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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"流れ"に身を委ねて


 

 小鳥のさえずりが可愛らしく室内に響いてくるのが聞こえて来た。

 イリスは上半身を起こして辺りを見回すと、シルヴィア達はまだ眠っているようだ。

 起こすのもかわいそうなので、なるべく静かにストレッチをして身体をほぐしていると、十ミィルほどで二人は目覚めたようだ。


「すみません、起こしちゃいましたか?」

「いいえ、問題ありませんわ」

「おはようございます、イリスちゃん」


 シルヴィア達は反応しているが、未だぼんやりとしている様子だった。

 おはようございますと言葉にしたイリスは、もう暫く身体を伸ばして全身を目覚めさせていく。


 流石に野営の時とは違い、緊張も緩んでいるのだろう。

 二人はベッドから上半身を起こしたまま、思考が止まっているようだった。

 もしかしたら、起きたまま眠っているのかもしれないと思えるような二人の姿に、思わずイリスは笑みをこぼしてしまう。


 入念なストレッチも終わり、身体がすっきりと目覚めた頃、二人の意識は漸くこちらへと戻って来たようだった。

 改めて朝の挨拶をしたイリス達は着替えながら、昨日の修練の事を話していく。


「昨日は随分と良い感じに思えましたわね」

「そうですね、私もとても良い印象を受けました」

「お二人ともかなり良くマナを集められていたと思いますよ。

 随分と流れが掴めて来たのではないでしょうか」


 イリスの言う流れとは、魔法書にも書かれている専門的な魔術用語のようなもので、体内にあるマナを集める際にかかるマナの動きの事だ。

 これが滞る事無く集められると、それだけ魔法の練度が上がっていく事になる。

 この情報は流石に魔法書には記載されておらず、イリス独自で見つけ出し、体感して確信を得たものだった。


「"マナの流れを制す者、魔法を制す"」

「なんですか、それ……」

「私が考えた名言っぽいものですわっ」

「姉様ってば……」


 思わず同じ苦笑いをしてしまったイリスとネヴィアだったが、当のシルヴィアはとても良い事を言いましたわと呟いていた。

 だがそれも的外れでない事が思われる言葉となっていて、これまでの旅で修練し続けた成果が最近見られるようになって来たようだ。

 シルヴィアもネヴィアも、ここ数日は特にその傾向が顕著に現れていると感じられたイリス。

 それがより強く感じられたのは、魔物との戦闘中に使う強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストを使用した時だ。

 フィルベルグを出立して然程日数が経った訳でもないが、以前のそれとは遥かに違う強さを、二人はここまでの旅路で出す事が出来るようになっていた。


 野営での休憩時に十ミィルほど魔法の修練する時間を作り、眠る前に魔物の襲撃に備えマナポーションを飲む事を彼女達は日課としていた。

 警報(アラーム)を使っているとはいえ、何時如何なる時でも対応が出来るように万全の態勢を整えておく事が必要となる為、野営中は適度な修練止まりで済ませていた。

 これはヴァンとロットも同じように修練しているので、割と消費しやすいマナポーションを、周囲の見張りながらもイリスは薬を補充し続けている。

 尤も、一般的な魔法の修練とは程遠いほどのものにしか思われないほどの短い時間の中、出来る事などあまりないと言えるだろう。

 寧ろ修練と呼ばれるようなものなどではなく、これは間隔を掴む程度の事しか出来ない時間となっていると言われてしまっても間違いではないと答えられたほどの、とても短い時間だと思われた。


 だがイリスは、そのたった十ミィルという時間の中で学べるものでも、十分に効果的だと考えていた。

 それは勿論、体験談からそう言えるのだが、レティシアの知識によりそれが正しかったのだと確信を得る事が出来たようだ。

 彼女の思っていた通り魔力総量を上げる修練には、安らかな気持ちと快適な環境で、精神統一をしながら魔力を高めていくのが一番効果的であった。


 野営時だけではなく、街に着けば宿で安全に魔法修練が出来るようになる為、シルヴィア達はそれなりに多くの時間を使って鍛えていくも、その時間はたったの一アワールほどと、修練とは呼ばれないような時間で魔力を高め続けていった。

 一般的には何時間も集中して魔力を高め続け、時には休憩を挟み、時にはマナポーションを飲みながら続ければいいだなとど、先輩魔術師は答えてしまう場合が多く、場合によっては気合だの根性だので修練させようとする者もいるのだと、ヴァンとロットは話していた。

