"二人の専門家"
とても楽しそうにウキウキとしながらキノコを摘み取るイリスに、シルヴィアがおずおずと言葉にする。
「…………あの、イリスさん……」
「はい! なんでしょうか!」
満面の笑みで振り返るイリスの手には、むんずと掴んだ怪しいキノコ。
見た目はかなり大きめの椎茸っぽい形なのに、褐色に黄緑がかった色合いで、紫色の斑点がぽつぽつと表面に出ている上に、心なしかキノコの周辺にだけ、怪しげな空気を醸し出しているように思えてしまう、そんなモノだった。
途轍もない異彩を放ちまくるそれを見ながら、半目で質問するシルヴィア。
「……それは、その……。大丈夫、なんです、わよね?」
「えっと? 仰っている意味がよく分かりませんが、大丈夫ですよ?」
「……何て言うか、俺には物凄く、異質に見えるんだけど……」
「……む、むぅ……。イリスを信じていない訳ではないんだが……」
「……何て言いますか、その……。と、とても個性的なキノコですね、イリスちゃん……」
「?」
疑問符が抜けないイリスに、頬を引きつりながら苦笑いしか出来ないシルヴィア達。
そもそもそれに触って本当に大丈夫だろうかと心配してしまうが、しっかりと素手で掴んでいるイリスの様子を見るところ、きっと大丈夫なのだろうなと考える彼女達だった。
全く持って、世界は驚きと不可思議で溢れている。
睡眠を多く取ってしまう病気には、おどろおどろしいキノコが薬となるらしい。
ここまで何一つ理解出来ない事が起こり続けているシルヴィア達の目の前で、とても素敵な笑顔を見せる、気色の悪いキノコを握りしめる仲間の薬師に、どう表現していいのかまるで分らなかった。
きっとその見た目からは、想像も付かないような効果を持つのかもしれない。
何事も知識が物を言うのだと改めて感じたシルヴィア達は、イリスと共にニノンへと戻っていった。
* *
ニノン街門前で少々待っていると、大きな扉が重々しい音を立てながら開いてきたようだ。
どの街にも街門はとても立派な造りになっているが、こういった物はどこで造られるのだろうかと考えていたイリスだった。
これだけの大きさとなると特注品なのは当たり前だろうが、気になるのはどこでそれを造ったのか、という事だ。
やはり大都市である四つの国のどこかだろうかと考えるも、思えばフィルベルグのどこにもそういった場所は見た事はおろか、聞いた事もなかった。
そんな事を考えながらイリスは開かれた街門を潜っていくと、少々呆けながらケヴィンが言葉をかけていく。
「なんだ、忘れ物か? まだ全然時間が経ってないぞ?」
「いえいえ、目的の素材はこの通り手にしましたので、戻って来たんですよ」
笑顔で答えるイリスの手には、問題のそれがしっかりと掴まれていた。
あまりの見た目に後ろに少々のけぞりながら、『うお!?』と言葉にするケヴィン。
その反応にシルヴィア達は、自分達は正常なのだと心の中で安堵していた。
半目でジトっとイリスの手の中のモノを見つめながらケヴィンは言葉にするも、その声は若干裏返っていた。
かなりの経験があると思われた彼ほどの者であっても、どうやらその存在を知らなかったようだ。
「……そいつを持って街に入るのは問題が無いのか? 俺には危険に思えるんだが……」
「とんでもないです。これは立派なお薬の材料ですよ。形も色も間違いありませんし、これほどの大きさとなると中々お目にかけない物だと学んでいます。間違っても危険性のあるものではありませんからご安心下さい」
「……そ、そうか……。なら通って構わないが……」
尚も頬が引きつるケヴィンだったが、どうにも不安が拭い去れない様子で、徐々に遠くなっていくイリスを見続けながら、どうか何事も起きませんようにと女神アルウェナに祈りを捧げたという。
「ただいま、エステル」
一旦厩舎にいる彼女に挨拶をしようと、戻って来たイリス達。
イリスの姿を見つけるとエステルは飛んで来たようだが、その手に持つ怪しげなキノコに視線が向かっていった。
『なぁにそれ』と訪ねているようにも思えたイリスは、これの説明をしていくと、エステルはそれに顔を寄せた。
……尤も、そう見えただけで、言葉が伝わっている訳ではないのだが。
