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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
274/543

"お茶にするなら"

 

 ニノンを出立して四日目。

 ツィード到着まであと二日と少々、といったところだろう。


 空は晴れ渡り、夏特有のじんわりとした太陽が照り付ける中、イリス達は徐々に魔物の数が増えて来たと思えるまでの変化を感じていた。


 この辺りはまだ、今までとは別の魔物が出たりはしないようだ。

 だが問題は、その数が多く見られるようになったと思えた。

 徐々に増えつつある魔物を狩りながら進むツィードへの道のりで、ニノンを旅立ってから既に五匹の魔物を討伐していた。それも正確に言えばここ二日の間での事となる。


 魔物の種類自体が変わっている訳ではないが、ツィードを二日ほど進んで行くと、そこはもうリシルア領となり、魔物に変化が見られるらしいとイリスは勉強していた。

 まだこの辺りでは特に変化もないようなので、引き続きディアやボアの襲撃に警戒をすればいいだろう。


 荷台で会話をしながらも、しっかりと警戒を続けていく女性達。

 警報(アラーム)を発動させているとはいえ、慢心せずに周囲に視線を配っていく。



 そろそろ昼といったところで歩みを止め、エステルも馬車から外したイリス達は、休憩を取っていった。


 最近になって分かった事がある。

 どうやらエステルにも警報(アラーム)の効果を理解出来るらしく、手綱で彼女を誘導する事無く、魔物を避けて道を進めるようになった。

 何故彼女が道を逸れるように移動したのかイリス達にも伝わっているので、それを注意する事も、手綱を引いて道を戻す事もなく、エステルにお任せしながらの旅路となっている。


 そんな姿にシルヴィアは、エステル任せの旅も楽しそうですわねと、輝いた瞳でとても楽しそうに言葉にしていた。


 野営中は彼女も食事をする為、注意力が散漫になり易い。

 そこで常に警報(アラーム)を使う事により、少々エステルが離れて食事をしていても、安全を確保する事が出来るようになった。

 一度魔物の索敵範囲とは程遠い場所から野営地の近くまで魔物が来た事はあったが、そんな様子を察した彼女は食事を止め、すぐにイリスの元へとやって来た。


 しっかりと魔法の効果を理解している姿に賢い子だと考えてしまうが、元々動物とは、人よりも遥かに危険察知能力の優れた生き物だというくらいだし、エステルが特別な訳ではないのかもしれないのだが。


 そんな彼女は、今もイリス達から少しだけ離れて美味しそうに草を食べている。

 時たま揺れる尻尾がとても可愛らしく、そして嬉しそうな気持ちを表しているかのようにイリス達には見えた。


「……魔法とは、一体何なのでしょうね」


 ネヴィアが鍋に出している水を見つめながら、ぽつりと言葉にするシルヴィア。

 それはイリスがこの世界に来て、それほど時間が経たずに疑問に思った事ではあるが、あくまでも彼女は、魔法がなかった世界から来ているから考えられたものであり、この魔法と呼ばれた技術がありふれた、あって当たり前と言われる世界の住民であるシルヴィアが、その問いに至る事そのものが異質なものと言えた。


 水に関してはネヴィアが魔法で出す事が出来る為、必要となったら作り出して貰う事にしているが、前々からシルヴィアは疑問に思っていた。

 この魔法の使い方は、レティシアの時代で言うところの"生活魔法"の一つだと思われるが、これを攻撃魔法に転換させると、全く違う質の物へと変化させてしまうようだ。


 ネヴィアがよく使う"水槍"が分かり易いだろうか。

 彼女の放つ水の槍は、自身の魔力を使って作り出し、魔物へと放つ攻撃魔法だ。

 これには充填法(チャージ)が使われているので、その威力は通常の魔物であれば一撃で倒せるほどの凄まじいものとなっているのだが、今回シルヴィアが気になっているのはそこではなく、魔物に当てた後の水槍は消えていたという事の方だ。


 生活魔法であれ、攻撃魔法であれ、その本質は体内のマナから作り上げた物に他ならない。

 ならば何故、飲み水として使える魔法が、攻撃魔法となると消失するように無くなってしまうのか。


 そんな事を言葉にしながら、良く分からないといった様子を見せるシルヴィアに、イリスが答えていった。


「魔法とは、体内を巡るマナを具現化し、発現させる力の事ですが、ここに攻撃魔法と生活魔法の特質性があるようです。

 ネヴィアさんがよく使っている水槍は、マナを過分に含ませるものらしく、魔物に命中させた瞬間、魔法に含まれていたマナが失われていき、消失するかのような現象を見せるそうです。

