"姉"と"兄"と"妹"と
「こんにちは、ミレイさん」
「こんにちは、イリスって、ロットとも知り合いだったの?」
「やあミレイ、こんにちは」
「あはは、昨日ぶりだねー、ロット」
そういうミレイにロットはそうだね、最近はあまりギルドにも行ってなかったからねと話した。
「さっきレスティさんのお店に行ったら、イリスがあたしを探してるって聞いて、今なら噴水広場にいるかもって言われてから飛んできたんだよー」
「そうだったんですか?実は草原まで護衛をお願いしようと思ったんですけど、ロットさんに引き受けていただける事になりまして―――」
と、イリスが言いかけると、ミレイは笑顔で即答した。
「あたしも行くよ」
「え?いいんですか、ミレイさん」
「もちろんだよ。ロットなら安心してイリスを任せられるけど、それでもあたしはイリスをほっとけないからねー」
お姉さんとしては、妹の為なら何でもできるんだよと言いながら、あははとミレイは笑った。
「ミレイもいてくれると心強いよ。速さではミレイにはとても勝てないからね」
「あははー、速さだけならね。強さで言ったらロットには足元にも及ばないよ」
ミレイの言葉に驚いてしまうイリス。見た目はとても優しい青年なのに、戦うと物凄く強いって事なのかな?そう思いながらミレイに聞いてみた。
「ロットさんってそんなにすごいんですか」
「うん。強さで言ったら、あたしじゃまったく勝てないくらい強いよ。これでもあたしはそれなりに強いと思ってるけど、ロットを相手にするとさすがに勝てる見込みはまったくないねー。もしかしたら一撃も当てられないんじゃないかな」
「いや、それはさすがに無いと思うよ。ミレイはとても速いからね。反応できないかもしれない」
ロットはそう言うが、ミレイは反論をするように言葉を返す。
「あはは、ロットの強さは尋常じゃないからね」
「そ、そんなに強いんですか?」
さすがにそれ程の強さとは思ってなかったイリスは、ロットがどのくらい強いのか興味を持ってしまう。なにせ見た目はとても優しく、強靭な身体もしていない。どちらかといえば痩せていて線の細そうな感じにも見える。
そんなロットにミレイが言う程の強さがあると想像ができなかったのも、仕方の無い事かもしれない。正直、イリスが初めて会った時は、冒険者だとは微塵も思わなかったことだし、素敵で優しいお兄さんという印象しか受けられなかった。
「すごいよ、ロットは。剣と大盾で戦うんだけど、例えるとそうだなぁ、鉄壁の要塞かな。攻撃も上手いけど、何よりも防御がとても上手いんだよ。それはもう恐ろしいほどに。魔物の攻撃でもびくともしてないし、冷静に判断して魔物へ確実に攻撃を通す姿は、まるで戦いの専門書を見てるみたいな感じだよ」
なんともべた褒めのミレイに苦笑いするロットは、さすがにそれはと言いかけて反論しだした。
「確かに盾と剣で戦うのは性に合ってるけど、魔物の攻撃に揺るがないって言うのはさすがにないよ?上手く盾で魔物の攻撃を受け流しているだけだよ」
「盾で攻撃を受け流す、ですか?」
戦いに関しては素人のイリスには、ロットの言った事があまりよくわからなかった。盾というものは、攻撃を防ぐ為のものだと思っていたからだ。エリーから貰った知識には年齢相応の知識ということもあり偏りがあるが、中でも戦闘技術に関しては極々一般的な事しか含まれていなかった。
そんなことをイリスが考えている時、ロットが盾について教えてくれた。
「そうだよ。盾には色んな役割があるんだよ。例えばそうだね、そのまま攻撃を防いだり、盾で直接攻撃したり、相手の力を受け流して威力を減らしたり、盾を構えて体重を乗せて体当たりするとか、大きく言うとこんな感じかな」
「攻撃を防ぐのと、直接盾で攻撃するっていうのは何となくわかるんですけど、相手の力を受け流すってどういう事なんですか?」
「相手の力を受け流すっていう事は、そうだね、例えば真っ直ぐ猪が突っ込んで来たのを盾で防御しようとする。単純に考えると、この場合の力の流れは真っ直ぐ後ろに伝わっていくんだ。このまま受け止めてしまうと、猪の力をその体重ごと受け止める事になって、凄まじい威力が襲ってくるんだ。そうならないように、盾を斜めに構えて力の方向をずらす事で、威力を最小限にして攻撃を回避し、相手の隙を作ることが出来るんだよ」
戦ってる中、そんな事って出来るんだろうかと思ってるイリスに、ミレイは補足するように続けた。
「ロットのすごい所は、力の流れを正確に測り、どんな攻撃でも受け流しちゃう所なんだよ。つまりそれだけ攻撃に余裕ができるって事にも繋がるんだ。当然それだけの技術を習得するのに、ものすごい鍛錬が必要だと思うんだけど、ロットには合ってるらしくてすぐに使いこなしてるみたいだね」
「色々武器を使ってみて、今の剣と盾の戦い方が性に合ってるみたいだよ」
