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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"弱過ぎる"

 

 合流するシルヴィアとファルに魔法をかけ直したイリスは、心情を必死に隠しながら二人に指示を出していくも、その様子は今まで見た事がないほど狼狽していた。


「お二人はすぐに三層を抜け、脱出して下さい! 途中の二匹には最大限の警戒を!

現在でもそれら以外には敵は見当たりません! 私はここで地底魔物(クリーチャー)を抑えます!」

「――な、何を仰るんですか! こんな時だからこそ――」


 イリスの言葉に驚きながらも容認出来ないといった意思を示すシルヴィアだったが、会話の途中でファルが彼女の腕を掴み、それを遮りながらとても真剣な表情で短く言葉にしていく。


「大丈夫?」

「はい! 大丈夫です! 私にもやるべき事があります! 絶対に戻ります!」

「……分かった」

「――ファルさん!?」


 シルヴィアの腕を引きながら、その場を後にしようとするファル。

 あまりの事に思考が追い付かず、強い戸惑いを見せるシルヴィアだったが、そんな彼女に構う事なく連れ歩く足を数歩進めてファルはその場に止まり、振り向きながらイリスに言葉をかけていく。


「イリス。1アワールだ。二層の巨大空間に辿り着いてから、1アワールだけ待つ。

 もしそれまでに合流出来なければ、あたし達はイリスを探しにここまで戻って来る。

 いいね? 1アワールだよ?」

「はい! 必ず戻ると約束します! 行って下さい!」

「バッグを置いていく。こっちの事は心配はしないで。無事に辿り着いてみせるから」


 ありがとうございますと笑顔で強く言葉を返したイリスに、胸が貫かれたような激しい痛みを感じるファルだったが、表情に出す事を拒絶しながら振り返り、歩みを進めていく。

 背を向けたイリスには見えなかったが、悲痛さに歪んでしまっている顔を横目にしたシルヴィアは言葉をかける事が出来ず、漸く自身に置かれた状況とするべき事を見据えられたようだ。


 腕を引っ張る手にそっとシルヴィアが触れると、ファルは彼女を見ながら腕に込めた力を緩め、立ち止まりながらその手を放していく。

 シルヴィアはイリスに向き直りながら、言葉をかけていった。


「……イリスさん。どうか、無茶をなさらないで下さいね」

「はい! 大丈夫です! シルヴィアさんも気を付けて先に進んで下さい!」


 二層で待っています。そう言葉をかけて、二人は三層へと繋がる細い道を急ぎ、走ってその場を離れていった。


 しんと静まり返るとてもとても広い空間に、ぽつりと一人佇むイリス。

 すぐさまここは戦場となるだろう。敵影は軽く見ても百二十。そのどれもが危険種並の強さを持つだろう事は想像に難くない。

 だがギルアムほどの危険種ではないはずだ。それは先ほど倒した三匹と転がる黒いモノが既に実証しているし、あれほどの強さの存在ではないと思われた。

 一斉にこちらへと迫り来る膨大な敵を前に、イリスはその後方にゆっくりと動いている一つの印に注目する。彼女の想像通りならばそういった存在なのだろうが、まずはそれが合流するまでに数を可能な限り減らさなければならないだろう。


 ファルは全てを察してくれてイリスを信頼し、バッグを残してくれた。

 ここには食料と薬が入っている。彼女にいくつか渡してあるので残りのポーションはライフポーション十五、スタミナポーション六、マナポーション十七となる。

 これが生命線になるだろう。出来るだけ温存しつつ戦うのが最善だと思われるが、そうはいかないほどの数がイリスへと迫りつつある。

 おまけに"風よ切り裂け(ウィンド・スラッシュ)"では倒しきれない相手ともなれば、この言の葉(ワード)を使うウィンド系魔法のほぼ全てが致命傷を与えられないと考えた方がいいだろう。


 ウィンドとは風を意味する言葉であるが、ここにそれほどの威力はなく、他の言葉を組み合わせる事でその力をより強める事が出来る。

 例えるならネヴィアの使う『水よ』という言葉。言うならばこれは属性の言葉であり、魔法を発動する際に必ず必要になると今の世界では広まっている知識である。

 この言葉を『大水』に変えるだけでも、目に見えてその変化を感じられるように威力を上げる事が出来るのだが、彼女は既にそういった現在の言の葉(ワード)の使い方をしていない。