 生活魔法に使われている水はとても微弱なマナを含み、それを消失させる事なく原型を維持したまま使えるものとして残るらしいですね。

 尤もこれは、レティシア様の研究していたものではないので、当時の世界にいた魔術研究者達に広まっている知識とされているものだそうです。

 残念ながら、これについて詳しく解明はされていないようですよ。

 そもそも魔法という概念そのものが、私には異質に思えますし、こればかりはエリー様でなければ分からないかもしれませんね」


 言葉通り残念そうな表情で答えるイリスに、本気で魔法研究者にも向いているのではないだろうかと思ってしまうシルヴィア達だった。

 魔法書を作った本人から話を聞いた事もあり、以前とは違い、魔法研究者という存在に悪く思う事がなくなっていたイリスだったが、流石にそれを目指したいと言葉にする事はなかった。


 彼女としてはやりたい事が多過ぎるようだが、人ひとりが使う時間には限りがある。

 全てを得ようとすれば、得られるものはとても少なくなってしまうかもしれない。

 そんな気がしていたイリスは、冒険者と薬師の二つに限定して旅に出ようと、フィルベルグで修練をしていた時に考えていたようだ。


 昼食も終えて片付けをしていた時、ふとイリスが言葉にしたものに、仲間達は答えていく。


「もうそろそろ、マナポーションも作らないといけませんね」

「最近沢山飲んでますから、消費も凄いですわね」

「思えば不思議ですね。一般的に必要とされるスタミナとライフポーションよりも、消費量が遥かに多いですから」

「うむ。正直なところ、俺はこれまでマナポーションを飲んだ経験がとても少なかったが、現在ではそれが逆転しているな」

「ヴァンさんも同じでしょうけど、俺も魔法の修練を本格的に始めるまでは、マナポーションを飲む機会が殆ど無かったよ」

「マナポーションは美味しいから、お茶代わりにおばあちゃんと良く飲んでましたよ? スタミナ、ライフポーションも美味しいですが、お茶にするならやっぱりマナポーションですね」


