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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第一章 優しさに満ちたその世界で
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"可能性"という名の希望


「……イリスちゃん」


 ポワルは少女に語りかける。

 あまりの辛さ、あまりの苦しさに涙が出てしまう。

 とても辛そうだ。出来る事なら代わってあげたい。


 ポワルは尚もイリスへと優しく語りかけていく。

 自分よりもずっと苦しい思いをしている少女に。


 もうじき"お別れ"をしなければならない、何よりも大切な子に――。



  *  *   



 重く、暗く、寒く、冷く、誰もいない場所。

 まるで、夜に独りだけ取り残されたかのような寂しい場所に、少女はぽつんと立ち竦んでいた。

 身体は動かず、瞼は重く、今にも眠ってしまいそうになる意識の中、たった一人だけの場所に何かが聞こえてきた気がした。


 少女はそれに意識を向けていくが、よく聞き取れなかった。

 だけど、なんていうか、とても温かいものに思えた。




 ……声……。



 ……声が……。



 ……声が聞こえる……。



 ……あぁ……、なんてきれいで……。



 ……なんて……うつくしい声なんだろう……。



 ……とても……美しくて……。



 ……とても……あたたかくて・・・。



 ……ずっとずっと、わたしが大好きだった声だ……。



「――イリスちゃん!!」


 

 イリスは辛そうに重々しくゆっくりと瞼を開けると、大切なひとに抱かれていた。

 定かでない記憶を思い起こすと、恐怖で出す事が出来ない声で、誰かに助けを求め、誰かに祈り、そして誰かに願った。曖昧ではあるが、そんな気がした。


 大切なひとに、何かを振りかぶるようにしたモノの、あまりの恐ろしさに瞳を閉じてしまったイリス。

 そこから意識は飛び、まるで底の見えない深い深い闇に吸い込まれていくような感じがしていた。とても眠く、身体は動かせず、何も考えられないような意識の中、イリスは光にも似た優しい輝きの声を聞いた。

