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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"持たざる者"


 食事を終えたイリス達は、そのまま真っ直ぐ宿屋へと戻って来た。

 宿の扉を開くと、正面にある受付で主人であるフォルカーが雑務処理をしていた。

 彼に挨拶をして部屋の鍵を受け取ったイリスとヴァンは、そのまま部屋である二階にある男性達の部屋へと入り、目立たぬようにカーテンを閉めて貰った後、魔法を発動して着ている物と身体を綺麗にしていく。


 まるで心まで洗い流してくれたかのようなイリスの魔法に、満面の笑みでシルヴィアが言葉にするも、心なしか口調もとても穏やかだった。


「毎回思うのですが、この魔法は本当に素晴らしいですわね」

「本当ですね、姉様。最早これなしでは、どうしていいのかも分かりません」

「確かにこれは凄い魔法だね。旅の間は色々と大変だけど、その事情を一変させる凄まじさを感じるよ」

「うむ。全身を綺麗に保つだけでこれほどまで良好な精神状態になるとは、流石に思っていなかったな。通常の冒険では割り切ってはいたが、実際には中々に制限がかけられていたと思えてしまう」

「お風呂に入れない旅においてこの魔法は必須だったと、レティシア様の知識にあります。寧ろ、この魔法が使えない者しかいないのであれば、旅は止めなさいとまで言われていたそうです。まぁ、精神的なものも大きいのでしょうけど」


 そう言葉にしながら、苦笑いが思わず出てしまうイリスだった。


 身体を清潔に保つという事は精神論だけではなく、身体的にも良いとされている。

 中でも大きな影響が出るのは、病気になり難くなるという事だろうか。

 当然それは重いものなどではなく、軽い風邪のようなものではあるのだが、旅をしている最中に風邪など引こうものなら、一気に命の危険に直面してしまう可能性が出て来る事となる。


 自分だけならばまだいいと言えるかもしれないが、風邪は人に移してしまう可能性が高い病気である。

 だがもしパーティーの何名かが、風邪になってしまった場合はどうだろうか。

 それは考えるのも恐ろしい事だが、戦力が分散されるのではなく、戦えない者達を護りながらの戦闘となってしまう。

 街まであと数日といった離れた距離の中、そんな状態で冷静に魔物を倒し、無事に街まで辿り着けると言いきれるだろうか。


 以前、フィルベルグギルドの地下訓練場でヴィオラがイリスに言葉にしたように、何時如何なる時でも戦えるようにしていなければならないのが冒険者だ。

 一瞬の弱さを見せれば、その瞬間に刈り取られる世界に生きているのだから、それがどれだけ危険で、どれだけ重要な事なのかを理解出来たイリス達だった。


 これは身体や物を清潔に保てるだけではなく、安全に冒険をする為に必要とされる魔法であり、必須とさえ言われる物の一つであるとレティシアの時代には言われていた。

 勿論、これをしっかりと使っていたとしても、決して風邪にならない訳ではない。

 だがそれを、多少なりとも抑えられるようになる魔法として扱われていた。


「尤も、当時の女性冒険者さん達には、ただ単純に清潔にいられる事を喜ばれていたそうですけどね」

「わかります。わかりますわ、そのお気持ち」

「寧ろ、お風呂上りよりもすっきりとしているような、清々しさを感じます」

「もしかしたらですが、この魔法が一番凄い魔法なのでは、とも思ってしまいますね」


 しみじみと言葉にしている女性達を見ながら苦笑いをしてしまうヴァンとロットだったが、そもそも女性冒険者が少ない理由の一つがそれである。


 長旅で身体を拭く事すらままならない状況が続く可能性がある冒険を、好む女性など少ないのではないだろうか。

 更に言うならば、この世界は殺伐とした場所に身を投じる事となる。

 そういった世界へ入ろうとする女性の方が、珍しいと言えるのかもしれない。


 イリスやネヴィアの知る冒険者であるヴィオラとリーサは、イリスの姉を含めてそれよりも"自由であること"を優先していた。

 気ままな暮らしが彼女達には合っていたとも言えるのだが、何よりも彼女達は自由を求めて冒険者の道を選んでいる。


 特にリーサは、アルリオンの女性神官(プリエステス)を辞めてまで冒険者として活動している。

 ネヴィアの師として一年間は仲間達とフィルベルを離れる事はなかったが、それは今現在でもどうやら続いているようだ。

 訓練が終わった後も時たまネヴィアの元を訪れては、近況報告がてらお茶を楽しむ関係になっていた。


 そんな彼女にネヴィアは尋ねた事がある。冒険者として大変な事は、と。

 真っ先に言葉にしたのがそれだった。こういった事は女性でなくとも言葉にする者はいるのだが、より強調してそれを口にするのは女性の方が多くみられる傾向があるようだ。


 そしてこの事は、人によっては何よりも重要だと声にする者もいる。

 例えばシルヴィアや、ネヴィアのように。



 そんな冒険事情を、根底から覆してしまうようなイリスの魔法。

 尤もこれは、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースだから可能となる魔法ではなく、レティシアの時代には一般的に広まったありふれた魔法である、所謂"生活魔法"と人々から呼ばれる類の一つとなる。


 火を熾したり、水を出したり、地面を掘り起こしたり、風を起こして涼を取ったりと、用途も種類も様々ある、とても微弱な魔法だが非常に役に立つ魔法の一つとされ、小さな子供でも扱えるほどの簡単な魔法として世界に浸透していた。


 中でも注目されたのは、土を司る属性の生活魔法だろう。

 この魔法を鍛えていくと、土だけでなく岩からでさえも、その場で住める拠点を作り出す事が出来るようになる。

 それはテントのような簡易的なものから、小さい要塞のようなものまで作る事が可能となり、たとえ魔物が襲撃したとしても、壊される事の無い頑強な建造物ですら魔法で生み出す事が出来る。


