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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"徹底的に"

 

 必死な形相で訴えるかのような青年ウッツの言葉に、イリスは尋ね返していく。


「お婆さんがご病気なのですか?」

「そうだ。診て貰えないか?」

「勿論構いません。寧ろこういった事情であれば、お話を通して頂いて構いませんよ」


 そうフォルカーに話すイリスだったが、彼は少々複雑な表情で答えていった。

 どうやらそれは、イリスが考えていたものとは大きく違う事のようだった。


「ですがイリスさん、ウッツの婆さんは昨晩、エッカルトさんに診て貰ったばかりだそうですよ」


 フォルカーのその言葉に固まってしまうイリス。

 詳しく聞いていくと、先日の夜にエッカルトの元を訪れたウッツに連れられて、彼は診察に行ったのだそうだ。

 エッカルトの病気自体は既に回復しており、ヤロスラフ病に至っては移るようなものではない。

 体力的に若干の不安は残るが、激しい運動をしなければ問題ないと思われた。


 ウッツの祖母を診察したエッカルトは風邪と診断し、温かくしながら安静にしておいて下さいと彼女に告げたのだそうだ。

 その後、自宅に戻り、処方箋を作ってまた届けたらしい。

 少々動き過ぎとも思えるが、特に問題も起こる事はないだろう。


 話に聞く限りでは既に治療を終えたと思われるのだが、他の薬師と思われるイリスを探していたのがどうにも気になってしまう。

 そんな事を思いながら、ゆっくりとウッツの方を見て言葉にしていくイリスだった。


「何かあったのですか?」

「い、いや、あった訳じゃないけど……」


 言い渋るような言い方に疑問に思ったイリスは、首を傾げてしまう。


 イリスだけではなく仲間達までもが彼女と同じ動きで彼を見てしまい、たじろぐウッツだったが、イリスが言葉にするよりも先に彼は反論をしていった。


「も、もしかしたら、エッカルトさんが見落としたものがあるかもしれないだろ!?

 エッカルトさんを治したっていう薬師が街に来た事を昨日聞いて、急がなきゃ旅立っちまうかもしれないって思ったんだよ! 

 なぁ頼むよ! 婆ちゃんを診てやってくれよ!」


 尚も真剣にイリスへと訴えかけるウッツ。

 確かにエッカルトの診断に見落としが無いとは言い切れないが、それは誰だってそうだと言える事だろう。

 人は万能ではないと、身に染みて理解しているイリスやレスティでさえも、見落とさないと言い切る事など出来ない。

 確かに彼の言い分も分からなくはないのだが、そんな彼をやれやれと呟いてしまうフォルカーがイリス達へと言葉にしていく。


「エッカルトさんはこの街一番の薬師で、唯一の薬師なんだ。

 その腕は間違いなく一流だし、彼ほどの薬師が見落とすとも思えないんだが……。

 それをこいつは旅の薬師がいるという情報だけで、向かい側の宿屋にも押し掛けたらしい。あっちの主人とは幼馴染で昔からお互いに良く知っているんだが、さぞかし戸惑った事だろうな」

「……ケーテさんも薬師の情報は、結局教えてくれなかったよ」


 そっぽ向きながらぼやくように話すウッツに、そりゃそうだと言葉を返していくフォルカーは、あきれた様子で彼に話した。


「もう一度言うが、うちは宿屋だ。あいつんとこもな。宿屋ってのは、お客様の情報をおいそれと話す事なんか出来ないんだよ。

 エッカルトさんにも診て貰っている上に、薬まで出して貰っているんだ。

 そこまで緊急でもないと思えるのに、朝っぱらからお客様が滞在している宿にまで押し掛けただけでなく、迷惑までかけるんじゃない。

 ……というかお前、この事はヨルク達も知らないだろ?」


 青ざめながら固まるウッツに、フォルカーはやっぱりなと小さく答える。


 どうやら彼は、勢い余って家から飛び出て来たらしい。

 ウッツの性格上、大凡の想像は付くが、それを踏まえた上でも今回はやり過ぎだと感じたフォルカーは、大きなため息を吐きながら言葉を続けていった。


「そっちは知らんぞ。自分で何とかしろ。そろそろ夏野菜の苗を植える頃だろ? 

