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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
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"建国の起源"

 

 三日目となる今日は、旅の準備を中心に活動していった。

 必要となる物は食料品くらいで、基本的に仕入れたお店の方にお願いすると、厩舎にある馬車へ届けて貰える為に、荷物を持ったまま行動をする事がない。

 手ぶらのまま再び大聖堂を訪れたイリス達は、午前に三階の厳かな礼拝堂を見学し、二日前と同じように祭壇の清掃をしていたイヴェットへと挨拶をしていく。

 明日の朝にはアルリオンから出発する事を彼女に告げると、そのまま法王の元へと案内をしてくれた。


 四階へと向かう階段の途中で、イヴェットに問いかけるイリス。


「テオ様もエグモント様もお忙しく、ご迷惑ではないでしょうか?」

「いいえ、とんでもございません。イリス様達がアルリオンを発つ際は、必ずお通しするようにと仰せ付かっております。どうぞお気になさらないで下さい」


 五階へと向かい、イリス達は応接室にてお待ち下さいとイヴェットに言われた。

 先にお茶を入れてくれた事に申し訳なく思うも、心地よい香りに負け、お茶を美味しく頂いてしまった。


 カモミールの香りにほっこりと癒されていたイリス達。

 暫くすると、法王とエグモント枢機卿が入室する。

 話に聞くと、全ての枢機卿が見送りをしたいと申し出たが、流石に全員で行くと仰々しくなってしまう為に自重させたようだ。


「すみません、テオ様。お気遣いして頂き、ありがとうございます」

「イリスさん達は伝承通り、このアルリオンを導いて下さった方達ですから。

 現在では失われてしまった過去の真実を明らかにして下さったイリスさんには、感謝してもしきれません。本当になんとお礼を言ってよいのやら」

「私はありのままをお伝えしたに過ぎません。全てはアルル様とアルエナ様、そしてレティシア様の献身があっての事です。私はそれをお伝えしただけですから」


 法王はイリスへ感謝を伝えるが、当の彼女にとっては聞いた話を伝えただけに過ぎない。それほどまでに感謝されるような事ではないと思いながら、イリスは笑顔で二人に言葉にした。


 イリスの放つ優しい言葉に、自然と心が温かくなる法王と枢機卿は、とても不思議な存在だと感じていた。

 五百年前にアルリオンに現れたという"適格者"と思われる存在も、もしかしたらイリスのような存在だったのだろうかと二人は考えるも、それは決して答えの出ない問いである事は明白だった。


 今更言っても仕方のない事ではあるのだが、もし石碑に訪れていたら、もっと早期にアルエナとアルルが成した事を知れたのかもしれないと、彼らは思えてならなかった。

『もし』を口に出しても仕方のない事ではあるのではあるが、どうしても考えずにはいられなかった。そして同時に、イリスのように歓迎をする事が出来たのではないだろうかと、思えてしまうテオとエグモントだった。


