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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第二章 想いを新たに、世界へ
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稀代の"魔法付呪師"


 静かな店内に響くロットが導き出した答えに、ブリジットはそうよと静かに口に出した。


 「私が魔法付呪師のブリジット・ステイシーで、貴方の予想通りの人物よ」


 その会話についていけないイリスとミレイは、同じ顔できょとんとし続けている。そんな顔に気づいたロットは、ごめんね、こっちだけで話しちゃってと言いながら、説明した。


 「ブリジットさんは、魔石の技術を応用し数々の発明をしてる人で、細かく調整が必要な魔石の加工技術は全て彼女が発見し世界に広め、人々の生活水準を上げたと言われているんだ。その技術力は200年以上先を行っているとまで言われているらしいよ」


 「そ、そんなに凄い人なんだ・・・」


 実際、その技術力だけではなく、なによりも発想力が素晴らしい人ではあるのだが、少々変わったアイテムばかり作っている為、あまりすごい人と周囲には認識されていないようだった。それもそのはずだ。あんな奇怪なアイテムばかり作っている上に作った本人がコレなのだから、知られていなくてもそれは仕方の無いことなのかもしれない。


 そんな中、イリスが気になったことをブリジットに聞いてみた。


 「細かく調整が必要な魔石って、どんなものがあるんですか?」

 「そうねぇ、例えば街灯用魔石とか、適温のお湯が出るシャワー用魔石とか、魔法適正の水晶とか、洗濯用魔石とかかしらね」


 ミレイとロットには街灯と魔法適正の水晶以外は聞いたことが無かったが、イリスには思いのほか心当たりがあった。


 「シャワーや洗濯用魔石に、魔法適正の水晶もブリジットさんが作ったんですか!?」

 「あら、シャワーや洗濯用魔石を知ってるの?イリスちゃんは貴族なのかしら?シャワーや洗濯用魔石はかなりの高額で、一般的には出回らないほどの貴重品だと思うのだけれど」

 「いえ、私は貴族さまじゃないですよ。おばあちゃんの家にあるんです」

 「おばあちゃん?失礼だけれど、おばあ様のお名前を伺ってもいいかしら?」

 「はい。レスティさんと言います。私はそこで住み込みで働かせていただいているんです」


 その名前を聞いてブリジットは、ぱあっと明るくなり、イリスちゃんはレスティさんの所にいるのね、と微笑みながら話しかけた。


 「やっぱりおばあちゃんをご存知なんですね」


 そう言うイリスの意図を察してブリジットは笑いながら答えた。


 「もちろん知ってるわ、王国一のすごい薬師さんだものね」


 その言葉にロットは、貴女は世界最高峰で稀代の魔法付呪師と呼び声が高いじゃないですか、と答えた。


 「え!?世界最高の魔法付呪師さんなんですか!?」


 さすがにそこまで凄い人だとは気づきにくいと思われる性格をしているのだから、それは仕方のない事なのかもしれない。そしてロットは彼女の功績を称えるように話し出した。


 「ブリジットさんは素晴らしい発明の功績だけじゃなく、その技術を独占させること無く大きな国全てに発明技術を均等に提供して、世界中の人の暮らしをとても豊かにした素晴らしい方なんだよ」

 「あっはっは!少年よ、恥ずかしいからやめたまえ!」


 そう言いながらも、胸を反らし両手を腰に当てて嬉しそうに笑うブリジットであった。


 「驚いた。ただのおもしろアイテムショップの店長さんかと思ってたよ」


 あはは、と小さく笑うミレイは若干引いていた。まさかそれほど凄い人だとは思っていなかったらしい。それもそのはず、世界最高と呼ばれる魔法付呪師だ。驚かない人のほうが少ないだろう。


 そう驚くミレイを横目に見ながらイリスはふと思う。それだけ凄い技術を持っているのに、どうしてお客さんでいっぱいにならないのだろうかと。それを聞こうか迷っていた所、ブリジットは察したようにイリスに答えてくれた。


