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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十章 知識だけでも、技術だけでも
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"違い過ぎる"世界

 

 アルリオンを出立して五日ほど経つと、周囲の景色が変わってきた。

 それまでは草原や平原、小高い丘や浅い森などが周囲に広がっていたが、この辺りは随分と違う景色をしているようだ。

 歩いている場所は平原に変わりはないのだが、北に見える場所は少々ごつごつとした岩場のようなものが見えていた。


 色も少し緑色を帯びたもので、今まで見た事もないような景色だった。

 ロットによるとその岩々は、緑色岩(りょくしょくがん)と専門家には呼ばれているものらしく、切り取って加工すれば、中々の物が作れる素材となるらしい。


 残念ながら場所的に厳しい位置となることから、農業の街と言われているニノンにも、リオールを多用しているアルリオンにも、そして貿易で遣り繰りをしているエークリオにも、貴重な石材としては扱われていないそうだ。

 ここに街を作り、この石材で生計を立てようとする者もいないらしく、今では物好きが旅の途中に立ち寄って、加工品を少々作る程度となっているようだ。

 そこまで貴重な素材でもない事から、現状では放置されてしまっている石材なのだそうだ。


 そんな岩場の様子を見ながら、ネヴィアが言葉にする。


「何だか勿体なくも思えてしまいますが、立地条件に合わない場所では仕方がないのでしょうね」

「そうですわね。宝石でも採れるのならまた違うのでしょうが、それでも中々に厳しいのが現実なのではないかしら」

「私としてはそのまま残しておいてもいいのでは、とも思えてしまいますね」

「どういう事ですの?」


 イリスの言葉に疑問に思うシルヴィア。

 そこにイリスが補足を込めて話を続けていった。


「あまり自然を切り開き過ぎると、他に影響が出てくる気がするんです。

 岩であっても、その場所で生きている生物がいるはずですから、それがなくなってしまうのは良くないのかも、と思えたんですよね。

 なるべくなら必要以上に切り開く事なく、自然と共存していく方がいいのではないでしょうか」

「自然と人間の共生だね。確かに自然を必要以上に切り開く行為は危険だと俺も思うよ。そのままにし過ぎても魔物がその場所に集まって危険になるけど、必要以上に自然を切り開くと、その影響は人じゃ想像も付かないような事が起きかねないと、警鐘を鳴らしている学者もいるそうだよ」

「難しい話ですわね。目に見えてその影響を感じる頃には、きっと遅いのではないかしら」

「ふむ。俺からすると、必要以上に自然を切り開く事はあまりないとは思えるが、それでも魔獣の件があるからな。それなりに街を作った方が、却って安全なのかもしれないぞ」

「思えば魔獣の出現だけではなく、魔物と呼ばれるものについて、殆ど分かっていないと言えてしまいますものね」


 ネヴィアが言葉にしたように、今現在の魔物学者であっても、そういった事は一切知られていないと言えてしまうほど、魔物という存在は未知のものだった。

 それが分かったところで、対応策は魔物を倒すくらいしか見当も付かないイリス達ではあったが、原因究明が出来ればもしかしたら何かが違って見えて来るかもしれない。

 魔物の根絶など出来るような事ではないが、それでもその数を減らす事が出来れば、その脅威に怯えず、安心して暮らす事が出来る者が多くなるのではないだろうかとイリスは考えていた。


 だがそんな事はとても無理だと言えてしまえるほど、難しい事だろう。

 フィルベルグを震撼させた"眷属事変"の際に襲い掛かって来た大量の魔物。

 それらを駆逐した事により、目に見えて周囲の安全は確保する事が出来たとヴァンとロットは話した。

 浅い森だけではなく深い森ですら、まるで聖域のような静けさと、小鳥のさえずりが響いていたという。

 そもそも魔物のいる場所に小鳥はいない。その危険性から逃げてしまうと魔物学者は推察しているようだが、小鳥が存在する場所は街や国といった、人のいる場所に限っての事らしい。


