"小さな街の事情"
冒険者ギルドとは、どんな街でも存在しており、様々な依頼の受注や委託が出来るようになっているが、当然それは小さな街であるニノンでも変わる事はない。
大きな理由としては、魔物の存在がそうさせるのだろう。
魔物の駆除や街の防衛などに必要となる人員の確保には、どうしても冒険者ギルドが必要となるのだから、それは仕方はない事なのかもしれないが。
依頼内容に関しては、それぞれの街に合った特色を見せるが、それほど大きな変化はないとされている。
勿論ヴァンとロットも世界中の街を周った訳ではないので、その全てを確認する事も把握する事も出来ないが、依頼内容に関しては世界共通のものばかりだと思われるようだ。
大体は街の中央に建てられており、すぐ近くに飲食店がいくつかあるらしい。
街の中央と言ってもその姿は長閑なもので、建物の間隔も広く造られている上に、本当に二百五十人もいるのだろうかと思えてしまうほど、とても静かな空間となっていた。
現在は昼過ぎという時間帯もあってか、店内にはたくさんの人がいるようで、がやがやと賑わっている様子ではあったが、街を歩いている人は割と少なく思えてしまった。
これはアルリオンを歩いていたせいもあるかと思われるが、あまりに長閑な光景に、気持ちまでも緩んでしまいそうになるイリス達だった。
ニノン冒険者ギルドは、とても小さく、建物自体も古いようで、扉を開けてカウンターへと進んでいくと、床の音がぎしぎしと年季のある音を奏でていった。
どことなく哀愁を漂わせる音に聞こえたイリスは、その床の軋みですら、楽しみながら歩いていたようだ。
それはどうやらシルヴィアも同じようで、目を輝かせながら床を見ていた。
まるで子供のような姉の姿が、素直に微笑ましく思えてしまうネヴィアだった。
流石に掲示板も受け付けも一つしかなく、その横には素材を置くための大きなテーブルが一つだけ設けられているようだ。
入り口から入って右手に掲示板、正面にカウンター、そしてその左手に素材用のテーブルが設置されているらしく、どうやらこれはギルド全体で決められている造りなのだとイリスは思っていた。
残念ながらここで食事をする事は出来ないようで、以前先輩たちが教えたように、そういったスペースは大きな街でもなければ設けられていないようだ。
美味しく安く、しかも早く料理が出てくる上に、お酒まで頂ける場所と二人から聞いているので、イリスには少々残念に思えてしまっていた。
とりあえず魔物素材を、受け付け横のテーブルに乗せるヴァンとロット。
今回は一人で持てないほどの素材だったため、ロットも運ぶのを手伝っていた。
女性達も手伝うと申し出てはいたのだが、二人で持てるからという理由で断られてしまっていた。
丁度テーブルに素材を置き終えた頃、奥から年配の男性がやって来たようだ。
とても大らかな感じが漂う素朴な細身の男性で、彼の笑顔に釣られてこちらまで笑顔になってしまうような、そんな人の良さそうな方だった。
「やあ、ニノンへようこそ。魔物の素材買取ですな?」
「はい。よろしくお願いします」
「それでは査定をさせて頂きます。少々お待ち下さい」
イリス達に言葉にした年配の男性は、魔物素材をその場で広げていく。
奥にはテーブルもあるが、量が量だけにこの場で査定した方がいいと判断したようだ。
魔物の素材を種別に分けていきながら男性は笑顔で話をしていった。
「いやあ、丁度帰る所でしてね。もう少しだけ遅ければ、買取は明日に回させて頂く事になっていたと思います。タイミングが良くて何よりですよ」
「すみません、お仕事を増やしてしまって」
申し訳なさそうに言葉にしたイリスだったが、年配の男性は首を横に振りながら言葉を返していった。
「とんでもございません。寧ろ冒険者さんをお待たせしてしまう方が心苦しいのです。ニノンはただでさえ小さな街ですからな。冒険者さんが売りに来て下さる素材で街がかなり潤うのです」
毛皮等の素材は、ニノンではあまり意味のない素材だ。
使い道がないとまでは言わないが、毛皮を使って何かを加工するよりも、大きな都市に売りに行く方が遥かに高収入となるらしい。
この辺りでは東のアルリオンではなく南西のエークリオまで向かい、ニノンでは必要としない毛皮や牙、爪といった素材を纏めて売りに行く事になるそうだ。
そうそう何度もエークリオを行き来する事は出来ない。
その為に素材を纏めて売りに行く必要が出て来るのだが、それには何人もの冒険者を護衛として雇わねばならないので、中々に厳しいのですよと男性は語る。
それでも相当の収益金となるのだと、年配の男性は教えてくれた。
「ニノンでは素材に関しては、大きな街ほどの報酬をお支払いする事は出来ませんが、そこはご了承頂ければ幸いです」
「はい。大丈夫です。どうぞお気遣いなく」
そう言葉にしたイリスだった。