「本当にすごいんですね、ロットさんって」
「あはは、ロットはプラチナランクの冒険者だからねー」
今ミレイさんが、さらっとすごい事を言った。思わず聞き間違いかとも思ったくらいだ。
「え・・ロットさんって、プラチナランクの冒険者さんなんですか?」
ゴールドランクのミレイさんは一流の冒険者だが、その更に上のランクであるプラチナは、超一流の冒険者と言われている。後におばあちゃんに聞いた所、プラチナランク冒険者は世界中に20人ほどしかいないらしく、その中でもロットさんは上位に位置する強さと噂されてらしい。あまりに強くて私にはどのくらい強いのかも正直な所わからなかった。
「(見た感じではミレイさんと変わらない年齢なのにプラチナランクって、ロットさんすごすぎるよ)」
イリスはどうやら目をきらきらと輝かせてロットを見つめていたらしく、その尊敬の眼差しを察したロットは言葉を返すように話した。
「一応ランクはプラチナではあるけれど、ランクなんて飾りだよ。本当の強さはランクじゃ測れないと思ってるし、俺はそこまですごい冒険者じゃないよ。俺よりもずっとすごい人はたくさんいるんだよ」
「あはは、こういう所もロットの良い所なんだよ。驕らず偉ぶらず、謙虚で誠実。おまけに努力を惜しまないし、悪口を言ってる事すら聞いたことなく、戦闘の技術もとても高い。ちなみにだけど、ロットはイリスの事をどう思ってるの?」
「うん?大切な妹だと思ってるよ。礼儀正しく優しく、笑顔を絶やさない。それに瞳が常に前向きな色をしていてとても綺麗だね。同時に儚さをも感じる子だから放っておけないんだけどね」
そう言ったのを聞いて、ミレイは残念に思ってしまう。大切な妹と思っているってことはそういう対象じゃないってことだ。ロットにならイリスを安心して任せられたんだけど、妹なら仕方ないね、とミレイは若干諦め顔でロットを見ていた。
「儚さ、ですか?」
いまいちピンとこないイリスは聞き返してしまうが、ロットではなくミレイが答えた。
「イリスは身体がとても華奢なんだ。あたしも初めて話した時に似たような事を思ったよ。なんて綺麗な子なんだろう、でもとても線の細い子だなぁって。イリスはちょっと痩せすぎだから、もうちょっと食べて身体を作らないとね。まぁ初めて見た時は、可愛くて可愛くて仕方のない子だったから、話してる最中も抱きつきたくて堪らなかったけど、会って直ぐだったし嫌われたくなかったから抑えたんだけどねー、あたしよく我慢できたと思うよ、あはは」
とても素敵な笑顔で笑うミレイだが、ロットは若干呆れたようにミレイに話しかけた。
「そういえばミレイはその癖がまだ直ってなかったんだね」
「これはあたしのあいでんててーなのだよ」
胸を張るミレイにイリスはくすくすと笑い、ロットはミレイのよくわからない言動に苦笑いをしつつも言葉を返した。
「よくわからないけど、わかったよ」
「ミレイさんに抱きしめられると、心がとても温かくなるんですよ」
「そうなんだね、さすがに抱きつかれた事はないからよくわからないなぁ」
「あはは、可愛い子限定だからね、さすがに。とは言っても、イリスに出会ってからは可愛い子を見かけなくなったなぁ」
「確かにイリスちゃんは可愛いからね。将来すごく綺麗な女性になるよ」
えぇぇっと顔を赤くしてしまうイリスに構う事なく、ミレイは相槌を打った。
「そうだね。このままだと確実に美人一直線だね。もしかしたら絶世の美女になれるかもしれないね」
真顔で答えるミレイにますます顔が赤くなっていくイリスは、まるでゆでだこのようだった。
「も、もう。やめてくださいよ、おふたりとも。恥ずかしいですからっ」
「あはは、顔の赤いイリスもとっても可愛いよ?」
もう!っと、若干ぷくっと頬を膨らませるイリス。そんなイリスをごめんね、と言いながら優しく頭を撫でた。それだけでイリスは落ち着きを取り戻し、撫でてくれてるミレイを優しく見つめ直した。
「そういえばミレイさん、魔法のお勉強の方はどうですか?」
前に聞いた感じでは、無駄な事にはならないと思っているが、イリスから言い出した事なので、どうしても気になってしまう。
「ミレイが魔法の勉強?ずいぶん珍しい事をしてるね」
ロットはさすがに驚く。魔法を使うミレイを想像できなかったからだ。ミレイからも自分には魔法は合わないから使わないと聞いていたし、勉強が苦手なのも知っている。そんなロットはミレイに驚いたように聞き返してしまっていた。
「あはは、魔法書は未だに意味わかんないけどねー。ちょっと前にイリスにいい事聞いちゃってね、今色々試してる所なんだよ」
「もしかして昨日の新調したっていう武器と関係があるのか?」
「そうそう。注文してた武器が出来たって聞いて早く手に入れたくてね、あの時は急いでたから話さなかったけど、あの後かなりの手ごたえを感じるくらいの魔法になったよ。武器と相性が合ってたみたいだね」