 実際にこのような修練法を魔術師達に話したところで、鼻で笑われてしまう事となるだろう。


 当然これは、あくまでもイリスの鍛え方と同じ修練法となるものだ。

 だがイリスからすると一アワールでもかなり長いらしく、彼女は三十ミィルほどしか魔力を高めていなかったと仲間達に言葉にしていた。

 これを初めて話した時、シルヴィアとネヴィアだけでなく、ヴァンとロットにも大層驚かれてしまったイリスだったが、この方法で実際にイリスが鍛え上げられていた事を考えると、一般的に広まっている修練法よりも遥かに効果的だと思われた。

 現に姫様達だけでなく、ヴァンとロットも上達の傾向が見られると体感出来るほど、ここ最近では目に見えてそれを感じるようになったらしい。


「魔法を鍛えるんだとか、もっと強くならなきゃとか、更に頑張らなきゃという気持ちで魔力を出さず、ただ純粋に、マナに心を向けていって下さい。

 穏やかな気持ちで、安らかな気持ちで、幸せなひと時を思い起こすような気持ちで、マナに優しく暖かく包み込まれているような感覚で。

 属性による質の違いはあれど、魔力と呼ばれるものは基本的な本質は同じなんです。

 この力は大切な誰かを護り、自分をも護る事の出来る、とても尊いものです。

 無理に魔力を引き出そうとしても、恐らく上手に出す事は出来ません。

 身体の中心から溢れて来るマナを抑え込まず、増やそうとせず、ただ流れに身を委ねて下さい。そうすればきっとマナの流れを明白に感じられるようになります」


 あくまでもこの方法は、イリスが独自に考え出し、魔力総量を上げる為に日々高め続けていった修練法となるのではあるが、人には人の、その本人だけに合ったとてもやり易く効率の良い修練法が、人の数だけあるとイリスは考えていた。

 それを確信する事が出来たのは、レティシアの知識を託して貰ってからの事となるが、その考えもまたイリスが思っていた通りの事のようだった。

 この方法で修練しても、恐らくはイリスのように強く離れないと彼女は思っている。

 これはイリスの訓練法であり、仲間達に合っているやり方かどうかは分からない。


 だが確かに言える事は、魔法書に書かれたものはその殆どが間違った書き方をしている、という事だろう。

 正確に言うのならば、"間違いでも正解でもない書き方"をされており、この魔法書を読んで魔法の修練をしても上達を感じられるが、核心は付いていない為にある一定以上のところまで鍛えられると、急激に成長速度が止まるような制限が加えられるようになっていた。


 まるでそれは、自身の限界だと諭させるようにかけられた制限であり、その絶妙とも言える匙加減は、修練した者に違和感を感じさせないような配慮された作りとなっているため、八百年という長きに渡り、それに気が付く者が出る事はなかった。


 そんな偉業を成し遂げてしまったレティシアの技術力の高さと、発想力や思考力の凄さ、そして何よりも魔法力の高さに驚きを隠せないイリスだった。

 真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを大分使いこなせるようになって来たイリスであっても、彼女が残したような魔法書と同質の物を作り出す事など出来ない。

 当然そこに必要な理論が無ければ作りようもない事なのだが、たとえそれを理解していたとしても、恐らくはあのような高度な魔法書を作る事など出来ないとイリスは感じていた。


 人に影響を与え続けられるという魔法書。

 それも何百年も残す事が出来る、途轍もない保存魔法をかけた状態で。


 今現在でも確認がされているエデルベルグ王国もそうだが、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースによる保存魔法であればそれが可能となる。

 勿論、多数の術者を使い王城全体を覆った魔法と、レティシアが一人で魔法書一冊に込めた魔力の差は明らかに違うと言えるのだが、問題はそこではなく、込めた想いによって威力を変えるこの力であれば不可能な事ではないというところだ。

 そこには絶対的なマナの総量と、とても強い想いが必要となるが、それを可能とするものをレティシアは所有していたという事になるだろう。

 しかしそれをそのまま原本として残しているのではなく、他の誰かが魔法書を複製しても効果のあるものとして制限を機能させている事が驚愕してしまう。

 一体どのようにすればそんな事が可能となるのか、今のイリスではまるで理解が及ばないほどの力をレティシアは見せていた。


 この世界でも最高と思われる魔力総量と魔法技術、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースまで手にしたイリスであっても、レティシアと比べる事など出来ないほどの力の差があると思われた。

 今現在ではもう正確に知る事など出来はしないのだが、恐らくイリスは歴代で真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを扱える者達の中でも、最弱だと言える事だけは間違いないだろう。


