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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"悪目立ちするよりも"


 野営地を出立して既に日が傾いた頃、最後の野営をしていたイリス達。

 ここからツィードまではあと三アワールほどという目と鼻の先となっているが、夜道を進む事になるので、安全を考慮して一泊する事にした。


 これに関して異論など出る筈もないどころか、寧ろホルスト達に喜ばれてしまった。

 余程イリスの料理を食べたかったのだろう事は、それを食している彼らを見ればわかるのだが、相も変わらず瞳を閉じながら涙を流して余韻に浸っているファルだった。

 今まで一体どんなものを食べてきたのか心配になってしまうイリスだったが、それを言葉にしてしまうと色々と衝撃を受けそうだったので遠慮したようだ。


 再びイリスとエステルの光景を目の当たりにしたホルスト達だったが、流石に昨日の今日では未だ衝撃的に見えるようで、言葉を失いながらも横目に彼女たちを見ていた。

 唯一、アメリーだけは瞳を瞑りながら右こぶしを強く強く握り締め、小さいながらも力を感じる声色で言葉にしていった。


「……この感動を"同士"に伝えたいッ!」


 そんな彼女の反応にどん引いていた一同は、何も見ず、何も聞いていなかった事にしてしまったようだ。



 早朝に出立したイリス達は、真っ直ぐ街道を進んでいく。

 予定通りツィードが見えてきた事に安堵しつつ、いつものように荷台から身体を乗り出しながら三姉妹の姿に、思わず微笑んでしまうホルスト達だった。


 徐々に大きく見えてくる街に違和感を感じるヴァンが、ぴくりと眉を寄せていく。


「ファル、少しいいだろうか?」


 流石にこの距離からではイリス達には見えない。

 確認をする為にヴァンは自分よりも視力のいいファルを御者台から声をかけていく。

 イリス達の背中を横目にしながら周囲の警戒をしているファルは、首を傾げながら御者台に顔を出していった。


「ん? どしたの?」

「ツィード街門辺りに何か違和感を感じるんだが、何か見えるだろうか?」

「街門?」


 ヴァンに言われるまま指定された場所を見つつ目を細めていくファルだったが、すぐさま血の気を引かせて大きな声を上げていった。


「何か黒い魔物がいるよ!! 街門を攻撃してる!!」

「なんだと!?」


 珍しくヴァンが大きな声を上げてしまい、馬車内の空気が一気に張り詰めていく。

 ホルスト達もツィード街門へと視線を向けていくも、これだけ離れているとまだ見えない。獣人の中でも視力の良い猫人種(ねこひとしゅ)だからこそ可能とすることではあるが、だからといって一気にこれほどの距離を詰められる訳ではない。

 すぐさまイリスは、全員に指示を出していく。


「ヴァンさん、エステルに走って貰って、急ぎツィードへ向かいましょう!

 皆さんはいつでも戦えるように警戒を緩めないで下さい!」


 エステルを走らせるヴァン。

 ここからだと、まだ十ミィルはかかりそうなほどの距離がある。

 不吉な予感を感じたイリスは、御者台にいるヴァンとロットの間に飛び乗り、小さく言葉にしていった。


「"遠望(ディスタント・ヴュー)"」


 遠目が利くようにしたイリスは詳細を目視する為、街門を攻撃している存在に視線を集中していくも、眉を寄せながらホルスト達に聞こえないほどの小さな声を発した。


「……グラディル」


 思わず視線のみイリスに向けるヴァンとロット。その表情はとても驚いたものをしていたが、彼らは瞬時にそれを戒め、心を落ち着かせて視線を正面へと向けていった。

 ここでホルスト達に危険種の存在だと知られると、何故それを知ることが出来たのかと疑問を持たれることになる。瞬時にそれを理解し、対応した二人だった。

 流石に猫人種(ねこひとしゅ)であるファルには聞こえていたが、それに反応を示すことはなかった。


 グラディルとは、ギルド討伐指定危険種に認定されている魔物だ。

 姿形はディアに似ているが、そんなものとは遥かに違う獰猛さと破壊力を持った凄まじい存在で、全体を漆黒の体毛で覆われた二百八十センルは優にある体躯に、強靭な脚から繰り出される攻撃は、重厚な鎧を粉砕し、冒険者を吹き飛ばすだけの威力を持つ。


 決定的にディアと違うのは、グラディルの口内には鋭い牙が生えている点だ。

 噛み付きも頻繁にしてくるとギルドに報告されているらしく、一度噛まれてしまえば、合金製の鎧や盾だけでなく、鋭い剣でさえもひと噛みで砕かれてしまうだろう。


 そのどれもが一撃で致命傷になりかねない危険な相手なのだが、注目するべきはそこではなく、頭に生えている鋭い角になる。

 歪で不規則に突き刺さったかのような頭部の角が幾重にも重なり、大岩でも軽々と砕くだけの破壊力を持っている。当然そんなものを生身で受ければただでは済まない。一撃で致命傷を受けることになるだろう。

