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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"それに匹敵する"


 転がるそれ(・・)を詳しく調べていくイリス。

 見ただけで異質なモノだとは容易に理解出来るが、じっくりと観察していくと様々な事が分かって来た。


 形状はある魔物に酷似しているように思える。

 正確には、構造や生態がそれに一番近いと推定されるという程度の確たるものではないのだが、恐らくイリスは自身の考えが当たっていると考えていたようだ。

 ある程度の推察を二人に述べていくも、五層を歩いている時に考えていた事は伏せた上で、彼女は言葉にしていった。


「……形状から察すると、洞窟内で極稀に現れるという"モール"と呼ばれる存在に近いのではないでしょうか。この鋭い爪も、円筒形の長い胴体も、耳介が無く、鼻先が伸びている点も。全てがモールの特徴を色濃く感じられます。ですが……」


 言葉を濁すイリスだったが、冷静さを取り戻したファルが、彼女が気になっている点を代わりに答えていった。


「……そうか。モールであれば、小さくとも眼があるはずだね。

 でも、これには……うん。やっぱり、ないように見える」

「……どういう事ですの? そのモールという魔物ではないのですか?」


 それだけ似通った点があれば、モールの新種なのではないだろうかと思ってしまうシルヴィアだったが、二人は明らかにそれではないと言葉にする。


「一般的な魔物であれば、どんなものにも眼はあると思うんですが、これにはそれが無いんです。皮膚に隠れるほど小さいものがあるかもと思ってはいたんですが、どうやらどこにもないみたいですね。……一体どうやってこちらを感知するんでしょうか」

「尤も、ここはダンジョンだからね。異質な存在の方が常識なのかもしれないけど。

 ……でもさ、これ、見てよ……」

「……な、なんですの、これ……」


 ファルが自前のダガーの切っ先でそれ(・・)の口と思われる場所を広げていくと、口内全体に何層にも連なる鋭い矢じりのようなものが、数えるのも億劫なほどびっしりと敷き詰められていた。

 こんなものに噛まれてしまえば、どんな恐ろしい事になるのかも想像したくない。

 口内を睨み付けるように見つめながらファルは言葉にするも、その声色は悪い夢の中にいるのではないだろうかと、現実から目を背けているかのようにも感じられた。


「……あたしはこんな魔物、見た事も聞いた事もないよ。

 ……本当にこの場所は異質なんだ。ここは、この場所は、今までの常識が一切通じない危険極まりない世界で、あたし達が踏み入っていいような場所じゃないんだよ……」


 額から汗を流しながら、低い声で言葉にするファルだったが、転がるそれらの身体的なおぞましさだけを言っている訳ではなかった。

 何よりもその事を一番肌で感じさせられてしまった彼女は、言葉を続けていく。


「……こいつは、危険種並の存在だよ。

 五匹纏めての話なんかじゃない。一匹一匹が、それに匹敵するんだ。

 ……ううん、違う。危険種であれば、あたしの攻撃は通るんだ。……並の危険種じゃない存在だって……。でも……これは……」

「……ファルさん?」


 イリスの言葉に、呟くように独り言が出てしまっていたファルは、視線を彼女へと向けていく。

 どうやら少々深く考え過ぎていたようで、二人を心配させてしまっていたらしい。


「ごめんごめん。何でもないよ。……いや、あるか。

 問題はこの耐久性だね。明らかに異常なほどの硬さだった」

「耐久性については心当たりがあります」

「心当たり、ですの?」


 そう言葉にするイリスはそれについての話をしていくも、シルヴィアは勿論、ファルでさえも頭の片隅には考えていた事ではあったようで、その事を口にしても然程驚きはしなかった。


