"範囲を超えて"
徐々に街門が近付くにつれ、イリス以外の者達にもその存在を目視できるようになってきた。
遠巻きに見ても現状はとても良くない。
今にも強固な扉が破られ、街へと侵入してしまいそうな気がしてしまう。
そんな仲間達の焦る気持ちを落ち着かせるように、イリスは言葉にしていった。
「まだ街門は突破されそうもありませんので、大丈夫そうです。もし扉を破壊されかけたら、私が先行して抑えます。恐らく近付くだけでこちらに向かってくるでしょうから、エステルの安全を最優先に戦いましょう。ファルさん、貴女の力の事をここでお話してもいいでしょうか?」
イリスの問いに構わないよと即答していきながら、言葉を続けていく。
「あたしから言うよ。でも時間がないから簡単に説明するね。
あたしは身体能力強化魔法を使いながら戦えるんだ。だからあたしも戦力になると思う。本当はツィードに着いてからしっかり説明したかったけど、今はこれくらいで許してね」
ファルの話に驚きを隠せない一同。
だが今はそれを話し合っている場合でもない。
すぐさまイリスは、目を丸くしている仲間達へと陣形の確認をしていった。
「陣形は前衛をヴァンさん、私、ファルさん、中衛ロットさん、シルヴィアさん、後衛ネヴィアさんで行きましょう。敵は危険種グラディル。目標は街門から先へ進ませないように、街の外で討伐します」
敵の存在に戸惑う姫様達とファル。
こうも連続して危険種と遭遇するなど思いも寄らなかったシルヴィア達と、まさかまたそんな存在と出遭う事になろうとは思っていなかったファルだった。
だが、現状でやるべき事はひとつしかない。
今現在も街門を襲撃している事実は変わらないのだから、まずはあれを何とかするのが最優先だろう。
「まずはグラディルに集中しましょう。少し離れた場所でエステルを止めた後、走ってグラディルまで向かいます。街門を確認している兵士さんもいらっしゃると思うので、ブーストは使わずに向かいましょう。目立ってしまうと後々問題となってしまう事も考えられますから」
そう言葉にして仲間達に強化魔法の"保護結界"、"全体攻撃力増加"をかけていくイリス。念のため、"全体持久力増加"と"全体集中力増加"も発動させた。
この魔法は一度発動させてしまえば三アワール効果が続くので、長期的な戦闘も可能とする便利な魔法でもある。流石にそれほどまでの長い時間をかける事はいろいろな意味で危険となる。これはあくまでも念のために付けたに過ぎなかった。
「……あれが、グラディル……」
驚いた様子で小さく言葉にするファル。
姿は見えてもそれがグラディルだとは、彼女にも分からなかったようだ。
そもそも危険種とは、そう何度も遭遇するような存在ではない。
冒険者同士でやり取りされる会話だけで、それを判断できるほどの情報は得られないだろう。それには書物や専門家から学ばねば手にできない知識が必要となっている。
彼女がグラディルの容姿を知らなくとも、不思議な事ではなかった。
エステルをあまり近づけさせる訳にもいかない。ある程度街門近くまで来たら馬車を止め、エステルをその場に待機させてグラディルへと向かっていくイリス達。
周囲の魔物はかなり遠いし、エステルへと向かう魔物はいない。彼女自身も勝手に歩き回る子ではないので、もし何かあればイリスの方向へと向かってくるだろう。
距離にして五百メートラ程となるが、これだけ離れていればイリス達を無視してエステルを襲う可能性は非常に低いと思われた。
当然彼女の安全確保の為に索敵で警戒は続けていくし、緊急時には瞬時に彼女の元へと向かえるようにイリスが対処する。万全とはいかないまでも、可能な限り彼女を危険な目に遭わせてはならない。
視界に敵を捕らえると、どうやら向こうもこちらに気が付いたようだ。
すぐさまイリス達へと威嚇しながら突進してくる敵の姿に、知識通りの存在である事が伺えた。
あれだけ街門を攻撃しても突破できなかった点を考慮すると、ブースト持ちではないのかもしれない。
そんな事を考えていたイリスたちだったが、それは大きな間違いだったと思い知らされる事となる。
突進を途中で止めたグラディルはイリス達に向けて、つんざくような高音を発生させていく。
あまりの音に強烈な耳鳴りがイリス達を襲い、思わず両手で耳を塞いでしまった。
耳に手を当てながら苦悶の表情を浮かべるイリスは、保護結界で防御できない事に驚きを隠せないが、すぐさま魔法保護結界を仲間達に発動させていった。
このような攻撃をするとは、魔物図鑑にも一切かかれていなかった。
いや、世界中にいるどんな魔物でも、こういった直接聴力に影響を及ぼす攻撃をしたという報告がされていない為に、イリスは完全に油断していた。