 時間を挟み、法王は言葉にする。


「イリスさん達は、このままアルリオンの西へと向かうのですか?」

「はい。まずはニノンを目指そうと思います」

「ニノンですか。あの街は穏やかな土地と聞きますが、アルリオンより荷馬車で七日ほどもかかると伺っています。長旅となりますので、どうかお気を付けて向かって下さい」

「ありがとうございます、テオ様。また近くに寄りましたら、ご挨拶をさせて頂きますね」


 笑顔で答えるイリスに、テオは優しい微笑で返していく。

 そんな中、イリスは尋ねようとしていた事を思い出すと、エグモントへ言葉にした。


「エグモント様。アルリオンに保管されている資料の中に、フィルベルグの起源と分かる記述がされた文献はございますか?」

「フィルベルグの起源? そのようなものは我々は所有していないと思われるが。

 思えばアルリオンの歴史に関しても、正直なところ曖昧な部分も多いのだ。

 明確に記述がされている事といえば、その始まりをアルリオン元年とし、新たな国として世界に発表した程度くらいだろうが、細かなものは伝え聞いておらん。

 特にそなたが伝えてくれた嘗ての国であるレグレス王国や、ヴェルグラド帝国も、アルリオンが所有している文献にその記述は一切書かれていない。

 エデルベルグ王国もそうだが、その名が文献に書かれている事は無かった様だ。

 長い年月の中で失われてしまった可能性も考えられるが、恐らくは消失してしまった国を知る者が極端に減った事も、大きな要因ではないだろうかと我々は考えている。

 ましてやそれだけの事を目の当たりにした者が、語り継いでいくとも思えない。全てを忘れて新たな暮らしを望んでいた者が、殆どではないだろうか。

 同様にフィルベルグの初代女王陛下であられるレティシア様の存在は聞き及んでいたが、アルリオン建国の際の中核を成していたお方の一人であったとは初耳だった。

 かの御仁の情報もまるで無く、アルリオンとしては情けない限りだが、その存在すらも曖昧だと、つい先日まで思われていたほどだ。本当に情けない限りだ。

 申し訳ないが、そなた以上の情報は、何も持ち合わせてはいないのだ」


 そうですかと小さく言葉を返すイリスだった。


 アルリオンであればフィルベルグの起源を知る事が出来るのではないだろうかと思っていたが、残念ながらその情報を知る事は出来なかったようだ。

 聖王暦八百十二年の今、五年ほどフィルベルグの建国がアルリオンよりも遅いというレティシアの情報から察すると、フィルベルグは今年で建国八百七年、という事になるのだろう。

 残念ながらこれ以上正確な年代は、アルリオンで知る事は出来ないと思われた。


「ありがとうございます、エグモント様」

「済まないな。情報がなくて」

「いいえ、とんでもございません」

「もしアルリオン周辺でそのような文献の類を発見した場合は、フィルベルグへと送らせて貰う」


 エグモントの放つその言葉に、笑顔でお礼を言うイリスだった。

 そして今一度別れの挨拶をするイリスへ、法王達は言葉を返していく。


「何時でもアルリオンを訪れて下さい。

 次回はゆっくりとお話をしながら、お茶をご一緒しましょう」

「わぁ、ありがとうございます、テオ様」

「気を付けて行かれよ。世界は何が起こるか分からんからな。無事に石碑へと辿り着ける事を祈っている。これについても情報が得られ次第、そなた宛にギルドへと手紙を送らせて貰うので、違う街に着いたらギルドを訪ねてみるといいだろう。

 尤も、そなたの辿り着く先で手に入るには相応の時間がかかるので、情報が古くなってしまう可能性の方が高いだろうが、その時は破棄すれば良い」

「ありがとうございます、エグモント様。とても助かります」


 うむと一言返すエグモント。

 それでは失礼しますというイリスの言葉に続き、シルヴィア達もそれぞれ言葉にしていき、応接室から退室していった。


 静まり返る応接室で、イリスの残した不思議な余韻に浸る二人は、どちらからともなく言葉を発していく。

 イリスの事で話が広がっていく二人は、いなくなった彼女に、やはりどこか特別な印象を受けていた。

 当然他のメンバー達も、異質極まりない存在である事に違いはない。


 特にフィルベルグ王女が二人も揃って旅をしている事に、驚きを隠せない法王と枢機卿だったが、結局それを最後まで口に出す事はなかった。

 彼女達は真剣そのものであり、何か理由があって同伴しているのだろう事は想像に難くない。遊びで付き合っている事などでは断じてないのは理解出来る。

 だがそれを言葉にしたところで答えて貰えるかも分からないし、何よりもそういった事を尋ねるのもあまり良い事とは言えないだろう。

 そういった事も、イリスとの会話の中で知る事が出来た気がした法王は、エグモントに言葉にしていった。


「何と不思議な魅力を持った方なのでしょうか」

「あの娘は、フィルベルグでは"愛の聖女"と呼ばれているそうですな」

「"愛の聖女"ですか。なるほど、言い得て妙ですね。彼女は"聖女"と呼ばれるに相応しい女性だと思われます」

「ふむ。確かに彼女はその呼び名の方がしっくり来ますな。

 話に聞く"愛の聖女"とは、フィルベルグ国民が付けたものらしいですが、本当に"聖女"なのやもしれませんな」


 エグモントの言葉を聞きながら、窓の外を眺める法王は考えていた。


 確かに聖女という響きが、とても良く合っていうと思える女性だった。

 話や仕草を見聞きしただけで、それが手に取るように良く分かる。

 彼女は裏表のない性格をしているだけではなく、隠し事ですら出来ない純粋な女性だという事は、イリスと出会ってすぐに理解出来ていた二人は、彼女という存在について考えていた。


