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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
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"安全に見える一方で"


 応接室から退室したイリス達はそのまま三階へと向かい、イヴェットに挨拶をして大聖堂を後にした。


 大聖堂南口から大広場に出て、再び慰霊碑へと訪れたイリス達。

 もう一度献花を購入する為に花屋を訪れると、今回は別の女性がいたようだ。

 流石に女性神官(プリエステス)達が持ち回りで経営している事もあり、あの時の女性と会えないのも仕方がないだろう。


 献花を添え、生きる事を閉ざされてしまった方達へ、哀悼の意を表していく。

 ほんの少しずれていたら、フィルベルグの国民もそうなっていたかもしれない。

 そう考えると怖くて堪らなくなる女性達だった。


 献花と黙とうを捧げたイリス達は、昼食を取る為にお店を探していく。

 時間は丁度昼時という事もあり、どのお店も沢山の人達で溢れているようだ。


 そのまま美味しそうな香りのする一軒のお店に入り、食事を楽しむイリス達。

 お昼なので軽めに済ませようと、サンドイッチやサラダなどを頼んでいった。


「やっぱりこうして皆さんと摘んで食べるお食事は楽しいですね」

「ですわね。我ながら良い方法を思い付いたものですわ」

「ふふっ。姉さまってば」

「でも確かに楽しみながら皆で食べる事が出来るからね」

「うむ。色々な種類が食べる事も出来るし、随分と得をしている気がするな」

「そうですよね。注文したものを一人で食べると、こんなに多くのものを食べられないですからね」

「良く思い付いたねシルヴィア」

「子供の頃のパーティーでの食事から連想したのです。沢山のお料理が並んでいて、そのどれもがとても美味しそう、でも全部はとても食べられない。

 それならば少しずつ食べて色々な種類を楽しむ事を、と」

「大人になるとご挨拶や会話ばかりで、お食事を楽しむ事が無くなってしまいますからね」

「そういう世界なんですか?」


 流石のイリスも王族のパーティーに関しては、本での知識くらいしか持ち合わせていない。そもそも自分には、全く想像も付かないほどの別世界に思えてしまうような場所で、華々しい舞台を想像する事しか出来なかった。

 

「華々しい世界ではありますが、窮屈に感じてしまうような世界ですわよ」

「きらきらしたイメージがあるのですが」

「残念ながら、イリスさんの想像するような世界ではありませんわね」


ネヴィアに同意を求めていくシルヴィアは妹へと視線を送っていくも、何と表現していいのやら悩んでしまい、苦笑いのみで答えるネヴィアだった。


 元々シルヴィアはそういった世界には正直な所興味がないらしく、よく一人でパーティーを抜け出していたそうだ。そんなある日のお茶会で散歩をしている時に、同じようにパーティーから外れていた運命の人と出会い、それからはエミーリオとの手紙のやり取りが始まったのだそうだ。

 彼女達はお互いに一目惚れだったようで性格の相性もよく、とても順調に時を重ね、婚約まで辿り着いていく事になる。


 今現在は随分と距離が離れてしまっているが、エミーリオからの手紙が届かないだけで特に大きな変化もなく、普段と同じような感覚で過ごしているらしい。

 街に着いた時と出立の前日に書いた手紙を欠かさず送っており、彼の方もその返事を毎回書いて、シルヴィアが戻って来たら全て渡してくれる様になっていると、ノルンに向かう途中の馬車の中でとても嬉しそうに話していたのが印象的だった。