 自分を心から心配しているひとの声を。まるで自分よりもずっと大切に思ってくれているかのような、とても優しくて美しい、大好きなひとの声を。

 言う事を聞かない身体を強引に動かすように、瞼に力を込めると、そこには大切なひとの姿があった。


 少女は言う。口にする事すら出来ないような身体で。

 大切なひとに声で伝える事は出来ないけれど、想いだけも伝わる気がしたからだ。

 そんなイリスの想いに反応するように、ポワルは表情を変えて話していく。


「……どうして謝るの? イリスちゃん」


 少女は大切なひとへ謝っていた。

 イリスが悪い事など何ひとつない。あるわけがない。

 悪いのは護れなかった私だ。貴女では決してない。ポワルはそう思っていた。

 なのにイリスが謝る理由が、ポワルには全くわからなかった。


 そして少女は想い、ポワルの心に伝わっていく。

 自分のせいで貴女を泣かせてしまったと。


 その優しさに涙が一気に溢れてしまった。

 この子はどうして自分よりも、人の事を想ってくれるのだろうか。

 いま一番辛いのは、いま一番大変なのは、この子なのに。

 それなのにこの子は、自分よりも私を気遣ってくれている。

 ポワルにはそれが、とても辛く思えてしまった。


 気が付くと、彼女達のすぐ傍に見知った顔がそこにあった。

 長身でがっしりとした体型の、力強く感じる濃い茶色の男性だ。

 ポワルのいる街から北東に位置する街を守護する大切な(なかま)のひとりだ。


「……ガエウェグフォル」


 その姿にまるで助けを求めるかのような、とても弱々しい声がその場に響いていった。ポワルとしても、どうしていいのかわからないようだった。


「現状は理解した。現在レテュレジウェリルが最優先で対処している」


 そんな彼女に彼は力強くはっきりと答えていくが、内心では(こころ)が揺れているのが、手に取るようにポワルには伝わっていく。


 これは"悲しみ"と"怒り"だ。


≪ポワルティーネ。経過報告です。1784581310(こちら)復号化(デコード)して下さい≫


 レテュレジウェリルの声がポワルに届く。

 すぐさま彼女は空を見上げるようにしながらそれを読み取り、現状の把握に努めるが、状況はあまり良くないようだった。


 その内容はポワルを苛立たせるのに十分な言葉が含まれていた。

 だが今はそれどころではない。目の前に最優先でするべき事があるのだから。

 心を落ち着かせて、今はその件を一旦頭の片隅に追いやった。

 そうでもしなければ、今にでも叫び出してしまいそうになるほどの怒りに包まれてしまいそうだった。


 大凡(おおよそ)の現状は把握できたものの、対応策がとても少なかった。

 そしてそのどれもがポワルとイリスにとって最悪とも言えるものだった。

 今の自分の精神状態でそれを話していくのは困難だとポワルは思い、レテュレジウェリルに説明して貰う事を選んでいく。


 イリスは未だ血の気の完全に引いた、とても辛そうな表情をしていた。

 光の消えかかった瞳で、瞼が半分も開いていないその痛々しい姿に、ポワルは魂が切り刻まれるような痛みを感じていた。


 本当に辛そうだ。変わってあげたい。でも、それは出来ない。

 女神なのに、人よりもずっと長い間生きているのに。人よりもずっと凄い力を持ち、それを行使する事が出来るのに。変わってあげる事すら出来ない……。


 情けない。何も出来ないなんて。

 何も出来ず、大切な子が、ただただ弱っていくのを見続けるしか出来ないなんて。


 ポワルは自分の無力さを噛み締めている一方で、レテュレジウェリルはイリスへ説明していく。イリスは今、一刻を争う危機的な現状に置かれている事を。


≪初めまして。私は"天上"で世界の管理をしております、レテュレジウェリルと申します。現在貴女の置かれている状況を説明させて頂きます。

 現在の貴女の肉体は、何物(・・)かに攻撃を受け、生命活動を維持するのが困難な状況にあります。現在、我々の力で生命活動の維持を続けておりますが、このままですと後一時間と経たずに、肉体と魂が切り離され、貴女は死亡します。

 また、何物(・・)かに攻撃をされた際、肉体に"呪詛"を受けた事も確認されました。この呪いは肉体が死亡した後、魂を汚染する効果が予測されます。

 一度汚染された魂は浄化する事が出来ず、輪廻の輪に戻る事が不可能となり、消滅してしまいます≫


 彼女の説明は丁寧ではあるものの、十三歳の少女に、いや、この世界の住民には理解出来ると思えない言葉が数多く含まれていた。

 その説明では理解出来ないでしょうにと呆れてしまうポワルは、イリスに分りやすく説明していく。


「つまりね、イリスちゃん。……このまま時間が経つと、イリスちゃんともう二度と会えなくなってしまうって意味なの」


 イリスの声無き悲しみが、まるで悲鳴のように届き、ずきんと胸が痛むポワル。

 だがポワルには、そんな痛みを感じる資格などないと思っていた。

 大切な子すら護れずに胸が痛むなど、情けないにも程がある。

 

 そしてレテュレジウェリルは、その対策をイリスへと話していく。


≪現在確認された対処法は二つあります。

 一つは、このまま肉体が死亡する前に魂を天上へと導き、魂を浄化した後、再び輪廻の輪に戻す方法。

 この方法が成功すれば、現在の記憶を引き継いだまま新しく生まれ変わる事が出来ます。ですが、輪廻の輪に戻る為に必要な魂の浄化をしても、新たに宿る適応された母体が魂を保存出来る時間内に見付けられない可能性が高いです。