 ヨルクの作った西瓜(スイカ)は絶品だからな。今年も楽しみにしてるぞって伝えといてくれ」


 笑顔で話すフォルカーだったが、それでもまだ納得がいかないウッツは口答えをするも、勢いは随分と落ち着いてしまっていた。


「……でも、もしかしたら本当に、エッカルトさんも見過ごしているような、怖い病気かもしれないじゃないか。……だから念の為、他の薬師にも診て貰いたいんだよ」


 ウッツが放ってしまった言葉に眉をひそめながら、フォルカーは強めの声色で言葉にしていった。

 それは叱っているようにも、また怒っているようにも思える、とても複雑なものに聞こえたシルヴィア達だった。


「……お前、その言葉の意味を、本当に理解しているのか? 

 お前は今、エッカルトさんの診察を否定しただけでなく、彼を薬師として信用していないと言っているのと同じなんだぞ?」

「!? お、俺は別にそんなつもりじゃ!?」


 本当にそんなつもりはなかったのだろう事は見て取れるが、問題はそうじゃないんだと続けて話していくフォルカー。


「お前がどう思おうが、それはどうでもいい事なんだ。人にどう受け取られるかが重要なんだよ。

 朝一で他の薬師を探し回って街を駆け、宿屋にまで押しかけ凄い勢いで診て欲しいと言葉にする。それも昨夜エッカルトさんに診て貰ったばかりだというのにも拘らずだ。

 お前の行動をエッカルトさんが聞いたらどう思う? 『ああ、信用されてないんだな』と彼が思わないと、お前は断言する事が出来るのか?

 エッカルトさんは優しいから言葉にする事なんてないが、それでも心の中ではそう思いながら、申し訳なさを感じるんじゃないのか?」


 ウッツはフォルカーの言葉に、無言で俯いてしまった。

 今更ながら、自分が仕出かした事に気が付いたようだ。


 暫しの時間を挟み、彼は言葉にする。


「……ごめん。俺が考えなしだった」

「まぁ、お前は何時もそんな感じだからな。強めに言わせて貰ったが、気持ちは分からんでもない。だが今回は少々過ぎた事だったな。

 ……ついでに言わせて貰うが、謝るのは俺じゃないだろ?」


 フォルカーの言葉に再び気付かされたウッツは、イリスに向かい直して謝罪をしていった。


「ごめん。急に押し掛けて。そっちの迷惑を考えずに突っ走っちまった」

「いえいえ、私は気にしていませんので、どうぞお気になさらず」


 笑顔で答えていくイリスに安堵したウッツは、宿を後にしようと踵を返した。

 そんなとても哀愁が漂う後姿を見つめながら、イリスはウッツに言葉を続けていく。


「それじゃあ行きましょうか。ご案内お願いしますね」

「…………ぇ」


 声にならないほどの小さなものが口から出てしまったウッツは、振り向いて彼女を見つめるも、一瞬イリスが何を言っていたのか理解が出来なかったようで、目を白黒させていた。


「……え? ……ええ!? ……だって、迷惑なんじゃ!?」


 そんなウッツに、お前なぁと口にしながら呆れた様子に戻ったフォルカーは、ウッツへと言葉を放っていった。


「今話したのは俺達とエッカルトさんの都合だ。そこにイリスさんの都合は入ってないだろうが。アホな事やらかしたお前に、それでも診てくれると言って下さったんだよ、イリスさんは」


 尚も取り乱すウッツに、本気でこいつは大丈夫だろうかと心配してしまうフォルカーだったが、当のイリスは気にしている様子もなく、笑顔で話を続けていく。


「私としては診させて頂きたいと思っていますので、私の方からお願いしようと思います」


 その言葉が更にウッツを混乱させてしまったらしく、若干戸惑ってしまうイリスだったが、フォルカーが彼に説明してくれたようだ。


「お前からじゃなくイリスさんからお願いをすれば、エッカルトさんの面目は保たれると判断して下さったんだよ。そうする事で、角が立つのを抑えようと考えて下さっているんだ」

