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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"絵になる"ふたり


 旅にも随分と慣れたようで、イリス達は野営の準備を手際よく終わらせていく。

 ヴァンとロット達が周囲の警戒に集中してくれるお陰で、料理の勉強に専念出来るようになった姫様達だった。

 手早く用意を済ませる事が出来るようになってきたイリス達は、エステルに構う時間がフィルベルグを旅立った頃よりもずっと増えていき、とてもご満悦そうな彼女がイリスに頬をすり寄らせていた。


 料理の腕も徐々に上がって来た姫様達は、包丁使いだけならばヴァンとロットを超えつつあるようだ。

 尤も味付けとなると、中々に性格が出て来るようで、シルヴィアは大雑把な味付けに、ネヴィアは慎重過ぎて味が薄くなってしまうらしく、この辺りに関しては男性達の方が未だに上手に料理が出来ると思われた。


 だがヴァンとロットは最近、簡易調理場に立たせて貰えなくなってしまい、料理を用意するのは全て女性達となっていた。

 手伝おうとしても、こちらは大丈夫だから座っていてと姫様達に言われてしまい、二人は所在なくちょこんと座る事が多くなったようだ。

 当然、見張りをしなければならないので、そういった点ではやるべき事がなくなった訳ではないのだが、それでも何だか手伝えない事に、寂しさを覚えてしまうヴァンとロットだった。


 包丁捌きが上手になりつつあった姫様達は、ここ最近ではかなり真剣に料理に打ち込んでいるようだ。

 余程美味しい手料理を大切な人に御馳走したいと思っているらしく、そんな二人の様子を優しい眼差しで見つめるイリスだった。


 たまに二人が味付けまでした料理をヴァンとロットに御馳走する機会もあったが、美味しくは出来るがイリスとはまるで違う味になってしまうことに驚きを隠せない二人だった。


 真剣に作り上げたスープを口に運びながら、シルヴィアは言葉にする。


「……何故こんなにも、イリスさんと味が違ってしまうのかしら」

「……本当ですね、姉さま。私にも全く分かりません」

「でも凄く美味しく出来ていると思いますよ」

「そうだよ。これだけの味となると、もう俺には出せないくらいの美味しさがあるよ」

「うむ。これだけの美味さは、最早野営の域を越えていると思えるのだが?」

「そうですよ。お二人のお料理、とっても美味しいですよ」


 お世辞ではなく、本当に美味しい料理になっていると言葉にする三人。

 これだけのものを野営で出す冒険者を、ヴァンとロットも出会った事がない。

 素材の良し悪しを考えなければ、下手な料理店よりも上手に作れている事は間違いないだろう。


 そんな料理を作れるようになった二人ではあるが、どうにも不満というか、微妙な表情をしていた。


「……料理を勉強すればするほど、"先生"の凄さが際立って見えて来ますわね」

「……同じ材料、同じ味付け、同じ調理時間でお料理を作っているのに、どうしてこうも"先生"と違ってしまうのでしょうか」

「……せ、先生って」


 真剣に尋ねる二人の眼差しと"先生"という言葉に、苦笑いしか出ないイリスは、説明が出来ずに思考が止まってしまう。

 それほど凄い事をしている訳ではないのだが、尚もスプーンを持ったままイリスの答えを待ち続けている二人にあははと小さく声を漏らしながら、少しだけ息を整えながらイリスは話し始めていった。


「確かにお二人のお料理は、材料も使う調味料も同じですが、私とはまだちょっと違う作り方をしているのですよ。

 例えば材料を煮込む時の時間が若干足りなかったり、入れる調味料の順番は同じでも、入れるタイミングが少々違ったりします。

 それに同じ食材を使っていても、包丁を入れる方向によって味が変化するんです。食材を切る方向が変わると、味が大きく変わっていく事もあるんですよ。

 ここまで来ると、本当に本格的なお料理の基礎になっていきますので、そこまでは流石にお教えしていないんです」

「……本格的な、お料理、ですの?」


 思わず呆けながらイリスに問い返してしまうシルヴィア。

 ネヴィアに至ってはぽかんと口を開けてしまって、言葉を出せずにいた。

 そんな二人にイリスは『はい』と即答し、言葉を続けていく。


「今までお教えしたものはお料理の基礎となるもので、これだけ出来れば十分に美味しいお料理は作れるんですが、それ以上の味を求めていくのならば、火加減や調味料の入れる正確なタイミング、そして食材の正しい切り方などが必要となって来ます。

 そこから更に素材の旬の時期や料理の技法、深みの出る技術などを習得していくと、素晴らしく美味しいお料理を作る事が出来るのですが……」


 途中まで話しながら言葉に詰まるイリスは、苦笑いをしながら話を続けていった。


「流石にこれ以上の技術の習得となると、相応に時間がかかりますし、何よりも一流お料理店の料理人並みの技術となりますから、野営でそこまでの技術は必要ないと思いますよ」