 とんでもない一言を挟むイリスに、一同はドン引きながら言葉にしていった。


「さ、流石に、お茶代わりにお薬を頂いている人は、いないのではないかしら……」

「も、もしかしたら、薬師さんの間では良くある事なのかもしれませんよ、姉様……」

「む、むぅ。あまりそうは思えないが、一般的な考えでは思い付かない事だな……」

「エッカルトさんも、ヘルタさんと良く飲んでいたんでしょうか……」


 素朴な疑問を投げかけるロットだったが、それに答えられる者はいなかった。

 イリスとしては、日常的にお茶としてマナポーションを頂いていたので、正直なところシルヴィア達の言葉が分からず、きょとんとしてしまっているようだ。


 流石に冒険中となると、マナポーションをお茶代わりにする事は出来ない。

 飲み過ぎると軽い中毒を起こしてしまうからだ。

 とは言っても、その影響はとても低いと言えるような、頭痛や気持ち悪さといったものであるし、何よりも相当量の薬を服用しなければ起きないものでもある。

『お腹がたぷたぷになるまで飲まなければ大丈夫』だとレスティから言われているし、然程影響を気にする事はないと思われたが。



 旅を続けるイリス達は一アワールほど歩くと、マナポーションの原料となるブルーハーブが群生している場所を見つける。

 目の前に広がるハーブと、その周囲はとても見晴らしの良い平原となっていて、魔物の姿も目視出来ないようだ。


 エステルを止め、採取に向かうイリスと姫様達は、大きめの採取籠を持ちながら、ハーブの場所まで向かっていく。

 楽しそうにブルーハーブの葉の部分を摘み取る三人(・・)のお姫様に姿に、癒されるヴァンとロットだった。


 葉を籠一杯に集めたイリス達は、エステルの元に戻り、ありがとうねと言葉にして彼女をなでなでしながら荷台へと戻っていった。

 三人が乗ったのを確認したヴァンがエステルを歩かせると、ロットがイリス達に言葉をかけていく。


「随分と集まったね」

「ええ。大量ですわ」

「一杯集まりましたね」

「これだけあれば、随分とお薬が作れそうですね」


 ついでに加工しちゃいましょうと言葉にしたイリスは、丁寧に使わない部分を取り除いていき、ハーブを乾燥させる為に魔法を発動していった。


「"乾燥(ドライ)"」

「……かぴかぴですわね」

「……かぴかぴですね、姉様」

「相変わらず凄いな、乾燥(ドライ)は」

「乾燥時間いらずですからね、イリスの魔法だと」

「後はこの薬研(やげん)でごりごりごりっと」


 ハーブが乾燥しきっている為、簡単に細かくする事が出来るが、本来であれば湿気の無い風通しの良い場所で時間をかけていかなければならない。

 その期間を大幅に短縮したイリスの魔法を他の薬師が見たら、喉から手が出るほど欲しがる事だろうし、イリスでさえも、この魔法の存在を知った時点で、旅事情が一変する凄い魔法の一つと認識していた。

 この魔法の便利なところは、突然の雨に見舞われた場合だけでなく、旅先で素材があればすぐにでも魔法薬を作れる強みが大きい。

 本来であれば乾燥させる事で、効果をより良く発揮させる事が出来る魔法の薬草(マジックハーブ)だが、この魔法さえあれば、採取してすぐにでも調合する事が出来るので、薬師からすれば途轍もない魔法だと断言出来るだろう。

 レスティには乾燥(ドライ)についての話をしなかったが、もしこれを聞いたら目を見開きながら驚愕する事は想像に難くない。薬師からすれば、それほどの凄まじい魔法だった。

 そんな事を考えながらイリスは、細かく砕いたブルーハーブの入った箱入りの大瓶に追加して入れていった。


 この大瓶は、フィルベルグを旅立つ前にレスティから貰ったものになる。

 旅先で何時でも調合する事が出来るのは、薬師の強みと言えるだろう。

 それには調合器材だけではなく、乾燥ハーブが色々と必要となるが、その為に必要なものをレスティは用意してくれていた。


 先に馬車へと運ばれていたこの大瓶は、全部で三つだ。

 全てが乾燥された魔法の薬草(マジックハーブ)となっている。

 旅先で割れないようにと緩衝材を入れた木箱に大切に仕舞われているこの大瓶があれば、訪れた街で購入したハーブを追加していく事が出来るようになるのだが、乾燥(ドライ)を使えるイリスは、レスティの予想とは全く違う使い方をしていた。


 後はリラル草を現地調達するだけで薬を作る事が出来るようになるのだが、そもそもこのハーブはどこにでも群生しているものだ。探そうと思えばすぐに見つかるものなので、乾燥魔法の薬草(マジックハーブ)さえ用意しておけば安心だと、レスティは思っていたようだが、イリスはリラル草に関しても早々に採取をして、乾燥をさせた状態で部位ごとに分けられた物を荷台に保存していた。


 花の部分は魔法薬に使わない事と、保存が少々難しい事もあり、荷台には載せていないが、野営時でも魔法薬を作り上げられる状態を常に維持し続けていたイリスだった。

 思いのほか乾燥(ドライ)が優秀で、使い手の匙加減次第で幾らでも微調整が出来る為、ハーブに適した乾燥具合にする事が出来る、薬師にはまさに夢のような魔法となっていた。


 これを応用して香草を使い、イリスが作り上げたボア肉の燻製は、彼女が思っていた以上に仲間達から好評を得て、非常食として荷台に常備される事となったのは、また別の話である。



 *  *   



 ツィード到着まであと一日半といったところで、イリスの警報(アラーム)に反応があった。

 すぐさま索敵(サーチ)を使用するも、その数は二つであり、周囲に魔物の気配はなかったが、少々張り詰めた声でイリスは仲間達に話していった。


「四時方向から接近中です! 数は二つ! 距離百二十メートラです!」


 イリスの言葉に応えていく仲間達は念の為荷台から降りて、陣形を組んでいく。

 エステルに保護(プロテクション)をしっかりとかけ、接近中の方角を見つめながら警戒を厳にしてイリス達はその場に待機していった。


 北側に当たるその場所は少々深めの森となっていて、見通しはあまり良くなかった。

 魔物が潜伏し易い場所となっているのだが、イリスの魔法にはそれは通用しない。

 当然警戒を緩める事はなくイリス達は、こちらに向かう二つの魔物に集中していく。


 次第に木々が掠れる音が聞こえて来るも、それはどうやら魔物ではなかったようだ。


 森から街道に飛び出てくる二つの影。

 お互いに驚きながら、目が合ってしまった。


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