 その場合、現在貴女にある記憶は全て失い、新しい生命体として生まれ変わる事となり、貴女という個は消滅してしまいます。

 この対処法の成功確立は、計算上0.26パーセントとなっています≫


 引き続きレテュレジウェリルがイリスへと説明するも、やはりその説明では全く伝わらないだろうとポワルは判断する。

 だがポワルのその言葉に、絶望すら感じている様な悲嘆に暮れさせてしまった。


「……つまりとても難しい方法で、奇跡(・・)が起こるのを待つ事になるの」


≪二つ目の方法は、貴女の魂が適応する世界へ転移させる方法です。

 現在この方法が最も確実且つ、安全な方法となっております。この方法で魂を転移させる事が出来れば、記憶は勿論、イリスさんの身体をほぼ同じ姿で作り変え、別の世界に転移させる事が出来ます。転移予定となっている世界も確認済みです≫


 この方法であるなら別の身体に作り変える事が必要となるも記憶も無くならない。

特に欠陥があるようには聞こえないが、この方法ではイリスにとっても、またポワルにとっても、簡単に納得する事など決して出来ない重要な意味が含まれていた。


 心の何処かで、イリスはそれを感じたのだろうか。

 知った上で彼女は、そうはあって欲しくないと希望を込めて訪ねたのだろうか。

 幼い少女は、レテュレジウェリルへ本質を捉えた質問をしてしまった。

 その想いに、胸が張り裂けそうになってしまうポワル。


 彼女は質問した。

『その方法なら、ポワル様と離れなくて済むのですか』と。

 その問いに、涙を流さない様に堪えながら、ポワルは声を震わせて答えていく。


「……あのね、イリスちゃん。この方法で別の世界に渡っても、私と会う事はとても難しくなるの」


 ポワルにイリスの想いが伝わってくる。


 苦しい。身体が震える。

 こんなにも酷い言葉を口にしないといけないなんて。

 ……わかるよ、イリスちゃん……。

 私だって……。私だって貴女と離れたくない。

 でも……。でも言えなかった。言う事なんて出来なかった。

 別世界に転移してしまえば、私たちは、もう……。


 ポワルはまるで自分に言い聞かせるように、イリスへ説明をしていった。


「理由は色々あるのだけれど、一番の理由は私の世界じゃない(・・・・・・・・)事なの。

 ……私が創った世界なら調整をして力を抑えれば、地上に顕現することが出来るけれど、別の世界の場合は話が違ってくるの。別の世界に、別の世界の女神を顕現させてしまうと、その世界にとても大きな影響が出てしまうの。

 その影響を抑える調整をするのに、とっても時間がかかるの。それこそ数十年単位で。そもそも力ある者が、軽々しく世界を渡れない様にする為のものでもあるから、そう簡単に地上へ顕現出来ない様にもなっているけど、実際にその世界へ降り立つとなるとその調整は凄く難しいの」


 悲痛な声で説明するポワルの言葉に、レテュレジウェリルも補足していく。


≪例えそれが叶ったとしても、別世界の神が力を極限まで抑えた状態で地上に降りた場合、その世界に多大な影響を与えてしまうと思われます。

 恐らく、予測される可能性で最も確率の高い影響は"大災害"でしょう。そうなれば地上に凄まじい爪痕を残す事になります。最悪の場合、その世界そのものが崩壊する事も考えられます≫


