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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"この街ならでは"

 

 エステルの元へと行ってみると、丁度厩舎の方が彼女を建物内に入れるところだったようだ。

 ぎりぎりではあるが、間に合った事に喜ぶイリス達はエステルを撫でながら厩舎の方にお礼を伝え、彼女にまた明日ねと言葉にして彼女が寝床へと向かうのを眺めていた。

 嫌がる様子も見せず、大人しく厩舎へと歩いていくエステルに微笑みながら、イリス達は夕食を取る為に街の中央へと戻っていった。


 夕食時ともあって、どの店も混雑しているようだったが、運良く席が空いた店に入っていく。

 ここは昼食を取っていた店とは別になるが、ふとイリスは客層に女性連れが多く見られるのに気が付いた。年齢も連れの男性と同じくらいに見えたその女性達に、家族で食事に来ているのでしょうかと言葉にすると、ヴァン達が言葉を返していった。


「ふむ。確かに夫婦かも知れないが、それにしては多いのではないか?」

「そうですわね。今日は特別な日という訳でもないようですし、冒険者でもなければそうそうは外食を控えるのではないかしら」

「確かに外食を多く取っていれば、かなりお金がかかるだろうね」

「もしかしたら何か特別な日なのでしょうか?」

「いいや、これがニノンでは普通の事なんだよ」


 ネヴィアの言葉に答えた一人の中年女性は、彼女の横に立ちながら笑顔でこちらに向き、続けて言葉にしていった。


「ニノンに住んでいる人達には、店での食事を破格の値段で提供出来るようになっているんだ。ここは農業が栄えた街だからね。冒険者ギルドとは別に、農業組合ってのを作って、作られた作物を販売する物と出来ない物に仕分けしていくんだよ。

 販売する作物に関してはギルドの協力も得て、他の魔物素材なんかと一緒にエークリオへ、売れないような野菜は、うちみたいな飲食店に無償で提供してくれるのさ。野菜の中には不出来な物も多く作れちゃうんだけど、そういった物を無駄にしない為にって始まった事なんだよ」


 こうする事で、無駄なく野菜を使いきれるようになったのだと女性は語る。

 中でも大きいのは、大量にあふれてしまう不出来な野菜の処分だろうか。

 これは作物を作る上で、必ずと言っていいほど出来てしまう物になるのだが、ほんの五十年ほど前には店にも出される事はなく、自由に持ち帰れるような場所を設けていたらしい。

 あまりにもたくさんの野菜で溢れてしまう為、当然それだけでは無くなるはずもなく、結局は腐って処分する事になってしまっていたそうだ。


 これを勿体なく思った当時の冒険者ギルドマスターが、何とかして解決したいと考え出したのがこの方法だという。

 これに街の人は反対などする訳もなく、全面的に協力していく事になるのだが、言うほど簡単な事では無かったのだと祖父母から聞いていると、ネヴィアの横に立つ中年女性は話してくれた。


