい花の街で、それぞれの家にはプランターが沢山置かれ、住んでいる者達の好みの花を植えているようだ。
この街は大きな国に属しておらず、畜産や農業だけでなく様々な産業で成り立っている独立した街となる。
中でも硝子加工は世界でも最高品質と言われ、美しいグラスを交易品として世界中へと送り出している。
しかし、街が呼ばれているその名称に疑問を持ってしまうシルヴィアは、言葉にしていった。
「お花で溢れている街なのに、"一花"なんですの?」
「この街は沢山のお花で溢れているんだけど、その言葉には意味があるんだよ」
そう言葉にするファルに続き、ロットが説明してくれた。
「この街では、大切な人に一輪の花を渡す風習があるんだよ。
それは恋人であったり、家族であったり、親しい友人であったり、お世話になった人であったりと人によって様々だけど、想いを込められた花を一輪だけ渡す事で、重みが増すと言われているんだ」
ロットの話に納得しながらイリスは言葉にしていった。
「なるほど、花言葉ですね。お花で溢れている街だからこそ、一輪に想いを込めて大切な誰かに渡すなんて、とっても素敵ですね」
「そうですわね。お花の香りも素敵ですし、その考えもとても素敵ですわね」
「ツィードもニノンやエルマ、ノルンといった街とは違った素敵な街なんですね」
「あたしもそういったところが気に入っているんだよ。
芳しい花の香りが街一杯に広がっていて、心まで落ち着かせてくれるんだ。
……尤も、リシルアともっと離れていれば最高なんだけどね……」
一気に表情を曇らせるファルに苦笑いをしてしまう三姉妹と、それを否定できない先輩達だった。
続けて彼女は、立地さえ良ければ永住していたと思うよと言葉にする。
確かに美しい街並みなだけでなく、家と家との間隔もかなり離れている為、とても広々と造られた街のようだ。
ニノンとは違い、農場の類は全てツィード北側にある平原に造られているらしい。
花に溢れ、ガラス工業で栄えた街はエルマとも違い、とても潤っているようにも感じられる。周囲の魔物も然程強い訳ではないので、冒険者も他所から移り住むものが多いそうだ。
ヴァンの知る限り、プラチナランク冒険者も五人ほど住んでいるのだとか。
その言葉に驚きを隠せないシルヴィアは、目を丸くしたまま尋ねていった。
「まさか五人もいらっしゃるだなんて。
もしかしてチームを組まれてグラディルへと向かうつもりだったのかしら?」
「うむ。恐らくはそうだろうな。幸い倒すことはできたが、相当にぎりぎりだった」
ヴァンの言葉を皮切りに沈黙が訪れてしまう。
本当に今回の件は危険だったと言える。もう少しだけイリス達の到着が遅れていれば、多くのプラチナランク冒険者と有能な熟練冒険者達が犠牲となっていただろう。
「……ごめんね。あたしさえしっかりしていれば、こんな事には……」
そう言葉にするファルだったが、それは違うとヴァンは断言する。
「ファルが穴に落ちていなかったとすれば、そのまま洞穴の調査をしていただろう。
そうなれば下層へと調査に向かう事となっていた。であれば、結果は違ってくるかもしれない。それこそ最悪の事態がおきかねない。
グラディルがああいった存在であった事実を考慮すると、ファルが穴に落ちたお蔭でホルスト殿達もファルも、そしてツィードの冒険者達も救われたのだ。
これは世辞や慰めではなく事実だと言える。それを間違えてはいけないと俺は思う」
「そうですね。俺もそう思うよ、ファル。君に落ち度は全く無いんだ」
「お二人の言う通りだと私も思います。それに今回の件があったからこそ、私はファル様とお逢いできたのですよ?」
「ありがと、ネヴィア。でも、様は付けないで」
ネヴィアの呼び名に、思わずファルは苦笑いが出てしまった。
まさか、様を付けられて呼ばれることがあろうとは思ってもみなかったのだが、シルヴィアが妹の代わりにそれについて答えていった。
「ネヴィアがそう呼ぶのは癖ですので、お気になさらないで下さいな。きっと直りませんわ」
「え? ……そなの?」
思わず尋ね返すファルだったが、ネヴィアは苦笑いをしながら、どうぞお気になさらないで下さいと言葉にしていった。
そうかお姫様だもんねと彼女が呟くと、私もそうなのですがとシルヴィアが半目でファルに言葉を返していった。
「あ、そうだったよね。でもさ、シルヴィアって何だかお姫様っていうよりは、豪傑っていうイメージがあたしの中で定着しちゃってるんだよねぇ。
そうそう、あの有名なフィルベルグの女王陛下みたいな感じだね」
ファルの言葉に満面の笑みになったシルヴィアは『あらあら、そうなんですの?』と
とても嬉しそうに返していった。
喜ぶシルヴィアのその姿に、女性としてはどうなのだろうかと思ってしまうヴァンとロットだったが、それを心内のみで留めておいたようだ。
そんな事を話していると、ホルスト達がこちらへと向けて手を振りながら、イリス達に声をかけていった。