 魔法とは想像力次第で力を強める事が出来る。

 ネヴィアがその言葉を魔法発動時に言い放つのは、イメージが掴み易い為だ。

 これは師であるリーサの教えではあるのだが、その効果は絶大で、飛躍的に魔法の威力が上がったと言えるほどのものにまで高められていた。


 ここに"言葉の質"と言われるものを変えていく事で、その効果を劇的に変化させる事が出来るようになる。

 イリスの"ウィンド"を別の言葉に変えるだけで、威力も、時にはその本質すらも劇的に変えてしまうもの、また変え得る可能性を秘めたもの。これが本来の言の葉(ワード)だ。


 ここにレティシアは、世界に嘘を混ぜ込んでいった。

 嘘を信じ込ませるには、ほんの少しの真実を混ぜる事が効果的だからという意味も含まれるが、何よりも彼女は、この力の流出を恐れた。

 眷属と呼ばれるあんな存在(もの)が現れては世界が本当に滅びかねないし、この力を悪用する者が出ないとも限らない。必要以上に過ぎた力を後世に遺したくなかった彼女は、嘘で塗り固めた真実の種を世界に蒔く事で、世界を救おうとしたのだろう。

 これについては、確たるものとして彼女の口から聞く事が出来なかったイリスだったが、もう一度会った時には全ての真実を話してくれると信じている。


 それもこの場を切り抜けねば潰えてしまう事ではあるのだが、世界の真実を知る事よりも、イリスには彼女に逢わなくてはならない理由が出来てしまっている。

 彼女に想いを伝える事もなく、こんなところで眠る訳には絶対にいかないのだから。



 だが、ウィンドが効き難い点は非常に厄介だ。

 このままでは手負いに囲まれてしまう事は明白だし、手負い程度で怯むような存在でもない。逃げる事など絶対にしないし、傷を負えば負うほど殺意を向けて来るおぞましい存在なのだから、手加減など出来る訳もない。


 まずは一段階魔法を上げ、それでも通用しないのであれば、更なる強い魔法を使えばいい。最悪の場合は、それ以上も想定しなければならないだろう。一瞬の躊躇いや油断が命を刈り取られる事に直結する。油断なく、集中しつつ、確実に魔法を発動させなければならない。


 幸い二人は先に進んでくれたのだから、周囲を気にする事無く魔法を使う事は出来るだろうが、ダンジョンの耐久性にも注意を払わなければならない。あまり強力な魔法はなるべく避け、様子を見ながら段階を上げていこうとイリスは考える。

 だがこれも彼女の想定通りであるのならば、それも杞憂に終わるだろう。

 だからこそこの場に大量の地底魔物(クリーチャー)がいない、という話に繋がるのだから、これも恐らく戦闘となったら、それが解消されるように理解する事が出来ると思われた。


 イリスは冷静に考えながら、集中力を高めていく。

 退路となる三層への道を今更塞いだところで、無意味だろう。

 地底魔物(クリーチャー)はそんな存在ではない。まず間違いなくイリスを攻めて来ると彼女は推察していた。そして退路を断ったとしても無駄だろう。あれらは穴を掘り進んでしまう(・・・・・・・・・・)のだから、そんな事をしてもまた新たに穴を作られるだけだ。

 ならばこちらに意識を集中させ、シルヴィア達へ向かわせなければいい。

 不幸中の幸いで、どうやら迫り来る多数の存在は四層のみに限定されているようだ。五層以下の動きに変化は見られず安堵したいところだが、これはまた違う意味を含んでいる。それの確証が持てる判断が出来るのは、後ろにいる一匹の姿が見えてからになるのだろうとイリスは推察していた。


「"保護結界プロテクション・カバー"、"魔法保護結界マナプロテクション・カバー"、広範囲防音空間イクステンシブ・サウンドプルーフ

 "攻撃力増加インクリース・アタックパワー"、"持久力増加インクリース・スタミナエンハンスメント"、"集中力増加インクリース・コンセントレーション"」


 能力上昇魔法を自身に、保護魔法を自身と担いだバッグに(・・・・)かけ、巨大空間全体を防音魔法で覆ったイリスは、二人に使った魔法の疲れも一緒にマナポーションで癒していく。これで先ほどのような事もされないだろうと考えながら、転がるそれ(・・)を一瞥した。