 「私のお店で売ってるものは趣味だからねー。個性的過ぎて買ってもらえないのさー!」


 再びお腹を押さえ、けらけらと笑いながら楽しそうな笑顔がブリジットに戻った。


 「それにしても、貴女ほどの方がフィルベルグにいる事も驚きですが、まさか魔法付呪の本を書いて売ってるなんて、驚きを通り越しすぎて言葉になりませんよ」


 ロットの言葉がよくわからず首を傾げてしまうイリスは、その事を聞いてみた。


 「えっと、どういうことですか、ロットさん。自分で書いた物なら自分で売っても普通な―――」


 普通なのでは?そう言いかけて固まってしまうイリス。そうだ、世界最高と言われる付呪師が書いた本なら、それはつまるところ・・・。


 「その大きさの本って、まさか研究成果を全部書き記しちゃってるんですか!?」

 「そうよ?」


 平然とそう言ってのけるブリジットに引いてしまったイリスだったが、すぐにブリジットは言い直した。


 「と言いたいところなんだけどね、そんな事すると割と面倒なことになるから、ここに書かれてるのはレシピなのよ」

 「レシピ、ですか?」


 首をかしげながら聞きなおすイリスに、まさかそれって、とミレイはブリジットに質問した。


 「まさかそれって、このお店にある商品のレシピなの?」


 ミレイにそう聞かれブリジットは即答する。


 「そう!これはこのお店にいる子供達のレシピ集なのよ!そうよ!ここに"世界の全て"が記されているわ!これほどに崇高で素晴らしい本が、この世にあると言うのでしょうか!あっははははー!」


 そう言いながらブリジットは恍惚とした表情を浮かべ、両手で本を掲げるように持ち上げて器用に片足でくるくると回りだした。ブリジットの周囲だけ妙にまぶしく見えて3人は目を細めてしまう。


 「とりあえず、世界を変えうる本じゃなくて良かったですよ」

 「そうだね、さすがにそれについての本は色々まずいんだろうね、あはは・・・」

 「・・・変な壷のレシピ知りたいなぁ」


 最後に聞こえた不思議な言葉に、二人は思わずえ?っとイリスを見てしまっていた頃、くるくると回っていたブリジットがぴたっと止まって話しはじめた。


 「さすがに魔石の加工レシピは書いてもちょっと難しいでしょうからねぇ。恐らくだけどレシピを知った所で魔法適正の水晶も作れないでしょうね」

 「そういえばおばあちゃんが、すごい技術で普通の人は手に入れられないって言ってた気が・・・。」

 「そうね。これはとても作るのが難しいのよ。街灯の技術もかなりすごいけど、適温が出るシャワーの方が緻密で繊細な加工が必要なのよねー。さっき挙げたものの中から難しい順に並べると、シャワー用魔石、洗濯用魔石、街灯用魔石、魔法適正の水晶ね。


 ここに挙げたほどんとのアイテム用の魔石は、1ミル単位で削っていかないといけないのよ。中でもシャワーは、0.1ミル単位のとても緻密な作業になるからとても難しいの。正直なところ、魔石を何個も作りたくないから物凄く高いのよねー。まぁ、そこまで欲してくれている人がいないのが幸いだわー」


 確かにシャワーは便利だが、使って見ないとよくわからないものだ。実際イリスも使うところを見せてもらい、自身で使って初めてその利便性に気づいたものだ。あれが一般的に普及すれば、確実にお風呂革命になるんだけどねー、とけらけら笑うブリジットであった。


 「ま、そんなわけで、この本はこのお店にある子供達のレシピ本なのよねー。魔石や魔石加工、付呪(エンチャント)なんかの本は、図書館に行けば読めるから私が書いても仕方ないし。もしそっち系に興味あるなら図書館で勉強してみるといいわよ。魔法書と違って意地悪に書いてないから安心よー」


 そう言いながらブリジットはまたけらけらと笑っていて、それを聞いたイリスは、魔法書ってほんとに何なんだろうと本気で考えていた。どうやら顔に出ていたらしく、それを察したミレイとロットは、イリスの肩をぽんぽんとしてくれた。


