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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"覚悟の差"

 

 イリス達は銀の杯亭のご主人に教えて頂いたお店で、食事を取っていた。

 お昼時ともあり、多くの人で溢れていた店内ではあったが、その年齢層も中年以上の方が多く感じられた気がしたイリス達だった。


 今日のお昼はボア肉のシチューとパン、サラダの盛り合わせ、キノコのマリネといった、彩の良い食材が並ぶ食事となった。

 値段もお手頃で、味も美味しく頂けるのだが、やはり野菜の新鮮さを感じられるイリス達には、シチューよりもサラダの方が美味しく感じてしまうようだ。

 冒険中に新鮮な野菜など手に入れる術がないのだから、それも仕方ない事ではあるのだが、そう割り切ってはいても美味しい野菜を食べたいと思ってしまう彼女達だった。


 食事のお茶も飲み終えて、これからどうしようかと話をしているイリス達の元へ、隣の席に座っている男性達の話が聞こえてくる。


「――んじゃなんだ? エッカルトさんは、まだ治んないのか?」

「ああ。どうやら今年の風邪は、ちと厄介らしいな。もう一週間にもなるからな」

「まぁ、儂も笑えんわな。そろそろエッカルトの薬を買いたかったところなんだが、もう暫く待たんといかんか」

「爺ちゃんも気ぃ付けろよ? 風邪だからって高齢になれば危ないんだからな」

「親父ももう年だからな」

「そこまで老いちゃいないわ」

「どうだか。つい二週間前に転んで怪我したじゃねえか」

「あれはたまたま転んだだけで、そんな大層なもんじゃないんだが」

「本当に気を付けてくれよ、親父。頭でも打ったら洒落にならん」

「流石にそこまで耄碌(もうろく)しとらんわ」


 イリスの正面に見える、楽しそうに食事をしながら話をしている三人の親子達。

 高齢の男性に中年の男性、そして青年一人のようだが、イリスは立ち上がって彼らの元へと向かい、話しかけていった。


「お話し中の所すみません。エッカルトさんとは、ニノンの薬師さんでしょうか?」

「冒険者かい、お嬢ちゃん。そうだよ。エッカルトはニノンで唯一の薬師なんだ」

「街外れに住んでいる薬師で、腕は確かなんだが、今風邪を引いているから薬を作って貰う事は難しいと思うぞ」

「この店を出て真っ直ぐ歩いていくと、エッカルトさんの店に行けるよ。尤も今は休業中だけど、用事があるなら奥さんが対応してくれるから行ってみるといいよ」

「ありがとうございます。そうしてみますね」


 それではと笑顔で言葉にしたイリスは、席に戻っていくと、そのまま会計を済ませ、もう一度親子達に挨拶をして仲間達と店を後にした。


 外に出るとイリスは仲間達にお願いをしようと口を開こうとするも、どうやらしっかりと言いたい事まで伝わってしまっているようだった。


「それで、何が気になるんですの?」

「あはは、また見透かされちゃってますね」


 苦笑いするイリスに、丸わかりですわよと笑顔で言葉にするシルヴィア。

 続けて仲間達も言葉にしていった。


「そういった顔をしていましたよ、イリスちゃん」

「うむ。まぁ、話の流れで大凡は把握しているが」

「ですね。街を歩きながら食後の運動も出来るし、行ってみようか」


 ありがとうございますとイリスは仲間達に笑顔で伝えると、その話をしながら親子達に聞いた道を進んで歩いていった。



 ニノンは農業の街と言われるだけあり、沢山の畑に囲われる様に家が点在していた。

 街の中央から少しでも進むと、そこには長閑な風景が一気に広がっていく。

 エルマよりもずっと小さいはずなのに、それ以上の大きさを感じるシルヴィアは、歩きながら言葉にする。


「……不思議ですわね。エルマよりも広く思えますわ。流石にそんな筈はないと思えるのですけれど」

「本当ですね、姉様。とても不思議な感覚を感じます」


 恐らくは目の錯覚ではないだろうかと、ヴァンは答えていく。

 建物が集中して建てられていない事と、畑が広がっている事が、エルマよりも広く感じてしまうのではと推察していた。

 実際、ニノンは農業を主としている為に街が広く造られてはいるが、エルマほど大きくはない。大きさで言えば半分程度といった所だろう。

 そう思わせない理由の大きなものは、今ヴァンが言葉にしたものと、人口が少ない点にあった。


 現在は昼時という事もあり、のんびりと食事を楽しむ者達で店が溢れかえっているが、逆に言えばそれは街の人が店の中に集中してしまっている為、街自体ががらりとした印象を受ける事から、より広く感じてしまうのだろう。


