"力の一つ"
「わぁ。あれがニノンですね」
荷台から顔を出しながら、ヴァンとロットに訪ねていくイリス。
横には同じような表情をしたシルヴィアとネヴィアが、彼女の両側から顔を覗かせていく。
視線の先にはお世辞にも大きいとは言えない小さな街があるものの、その壁となるべきものが少々特殊に見えたイリス達だった。
街に近づくにつれ、丸太を組んだもののように見えたそれは、真っ白な木材で組み合わせて造られたもののようだ。
だがよく見るとその木は、どうやら少し前に見た事のある素材で加工されているように思えたイリスだった。
こういった事に詳しそうなロットに訪ねてみると、彼は答えていった。
「イリスの思っている通り、あれはリオールを塗り込んで強化しているらしいよ。
何でも五年ほど前にアルリオンから提供された新しい技術だそうで、木材にリオールの繋ぎを塗り込む事で、本来持っている強度を更に強化出来るらしいんだ。
木材にリオール材を塗る技術は、十年ほど前に開発されたって聞いた事があるけど、あくまでも噂程度で、その辺りは俺も詳しくは知らないんだ」
でも、と彼は言葉を続ける。
こういった技術が開発される事で、過疎化の危機に陥っている街であっても簡単に壁の強化が出来るため、かなり注目されている技術らしいとロットは語る。
それこそリオールのような硬度を誇る石材で街を覆うとなると、かなりの人材と経費がかかってしまう。それだけの費用を捻出出来る街であれば問題はないだろうが、ニノンのような街にはそういった事はとても難しいと言える。
そういった街の助けになる可能性を秘めた技術なんだよと、彼は言葉にした。
「特にニノンは高齢の者が多いからな。獣人であろうとも、力仕事は若者の仕事と言えてしまう。若い働き手が少ない街で強固な壁を造るには、色々と問題が出てくるし、元々小さな街には安全とは言えないほどの壁で囲われている事もある」
「なるほど。それでこういった技術が必要となる訳ですわね」
「新しく壁を造り直す事は難しくても、その壁を強化出来れば十分な守りとなる、という事ですね」
「それがこの木材にリオールを塗り込む技術、なのですね」
そうだねと笑顔で答えるロット。
続けて彼はその素材も少々特殊らしいと言葉にしていく。
彼もそれほど詳しくは知らないのだが、石には石の、木には木の接着させる素材があるそうで、この目の前の街を囲う木材に使われているリオールは、アルリオンの建築物に使われているものとは少々違うらしいと、以前アルリオンで聞いた事があるそうだ。
それには魔物の素材を使ったり、植物を使ったりと様々あるそうで、試行錯誤の末に作り上げたものらしいと、ロットは言葉にしていった。
そんな話を聞いていたイリスは、白い壁を見つめながら口にしていく。
「不思議ですね。素材次第で効果が変わっていくだなんて、まるでお薬みたい」
「そういえばそうだね。薬もハーブ次第でその効果は全く違うものになるらしいし、本当に不思議な素材だね」
「ですが、その不思議なものを発見したのは、とても凄い事ですね。そのお陰で街を守る事が出来ているのですから」
「そうですわね、ネヴィア。それも全て私達の知らない所で研究をしている方々のお陰なのでしょうね」
「うむ。全ては人の幸せな暮らしを求めて手にした、力の一つなのかもしれないな」
「力、ですか。確かにそう言えるのでしょうね。実際にニノンを守っているこの壁は、人の成した努力の賜物なのでしょうね。
私達には分からないような、とても難しく、そして努力の積み重ねで手にしたものなのかもしれませんね」
ネヴィアの言葉に一同が頷いていた。
実際にこの素材をどう造り上げたかは分からないが、それでも努力なしには成しえない事であるのは間違いないだろう。
研究者が発見したのか、それとも開発したのかも判断は出来ないが、それでもその技術のお陰で救われている人がいる事だけは理解出来たイリス達は、ニノンの街へと入っていった。