 絶対に当たってはいけないものと言われているもので、防御すらしてはならないと、グラディルと対峙して生き残った冒険者が魔物学者へ言葉にしていた。


 性格は獰猛かつ残忍。ひとたび視線に目標を捕らえると執拗に追い回し、確実に息の根を止めにかかる狡猾さを持っている。

 危険種の中での強さで言うならば、ギルアムよりも下と言われてはいるのだが、その瞬間的な破壊力はギルアム以上である事は間違いない。

 脚力を含め、ギルアムとは比較にならないほどの攻撃力を持つと言われているが、問題はそこではなく、"あの二匹目"のような魔法を持つ可能性があるという点だろう。


 もしそんな存在であれば、充填法(チャージ)を使えない冒険者では対処のしようがない。

 たとえ使えたとしても抑えることが精一杯になるはずだが、ツィードへと向かっているイリス達であれば、その対処も可能となる。


 しかし、問題は他にもある。

 いや、そちらの方が問題に思えてならないイリスは、すぐに怪訝そうな表情へと変えながら考え始める。


 ……また(・・)危険種だ。

 これだけ行く先々で遭遇するなど、まずあり得ない。

 いっそ私の向かう場所に出現しているのかと思えてしまうほどに。


 ……いえ、寧ろこれは、幸運な事なのかもしれない。

 危険種相手に一般的な兵士や冒険者の強さでは、犠牲者を出しかねない。

 でも私達であれば討伐も可能だと思えるから、人的被害を最小限に抑えられる。

 断定する事や過信する事は危険だけれど、冷静に判断しても倒せるのは私達が適任だと思える。ならばこのまま進み、私達が早急に決着をつけるのが最善なはず。


 ……本当に危なくなったら私だけ先行し、一気に勝負を決める。

 もう二度とあんな危険な事などできない。相手を過小評価してはダメだ。

 ドレイクほどではないにしても、あれらは特に危険な相手だ。

 いざとなったら、一瞬で刈り取る覚悟で戦わなければならない。

 悪目立ちする事よりも、人命を何よりも優先するべきなのだから――。



 ドレイク戦で身に染みたイリスに、揺らぐ気持ちなどもう持ち合わせていない。

 そんなものを持っていれば自身だけでなく、大切な誰かを失いかねないのだから。

 だが幸い、強固な壁を砕かれるような気配もなく、このまま討伐へと迎えると予想するイリスは少々胸を撫で下ろしていくも、その期待を裏切られてしまう影が街道へと接近してしまう。


「――! 三時ボア1! 百三十メートラ! 四時ボア1! 百四十メートラ!」

「このタイミングでの戦闘は厄介だぞ。どうする?」

「俺達が行こう!」


 ヴァンの言葉を返すホルストは、続けて全員に聞こえるように声を上げていった。


「左に馬車を迂回しながらやり過ごしてくれ! そのままボア前方に出たら、俺達四人がボアを討伐する! ファルはイリスさん達と街門を攻撃している存在を潰してくれ!

 並の魔物じゃとっくに討伐されてる筈だ! 危険種の可能性があるとなれば、俺達は邪魔になりかねない! 俺たちはここまでで十分だ! 後は歩いてツィードへ向かう! 気にせずに先に進んでくれ!」

「分かりました! お願いします!」


 ホルストの指示に従ってエステルを走らせ、ボアを左に避けるように馬車を迂回させる。ボアもこちらの存在に気が付いたようで、声を高らかに上げながら追ってきた。

 距離を確認しながらエステルの速度を緩めていくと、ホルスト達は言葉にしていく。


「行くぞ!」

「はい!」

「ええ!」

「ああ!」


 馬車から飛び出す彼らを確認したヴァンは、再びエステルを走らせていった。

 荷台へと飛び移ったイリスは、ホルスト達へと声をかけていく。


「ありがとうございます! 皆さん! どうかご無事で! ツィードでお逢いしましょう!」


 その言葉に思わず背中を向けながら微笑んでしまうホルスト達は、各々口にした。


「ありがとう、か。そいつは俺達の言葉なんだがな」

「そうよね。まさかお礼を言われるなんて、思ってなかったわ」

「美味い飯まで食わせて貰って、馬車で街の近くまで送って貰えて、何より仲間の救出までして貰った俺達は、感謝してもしきれないんだがな」

「ならば僕達にできる事くらいはと思ったのですが、お礼を言われてしまいましたね」


 今にも迫ろうかというボアを視界から外す事なく、小さく笑い出していったホルスト達は、えも言われぬ不思議な気持ちになっていたが、苛立たしい声を上げながら迫るボアを睨みつけ、武器を構えながら言葉にしていった。


「まぁ、今はまず、あれを倒すぞ! 今夜はボア鍋だ!!」

「「「おう!!」」」


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