「これはね、お薬になるキノコなんだよ。気になる? 食べても問題ないけど、食べちゃダメだよ?」
謎の物体に鼻を寄せながら、すんすんと香りを確かめていくエステルだったが、香りを嗅いだ瞬間、ぷしゅっとくしゃみをしてしまった。
ふるふると顔を横に振る様子を見せる彼女は、イリスに頬を寄せていく。
「ごめんね、エステル。びっくりしちゃったかな?」
キノコを持っていない左手で、彼女を優しく撫でていくイリス。
その姿を見ながらシルヴィア達は、とても小さな言葉を発していった。
「……食べても大丈夫なんですわね、あれ……」
「……俺にはとてもそうは思えないんだけど……」
「……まだまだ予想だにしない事で溢れているんですね、この世界は……」
「……む、むぅ……」
そんな事がありながら、イリス達はエッカルト夫妻の元まで戻っていった。
途中、すれ違った人々の殆どが、イリスの手の中のモノに視線を向けながら立ち止まっていたが、それにイリスが気付く事はなかったようだ。
* *
"エッカルトズ・アロマティクス"まで戻って来たイリスは、流石にこのままずかずかと入る訳にもいかないので、再び扉を軽くノックしていった。
暫くすると、小さくかちゃりと音を立てながら扉が開き、ヘルタが出て来たようだ。
「あら? 何か忘れ物ですか?」
「いえいえ、ちゃんと素材を手に入れて来れましたよ」
何とも既視感を感じるシルヴィア達だったが、それを口に出す事は控えたらしく、言葉にする事無く二人のやり取りを見守っていく。
手にした素材をヘルタに見せるイリスだったが、思いのほか無反応で見つめながら彼女は言葉にしていった。
「これがヤロスラフ病に効くという素材ですか?」
「ええ、そうです。使うのは、このキノコのごく一部ですが」
「面白い素材ですね。初めて見ました。あ、また立ち話をしてしまっていますね、どうぞ中にお入り下さい」
扉を抑えたヘルタはイリス達を店に通し、エッカルトの元まで案内していく。
この後もう一度、既視感を感じるやり取りを見る事となるシルヴィア達だったが、それだけ早く戻って来てしまっていたという事なのだろう。
イリスの予想でも、夕方過ぎまでかかるのではと思っていたらしいが、どうやら相当早く素材集めが終わってしまったようだ。
寝室にいたエッカルトは、少々うとうととしていたようだ。
イリス達の訪問によって目が覚めたらしく、上半身を起こしていった。
そんな彼は、イリスが両手に乗せながら見せている素材を見て、完全に眠気が吹っ飛んでしまったようだ。
「おぉ! それは"褐色キイロタケモドキ"ではありませんか!」
「割と珍しいキノコなのに、林に入ってすぐ見つかったんですよ」
イリスの言葉に、それは凄いですねと笑顔で返すエッカルトは、とても楽しそうにその時の様子を話すイリスに、食い入るかのように聞いていた。
そんな二人を微笑ましそうに見つめる妻ヘルタと、少しだけ遠くからぽつりと呟く仲間達。
「……薬師の間では有名なキノコみたいですわね……」
「……まだまだ俺の知らない事が多いなぁ……」
「……あの見た目ではお薬になるだなんて、想像も出来ません……」
「……むぅ……」
シルヴィア達は言葉にしないが、あれはどう見ても毒キノコにしか思えなかった。
だが、エッカルトの様子から察するに、薬の材料になるもので間違いはなさそうだ。
おまけにあんな色合いであっても、食したところで特に問題はないらしい。
正直なところ、とてもそうは思えないが、専門家が二人も薬の素材だと認識しているのだから問題はないのだろう。
問題はないのだろうが、それでも不安は拭い切れない雰囲気を醸し出すイリスの手の中の禍々しいキノコに、言葉が続かないシルヴィア達だった。
「では早速作りたいと思うのですが、器材をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です。どうぞご自由にお使い下さい」
快く器材を貸してくれたエッカルトにありがとうございますとお礼を言葉にするイリスは、早速調合する為に器材のある店内の隣の部屋へとヘルタに案内をして貰い、仲間達と共に向かっていった。