 街を歩いていると、青々とした作物が左右に広がって見えて来たようだ。


「あれは小麦畑ですね。収穫まで後三か月といったところでしょうか。とても綺麗な黄金の麦畑になっていくんでしょうね」

「黄金の麦畑か。あれは中々に良いものだな。まだまだ時期は早いが、機会があれば見たいものだ」

「そうですね。その頃にはもう一度来たいですね」

「規模で言うのなら、アルリオンの方が壮観な光景が見られるのかしら?」

「確かにアルリオンの麦畑は凄く綺麗だね。まるで一面に続くかのような、とても美しい黄金の草原が広がっているよ」


 優しい風に揺れる黄金の草原に思いを馳せるイリス達。

 風も、香りも、小麦の揺れる音も、金色の草原も、そのどれもが魅力的に思えた。

 またひとつ旅の楽しみが増えたイリス達は、目的の場所と思える壁寄りの小さな一軒家へと向かっていく。

 どうやらそこに薬師であるエッカルトがいる店のようだった。


 近付くにつれ、その家の周囲にある畑がハーブ園である事も見えて来たが、その大きさと植わっているハーブの種類にイリスは驚き、目を丸くしていた。


「大きなハーブ園ですわね」

「ハーブが一杯植わっていて、とても綺麗ですね」

「凄いです。これだけの規模となると恐らくこのハーブ園だけで、ニノンの人達に必要な分のお薬を作られているようですね。流石にうちのハーブ園とは違います」

「そうなんですの? でもレスティさんは、フィルベルグ随一の薬師と呼び声が高いですわよ?」


 実際にレスティは、王国一の薬師である事に違いはない。

 彼女の知識や技術、作られる薬の品質だけではなく、何よりも売っている薬を安定供給する事により、彼女の店で売っている薬が売り切れた事など、ここ四十年間一度もなかった。

 それほど重要な薬や、ヘレル病治療薬のような特殊な薬は扱っていないが、一般的なポーションであれば品質鑑定済み商品として確実に購入する事が出来る。

 更には王国騎士団の演習の際に大量発注をしても、その場で渡せるほどの在庫量を保有していた。


 それどころか"眷属事変"の際に必要となった、一万二千個ものポーションですら在庫があった事に驚いたのは、エリーザベトやルイーゼ達王国側ではなく、同業者であるフィルベルグに店を構える薬師達であった。


 レスティがいなければ、作戦自体が大幅な見直しが必要となり、被害を最小限に抑えられる事はまずなかっただろうと王国側は推察していた。

 最悪、魔獣と共に群がる魔物がスタンピードを起こし、多くの騎士や冒険者だけではなく城門まで突破され、第二のアルリオンの悪夢となっていたかもしれない。

 幾ら女王と騎士団長が強かろうが、数に押し切られてしまえば想像するのもおぞましい結果になりかねなかった。

 実際にはそれを阻止し、人々の安寧を守る事が出来たが、一歩間違えばどうなっていたのかなど本当に分からなかっただろう。


 レスティが所持しているハーブ園は、元々の持ち主が趣味で小麦や野菜を作っていた農場であり、その規模は然程大きくはない。

 土地を相続したまま余らせていては勿体ないとの理由から、畑をハーブ園として利用してきたレスティだったが、それも調合に必要となるリラル草とレルの花、それと魔法薬の原料となる魔法の薬草(マジックハーブ)くらいだ。


 だがこのハーブ園は別格に大きく、また遠目で見ても、その種類の豊富さに驚いてしまうイリスだった。

 中でも風邪に効く薬の原料となるハーブであったり、腹痛や胃痛に効く花であったり、肩凝りに効果のある木の実であったりと様々で、見える範囲で確認出来るだけでもかなりの薬を作る事が出来る、薬師には夢の庭に思えてしまう場所だった。