「表皮に覆われた、このぶよぶよとしているもの。これがファルさんの攻撃を吸収し、

ダガーですらも通さなかった強固な鎧として、これらを護っているようです。

 恐らくはそれだけでなく、あの眷属と同じ"ブースト持ち"だと思われます」

「……眷属……。一年半くらい前にフィルベルグを襲った、魔法を使うあれ(・・)と同質の存在って事だね。噂には聞いていたけど、正直、話半分に考えてたよ……。

 でも……。ううん、そうだね、それが一番しっくり来る……」

「で、ですが、それほどの存在が――」


 いるとは思えない、そう言葉にしようとしたシルヴィアは凍り付いてしまう。

 既に彼女自身もそれ(・・)と遭遇してしまっている。エルマ周辺の森で、とんでもない規格外の怪物と。その巨体の姿が、その俊敏な動きが、その尋常じゃない強靭な強さが一瞬で、本人の意思を無視して強制的に思い起こさせていく。


 そんな血の気が引いている彼女の様子から察したファルは、他にも出遭ったんだねと、緊張した声色で尋ねてしまったのも仕方がないと思われた。

 シルヴィアだけでなく、イリスも同じように凍り付きながら考えを巡らせていたのだから、ファルが気付かない筈もないだろう。


 ここでその事について黙っていても良くないと思える気持ちと、言葉にしたところで何の解決にもならないだけではなく、余計な不安感を煽るだけなのではないだろうかという気持ちに挟まれながらも、イリスはぽつりとその時の事を話していった。

 流石に異質な存在と言わざるを得ない危険種に、青ざめてしまうファルではあったが、心を落ち着かせてから言葉にする。


「……なるほど。そんな存在がいたのか。でも、そうなると更に問題が出て来るよ」


 転がるそれ(・・)を見つめながら言葉にするファルは、指でさしつつ話をしていった。


「……見て。イリスの使った魔法の後を。

 地面をも鋭く抉り、凄まじい風圧に行動を制限する事は出来たのに、ギルアムに使った時の話とは違うと思えるほどの効果を見せているよ。

 話の通りであるのなら、まるで切り刻まれるかのような痕が残るはず。……でも、これは……」

「……傷痕が、少ない、ですわね……。これはつまり、イリスさんの魔法が効き難い相手、という事でしょうか……」


 シルヴィアの言う通りだとすると、非常に厄介な相手となる。

 勿論、込めた魔力次第で、その強さを劇的に変化させる事が出来るのが本来の言の葉(ワード)であり、それを"想いの力"と融合させることで、更なる強固なものとしてレティシアが確立させたのが真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースである。

 ここにあの時のギルアムへ使かわれた魔法と細かく比べるのであれば、その時に込めた魔力は今回とは比較にならないほどのものとなっている。


 その理由の一つとして、あの時のイリスは、並々ならぬ覚悟の上で初めて攻撃魔法を使った。それも『ここで倒さねば仲間が危険になる』という強い想いの下に発動させた魔力に込められた魔力量は、凄まじいものがあったと言えるだろう。

 それは、あの時から大して日数が経たずにここまで来ているというのに、十六もの真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを重ね掛けしても尚意識を正常に保てている事が、まるで証明しているかのようだった。


 イリスのマナ総量は途轍もないと言えるものを、既に所持していると思われた。

 それはこの世界の魔術師(キャスター)を何十人集めようが、それでも足りないかもしれないと言えるほど膨大なものを、この小さいと言える身体の中に保持してしまっている。

 正確な総量など、最早調べる事も困難なほどに。


 しかしイリスには、レティシアが託してくれた知識がある。

 それに詳しく調べる方法が載っている訳でもないのだが、細かな情報をかき集めて統合していくと、イリスの強さはレティシアの時代では並の存在ではないものの、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを扱える者の中でも最弱である事は、未だ変わる事の無い事実だと断言出来た。

 当然ここに戦闘経験や技術などの要素を加えると、それに乏しい彼女は比較対象にすらならないのだが、あくまでもこれは魔力総量と魔法技術の差を単純に表したものである。


 この力を使い続ければ強くなる事も、実際に体感出来るようになって来ているイリスは、強くなって来ていると実感もしているだが、あの二匹目のギルアム戦でイリスは意識障害を起こしてしまっていた。