正直なところ、魔物素材を換金する理由の一番大きなものとしては、素材が荷台を占めてしまうからだ。
勿論旅をするのにも資金は必要だし、肉に関しては美味しく頂く事が出来るが、それ以前に魔物と遭遇する度に増えていく素材の方が厄介だと感じていたイリス達だった。
ニノンに到着する手前でその話を先輩達としていたが、それでも馬車を所有している時点で相当助かっているのだと彼らは話していた。
それも当然と言えるだろう。
乗合馬車は基本的に人を乗せるスペースが主であり、魔物素材を入れる場所などそうはない。
そんな時に魔物と遭遇した場合、基本的に持てない素材は破棄する事が多くなる。
勿体ないが持っていけない以上は捨てるしかないのが現状で、食べられる肉などを優先的に馬車へと積み込むのが常識となっている。
必要以上に毛皮など積んでいる余裕などなく、食料を重視するのも仕方がない事なのだろうが。
しかしそのまま捨て置いても魔物を寄せ付けてしまう危険性があるため、捌いた後その殆どが地中に埋められている。
そうする事でかなり魔物が近づかなければ、掘り起こされる危険性はなくなる。
更にその場所に魔物除けとなる薬をばら撒く事で、完全に寄せ付ける事がなくなるのだが、流石にそこまでする事は現実的ではないと言えた。
何よりも魔物除けとなる薬は、冒険者達の命綱となるとても重要なアイテムだ。
イリス達もフィルベルグを出る前にいくつか購入して荷台に積んであるが、このアイテムは何か起こった時のために持っておくのが冒険者の常識となっていた。
彼女たちがこれを使う事はかなり限られているとは思えるが、それでも世界は何が起こるか分からないのだから、準備を怠る訳にはいかない。
自分達の為ではなく、誰かの為にそれを使う事もあるかもしれない。
そういった理由から、イリス達も魔物除けとなる薬を馬車に積み込んでいた。
この魔物除けの薬は、使用すればとんでもない匂いが溢れ出すが、使わなければ大して匂いのしないものだ。
流石に匂いのきついものなど、エステルが嫌がるのは目に見えている。
もしそんなものであれば、イリス達は持ち運んだりもしないだろう。
イリス達が乗っている馬車は中々に大きなものであり、人が三人横になれるだけのスペースが確保されていた。
それだけのスペースであればかなりの積載量となるために、一般的な冒険者よりも遥かに、そして商人の馬車に近いほどの素材を積む事が出来る。
寝る時には邪魔となるので外に置いておくが、かなりの金額になる素材を捨ててしまうほどの魔物も倒している訳でもないので、基本的に素材はほぼ全て持ち運んでいた。
今回の魔物素材は、ラクン二匹、フォクス一匹、シヴィット二匹になる。
十九万九千七百六十リルとなったようで、色を付けて二十万リルとして頂いた。
「アルリオンやエークリオであれば、軽く二十五万リルは買取が出来る筈なのですが、申し訳ありませんがニノンではこれが精一杯なのです。せめて気持ちだけでもと色を付けさせて頂きました。本当に微々たるものですので恐縮ですが」
「大丈夫です。どうぞお気遣いなく、ニノンのお役に立てて下さい」
そう言って頂けると本当に助かりますと言葉にする年配の男性職員。
お金は現金で大銀貨二十枚を受け取ったイリスは、袋に詰めてそれをロットに渡していく。
正直、小金貨以上の硬貨は非常に使い勝手が悪い。金貨などお店で出せるのは、高額商品となるような物を扱っている店だけだろう。食事処で出そうものなら戸惑われるか、とても嫌な顔をされるかのどちらかではないだろうか。
そういった硬貨を受け取る冒険者はとても少なく、彼らが頻繁に使うのは大銀貨以下となる硬貨のみだ。
そしてニノンを含め、小さな街にも言える事ではあるのだが、こういった場所では金貨は殆ど見かけないという。
そもそも扱える店などギルドくらいしかないのだから、それも当然かと思えてしまうのだが、ニノンのような小さな街で金貨を見かける事はまずないと言えるだろう。
それを言葉にして言われたりはしないし、そういった規則などもないが、金貨を出す事はあまり良くない。
要するに、お釣りを用意するのが大変になるお金を出すのは、お店の方にとても迷惑がかかる、という事だ。
逆に数百万リルもする高額な武具の支払いに、大銀貨数百枚を用意する事は迷惑に思われないのだと、後にヴァンとロットから話を聞いたイリス達だった。
正直なところ、それだけの大金を大銀貨で支払う事自体、イリス達には想像も付かない事ではあるが、エルマで支払った白金貨の方が、一般的にはまるで理解出来ないと言われる事だろう。
その事を先輩達二人は口に出す事はなかったが、どうしても思い出してしまうような、とんでもない事であったことは間違いないだろう。
シヴィットはハクビシン型の魔物です。
かなりの美味だそうですが、現実世界では色々と問題がある素材ですね。