 それ以外の属性で出来る生活魔法は子供でも発現させる事は問題ないが、拠点となれば話は別である。

 それこそ子供の秘密基地の様な物ならいくらでも出来るだろうが、魔物に対する防衛力としての強さは全くない。せいぜい土で作った簡易的な小屋程度が関の山である。

 当然これだけの耐久性を持った建造物を作り出すのには相応の修練が必要となるが、テントを張りながらや馬車での野営を、襲撃者の警戒をし続けながら世界を旅するのにはかなりの危険を伴う事となる。


 当時の魔法技術があれば、魔物への対応策は問題が無い。

 だが、()は別であった。


 レティシアの時代には"襲撃者"が、少ないながらも存在していた。

 そういった者達は国からはみ出てしまった危険人物であり、生きる為という理由以外で人を襲い、持ち物を根こそぎ奪うだけでなく、命まで摘み取っても何とも思わないような、人の(ことわり)から外れた危険な存在だ。


 魔物程度であれば、それこそイリスの時代で言われているところの"危険種"でもなければ、そうそうは突破されないほど頑強に作られているのだが、相手が人となれば話は全く変わって来る。


 細かな条件を入れず単純に言葉で表すのならば、建造物を作り上げた術者の技量を超えた魔法を使われただけで、いとも簡単に破壊されてしまう。

 奇襲された者達は慌てふためきながら、冷静な判断を取る前に襲撃される事になるだろう。


 故に土属性魔法を扱えるものは、相応の力にまで魔法を昇華させた熟練者(エキスパート)でなければならなかった。


 そんな話をレティシアに託して頂いた知識と、アルエナを含めた彼女たちの話の中からイリスは行き着いたのだと言葉にした。


「……本当に凄い時代だな。レティシア様の時代は」

「そうですね。俺達の時代では想像も付かない、とても危険な世界だったんですね」

「レティシア様も、アルエナ様も、こういった事の詳細をお話する事はありませんでしたが、当時のお話や魔法技術力、そしてレティシア様に託して頂いた知識でそれを察する事が出来ました」

「恐らくですが、私達もレティシア様の魔法制限が解除されていると思われますわね。ヴァンさんであれば、修練次第で強固な建造物を作り出せるのかしら?」


 考えながら呟くように言葉にしたシルヴィアだったが、それは難しいのではとイリスは考えていた。


「いえ、恐らくではありますが、それは難しいと思われます。

 私達は確かにレティシア様の言の葉(ワード)制限が解除されていますし、充填法(チャージ)を含む、当時の言の葉(ワード)に近い魔法技術を扱う事は出来るでしょう。

 でも、当時の魔法の使い方までは、今現在でそれを知る術がないと思われます。

 託された知識にも、そういった力の使い方は人に伝えられないような形と言える、所謂暗号化された状態で載っているので、これもレティシア様の遺して下さった制限の一つなんでしょうね。恐らくは――」

「眷属への抑止、ですね、イリスちゃん」


 ネヴィアを見ながら、はいと短く言葉にするイリス。


 言の葉(ワード)に制限がされた現在、絶大と言えてしまう魔法の強さを持つ充填法(チャージ)

 これをおいそれと人に教える事をすれば、危険極まりない事となってしまう。

 最悪、この技術を扱える者が眷属となり、世界にいる人々に牙を向けてしまえば、今度は本当に世界が滅んでしまうかもしれない。

 レティシアは当時の信頼のおける仲間達と共に眷属を倒す事が出来たが、もしかしたら今度は倒す事が出来ないかもしれないのだ。

 そんな危うい世界をそのまま後世に残すなど出来ようはずもなく、魔法を制限する事で眷属の抑止とし、世界を護ろうとした。


 だが一つ気になる事が、シルヴィア達には感じられた。

 それを言葉にする事が出来ずにいるが、恐らくではあるが、ここにいる誰もがそれを感じずにはいられないのではないだろうかと思えてならない。

 誰もが考え、誰もが思ってしまう事ではあったが、どうしてもそれを口にするのが憚られてしまっていた。


 もし本当に、眷属への抑止として言の葉(ワード)を抑えたのであれば、何故レティシアはイリスに真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを授けたのか、という事に。


 これまでの冒険で見せた絶大な力。

 周囲を広範囲で索敵し、洞窟の構造まで見透かし、巨体を軽々と受け止め、仲間達を纏めて強化し、危険種ですら魔法で閉じ込め、大地を抉るほどの攻撃ですら出来る。

 いや、今までの魔法は全て、中級以下の魔法だとイリスは言っていた。

 攻撃魔法として使ったあの"風の囁きウィスパー・オブ・ウィンド"に至っては、初級魔法どころか、子供達が遊びで使うような入門用の風属性魔法だと彼女は言葉にした。


 そんな凄まじい強大な力を、それこそ確実に世界でも最強と言い切れる途轍もない力を、レティシアは何故イリスに託したのだろうか。

 もし万が一、イリスが姉のようになってしまったら、世界が滅びるのは確実だろう。

 あれほどの力を止められる者など、この世界にはどこにも存在しない。そんな事が出来るのは、レティシアと彼女の仲間達だけだろう。


 それを託したレティシアが分からない事など、あり得る訳がない。

 何か必ず理由があるのだろうが、それをシルヴィア達が知る術などなかった。

 力になりたくともなれない自分が、歯痒く思えてしまう彼女達だったが、そればかりはどうしようもない事なのだろう。


 彼女達はイリスのように、"想いの力"を持たざる者なのだから。


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