 一体どれほどの力をレティシア達が持っていたのか、全く見当も付かないイリス達だった。


 *  *   


 支度も終わり、男性達の部屋へと向かうイリス。

 再び朝の魔法をかけ、今日の予定を仲間達と話していく。


「さて、今日はどうしようか。急いでツィードへと向かう事もないと思うんだけど」


 ロットが言葉にしたツィードとは、ニノンの西にある街である。

 ここから六日といったところで辿り着けるその街の先は、あの問題の場所と思われる王国となる為、出来る事ならツィードで石碑の情報を得たいと思ってしまうイリスだったが、またしても考えている事が丸分かりだったようで、二人から苦笑いをしながら答えられてしまった。


「以前にも言ったが、問題ない。イリスの冒険から考えれば本当に些細な事であるし、これは個人的な問題に過ぎない。俺もロットも確かにあの国では目立つが、それはイリスが気にする事ではないんだぞ」

「そうだよ、イリス。それに俺はもう二年以上もあの国から離れているんだ。状況だって変わっているかもしれないし、何よりも俺もヴァンさんも、石碑を探す事がとても重要に思えてならないんだ。そこには俺達の個人的な問題なんて、本当に些細な事に過ぎないんだよ」


 これはヴァンとロットが、二人で話し合って決めた事でもある。

 何よりも最優先にすべきはイリスの旅だと。そしてそこに個人的な感情など入れてはいけないと、話し合って決めた事だった。


 そして二人は続けて言葉にする。


「イリスの旅は、俺達の旅でもある。どうかそれを忘れないで欲しい」

「俺達はイリス達と共に旅に出ようと思い、ここまで来たんだよ。だから、そんな些細な事で足を止めないで欲しいんだ。俺達も一緒に、イリスと前に進みたいんだよ」


 二人の言葉を静かに聞いていたシルヴィアとネヴィアも、二人に続いていく。


「そうですわね。それは私達も同じですわ。

 イリスさんと一緒に前に進む為に手にした力なのですから」

「そうですよ、イリスちゃん。

 私達は一緒にイリスちゃんと歩いて行きたいのです」

「皆さん……」


 それにと言葉を続けるシルヴィアは、これはイリスの為だけではないのだと話していく。


「私達の内どちらかは、いずれフィルベルグの女王となります。その為に様々な事を学ばねばなりません。

 フィルベルグにいるだけでは手にする事が出来なかったものを既に沢山手にしましたが、まだまだ勉強不足なのです。これは私達の為の旅でもあるのです」

「イリスちゃんはどうか気にせず、前に進み続けて下さい。

 そうする事が私達の為にもなっているのですから、どうか歩みを止めないで下さい」


 真っ直ぐイリスを見つめながら優しい言葉をかける大切な仲間達に、イリスは分かりましたと静かに答えていった。

 そんな必要はないと言われてしまうであろう、ありがとうございますという言葉を心の中だけに留めておくも、どうやら気持ちもしっかりと伝わってしまっているようで、仲間達は微笑みながらそれに答えてくれていた。



 少しだけ一息付いて、シルヴィアが話を戻していく。


「それで、今日はどうしましょうか」

「そうですね。私としては、今日はのんびりとニノンを散策させて貰いたいと思うのですが、皆さんはどうですか?」

「うむ。問題ない。寧ろ俺もそうしたいな」

「そうですね、俺ものんびりしたいです」

「長閑な農園風景を見学させて貰って、喉が乾いたらお茶を頂きたいです」

「あら、いいですわね、ネヴィア。私も賛成ですわ」

「それでは今日は一日休日という事で、のんびりと過ごしましょう」


 イリスの言葉に了承していく仲間達は、早速朝食を取る為に部屋の扉を開けて一階へと向かっていくが、何やら階下から騒がしい声が響いて来た。

 階段を下りていくと、受付に一人の村人と思われる青年が何かを強めの口調で、宿屋の主人と話をしていたようだ。

 口論というほどでもないようで安心するイリス達だったが、その場所へと近付く前に話し声がはっきりと聞こえて来てしまった。


「――だから頼むよ!」

「……あのなぁ、ウッツ。うちは宿屋なんだ。宿ってのは、そう簡単にお客様の情報を言葉にする事は出来ないんだよ」

「んなこたぁ分かってるよ! だからこうして頼んでるんじゃないか!」

「分かってないじゃないか……」

「おはようございます、フォルカーさん」

「……あ。おはようございます」


 物凄くばつの悪そうなフォルカーは、何と言葉にしようかと考えていたが、その僅かな間に青年はイリスへと話しかけて来た。

 その勢い良く尋ねる青年に、少々腰が引けてしまうイリスだった。


「あんたが旅の薬師さんか!?」

「え? ええ、そうですが、どうなされたので「あんたにうちの婆ちゃんを診て貰いたいんだ!」」


 話の合間を縫って言葉にする青年にきょとんとするシルヴィア達と、その青年の言葉に意識をしっかりと向き直していたイリスだった。


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