 「あ、そういえば、もうひとつの方はどんな本なんですか?」


 思い出したようにイリスがブリジットに聞くが、当の本人はうーんと呻ってしまった。


 「これはなんて言ったら良いのかしらねぇ。不思議な本、と言うべきかしらね」


 さっきの本も十分不思議だったよブリジットさん、と笑いながらミレイは言ったが、さすがにこの本は本当に不思議な本らしい。


 「とても綺麗に装丁(そうてい)されていますね。どんな本なんですか?ブリジットさんが言うくらいだから、相当凄い本なのはわかるんですが」

 「それがね少年よ、私もコレについては良くわからないのだよ。ただ普通の本ではない事はわかるんだけど」

 「図書館にある本みたいに綺麗ですね。どなたが書いた本なんですか?」

 「書いた人間もわかっていないのよ、イリスちゃん。それどころかね、内容も全くわからないの」

 「わからないって、魔法書みたいにわけわかんない書物なのかな?それならイリスなら読めるかもしれないよ?」

 「え!?イリスちゃんって魔法書読めるの!?あんな本を!?」


 おおぅ、あんな本って言い切っちゃったよ、ブリジットさん・・・。確かに言いたくなる気持ちはとてもよくわかるんだけどね。そう思いながらイリスは、ブリジットの話を聞いていたが、どうやら魔法書の類のような難解な本でもないらしい。


 「そうね、私が言うよりも見てもらった方が早いわね。とりあえず読んでみて?」


 そう言われた3人は本に近づいていき、ミレイが本を開いた所を読んでみたのだが、これは・・・。


 「何も、書いてない?」


 言い出したのはロットだった。どのページを捲ってみても、何も書いていない白紙の本だった。


 「書き忘れ、というか、最初から書かれてない本で、ここから書いていくつもりだったのを放置されたんじゃないですか?」

 「いや、イリスちゃん。本っていうのは一般的に文字を書いた紙を集めていって纏めるのが主流だと思うよ?ページを纏めて糸で縫いつけて革で表紙を付けていく作り方だったと記憶してるし。そこに保存魔法を掛けて複製したものが、図書館にある本だと聞いた気がする。正しい知識かはわからないけどね」

 「少年の言った通りで大体合ってるよ。本に直接書き込むって事もしないはずだし。図書館では自由に紙が使えるけど、そもそも一般的には高級品だから白紙の本っていうことも考えられないのよねー。それにこれはね、最低でも180年は古い物なのよ。表紙の装飾から推測するとそのくらい物と鑑定されたわ。ちなみに魔法鑑定ではなく、学者による文字通りの鑑定だよ」


 そう聞いて真っ先に反応したのはミレイだった。そんなミレイにブリジットは意味深な言い方をした。


 「そんなに古い物なのに、保存魔法加工がされてこんなに完璧な状態で保管されてたの?」

 「保管魔法はかけられているみたいだけど、大切に保管されてた本じゃないんだよ、ミレイちゃん」


 保管魔法とは、行使する魔法使いの腕にもよるが、通常は50年程しか持たないとされており、古く保存魔法をかけられた物から順次魔法をかけ直している。180年も前の物を複製なしで保存したとなると、どんなに管理し続けてもさすがに劣化が激しいはずなのに、この本はまるで新品のように状態が美しかった。


 「どういうことです?この本はどこで入手したんですか?」

 「少年よ、この本はね、エルグス鉱山の奥地で見つけたのさ」

 「エルグス鉱山って、南東にある古代遺跡の近くにある場所の?」

 「そうだよミレイちゃん。その奥地に埋まってたんだ。宝箱のような物でしまわれてた訳でもなく、文字通りそのまま土に埋まってた本なのさー」

 「そ、そんな状態なのに、こんなに綺麗なんですか?」


 さすがのイリスでもその意味がわかる。地中に埋まっていたのにこの保存状態は明らかにおかしい。しかも180年前の本なのにこれだけ綺麗なまま状態を保つことなど、保存魔法をかけたとしても出来るのだろうかとイリスは思っていた。そんな考えを察したブリジットはそうだよイリスちゃんと言いながら話を続けた。