 マナポーションの残り本数は十六本だ。大切に飲まねばならない。

 爽やかな香りに包まれながら、心までも癒されているかのようだった。


 どうやら本当に、彼女の悪い予感が的中し続けているらしい。

 自身の推察全てが当たっているとは思わないが、それでも大凡は正しい考えなのだとイリスは感じていた。

 徐々に穴から這い出て来るおぞましいそれらに、イリスはセレスティアを抜き放ち、精神を鋭く研ぎ澄ませていく。

 天井から、横壁から、イリス達が通って来た場所から、ありとあらゆる通路からやって来る多数の存在に、剣を向けるイリスは魔法を放っていった。


 *  *   


 三層のとても大きな通路をひた走るシルヴィアとファル。

 四層よりも更に大きくなっていく通路に違和感を感じる余裕もなく、イリスのかけてくれた"道標(ガイドポスト)"が示す最短距離をひたすらに走っていた。


 彼女を一人残してしまった事に、物凄い罪悪感を感じるシルヴィア。

 だが彼女はもう気が付いている。自分が居ればイリスの邪魔になってしまうのだと。

 そして自分が居なければ、彼女は心置きなく十全に魔法を使う事が出来るのだと。

 洞穴前で誓った言葉が彼女の脳裏に過る。誓ったはずの言葉が、急に軽薄に思えた。


 こんなはずではなかった。こんなはずでは……。


 あの時シルヴィアは、確かに覚悟を示したのだ。

『自分自身の命を失う事になろうとも、貴女を独りで向かわせたくはない』と。

 強く、強く誓ったはずだった。


 そうしたかった。でも、そうする訳にはいかなかった。

 あの場に残り、イリスと共に戦うと願う事は、子供の我儘だ。

 自身の感情を優先させて行動する事など、彼女には出来なかった。


 そこに自身の命一つなら、幾らでも懸けられる。彼女の為になるのならば。

 だがそこに、イリスの命が関わって来るとなれば、話は全く違った意味となる。

 自分のせいで大切な友人を危険に晒す事など、彼女には出来る訳がない。


 必死に悩んで、必死に考えて、でも、どうしようもなくて、それでも何とかしてあげたくて。結局自分に出来る事など、この場を去る事しかないのだと思い知らされた。

『どうか、無茶をなさらないで』なんて、無責任な言葉を投げ放って、結局自分はイリスの力になれずに逃げている。これのなんと愚かな事なのだろうか。


 そうせざるを得ない"現実"が、シルヴィアを襲い続ける。

 彼女に出来る事など、これしかない。本当にこれしかなかった。

 "信じて待つ"という残酷なものしか、彼女には選択肢が与えられていない。



 だが、ファルは違う。彼女は違っていた。

 彼女には、そんな選択肢すら与えられていない。

 シルヴィアですら戦う事を許されなかったが、彼女とは決定的に違っていた。


 ……ではあたしは何だ? あたしに何が出来た? 何が最善なんだ?


 彼女は自身に問いかける。走り続けながら問いかける。

 答えなど既に出ている、救いようのない絶望を孕んだ答えを求めて問い続ける。


 ……そうだ。あたしには何も出来ない。

 戦う事すら許されなかったのではない。

 それを考慮するに値しないほどの存在なんだ、あたしは。

 地底魔物(クリーチャー)ですら倒せないような者がいる事を許されるような場所ではない。

 いられるだけ邪魔ですらない。"そんな対象にすらならない"んだ、あたしの強さは。


 悔しさのあまり、自分自身に腹が立つ。

 あまりの怒りに、今すぐにでも自分自身に怒鳴り散らしてしまいそうになる。

 あんなに切迫した状況で、イリスの力になれないなんて。

 たとえガントレットを持っていたところで、たとえ装具を完全武装していたところで、今のあたしじゃ何の役にも立たない。

 そういう存在を、イリスは今、相手にしていないのだから。


 ……あたしは弱い。……弱いんだ。

 一緒に戦う事すら考慮されないほどに、弱過ぎるんだ。

 

 イリスがそんな風に思う事がないのも分かっている。

 彼女はただ、それが一番最善だと知った上で選択している。

 大切な仲間だと思っているからこそ、イリスはたった一人で残ったんだ。


 ……でも、現実は、そう言っているんだ。

 あたしの中のあたしがそう言っているんだ。


 お前は弱過ぎる。話にすらならないほどに、と。


 こんなに悔しい事が今まであっただろうか。

 こんなに激しく力を渇望した事がこれまであっただろうか。


 大切な仲間をたった一人で死地に残し、自分は戦う事も出来ないほどの弱さで逃げる事しか許されない。

 最悪だ。これ以上ないほどに最悪だ。無力な自分に腹が立って仕方がない!



 強く歯を食いしばるファルの口元から、血が伝っていく。


 その様子を見たシルヴィアは、彼女の想いに漸く気が付く事が出来た頃、鉢合わせる可能性がある最後の敵の場所を視界に捉えていった。


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