  彼女からすると、逢えなくなる寂しさよりも、快く送り出してくれた事に感謝が絶えないそうだ。



 食事も終わり、食休みにカフェでお茶を頂いていく。

 これも何時もと変わらないのだが、次はニノンに着くまではこういった時間を取る事が出来なくなるだろう。

 今の内にと美味しいお茶を堪能していくイリス達だった。


 お茶を終えると、アルリオンの街をぶらぶらと探索していった。

 正直なところ、一か月過ごしたとしても見尽くせないほどの広さを誇るアルリオンは、毎日が真新しい事の発見ばかりだった。

 もう少し滞在期間を延ばしたいとも思えるのだが、それをするとエルマ以上の長居になりかねないので、仲間達との話し合いで期間を短くする事にした。

 ア ルリオンを離れなければならないのは残念ではあるが、イリスにはやるべき事がある。それもとても重要な意味に思えてならない事が。


 そんなことを考えながらアルリオンの街を歩いていると、シルヴィアが仲間たちに話しかけていく。


「本当に建造物の隅々まで見事に真っ白ですわね」

「アルリオン特産である石材のリオールは、見た目と違い、割と軽いそうだよ。

 まるで組み立てるように石を重ね、リオールの粉と薬剤を混ぜ合わせたものを接合部に塗り込むと、面白いように奇麗に石同士がくっつくらしいね。

 その上にリオールの粉と別の素材を混ぜ合わせたものを表面に塗ると、汚れや埃にとても強くなるそうだよ」

「軽い上に加工し易く、石同士の繋ぎ目も見えなくなり、ちょこっとした事で強度も上げる事が出来るだなんて、とても不思議な石材なんですね」

「そうだね。アルリオンの北東部でしか採掘出来ないのが残念な石材だね。世界中にあればとても便利なんだけど」

「その場合は世界中が真っ白に染まりそうですわね」


 少々呆れた様子で話すシルヴィアの言葉に、思わず笑い合ってしまうイリス達だった。



 宿に戻るとイリスは手紙を書いていく。

 これも新しく街に来た時と、出立する前日には必ずしていたことだ。

 いつもは寝る前に書いていたものではあるのだが、今日は少々時間が空いてしまっているのでこのまま書かせて貰う事にしたようだ。


 シルヴィアはエミーリオへ、ネヴィアは両親に宛てて書いていた。

 イリスのみ書く事が徐々に増えていき、今現在では祖母であるレスティ、新しい両親であるエリーザベトとロードグランツ、騎士団長である師のルイーゼに、もう一人の姉のような母のような存在であるブリジット、そしてお世話になったエルマのギルドマスターであるタニヤと、孤児院の子供達へ手紙を毎回出していた。


 エリーザベトにはそれとは別に石碑であった事や、あの二匹目のギルアムについての報告書を事細かに記していく。

 あまりにも多いので、母への報告は私達がしましょうかと、シルヴィアとネヴィアの二人は言ってくれるが、報告書を含め、手紙を書く事はイリスにとっても楽しい事なので大丈夫ですよと笑顔で返した。


『それに手紙での報告を書いていると、頭の中が整理されるようで、すっきりするんですよ』 とイリスが答えると、二人にも経験があるらしく、思わず頷きながら納得してしまった。


 今回新に石碑で教えて頂いた事の詳細を、エリーザベトへの報告書として書いている時、不意にペンが止まり、イリスはふと考え込んでしまった。

 法王やエグモントと、フィルベルグの起源について話している時の事を思い出していた。


 もしアルリオンでフィルベルグの起源に関する文献が見つかれば、正確な歴史として子供達へと教える事も可能となる。

 エデルベルグの事も含め、建国の母であるレティシアが何を想いその名を決めたのかも伝えていく事が出来るだろう。

 そうなれば未来永劫、レティシアの名が残る事となるかもしれない。

 本人はそれを望むような人ではないとイリスには思えたが、きっとそれは必要な事なのだと彼女は思っていた。


 残念ながら、彼女の成した事の全てを伝える事は出来ない。

 そんな事をすれば、彼女の想いを踏み躙る事にも繋がるし、何よりも"眷属"という不穏分子を残してしまう事になるだろう。


 イリスはアルリオン大聖堂に置かれた、石碑の中に今も存在するアルエナの話を聞いて分かった事がある。

 この世界は安定しているように見えて、その実はとても不安定である事に。


 言の葉(ワード)や魔法書による魔法自体の制限、女神アルウェナの存在による難民救済、新たな大きな国の建国。


 一見安全に、そしてとても幸せそうに人々が暮らして見える一方で、実際にはとても危うい状況なのだとイリスは理解出来た。

 その一つが魔法書だ。レティシアが創り上げたあの制限本は、本気で勉強しようとする者には効果が無いと言えてしまう。

 それをイリスが、身をもって証明してしまった。


 ひたすらに強くなろうと前を進み続けた結果、ある時期から一気に魔法書の制限と思われる頭痛が無くなった事を、今でもはっきりと覚えている。

 あれは言の葉(ワード)を理解してしまった事による制限解除だったと、今ならそれを断言する事が出来た。


 これはイリスが特殊なだけであって、こんな事が出来るのは世界でも彼女だけだととも言えるかもしれない異質な存在である事に変わりはないだろう。

 だがもし、彼女と同じように考え、それを理解し、強大な使い方を世界に知らしめてしまったとしたら?