 動物も魔物がいる場所には存在していない。生存出来ないという理由でもあるのだが、それ以前に滅多に動物を見かけないそうだ。

 どうやら奥地にいたり、ひっそりと隠れていたりするらしく、アルリオンなどの大きな国であっても、動物を飼育したりする事も出来ないそうだ。

 飼育出来るのは、馬や鶏といった動物くらいだという。

 今現在でも生息地がはっきりとされていない動物も多いらしく、探そうと思って調査をしても、出会うのは魔物ばかりとなっているのが現状だそうだ。


 正直なところ、そのあまりの発見出来る数の少なさに動物は絶滅しかけているか、それとももう絶滅してしまっているのではないだろうかと考える魔物学者も多いという。

 様々な議論や憶測は飛び交うが、そのどれもが確証など得られないものであり、数百年間解明される事はなく、それを知る事は世界の真理に繋がるものだと言い出す者が出てくる始末らしい。


「……私は世界の事、何にも知らないんですね」


 ぽつりと考えている事が口に出てしまうイリスだったが、それはイリスだけではなかったようだ。


「それは俺達も同じだよ。この世界には謎が多過ぎるんだ。世界の事も、魔物の事も、それこそ魔法なんて呼ばれるものが存在する事も、イリスに出会うまでは気にも留めなかった事だったからね」

「うむ。魔法とは、この世界では当たり前にありふれてしまった技術となっている。

 まるで呼吸をするかのように扱うこの技術に疑問を持つ者は、別の世界から来たイリスだけだと思われる。この世界の住人にとっては、魔法と呼ばれるものは当たり前過ぎて、その存在に疑問に思う者などいないだろう」


 イリスのいた世界に魔法と呼ばれるものは存在していない。

 この世界に来た時、女神エリーに頂いた知識に含まれていた事で、その存在を知ったくらいだ。別の世界の住人であったイリスにも魔法が使えるのは、この世界だから使える、という可能性も考えられた。

 もし今のイリスが元の世界に戻ったとしても、今のように魔法が使えるかどうかは分からないと思えた。検証しようもない事ではあるが、それだけでも調べる事が出来れば、随分と魔法というものを理解出来るような気がしたイリスだった。


 この世界はイリスの、いや、この世界の住人ですら理解しきれない事で溢れていた。


 魔法、魔物、魔獣、妖魔、そして眷属。

 そのどれもが、イリスには知りえないものだった。

 前の世界にはそんなもの聞いた事もなければ、本による記述なども一切なかった。


 世界が違えばその影響もまた違ってくると思えなくもないのだが、それでもあまりに違い過ぎるこの世界は、イリスにはかなり衝撃的だったようだ。


 もしかしたら、そういった事にも何か理由があるのかもしれないが、その全てを理解しようとするには、人ひとりの人生ではあまりにも短いと言えるだろう。

 誰も何百年と、そのことを解明した者などいないのだから。

 それこそ神様でもなければ、それを知る事など出来ないのではないだろうか。


 そんな事を考えながらイリスはニノンへの旅路を、大切な仲間達と共に進んでいた。



 *  *   



 暫く歩いていくと、ニノン側から農家の方と思われる人を乗せた馬車と鉢合わせたイリス達。エステルを止めながら話を聞くと、農業に関する報告をする為にアルリオンへと向かう途中なのだそうだ。


 これは定期報告のようなものらしく、アルリオン冒険者ギルドに報告をすると、大聖堂にいる枢機卿に話が伝わるようになるのだと、ニノンから来た中年男性はイリス達に話した。同乗している冒険者達も、中々に経験者揃いと思われるような者達でチームを組んでいるようだ。

 