農業の街ニノン。
一般的にそう言われてはいるが、実際には集落と言ってもいいほどの小さな街だ。
人口は凡そ二百五十人ほどと言われ、その殆どが農業をしている高齢の者達で溢れている街となる。
年齢層の殆どは四十代後半から六十代が殆どで、中でも若者と呼ばれる二十代以下は三十人ほどしかいないそうだ。
ここに冒険者たちは含まれていないが、こういった静かな街である為に、仕事以外で訪れる若い冒険者はあまり居らず、ニノンに滞在している冒険者も高齢の者達ばかりのようだ。
そういった者は冒険者でありながら、自身達で野菜を育てたりしているそうで、隠居暮らしをしながら時たま魔物を狩り、畑を楽しむような者達が殆どらしい。
自由気ままな暮らしと思えるような生き方を望んだ者達が、この街に滞在している冒険者の大半だそうだ。
中には畑を持ちたいという者も、この街を訪れる事があるそうだが、そうそう多くはないために、寂しくはないが、とても長閑な街だと言えるような不思議な場所となっていた。
この街に子供がいない訳ではないが、やはりとても少ないそうで、子供たちが元気に走り回っていることも少ないのだそうだ。
極稀に喧騒を嫌って訪れる若者がニノンへと移り住み、農業や冒険者として生計を立てる。ここはそんな街だった。
街の扉を快く開けて貰い歓迎されるイリス達は、警備をしている者達に挨拶をした後、そのまま厩舎を目指していく。
どうやら街の警備をしている者達も、中々の年齢を重ねた方達のようだった。
街の造りの殆どは畑などとなっており、それを木材にリオールを塗り込んだ、柵とも防壁とも言えないようなもので街全体を囲っている。
隣家との間隔は畑もある事からかなり離れており、とても長閑な風景が広がっていた。
どうやらこの街は、イリス達が思っていたよりも広く土地を設けられているようで、ノルンとも、またエルマとも全く違った造りとなっており、壁さえ気にしなければ、まるで草原の中に畑を作り、家が置かれているかのようにも思えてしまう、とても不思議な街だった。
「本当に長閑ですわね」
「不思議な造りですね」
「あ、お二人とも、小鳥があの畑にいますよ」
ぽかんと呆けてしまうシルヴィアと興味深げに街の造りを見ているネヴィア、そして楽しそうに小鳥を指さすイリスだった。
そんな彼女達の声を聞きながら、ヴァンはエステルを厩舎のある場所へと歩かせていった。
アルリオンとは違い、すぐに厩舎へ到着してしまった事に、エステルはとても残念そうな表情をしているように見えてしまった。
厩舎の方にエステルと馬車をお願いして、彼女を放牧地へと誘導するイリス。
相変わらず嫌がる様子もなく、また手綱を引っ張る事無くエステルを放牧地へ連れていくイリスに、厩舎の方は驚きを隠せなかった。
その反応も当然だろうと思えてしまうヴァンとロットだったが、それを口に出す事はなく、イリス達の様子を見守っていた。
放牧地に入ったエステルは切なそうにイリスに頬を寄せていき、イリスも抱きしめてそれに応えていく。
「大丈夫だよ。いい子にして待っててね」
言い聞かせるように言葉にしながら、エステルを優しく撫でるイリス。
そう彼女に伝えると、不思議と納得してくれてイリスから離れていく。
何だかいつもの事のように思えてしまうシルヴィア達だったが、本当にイリスの言葉に反応しているかのような姿に、とても不思議な感覚を感じてしまっていた。
そう思えるのはイリスが"適格者"だからだろうか。
"祝福された子"と呼ばれる存在だからだろうか。
それとも"想いの力"を使えるからだろうか。
それを知る事は出来ないが、とても興味深げに、そして微笑ましそうにその様子を眺めていた仲間達だった。
もしかしたら自分達も、そんなイリスの不思議な魅力に集まっているのかもしれない。そんな気がしてしまうシルヴィア達は、イリスと共に馬車に積んである魔物素材の荷下ろしをして、まずはギルドへと向かって歩いていった。