 瞳を輝かせながら一つ一つ説明していくイリスは、ぴたりと動きを止めながら、そうかと小さく言葉にして話し始めた。


「ニノンでは全て必要不可欠なお薬ばかりなんだ。フィルベルグでは他にお薬を作る方がいるけど、ここではそれが難しいから作らなければならなかったんですね。

 近くの森に行けば手に入れられる素材が殆どだけど、そんな事をしていたら大金がかかっちゃうからここで栽培しているんですね、きっと。

 これだけの量を育てるのも、扱うのも、一人では本当に大変なはずなのに……」

「なるほど。様々な症状を一人の薬師がそれを治し、ニノンの人々を護っているのか」

「エルマの子達のようにお勉強すれば、薬師になれるのではないかしら」


 素朴な疑問をイリスに口にしたシルヴィアだったが、それは中々に時間がかかるのだとイリスは表情を曇らせながら話していく。


 実際にこの街で必要となるであろう風邪の薬を含む様々な薬の殆どは、使う素材を見極める事が出来る目が必要になるのだとイリスは語る。

 微々たる誤差では然程問題は出ないが、木の実一粒が持つ効果の違いが分からなければ、身体に変調を(きた)す可能性が出てしまう。

 当然重い症状として現れる訳ではないのだが、風邪薬を飲んだのに気分が悪くなっては本末転倒だと言えるだろう。

 中には軽い熱を出してしまう副作用を含んだものもある為、その辺りの見極めが出来なければ、薬師としてはあまり名乗れないのではとイリスは話した。


「所謂"目利き"ですわね。でも具体的にどういった所を見て、素材の良し悪しを見分けているのかしら」

「そうですね。例えば木の実の大きさや色艶、香りの強さ、重さとかでしょうか。

 素材によってまちまちなので、一概にこれと言う事が出来ないのが、お薬の難しいところではありますが、季節によってもその品質を変えるものも多いので、これを把握するにはかなりの薬学知識が必要となると思います」


 淡々とイリスが説明していくが、それを彼女がたったの一年半で習得した事に驚愕してしまうシルヴィア達だった。

 ましてやその期間は、シルヴィアとネヴィアが修行に専念し続けていた時期である。それをイリスは修行の他に、薬学や調合学だけではなく、魔物や世界に関しての知識の多くを身に付けていた。

 流石に冒険者の知識などは経験者に聞くしかないので、そういった事を学ぶ機会はなかったようだが、同じ時間を過ごしていた中で、あまりにも多くの事を学んでしまっていたイリスに、言葉が出なくなってしまう姫様達だった。


 ここに来て初めて、いや、やっとと言うべきだろうか。

 イリスが求めた強さの質を理解する事が出来た、シルヴィアとネヴィア。

 それは母とルイーゼが修行前に言葉にした、覚悟の話となる。


 イリスの力となるべく修行をし続けた二人と、自身の無力さと浅はかさを痛感し、もう二度と悲しい事をさせないと心に誓った覚悟の差。

 悩んで悩んで、悩み続けて出した答えと、その為に必要となるものをしっかりと見据え、手にしたものの差。


 "前に進む"という点では、三人に大きな違いはないかもしれない。

 そこに彼女の物覚えの良さも関係しているのだろう。

 だがそれは、あまりにも違い過ぎる覚悟の質として、二人の前に明確な差で表れてしまっていた。


 今更ながら、二人は思う。

 イリスとの覚悟の差に。


 母やルイーゼの言った通りだった。

 覚悟の質が全く違うイリスに追い付くには、"力になりたい"などと思う程度では、

まるで足りなかったのだ。


 確かにシルヴィアもネヴィアも、とても強くなった。

 プラチナランク冒険者と模擬戦をしても、負ける事などないだろう。

 しかしそれでも、イリスの足元にも及ばないほどの差となってしまった。


 その一つが魔力量の多さから来る身体能力強化魔法だ。

 当然これは充填法(チャージ)によって、込めた魔力に比例して身体が強化される魔法となる。

 ギルド地下訓練場でのヴィオラとの模擬戦でイリスが使った強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストは、凄まじいものがあった。

 シルヴィアとネヴィアも同じ魔法を使う事が出来るが、あれほど強力な魔法として発動する事など出来ない。それはヴァンとロットでも同じ事ではあるのだが。


 イリスは魔法で身体能力を強化していなければ、シルヴィアほどの腕力はまずないだろうし、体力としてもネヴィアほどないと思われた。

 だがそれを補って余りあるどころか、遥か彼方にまで強化させてしまっている魔力量の多さが、イリスを途轍もない強さにまで上げていた。


 フィルベルグを旅立ってから、その強さの秘密である魔力の上げ方について、イリスから学んでいたシルヴィア達だったが、それはまた別の話である。



 こんこんと静かに店の扉をノックするイリス。

 看板が屋根から下がっており、瓶の印に文字で"エッカルトズ・アロマティクス"と書かれていた。

 随分とおしゃれな名前だが、筆跡が女性のものに思えたので、恐らくエッカルト夫人が書いたのかもしれないとロットが思案していると、静かに扉が開いていった。



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