「ミレイが言う程だから、相当すごい事になってるのはわかるんだけど、どういう事なんだ?」
「まだ完成してないけどね、イリスに教えてもらった方法は、矢に火を纏わせる事なんだ」
そう言ってミレイはイリスとの会話にあった魔法の応用を説明していく。徐々にロットは真剣な顔になり、説明が終わる頃には完全に聞き入っていた。
「あはは、すごいでしょ?」
「驚いた。凄いと言うか、凄まじい事になるかもね」
「え?そんなにすごい事になってるんですか?私、仮定の考えを伝えただけなのに・・・。」
実際にイリスの考えは、まだ魔法すら使えていない上に、本から察した推測に過ぎない。そんなものがまさか数日で形になる事も本来ならばすごい事なのだが、なによりもロットが驚いたのは、あのミレイが魔法を勉強し、真面目に練習している点ともうひとつだ。
「俺も魔法に関しては殆ど素人だし、確かにそれが可能ならすごい事だけど、昨日魔法の本を読んでた子がそこまで辿り着ける事がすごいね。もしかして前から魔法の勉強してたの?」
そういうロットにイリスは平然とした顔で、いえ、昨日初めて魔法の本を読んだんですよ、と答えた。
「あはは、イリスが出した魔法書なら、ものすごくわかりやすく書いてくれると思うから、あたしでも読めるねー」
「なるほど、ミレイの言った意味がわかったよ。たった一日でそこまで辿り着いたのか。もしかしたらイリスちゃんは、魔法研究とかにも向いてるのかもしれないね」
正確には2日前に、よいこのまほうっていう絵本を読み始めたんですけど、と言うと二人は顔を顰めてしまった。あれ?なんかまずいこと言っちゃったかな、と思ったイリスだったが、すぐにその謎は解けた。
「あぁ、あの本か・・・」
「あはは、あれはないわー」
どうやら二人とも読書済みだったらしい。やはりあの本には、精神を削る何らかの魔法が付いてるんじゃないだろうかとイリスは思うのであった。
「お二人ともあれを読んだんですね」
「読んだというか、諦めたというか」
「あはは・・・あたしには難しすぎたね、あれは・・・」
ロットさんは苦笑いをし、ミレイさんは遠くを見ていた。二人は内容に入る前に絵で衝撃を受け過ぎたらしい。あの絵はある意味凄い物で、文章に入る前に気持ちを挫く効果がありそうな程、強烈な物だったとイリスは思い返す。
「あの本が恐らく魔法の入門書だと思うけど、ゼロからあれで学ぶのは俺には無理だよ」
「あたしも無理だね。あれは酷過ぎると思うよ。どこが6歳からなんだか、書いた本人に聞いてみたいよ」
「あはは、私もあれだけじゃ全く理解できませんでしたよ。ロットさんに取ってもらった『基礎魔法学』を読まなければ理解できなかったと思います」
「あの本か。魔法はあの絵本のせいで俺には合わないと思ってたけど、少し興味が湧いて来たよ」
「ロットも確か火属性だったよね?試してみてもいいんじゃない?」
「ロットさんも火属性なんですか?」
「ああ、うん。確かに火属性だけど、ミレイと同じで、っと以前のミレイとだね、微弱な魔法しか使えないんだよ。野営する時にはそれでも十分だけどね」
「私と同じ風属性だったら、風を纏うコツを教えて貰いたかったですよ」
「イリスちゃんの場合は、誰かに聞くより自分で確かめた方がいいんじゃないかな。これだけ魔法の知識があるのならきっと直ぐに風を魔力に覆えると思うよ」
「そうだね、イリスはあたしたちより遥かに魔法適性が高いと思うよ」
そうミレイに言われてもイリスにはあまりぴんと来なかった。イリスには魔法適性があるかはよくわからないが、ギルドで調べてもらった魔力適性の水晶を思い出していた。
「私に魔法適性があるかはわかりませんけど、ギルドで魔力適性を調べてもらったら、目に見えないくらい小さく光ってましたよ?」
その言葉に二人はかなり驚いた顔をしていた。確かに知識と魔力適性は比例しないが、そこまで小さいとは思っていなかったようだ。
「まぁ、魔力適性を確認できれば鍛える事が出来るそうだから、気にしなくていいと思うよ」
「だね、イリスは知識があるからきっとすぐ上達するんじゃないかな」
そんな事を話している時、昼の鐘が鳴ってしまった。ずいぶんと話し込んでしまっていたようだ。
「あ・・・、もうお店に戻らないと」
「ずいぶん話し込んじゃったからね」
「あはは、楽しい時間はすぐに過ぎちゃうものだからねー」
「それじゃあ明日の朝、お店に迎えにいくよ。ミレイと合流したら草原に向かおうね」
ロットはそう言いながら二人に確認を取る。
「それじゃあお二人とも、よろしくお願いしますっ」
笑顔で返すイリスに姉と兄は優しく、いいんだよそんなこと言わなくて、と言ってくれる。ありがとうございます、とイリスは心の中で思いながら、二人から離れお店に戻っていった。