 静かに淡々と続けるレテュレジウェリルの言葉に沈み込むイリス。

 だがイリスは、発想を変えた考え方を思い付き、それを言葉にしていく。

 ポワルから逢いに行けないのなら、自分から逢いに行けるかもしれないと。


 その気持ちはとても嬉しい。何も出来ないで見送る事しか出来ないポワルに、それでも逢いたいと言ってくれた。こんなに嬉しい事がかつてあっただろうか。


 だが、そのイリスの優しい気持ちを踏み躙るような、避けようの無い現実が彼女を襲う。どう言えばいいものかを考えてしまうポワルは言葉に詰まってしまった。

 それは不可能なことだ。神ですら軽々しく出来ないほど難しいこと。まして人であるイリスには……。

 言葉が出ない彼女に代わり、レテュレジウェリルがはっきりとした声で、イリスに現実を教えてしまった。


≪それは不可能です。人から神に逢える方法を、私は知りません≫

「――!? レテュレジウェリル! 貴女っ!」


 イリスの前で初めて憤りを露にしてしまったポワル。

 もっと良い言い方があった筈だと思う彼女は、怒りを抑える事が出来なかった。

 だが、レテュレジウェリルは話を続け、希望を示していく。


≪ですが、それはこの世界の法則です。私は別の世界の法則を()りません。

 ……とても難しい方法だとは思いますが≫


 それは限りなくゼロに近い、だがゼロではない希望だった。

 そんな微かな光であったが、イリスにとってはそれで十分だと言わんばかりに、とても前向きに捉えてくれたようだ。

 

 彼女の想いが伝わる。『可能性がゼロじゃないなら、頑張ってみたい』と。

 そして少女は続ける。『またポワル様と一緒に居たいから』と。

 涙が溢れてくるほど嬉しい。でも、何も出来ない自分が悔しい。

 女神なのに……。人よりもずっとずっと長い時間を生きているのに……。


 ポワルはその優しい言葉に涙を流しながら、大切な少女を優しく抱きしめ、レテュレジウェリルへ謝罪をする。


≪ごめんなさい、レテュレジウェリル≫

≪構いません≫


 同じ口調で答えるレテュレジウェリルに、本当に感情をあまり表に出さない子ねとポワルは思ってしまう。

 ポワルは愛おしくイリスの頭を優しく撫でながら、暫しの幸せの時を過ごしていた。そしてイリスもまた、その暖かな温もりに抱かれ、心がとても落ち着いていった。


 だが、無常にもその時がやってきてしまう。


≪イリスさん。そろそろ時間が迫ってきています。ご決断を――≫



 ――そして少女は"決断"をする。


 ポワルは力を行使し、彼女の魂を預かり、身体を天上へ送る。

 両手を重ねるように包み込んだその魂は、とても美しく、穢れのない澄んだ魂の色をしていた。本来であれば、この色は絶対にあり得ないと言えるほどの、純白に輝く魂だった。


 イリスの身体が消えてしまい戸惑う両親へ、ポワルは現状を話していく。

 彼女に降りかかった最悪とも呼べる災厄を。


 そしてポワルは説明をする。世界に侵入し、少女を穢した"敵"を。

 そしてポワルは説得をする。少女の魂を救う為には、こうするしかないのだと。


 複雑な表情で聞き入っていた二人は、言葉を発せずにいた。

 しばしの時間を挿み、口にしたのは母エレクトラであった。


「……それがイリスの魂ですか? ポワル様」

「そうです。本来、人の魂とは、様々な色が混ざり合い、美しく彩られ、一人として同じ色は無いのだとも言われています。

 ですが、イリスちゃんの魂は穢れのない真っ白な純白。本当に美しい色です。

 これは"祝福された子"だからなのかもしれませんね。

 こんなに美しい色をした魂を、私は今まで見たことがありません」


 そして彼女は、今後の話を続けていく。


「私はこれより天上へ戻り、イリスちゃんの魂を異世界へと導きます。

 彼女の魂が世界に適応させるまで時間がありますので、その間に……お別れの言葉を考えておいて下さい」


 二人は声を出せず、その美しい魂を眺めていた。

 どう答えて良いのかなんて、分る筈がない。

 それはポワルも、とても良く分かっている事だ。

 割り切れる者など、この場にはいないのだから。


「では"天上"に戻ります」

「はい。イリスをどうかよろしくお願いいたします、ポワル様」


 声に出したタウマスはとても苦しそうに伝えた。

 エレクトラは声を出す事ができず、深々とお辞儀をした。

 いくら考えても割り切れる事では無いのだが。

 それでも二人には心の整理が必要だろう。


 魂が定着するのにまだ時間はかかる。

 その間にポワルも仲間達へ報告を聞く必要がある。

 最後にもう一度、天上へ向かう旨を二人に知らせ、ポワルは"管理世界(そら)"へと戻っていった。


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