「私は単純に、私自身が診せて頂きたいと思っている事の方が大きいですよ。

 そもそもニノンを走り回ったのであれば、もう相当に目立ってしまっていると思われますから、そこまで私は考えずに発言していました」


 思わず苦笑いをしてしまうイリスに、まぁそうだよなと申し訳なさそうに言葉にするフォルカーだった。


「エッカルトさんに伝わるのも時間の問題だろうが、会ったらちゃんと謝っとけよ? 

 ……ったく。何時まで経っても子供のままだな、お前は。イリスさんとは比べるのも失礼なほどに……」

「私もまだまだ勉強中の身ですよ。薬師を名乗るだけの知識と技術は持ち合わせていますが、まだまだ知らない事は多いですから」

「……あんた、一体いくつなんだよ?」


 まるで魂が抜けていくかのような深い深いため息を吐いてしまうフォルカーは、彼の頭の中でアホの子認定を改めてしたウッツに言葉にする。


「……お前、それを女性に聞くのか? このタイミングで?」

「い、いや、だって興味あるだろ? 俺と同い年(タメ)くらいだと思えるのに」


 若干聞くのがまずかったのだろうかといった表情を浮かべるも、好奇心の方が強く出てしまったウッツにイリスは答えていった。


「私は今年の四月(よんつき)で十五になりました」

「「十五歳!?」」


 イリスの発した思わぬ言葉に、ウッツだけではなくフォルカーまで驚愕してしまい、思わず大声で聞き返してしまったが、その含まれた意味は全く異なるものとなる。

 ウッツは驚きながら固まり、フォルカーはイリスの冷静な立ち振る舞いと、薬師として名乗っている事に驚きを隠せなかった。

 その話し方や仕草だけでなく、エッカルトを治療したというウッツの話や、彼女が取ったその後の言動から察すると、どう見ても二十四、五歳といった大人の女性だと判断していたようだ。


 そうだとしても薬師としては十分に若いと言えるのだが、世の中には見かけと年齢や持ち得る技術が合わない者など沢山いるし、職業柄そういった者達と関わって来た事のあるフォルカーであっても、イリスが成人したばかりの年齢である事は、今までの話の流れでそれを察する事は流石に出来なかったようだ。


 エッカルトも含め薬師と呼ばれる存在は、並大抵の努力でなれるような簡単な職業ではないと聞いている。薬学の勉強をし続けているヘルタでさえも、薬師になるのにはかなりの時間と努力が必要になると言っているくらいだ。

 そう呼ばれる薬師という存在に、十五歳の女性がなれたという事が意味しているものは、一つしかないだろう。


 つまるところ彼女は、超が付くほどの優秀な者だという事だ。

 ましてやウッツの話では、エッカルトですら気付かなかった病気を治療したと、本人から聞いているらしい。

 もしこれが本当の事なのだとしたら、まだまだ幼いと思えてしまうような年齢で、既に一流薬師であるエッカルトを超える存在という事になる。

 世界四大薬師と呼ばれた一人であるハヴェル・メルカ師に師事した彼以上の存在ともなれば、それは途轍もない逸材だと言えるだろう。


 あまりにもイリスが凄過ぎて既に理解が及ばなく、思考すら止まってしまって呆けているフォルカーだったが、そんな彼を苛立たせ、額にくっきりと青筋を立たせる言葉を言い放ってしまう者が、この場で大きな声を上げていってしまった。


「お前歳下かよ!?」

「…………ウッツ。お前、うちに来い。その根性を、その考えもろとも、徹底的に、矯正してやる」

「……あ、いえ、結構です。……ほんと、お構いなく……」


 真っ青になりながら尻込みして小さく言葉にするウッツに、最早苦笑いが絶えなくなっていたシルヴィア達だった。



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