 適格者であり、有名なプラチナランクである二人を、護衛ではなく仲間として行動を共にし、彼らだけではなく国の宝とまで言われている王女達をも連れ歩き、石碑で手にした情報を、まるで話すのが当たり前と言わんばかりに言葉にする。

 そこに彼女の外見の美しさと所作の優雅さ、笑顔を絶やさぬところを付け加えると、まさしく”聖女”と呼ぶに相応しいのかもしれないと彼らは思っていた。


 だが彼女に感じるものは、それだけではなかった。

 もっと彼女の根底に、何かとても美しく光り輝くようなものを持っている気がしてならない彼らは、尚も話を続けていく。


「それにしても不思議な感覚ですな。イリス殿が言葉にするだけで、まるで心が穏やかになるような、とても心地良いものを感じました」

「ええ。本当に不思議な方です。心の中を穏やかな風が通り過ぎていくような、とても不思議な魅力を持った方でしたね」


 言葉で表現することは難しいが、透き通るような声の中に、不思議な力のようなものを感じる気がした二人だった。

 それが何かは理解出来ないし、こういった事は聞いた事すらないのだが、それでも確かにそこに感じられるような、不思議な気持ちにさせられる女性だと二人は思っているようだ。


「無事に石碑まで辿り着けると良いが……」


 ぽつりと独り言を呟いてしまうエグモントに、小さく笑いながら法王は答えていく。


「ふふ。誰かをそこまで心配する貴方を、私は初めて見ましたね」

「……言葉にしないだけではありますが、ついそう言葉にしてしまうような存在、という事なのでしょうな」

「アルリオンも随分と落ち着きましたが、少し前まで危険種の存在が危惧されていましたからね」

「……無事に討伐する事は出来ましたが、受けた被害もまた大きなものでしたな。何とか被害をゼロに抑えたいところではありますが、それも難しいようです」

「言葉通りの危険な存在ですからね、あれらは。世界のどこに出現するのかも解明されていない以上、考えても仕方ない事ではあるのですが、それでもそんな存在など出ないことを望んでしまいますね」

「アルリオンはその点、恵まれております。小さな街と比べ、冒険者の数が比較にならないほど多く存在していますからな。それでも被害を抑えられないことが、そもそもの問題となるのでしょう。……何か良い方法は無いものか」


 世界的に見ても魔物の存在は非常に厄介であり、看過できるような存在では断じてない。それがたとえホーンラビットであろうが、フロックであろうが、脅威という点では全く変わらない。

 鍛えていない者がそれらを倒せることなど、まず不可能なのだから。


 このアルリオンは嘗ての教訓から巨大な二枚の壁で囲っている。

 二度と同じ過ちを繰り返さない為に造られた二枚の双璧を超える魔物は、今現在でも確認はされていない。

 だがそれは、未だ眷属と今の世界で呼ばれた魔獣が、この周囲に表れていないというだけである。文献にしか残らないような災厄に、強固とはいえ、たった二枚の双璧だけで耐えられるのかは、正直なところ不明と言わざるを得ない。


 あれほど頑強に造られた壁を突破するような存在がいないと思っていたが、それはイリスの話からもっと最悪の事態が存在することを知った。

 アルリオやアルエナの時代で呼ばれ、今現在ではその意味がまるで変ってしまっている"眷属"がもし出現してしまえば、文字通りの焦土と化してしまう可能性が出て来てしまった。

 そうならないようにと、レティシアが魔法に関する制限をかけている事もイリスから聞いてはいるが、やはり不安は拭い切れるものではなかった。


 これは最早、考えても仕方のない事なのだろう。

 眷属の発生条件が解れば、もしかしたらその対処法も判明するかもしれないが、そんなものは希望的観測に過ぎないだろう。

 やはりアルリオンの上層部である法王や枢機卿達は、それ(・・)の出現を覚悟するべきなのかもしれない。


 イリスの話ではレティシアの制限により、嘗て世界を滅ぼしかけた存在のような、凄まじい強さを持つ眷属の出現はないだろうと予想はしていたが、実際にそんなものがもう一度出現してしまえば、今度こそ世界は滅びることになるだろう。

 それも、誰もがそれを討伐する事など出来ず、全てを無に帰してしまう可能性だって十分に考えられた。


「……願わくば、幸多からん未来が待つ事を」


 切なそうに言葉にする法王の言葉が、静かな応接室に響いていった。



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