 どうかお気を付けてとお互いに言葉にしながら、それぞれの道へと別れていった。



「ふむ。定期報告との事だったが、中々に珍しそうな鉢合わせだったな」

「そうなんですか?」


 荷台から少々乗り出すように顔を出して尋ねるイリスの問いに、うむと一言答えたヴァンは説明をしていった。


 そもそもニノンは農業の街などと言われてはいるが、実際には人口も少なく、とても小さくて静かな街だ。

 アルリオンからの支援は受けているので、一応はアルリオン領と言えるのだが、基本的に支援をしているだけと言った方が正しいかもしれないと、ヴァンは言葉にした。


「あの街はとても長閑(のどか)でな、そういった静かな場所を求めて流れて来る者もいるらしいが、それでもアルリオンともエークリオとも遠い、とても微妙な位置にある街となっている。

 一応はアルリオン領となってはいるが、ニノンで作った作物の殆どがアルリオンに送られる事はないそうだ」


 ニノンで作られた作物の大半が、南西にあるエークリオへと運ばれていくらしいとヴァンは答えた。


 アルリオンは作物だけでなく、畜産や特産品にも恵まれた環境となっている王国で、その全てを自給自足で賄っている。

 これはフィルベルグでも同じ事ではあるのだが、やはりその規模は相当違うと言えるほどの巨大な国家となっているようだ。


 そんなアルリオンに作物を売りに出しても、正直なところあまり良い値段が付く事はない。

 ある程度は融通を利かせてくれるが、それでもそこまでの収益を上げる事は出来ないらしく、交易品として作物を売るのならば多少遠くとも、ニノン南西に位置するエークリオへと向かった方がとても良い値段になるという。

 当然、交易する場所が遠ければそれだけ危険が付き纏う事にもなるのだが、良い値段で売れない以上は遠出をしなければならないようだ。


 冒険者の数もニノンにはそれほど多くいないらしく、現状はかつかつといった状況ではあるそうだが、街にいる冒険者達はニノンの住民からとても良い待遇で扱われる為に、中堅どころから熟練者まで、かなりの経験者が多く滞在をしていた。

 特に長閑な街という点で、癒しを求めるかのように熟練者が訪れる事も少なくはなかった。


 そういった街であるニノンからアルリオンへと目指す者は、割と少なくなるのだとヴァンは答える。

 それこそアルリオンから商人がニノンへ向かい、必要物資や特産品である葡萄酒などを売りに行く事はあるが、逆にニノンの民がアルリオンへと向かう機会は、かなり少ないと言えるそうだ。

 それこそ先ほどの者達のような定期報告や、その護衛の冒険者でもなければ、すれ違う者の殆どがニノンで商売を終えて家路に向かう、アルリオンの商人くらいだという。


 いつの間にかイリスの両側からひょっこりと顔を出していたシルヴィアとネヴィアは、とても興味深そうにヴァンの話を聞いていた。


「やはり街それぞれに特色があるのですね」

「そのようですわね。その土地にあった暮らしがあるのは理解していたつもりでも、実際に見てみなければ分からない事が沢山ありそうですわね」

「そうだね。特にニノンは少々特殊な場所らしいね。街の収入源の殆どは作られた穀物や飼い葉なんだけど、農業で栄えている街というほどでもない。住民も高齢の方が多く、移動するにも中々に難しくなっている人が多いらしいんだ。

 そんな事もあって、逆に静かな空気が溢れた長閑な街、という印象を強く感じるような街になっているんだよ」


 ロットの説明を聞いていたシルヴィアは、ニノンではのんびりと過ごせそうですわねと言葉にした。

 アルリオンで忙しく過ごしていた訳でもないイリス達だったが、それでも人の多さには驚きっぱなしの日々であったと思えた。


 それが苦手という訳ではないのだが、行き交う人々や言葉にせわしなく思えてしまうのも仕方のない事なのかもしれない。




 アルリオンで行われている畜産は、豚や肉牛の生産をしている訳ではありません。

 主に乳牛と鶏、羊やヤギといった動物たちですが、これは本編には書くことを控えました。


 理由は色々とあるのですが、そのうちの一つは活動報告(だぶんにっき)にて書かせていただきます。

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