「まぁ、何事も一から始めるのは大変だよね。今では定期的に良い物はエークリオへと送られるから、ニノンにあるものは一級品の物なんて無いんだよ。

 その中でもまともな物を冒険者さんや、旅人に提供する料理の食材として使っているのさ。料金もしっかりと頂いている分、それなりの味は保証するよ。

 だけどニノンの人達が食べているのは、それこそ売り物にならない食材で作ったものだから、味も落ちてとてもお店には出せないんだ。

 ついでに言うと、ニノンの住民が食べている物は、自由に選べないのさ。大量に作った日替わり定食ってやつだね。

 こうする事で、ほぼ無いと言えるだけの金額にまで費用を抑えられるんだ」


 なるほどと納得するイリス達は言葉にしていく。


「それで皆さん、お店でお食事を頂いていたんですね」

「お酒ならまだしも、外でお食事を取り続けるとお金がかかり過ぎるでしょうから不思議には思ってましたが、それならば納得出来ます」

「他所の街ではまず出来ないだろう。ニノンならではのやり方だな」

「私としては、そちらのお料理の方にも興味がありますわね」

「俺も興味があるけど、たぶん食べる事は難しいんじゃないかな」


 シルヴィアの問いにロットが答えるも、どうやらそれは当たっていたようで、中年女性は申し訳なさそうに答えていく。


「それは出来ないんだよ、ごめんね。

 ニノンに訪れた人達が料理にお金を払ってくれる事で、この街が潤うんだ。

 何よりも屑野菜で作っている物をお客様に出すのはちょっとね……」

「何だよ、僕達は客じゃないのかよっ」

「毎日来てるのに、その扱いは酷いわっ」

「こんなにも美味いんだから、出してやれよっ」

「屑野菜だって十分に美味しいのよっ」

「俺達が手塩にかけて作り上げた野菜なんだぞっ」

「形が悪いだけの物だって一杯入ってるじゃないっ」


 そうだそうだと店内にいるニノンの客達の殆どから声が上がっていき、腰に手を当てながら深くため息を吐く中年女性。

 さてどうしたものかと考えているところで、イリスから提案を持ちかけていった。


「ではこうしませんか?

 一人あたり五百リルをお支払いしますので、そのお料理を頂けないでしょうか?」

「いいですわね、それっ」

「ふふっ、そうですね、姉様」

「うむ。それならば問題ないはずだ」

「そうですね、これならばお店にもご迷惑が掛からないでしょうし、俺達もそれを食べる事が出来ますね」

「い、いやいや、こんなのに五百リルも貰えないよ……」


 中年女性の言葉に、こんなのとは何だと声が更に上がっていく。

 強めの口調になりつつあるニノンの住民達だったが、その表情はとても明るく、そしてとても楽しそうだった。

 どうやら酒も入っている事もあり、先ほどから少々悪乗りをしているようだ。


 そんな彼らに挟まれて言葉をかけられていた女性は、やれやれと言葉にしてイリス達に提案を呑んでいった。


「……仕方ないね。外の方(よそさま)にお出しするような物じゃないんだが、そこまで言うのなら流石に断れないよ。それじゃあ五人分用意するから待っててね。

 夕食には無料で一杯のお酒が付くけど、飲めない人はいるかい?」

「いえ、大丈夫です。お願いします」


 笑顔で答えるイリスは、料理も酒もとても楽しみといった表情を浮かべているようで、その姿を見た女性は、本当に大したもんなんて出て来ないからねと苦笑いしながら厨房へと戻っていった。


 そうは言われても楽しみに待っているイリス達。

 特にシルヴィアは、普段は食べられない物とあって、とてもわくわくした様子で心待ちにしているようだ。

 そんな姉にくすくすと笑いながら、ネヴィアが話しかけていく。


「姉様、とても楽しそうにわくわくとしていますね」

「もちろんですわっ。どんなお料理を頂けるのかしらっ」


 きらきらと輝く瞳でにこにこと笑うシルヴィアに、こちらまで笑みがこぼれてしまうイリス達だった。


 売り物にならない野菜とはいえ、野菜は野菜だ。

 そこまで悪い物は出るとは思えないし、そうであればこれだけのお客さんで埋め尽くされる事はないだろう。

 それだけでもニノンの人達に愛されている店である事は間違いない。

 であれば、これから出される料理に期待をしてしまうのも仕方がない。


 そんな事を思っていたイリスの元へ、料理が運ばれて来た。


 シチューにパンにサラダという、とてもシンプルな三種類テーブルに並ぶ。

 そして続けてサービスのお酒が入った木製のジョッキが置かれていく。

 大量に料理を作って出しているとの事なので、こういったシチューのように纏めて作れる料理が多いと思われた。


 テーブルに置かれたシチューから、とてもいい香りが立ち昇っていく。

 見るからに美味しそうな料理に、少々戸惑うシルヴィアだった。

 そんなシルヴィア達に、女性は言葉にしていった。


「今日の定食は、シヴィットシチューとパンにサラダだよ。酒は地酒の林檎酒だ」

「……普通に美味しそうですわよ? 寧ろ見た目では、よく分かりませんわね」


 そう言葉にしながらシルヴィア達は一口食べてみた。



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