 「180年前の本を思われるこれは、地中に無造作に埋まっていただけでなく、状態を完璧に保存した上で見つかっていて、更に白紙の本だった。もうこれだけで特殊な本は確定なんだけど、さすがに読めないんじゃどうしようもないよねぇー」


 そう言いながらけらけらするブリジットだったが、謎の多いこの本を見つめながら3人は考え込んでいた。


 「きっと何らかの意味があるんでしょうね、この本には」

 「そうだね、イリスちゃん。世界にはまだまだ解明されてない物や、誰も辿り着いた事のない場所も多いけど、さすがにフィルベルグ周辺でこういった物が出てくると興味が絶えないね」

 「あははー、こういう調査もたまにしてみたいねー。いつもは魔物調査ばっかりだから正直疲れるし」

 「ミレイさん達って魔物の調査を主にされてるんですか?」

 「うん、そうだよ。基本的に調査であって、戦う事は少ないんだけどね。それにしてもこういう本は、なんか面白い事が書いてありそうで興味あるねー」

 「そうだね、180年前の朽ちない白紙の本、か。正直かなり興味あるね」


 ロットは興味深げに本を見つめていたが、イリスにとっても気になる本ではあった。


 「読めない本かぁ、一体どんなことが書いてあるんでしょうね」


 そんなイリス達にブリジットは実は予想が付くと意味深な含み笑いでしゃべり出した。


 「ふっふっふ。これはね、180年前の乙女が書いたハズカシ詩集(ポエム)なのだよ!!」


 「「「えぇぇぇ」」」


 ブリジットに呆れたロットと、さすがにないと思うミレイに、それは恥ずかしすぎると思ったイリスの3人が、それぞれ違う意味で言葉を発していた。そんな中、ロットが気になった質問をする。話をあわせるロットにミレイはさすがだねと思っていた。


 「そういった物を180年も保存するものなんでしょうか」

 「あまいなー少年よ。こういったモノは、他の人間がおもしろおかしく後世に語り継ぎたくなる物なのだよ」


 さすがのイリスもブリジットのその言葉には、恥ずかしさを通り越して青ざめてしまっていた。そんな事されたらイリスなら穴を掘って埋まったまま、100年以上は眠り続けたくなる事だろう、と思っていた。そうか、ハズカ詩集に保存をかけられたから、朽ちるように土に埋めたのかな?などと考えていた所へブリジットが話し出した。


 「まぁこの本は買っても読めない本だから意味の無いものではあるよねー」


 保存魔法が効いてるし、魔物でも殴ってみる?結構丈夫かもしれないよ?とけらけら笑っていた。まるで『読めぬ本など鈍器である』と言われてるみたいだった。



 「さて、そろそろお(いとま)しようかー」


 そうミレイが切り出し、そうだね、大分お邪魔しちゃったからねとロットが言った。


 「もう行っちゃうのかい?どうせお客なんて来ないんだから、ゆっくりしていけばいいのにー」


 けらけらと笑うブリジットに、イリスはお客さんが来ないのはちょっとまずいのでは、と思っていた。


 「こんなに面白くて素敵なお店なのにお客さんが来ないんですか?」

 「あっはっは、私の発明に世がついて来れないのだよ!」


 腰に両手を当てて豪快に笑うブリジットに、いっそ清々しさすら感じてしまう3人であった。


 「また伺ってもいいですか?」

 「もちろんだよイリスちゃん。いつでもおいでー」

 「イリスも気に入ってくれてよかったよ」


 あははと笑うミレイさんに、今度も一緒に来ましょうねとイリスは誘い、ミレイがそうだね、今日も面白かったからねーと笑っていた。ロットはそんな二人を中の良い姉妹みたいだなぁと微笑ましく見ていた。


 「それじゃあブリジットさん、ありがとうございました!」


 挨拶をするイリスに、またおいでー!とにこやかな笑顔で手を振ってくれるブリジットであった。



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