同時にこの攻撃がマナを過分に含まれている事も、肌で感じるイリス。
このグラディルはあのギルアムと同質ではなく、どちらかと言えばドレイクに近い存在なのかもしれない。攻撃ひとつひとつにマナを込められる可能性がある危険な存在だと推察するイリス。
多少離れているとはいえ、獣人であるヴァンとファルには大ダメージを与えられてしまい、その場に片膝と片手をつけてしまった。
その動作に視線が向いたのか、ファルへと突進しながら距離を詰めたグラディルは、そのまま頭部にある歪な角で攻撃を繰り出していく。
確実に直撃してしまう攻撃をイリスが許す事などなく、魔法を発動させ彼女を護る。
「"堅固な突風の魔法盾"!!」
ファルの眼前に現れる白緑の魔法盾が、彼女へと迫る悪意を防ぐ。
この魔法盾は"頑強な強風の魔法盾"の更に上位の魔法となる、所謂上級魔法盾だ。
これだけの防御力を突破するには、ドレイクの放ったあの巨大なブレスでもなければまず壊される事はないと断言できる。
盾に勢いを完全に押さえ込まれたグラディルへ、一気に距離を詰めるシルヴィア。
左胸部へと強化型魔法剣を発動させた剣で攻撃を放っていく。一撃で心臓を貫かんとする勢いの強烈な突きだった。
しかし皮膚を滑らされるように弾かれてしまう。すぐさまバックステップで距離を取る彼女だったが、あれだけの一撃を防がれた事に驚いていた。
「シュート!!」
杖を構えたネヴィアが水槍を放っていくも、体に当たった瞬間、霧散していってしまった。その様子に驚愕してしまうネヴィア。一瞬魔法の発動を失敗したのかと彼女が思ってしまうのも仕方のない事だと思えた。
こんな事、今まで一度としてなかった。
水槍が持つ威力は、放ったネヴィアが一番理解している。
並の魔物であれば一撃で倒せる威力が十分にあった。
それを"耐える"のではなく霧散させてしまうなど、想像だにしていなかった。
状況を見極めていたロットは前に出過ぎず、尚も立ち上がる事ができないヴァンとファルの防御に専念していく。
聴覚が人種よりも優れた獣人である二人には、先程の攻撃が途轍もない威力として影響を及ぼしていた。
イリスも強化型魔法剣を発動してグラディルへと攻撃を繰り出すも、ダメージは微量程度のものしか与えられず、その手応えも全く感じなかった事に眉を寄せていく。
充填法が一切効かないと思われるところから察すると、恐らくこのグラディルは、強力な魔法保護結界を使っている事と推察する。
正確にはそれに近い技術だと思われるが、これだけの強力な力で体を防護しているとなれば非常に厄介な事となるだろう。
それはつまり、ヴァン達だけでなく、ルイーゼやヴィオラですら対抗できない相手だと言えてしまう。
そんなこと考えたくもないが、現実にこれだけの耐久性と魔法耐性を持たれてしまうと、厄介どころでは無くなってしまう。
あのギルアムでさえ、存在を疑いたくなる相手だった。
しかし、目の前のこれは、それ以上の存在である事は間違いないだろう。
そして問題は"どれ程強いのか"ではなく、"これ以上の耐久性だと危険"という範囲を超えてしまっている点だろう。
ダメージを与えられないのであれば、眼前のグラディルを討伐できると思われる存在は今現在において、イリスのみではないだろうか。
だとすると非常に危険な存在となる。
こんなものが闊歩する世界となれば、それこそ文字通り世界が破滅へと向かう。
レティシアが成そうとしている事も、もしかしたら阻止されてしまうかもしれない。
魔力で耐久性を底上げしている以上、いずれはマナも尽き、倒す事も可能ではあるだろうが、それには恐らく、かなりの犠牲者を出してしまう事は想像に難くない。
思いを巡らせるイリスだったが、強制的に現実へと引き戻されてしまう攻撃をグラディルは放とうとしていた。
軽くではあるが傷を負わされた事で、怒り狂うかのような凄まじい咆哮を上げる。
その強烈な共鳴波と似ているものを発生させ、数歩下がらされてしまうイリス達。
しかしそのお蔭でこれに何が含んでいるのかをはっきりと理解出来たイリスだった。
これはマナが込められた共鳴波だ。
あのドレイクもブレスに含ませる事で、絶大な威力を見せていた。
共鳴波の威力は二つの保護魔法の効果で激減する事ができたが、吹き飛ばされてしまいそうになるほどの衝撃波を発生させ、思わずその場で防御してしまった。
「ごめん! やっと戻れた!」
「こっちもだ!」
最初の攻撃から平衡感覚が乱されてしまっていた二人が回復し、その元気に立ち上がる姿に安堵するイリス達。
その様子が腹立たしかったのか、ファルへと黒い塊が声を上げながら迫っていった。