 ヴァンとロットもスプーンを止めてしまうその言葉に、思考までも追いつかなくなっている二人だった。


 イリスが何を言っているのか、分からない訳ではない。寧ろ理解した上で、一流料理人並みの技術を習得している事に驚いてしまう仲間達。

 そしてそれは技術だけでは断じてない。ノルンでの料理対決の際に彼女が見せた知識の深さ。あれは一朝一夕で身に付くものではない事が、素人であるシルヴィア達でも十分に理解出来るし、料理好き程度が覚える知識量では明らかになかった。

 それはイリスの母に仕込まれたものだと彼女は答えたが、仕込むとか仕込まないとか、そういったものですらない事を改めて思い知るシルヴィア達だった。


「……一体、イリスさんのお母様は、何者なんですの」


 ぽつりと言葉にしたシルヴィアの声が、静まり返る夜の平原に響いていった。

 その問いに答えられる者はイリス以外には存在しないのだが、当のイリスは何と答えればいいのかと悩んでいる様子だった。


 少しの時間を思考に費やしたイリスは、『シルヴィアさんへの答えになるかは分かりませんが』と前置きをした上で答えていった。


「元々母はお料理が趣味だったようで、私が生まれる前から相当の技術はあったそうですよ。

 でも私が生まれてからは、女神様とも生活をする事になったので、それこそ下手なものなど出せなかったらしく、本気でお料理のお勉強を始めていったそうです。

 あの方もお料理に関しては相当詳しかったそうで、毎日が真剣勝負だったと良く二人は語っていました。結局私はお料理で母に勝つ事は出来ませんでしたが、未だに母のお料理に勝てるとは、一度も思った事がありません」

「い、一体どれだけ凄い技術を持っていたのか、見当も付かないや」

「う、うむ。正直イリスの技術力と知識量は、並の一流料理人を遥かに凌駕していると思えるのだが、それでもまだ母君に追い付かないのか……」

「そうですね。それでも足元くらいには追い付いてはいると思いますよ」


 とんでもない事を笑顔でさらりと即答するイリスだったが、そんなイリスの母の料理が一体どれほどの味なのか、興味を持ってしまうシルヴィア達だった。

 これも一つの"怖いもの見たさ"というやつなのだろうか……。


 一同が無言になってしまう夜の平原に、ぱちっと焚き火の中で小枝が爆ぜる音と、イリスの近場で食べているエステルのお食事中の音が周囲に響いてくる。

 温かなスープを口に運び味わうイリスは空を見上げると、そこには満点の星が美しい夜の空を鮮やかに彩っていた。


 この美しさは何度見ても飽きる事などなかった。

 いや、飽きる事などあるのだろうか。

 これほどまでの夜空をそんな風に思える事などあるとは思えないイリスは、一際光り輝く星を見つめながら、感慨にふけっていった。


 もうじきニノンに到着する。

 ヴァン達の話では、明日の昼か夕方頃には到着するという。

 いったいどんな街なのだろうか。長閑な街だと聞くからのんびりと過ごせるだろうか。石碑の情報は掴めるだろうか。


 そんなことを考えながら食事を堪能していくイリスだった。


 *  *   


 「あら、今日もエステルと眠るんですの?」


 毛布を一枚持ちながら荷台の外へと向かうイリスに、シルヴィアが声をかける。

 

「ええ。今日もエステルが寂しそうにしていたので、傍にいてあげようと思います」

「ふふっ。最近イリスちゃんにべったりですね、エステルは」

「あら、エステルがイリスさんに懐いているのは、最初からではないかしら」


 そう笑顔で言葉にしながら毛布を荷台に敷くシルヴィア。


 イリスが眠る頃になるとエステルは、彼女の傍に来て休むようになっていた。

 どうにも離れるのが嫌に思えるらしく、始めは荷台の入り口に座る程度だったが、暫くすると入り口にかけてあるカーテンから覗き込むようになった。

 そんなエステルの表情は、まるでイリスがいるのを確認しているかのように思え、その度にエステルを落ち着かせるように撫でる日が続いていた。


 ある時、イリスがエステルと一緒に眠る為に外で過ごした事を切欠に、そんな日が続くようになっていく。

 最初はほんの気まぐれだったが、どうやらイリスも彼女と時間を共にするのは不思議と落ち着いた気分になるらしく、ぐっすりと眠る事が出来るようで、最近では外でエステルと過ごしていた。

 とても不思議な感覚になるのだと言葉にするイリスに続き、シルヴィアとネヴィアも試してはみるが、見張り交代の時間になる頃には身体がずきずきと痛んでしまうらしく、残念ながら熟睡する事は出来なかったようだ。


 静かに寝息を立てるイリスをまるで護るかのように、彼女を囲いながら膝を付いて横になり頬を寄せるエステル。


 その姿に"聖女を護る聖獣"を連想してしまうヴァンとロットだったが、これを口にするとイリスがショックを受けかねないので、黙っておく事にしたという。



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