 この技術はイリスが姉や兄にその力の使い方を教えた時のように、説明を聞いただけで、あとは練習次第で使いこなせるようになってしまうだろう。

 それは一気に充填法(チャージ)を理解されてしまう事と同義と言える。

 ロットの話によると、イリスから充填法(チャージ)の説明を受けてから暫く魔法書を読み進めていくと、彼もまたイリスのようにある時点から、頭痛が無くなったのだと言っていた。

 それこそがレティシアがかけた制限であり、その解除方法となっている。


 イリスが教えた者たちならば問題がない。初めてその話を聞いた時点で、どれだけ強力な力なのかを理解し、危機感を持ってくれていた。

 そしてあの魔獣と対峙した者達も同じである。どれほどの威力を持ち、世界にどれだけの影響力を与えてしまうのかを十分に理解している冒険者達だった。


 だが、ここに大きな問題が見えて来てしまっていた。

 彼らのような存在でない者に、この力が渡ってしまった場合だ。


 ヴィオラ達のように、分別をわきまえている者達ならばいい。

 問題はそういった者たち以外にその技術の情報が伝わってしまった時点で、レティシアの成した事の一つが軽々と崩壊してしまう可能性が出て来てしまう。

 この制限は、"情報の理解"というたったそれだけの事で解除されてしまう、とても危ういものであるとイリスは理解していた。


 それこそがフィルベルグ王家がひた隠しにし続けた理由であり、レティシアの危惧していた眷属の対応策の一つでもあった。

 この技術は軽々と言葉にしてはいけないものであった事に、今更ながらイリスは感じていた。


 そして眷属の事も考えなければならないだろう。

 あれ(・・)の発生条件は全く分からないが、人がなってしまうという事に問題がある。

 姉の話を聞いたイリスは今まで考えないようにしてきたが、アルエナから伺った六十万人という、全く見当も付かないほどの多くの人が失われた災厄に、姉が何故あのような事になってしまったのかを、しっかりと考えなければならないと思っていた。


 いや、レティシアからの話や、ロットやヴァン、アルエナからの話を聞いて、もうそれは考えなくても理解出来る事だった。

 何故そうなったのかも、何故そんな事が起きるのかも、未だに理解など出来ないが、あの時姉は確かに恐ろしい事態に見舞われていた事だけは憶えておかなければならない。


 大切な姉は、眷属になりかけていた、という事実を。


 なんて恐ろしい事なのだろうか。

 あの優しかった姉が、途轍もない魔力の奔流を放ち、周囲を何もない空間に変えてしまったのだと、ロットはとても辛そうに話していた。


 話に聞いた時には現実離れした事のように思えてならなかったが、アルエナの話を聞いた時に、情報が合致してしまったかのような感覚をイリスは感じていた。

 実際にイリスは眷属を見た訳ではないが、大凡の見当は付いた気がした。

 しかし同時に、その解決法が解らなければ、周りからは倒す事しか出来ないのではないだろうかと思えてならない。


 そん な恐ろしい事イリスには不可能だ。

 ましてや姉に手を挙げるなど絶対に無理だった。


 ロットの話を想像するに、きっと姉はそれを克服したのではないだろうか。

 姉はとても強い。だからこそ何か(・・)と戦い、打ち勝ったのではないだろうか。


 これはあくまで推察にすらならないようなものではあるが、何時かはこの件もはっきりと理解する事が出来るようになるのだろうか。

 そうすればきっと、どうすれば姉を救えたのかという事も分かるような気がしたイリスだった。


 今の段階では、まだ誰にも話す事など出来ない事ではあるのだが。



 *  *   



 アルリオン出立前に先日の夜に書いてあった手紙をギルドへと持ち込み、手紙配送の依頼をお願いした。


 今日もとても天気がいい。

 少々熱くなりつつある初夏の強めの日差しの中、エステルの元へと向かうイリス達は、西の町ニノンへと向かって旅立とうとしていた。



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