 魔法とはイメージ。想像力次第でその強さも、形すらも変える力である。

 ここに込められた想いによって強さを変える"想いの力"も合わさり、あの時のイリスはとんでもない物を込めていた事は間違いないと本人も理解していた。


 覚悟の差や決意の差、といったものでも言い換える事が出来るかもしれない。

 強い決意と覚悟の下に放ったものと、支援として動きを封じる為に使う魔法。

 どちらが強いのかなど、言葉にするまでもないだろう。


 つまり今回の"風の囁きウィスパー・オブ・ウィンド"は、それほど強力に発動していないという事に他ならないのだが、こんなものは言い訳に過ぎない。

 問題は、そういった力の強弱を考慮した上で、それでも与える事が出来たダメージが微量だったと言わざるを得ない所だ。ここにイリスは驚愕していた。

"風の囁きウィスパー・オブ・ウィンド"の威力などではなく、"風よ切り裂け(ウィンド・スラッシュ)"のダメージにだ。


 前者は攻撃魔法などではなく、ただの風属性魔法の練習となる子供の遊び道具の一つにもなっているものであり、殺傷能力は皆無である。

 ここに"想いの力"を融合させた技術を組み合わせる事で、あたかも攻撃魔法のような威力を見せているが、その実、後者の魔法に比べれば威力などあってないようなものである。


 しかし、"風よ切り裂け(ウィンド・スラッシュ)"は攻撃魔法だ。

 当然、初級どころか、初歩的な魔法ではあるし、"風の囁きウィスパー・オブ・ウィンド"に込められた魔力量を考慮したとしても、攻撃魔法となるその威力は間違いなく本物であり、そよ風(・・・)など比較にすらならないほどの強さを見せる。

 それだけのものをあれ(・・)は耐えたのだ。ここにイリスが驚愕しない訳がない。

 それほどの意味を、たった一度攻撃魔法を放った瞬間に彼女は理解し、血の気を引かせながらも止めに向かって駆けていった。

 不意を突いた事もあり、無事に討伐には成功するものの、正直なところ本当に悪い方向へと転がりつつあるように思えてならないイリスだった。


 だからといってファルだけでなく、強化型魔法剣チャージ・マナブレードを使ったシルヴィアの攻撃まで通じないかと言えば、それはあり得ないと思われた。

 現に彼女は、二匹の地底魔物(クリーチャー)を撃破している。

 多少危ういところを見せはしたが、次は油断なく戦う事が出来るだろう。


 しかしこんなものが大量に闊歩しているとなると、話はまるで変って来てしまう。

 もしこれ程の強さの存在を外へと大量に出してしまえば、最悪世界が滅びかねない。

 これを倒せる者など、世界には数人しかいないのだから、数千匹のこれらを抑える事など絶対に不可能だ。


 本当に世界は、色々な意味で微妙な立場の上に成り立っているのだと理解出来る。


 この事をレティシア様達は知っていたのだろうか。それとも知った上で、それでも眷属への対応策として言の葉(ワード)を制限せざるを得なかったのだろうか。


 ……いや、ここまで来れば大凡の事は見えて来る。恐らくはそういう事(・・・・・)なのだろう。

 何故こんな存在が生まれるのかは未だ分からないが、薄ぼんやりとではあるものの、彼女達がしようとしている事が見えて来た。

 それには必ず、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースが必要となる事も含めて。


 魔法の存在、石碑の位置、彼女達が石碑にいる理由、魔物の存在、世界の秘密。

 徐々にではあるが、その全てが見えつつあったイリスは、決意を強く持ち直す。


 まずはこの場所を抜けなくてはならない。

 大切な想いを伝える事も、世界の秘密を彼女自身の口から聞かねばならないことも、全てはここを、無事に脱出してからの事なのだから。


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